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『黒と白の猫』 小沼 丹

評価:
小沼 丹
未知谷
¥ 4,200
(2005-09)

いとおしくて、いとおしくて、抱きしめたくなる一冊に出逢いました。
本から立ちのぼるすてきな気配。いい気配を放っている本は、紙の匂いからもうとくべつな気がします。しっかりとした函からそっととり出してみると、パラフィン紙でつつまれたまっ白な布張りの本が・・・。
上質で、心をやさしく解き放つ物語たち。
美しく、毅然と。そこにあるだけで幸福感でとろけてしまいそうです。

『黒と白の猫』(昭和39年)から『ゴムの木』(昭和56年)まで。17年にわたって書き継がれ、さまざまな短篇集にランダムに収められた‘大寺さんもの’、その連作12編をすべて集成したという一冊。
旧かな遣いで、大寺さんのさりげない日常生活が描かれてゆきます。とりたててすじが凝っているわけではなく、ほのほのと、あわあわと。忘れっぽい性格の大寺さんは道ばたや庭先に咲く花などを見ては死んでしまった古い知人をふと思い出し、回想するのです。
硝子窓が映す美しい青い月光や、知らぬ間に黄葉している雑木林など、なんでもないような風景を切りとる小沼丹さんの澄んだ瞳、気どりのない語り口が好き。
深い愉悦と哀しみにふちどられた、人びとの記憶のなかに置き去りにされたままの昭和の風景。こっくりと豊かでユーモアにあふれ、いつのまにか心にしんしんと降り積もるせつない気持ち・・・。

仕事をする気にはならないから、大寺さんは持参のウヰスキイを取出して水で割つて飲むことにした。ウヰスキイを飲みながら激しい雨の音を聴いてゐると、そのなかからいろんな声が聞えて来るから不思議であつた。それに混つて、或る旋律を繰返し演奏してゐるのも聞えた。突然、雨の音が歇むと嘘のやうに静かになつて、それと同時に声も旋律も消えてしまふ。(『銀色の鈴』)

美しく、毅然と、ただそこにある。いつも、いつまでもそこにある。
頁をめくる指先までも、ふくふくと喜んでいるみたいでした。
こんなすてきな一冊に出逢わせてくれた‘本の神様’、どうもありがとう。
Author: ことり
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