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『わたしの美しい娘―ラプンツェル』 ドナ・ジョー・ナポリ、(訳)金原 瑞人、桑原 洋子

わたしたちはずっといっしょ。このまま永遠に。
娘の13歳の誕生日には新しいドレスを作ってあげよう。あの子の美しさを際立たせるすばらしいドレスを。小さな望みなら好きにかなえてやろう。わたしは幸せでたまらなかった。
どうしても子どもをもちたかった女は、魂とひきかえに自分の娘を手に入れた。だが、美しく成長した娘はひとりの若者と出会い、それを機に3人の運命は大きく変わり始める――。

どこまでも長く、美しい髪。森の奥の高い塔に幽閉されるお姫さま・・・子供の頃から憧れていた大好きなグリム童話『ラプンツェル』が、美しいおとなのための読み物に生まれ変わって届けられました。
自分の娘をもちたいという願いが叶わず、悪魔と取引をして娘を手に入れた母親と、素直で天真爛漫に育った娘・ツェル(ラプンツェル)。母親は永遠に娘とふたりきりで暮らしたいと願い、娘は自由をもとめて外の世界に憧れます。ある日のこと、町の市場でツェルは伯爵コンラッドと出逢い、そのことに危機感を抱いた母はツェルを森の奥の高い塔に閉じ込めてしまいました・・・。

強すぎるあまり、狂気にみち、いびつにねじ曲がってしまった母の愛情。童話のなかではおそろしいばかりの魔女だったこの母親が、このお話ではとても哀しく、胸を締めつけるほど狂おしく描かれています。
冒頭、ツェルと母親が暮らすアルムには、毎年やってきてはなぜか石を卵のつもりで温めるカモがいるのですが、ツェルに有精卵をプレゼントされたこのカモに、母親が自分の運命をかさねる場面・・・
カモは許さなければいけない。慈悲がなくてはいけないのだ。ほかのカモの産んだ卵を愛せるということを、ツェルはその目で確かめなくてはならない。そう、もらわれてきたこの卵に、本物の母親と同じくらい――いやそれ以上の愛情を注げるということを。
その深い哀しみと深い愛に、ぞっとするような淋しさを感じてしまった私でした。

ひとめぼれした美しい娘・ツェルを探しつづけるコンラッドと、閉ざされた場所でひたすら長い時をすごし幻覚まで見てしまうかわいそうなツェル。おしまいは童話どおりの、みんながよく知っているハッピーエンドが待っています。
けれど私にとってほんとうに‘めでたしめでたし’だったのは、ツェル自身「母」となり、アルムで母親と暮らした13年を思い返したとき、「母はいい母親だった」と思えたところ。「必要に迫られれば、人は信じられないほど恐ろしいことや、考えられないようなことをしてしまうことがある」と知っているところ。
あんなひどい目に遭っても、間違ったかたちであっても、それもまた愛だった。そう感じてきっとツェルは母親を赦したんだね・・・そんなふうに思えたから、この物語がますますいとおしくなりました。

(原題『Zel』)
Author: ことり
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