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『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』〔再読〕 石井 好子

‘おいしいもの’が大好きなシャンソン歌手の石井好子さんが、パリでの生活や旅行先でのエピソードとともに、フランスに暮らす人びとのふだんの食について紹介したお料理エッセイ。

たっぷりのバタを溶かしたフライパンに卵をさっと流して焼き上げるふわふわのオムレツ、こだわりのフレンチドレッシングをまぜあわせたみずみずしいレタスのサラダ、バタと粉チーズだけをかけるシンプルなスパゲティ、ぐらぐら煮立たせたスープにとろけたチーズと焼いたパンをうかべたグラティネ(グラタン)、裏ごした野菜をスープでのばした香りたかいポタージュ・クレソニエール(せりのポタージュ)・・・食欲をそそる描写がたくさんで、思わずおなかがグウ〜っと愉快な音をたてます。
文字を追っていると頭のなかにつぎつぎにおいしそうなお料理がうかんで、煮こみ料理のコトコトいう音とか、焼きたてパンのぱりっとしたこうばしい風味とか、匂いや湯気やワイワイ楽しげな人びとの話し声や食器とスプーンのぶつかる小さな音や・・・そんなこまやかな気配までも伝わってくるようで、私はたちまち幸福な気持ちでいっぱいになってしまうのでした。

食べることにくわえ、お料理すること、人に食べてもらうことが大好きな石井さんは、たとえ仕事でくたくたに疲れていても、お腹をすかせた人がいればつい台所に立ってなにかしらつくってしまうといいます。材料が何もない時に急なお客さまが来ても、卵一コあればかきたまのおつゆがつくれるし、あとはおにぎりとありあわせのお漬物でもだせばよろこばれる・・・ああ、おもてなしってきっとそういう気持ちのこと。
お料理はなんのきまりもないのだから、とらわれないことだ。それから自信をもってまな板に向うことだ。こんな材料ではおいしいものがつくれる筈はないと思う前に、これだけのものでどんなおいしいものをつくってみせようかと考えるほうが幸福だと思う。
石井さんの言葉には、読む人を明るく元気にしてくれる力がそなわっていますね。人柄が文章ににじみ出た、忘れられない一文です。

この本が初めて出版されたのは、まだ海外渡航すらめずらしかった1954年。当時の読者たちは、遠い異国のおしゃれでキラキラした見たこともないお料理にどんなに心ときめかせたことでしょう。
もちろんいま読んでもじゅうぶんに魅力的で、誰にでもつくれそうに思わせる身の丈のレシピと飾らない文章、チャーミングでポジティヴなお人柄にあふれたほんとうに素敵なエッセイ!
「今夜はなにをつくろうかしら?」 食べてくれる人の幸福そうな顔(夫の食べっぷりったらなんとも見事なのです!)を思いながら、どんどんふくらむ幸福なイメージ・・・。
私はこの本をキッチンの本棚に立てて、お守りにしています。
Author: ことり
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