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『原稿零枚日記』 小川 洋子

評価:
小川 洋子
集英社
¥ 1,404
(2010-08-05)

「あらすじ」の名人にして、自分の原稿は遅々としてすすまない作家の私。苔むす宿での奇妙な体験、盗作のニュースにこころ騒ぎ、子泣き相撲や小学校の運動会に出かけていって幼子たちの肢体に見入る・・・。
とある女性作家の日記からこぼれ落ちる人間の営みの美しさと哀しさ。平凡な日常の記録だったはずなのに、途中から異世界の扉が開いて・・・。お待ちかね小川洋子ワールド。

ありふれた日常が、湿気をふくみ暗闇をすい込んで、輪郭をにじませていく。
そんな異界にいつのまにか、コトリと眠りに落ちるみたいに足を踏み入れていた私。

苔料理のフルコース、無花果の木、『ドウケツエビの宇宙』、カワウソの肉球、子宮風呂・・・うす靄のさらに奥へと分け入るほどに、幽かになにかがふれてくる奇妙でいとしい日々の記録たち。
歪んだ空間をゆらゆらとよるべなく彷徨いながら、でもけっきょく私はなにを読んでいたのかしら・・・思い出せそうで思い出せない今朝がたの夢のようです。あるかなきかの僅かなぬくもりと、少しだけ切ないぼんやりとした余韻がのこり、けれどそれすらも長くは続かずにふわりとかき消えてしまいました。

なんだか、日記の最後にいつも書かれる「原稿零枚」の文字だけが、彼女がたしかに存在することを証明しているみたい・・・。
夢物語などではない、苦悩とかつらい思い出、実体としての‘彼女’。
奇妙な日々の連なりに時おりふと哀しさがのぞく、はかなく遥かな物語でした。
Author: ことり
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