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『富士日記』(上・中・下) 武田 百合子

ぼんやりと、虚空を見あげるような心持ちで本をとじました。
上巻を読み始めたのはことしの2月で、日々のすきまに――夜眠るまえのひとときやバスタブの中、台所の椅子などで――ちびりちびり大切に読んでいたら、季節がふたつもめぐっていたのでした。

武田泰淳の妻・百合子さんが、富士山麓にある山荘と東京の自宅を行き来しながら暮らした日々(昭和39年から51年まで)を書きとめた家族の日記。
武田百合子さん・・・なんて気持ちのいい文章を書く人だろうと思います。天賦の才ときらっきらの感性、思い切りのよいさっぱりとした性格。行間から、富士の深い霧やこぼれ落ちそうなほどの星、小鳥のさえずりや虫たちの蠢き、芽吹く緑・・・、昭和の暮らしの風景が濃やかに立ち現われてくるのです。

八月十一日(水) くもり
明けがた、急に涼しくなって、寝ていてのどが痛くなる。一日中、低い小さな声で話す。お芝居をしているよう。
午前十一時、河口湖局へ原稿を出しに下る。
ビール二打、ハシゴ千九百円、ノコギリ二丁六百円。ひき肉、トマト、きゅうり、菓子などを買う。
朝 ごはん、茄子中華風いため、大根おろし、しらす。
昼 ふかしパン、紅茶。
夜 コロッケ(鮭かんをいれたら、主人まずがる)、ごはん、トマト。

書かれているのは、なにを食べた、なにをいくらで買った、誰それと会った、どんなことがあった・・・そんなとるにたらない日々のこまごまとした記録です。簡潔ななかにも、ふと心に留まる文章や美しい表現たちがうずもれています。誰に見せるでもなく書かれた「日記」だからこそ、文章はその人を映し、こんなにも読み手の心にすうっと素直にしみてくるのでしょうか・・・。
「クソババア」と言われれば、「クソは誰でもすらあ」と言い返す。
犬が死んだときには、「ポコ、早く土の中で腐っておしまい」と言って泣く。
ご主人が病気してからの自分自身を、「年々体のよわってゆく人のそばで、(中略)気分の照り降りをそのままに暮してきた丈夫な私は、何て粗野で鈍感な女だったろう。」とふり返る・・・。
情にあつく、無垢でおちゃめな百合子さんにすっかり魅せられてしまいました。彼女ほど、文章のなかで正直でいられる人を私は知りません。

帰って来る家があって嬉しい。その家の中に、話をきいてくれる男がいて嬉しい。
百合子さんが一日外出をした日の日記にあった一文です。
いつも当たり前にそばにいて、おなじ景色のなかで、幾度も幾度もいっしょに食事をし、いっしょに布団で眠り、笑い、しゃべり、歩き、時には喧嘩もした夫と妻。
「こうやっていさせろよ」と百合子さんの髪を撫でるご主人の囁きが頭から離れない。
この本を読むことで、武田家の日一日の積み重ねを共にいとおしみ、体験したような気持ちになっていた私だから、最後はほんとうにほんとうにせつなくて、涙がとまらなかったのです。読み終えてしまうのが、淋しかったのです。
Author: ことり
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