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『真昼なのに昏い部屋』 江國 香織

評価:
江國 香織
講談社
¥ 1,470
(2010-03-25)

――せめて、きちんとした不倫妻になろう。
会社社長の夫・浩さんと、まるで軍艦のような広い家に暮らす美弥子さんは、家事もしっかりこなし、「自分がきちんとしていると思えることが好き」な主婦。大学の先生でアメリカ人のジョーンズさんは、純粋な美弥子さんに心ひかれ、二人は一緒に近所のフィールドワークに出かけるようになる。
時を忘れる楽しいおしゃべり、名残惜しい別れ際に始まり、ふと気がつくとジョーンズさんのことばかり考えている美弥子さんがいた――。

この文体、子ども向けに翻訳された物語みたい・・・。
まだなにも知らないちいさな女の子に語りかけるようにやさしくやさしく、すごいことが描かれていくのです。
大人のいけない恋模様が、ほわほわした夢みごこちのメルヘンみたいに紡がれる。それだから、うっすら怖い。

小さくて色白で小鳥みたいな美弥子さんと、物識りで礼儀正しい大人の男性ジョーンズさん。美弥子さんには浩さんというだんなさんがいて、ジョーンズさんにも遠くアメリカにのこしてきた家族がいます。
ジョーンズさんといると、私は勇敢になるみたい。
満ちたりた暮らしから、知らず知らずのうちに世界の外にでてしまう美弥子さんからドキドキと目が離せなかったのは、私も‘満ちたりたはずの人妻’だから・・・?

ヤギのように白いお日さまとか、水に溶かした蜜みたいに薄い日ざし、それから美弥子さんはしょっちゅう家をあけるのですが(なにしろ「不倫妻」ですから)、家を出る時の一瞬の戸惑いや帰ってきた家のよそよそしさ、あるいはなつかしい匂い・・・そんな江國さん独特のきれいな表現、こまやかな描かれ方が好き。
誰かを好きになるときの甘い気持ち、すべてが鮮烈に感じられる刹那、その家だけの空気や生活の秩序、積み重ねたものたちがこわれる様子。日々移ろっていく‘恋愛’や‘夫婦’の秘められたぶぶんが‘言葉’でつまびらかにされてゆきます。
淡く柔らかなばらの花びらを一枚一枚そうっと広げ、その奥まったところで恥ずかしそうにしている黄色い花芯に日をあてるような、そんなお話だと思いました。
「暗がりにしか生息できない、目に見えないものたち」の。

そしてこの物語のおしまいの余韻・・・かわいらしいお菓子のような恋が流れつく先。
奇跡のような時間は、うしなわれるからこそ奇跡的な美しさでまたたくの?
ゴヤの装画――『気まぐれ』No.72 お前は逃げられまい――の美しいおぞましさにつつまれた、少女のように残酷な物語です。


サイン本です↓
Author: ことり
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