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『溶ける街 透ける路』 多和田 葉子

評価:
多和田 葉子
日本経済新聞出版社
¥ 1,575
(2007-05)

揺さぶられる身体感覚。欧州、北米、中東、日本を駆け巡り、自作を朗読し、読者と話した1年。
見る、聞く、歩く、触る、食べる。街の表層が裂け、記憶がゆがむ。
待望のエッセイ集。

海外を拠点に活躍されている作家・多和田葉子さんが、2005年春から2006年末までに訪ねた世界の街について書かれたエッセイ。
硬質な文章でしずかに綴られていく小さなエピソード、言語文化のちがい、人びととのふれあいについて。見知らぬ街――世界の片すみでひっそりと息づいている街が、たちまちイメージとなってふくらんできます。

ところ変わればずれていく、東ヨーロッパと西ヨーロッパのあいまいな境界線、
ヴュンスドルフの古本屋とクロイツベルツの古本屋でのふしぎなできごと、
ケベックで使われている、フランスにはないフランス語のはなし・・・
ものごとを感覚的にとらえることに長けた人のエッセイだと思いました。心にのこった記述を最後に記しておきます。

自分の理解できない言語に耳を澄ますのはとても難しい作業だが、文字にこだわらず、「アメリカン」を「メリケン」と書き記したような、繊細で果敢で好奇心に満ちた耳が、かつての日本にもあったはずだと思う。それができなければ、異質な響きをすべて拒否する排他的な耳になってしまい、世界は広がらない。(『リューネブルグ』)
ここビルケナウでは、一日に千人以上の人が殺された。一九四〇年に完成されてから一九五四年にソ連軍に解放されるまで休みなく大量虐殺が行われ、死者総数は百数十万人を越えると言われている。死者の数を挙げる自分自身に納得できないものを感じるのは、死者を数として捉える視線そのものに、死なないですむ者の奢りが感じられるからかもしれない。(『アウシュヴィッツ』)
Author: ことり
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