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『抱擁』 辻原 登

評価:
辻原 登
新潮社
¥ 1,470
(2009-12-18)

二・二六事件の翌年、昭和十二年の東京・駒場。前田侯爵邸の小間使として働く十八歳の「わたし」は、五歳の令嬢・緑子が、見えるはずのない何かの姿を見ていることに気づく――。
歴史の放つ熱と、虚構が作り出す謎が、濃密に融け合う世界。イギリス古典小説の味わいを合わせ持つ、至高の物語。

昭和12年、鬱蒼とした森に建つ西欧のお城のような旧加賀藩前田本家の邸宅。
戦争に向かっていく剣呑な時代のはずなのに、お邸のなかではミセス・バーネットのハイティーでのおしゃべり、ニレの木陰のベンチでいただくお茶やお菓子、窓際での刺繍・・・世間の喧噪をよそにきらめくばかりの時間がゆったりと流れています。
もしかしたら、この空間そのものが夢だったりして。そんなことを思ってしまうほど。
外気から遮断されたお邸「駒場コート」で、小間使いとして働いた「わたし」がのちに検事に語った不穏な事件――お仕えしたお嬢様のもとで起こった一部始終。

つぎつぎに起こる奇怪なできごと。ぞわりと肌を走る‘いる’としか思えない感覚。
ゴシック・ロマンのモチーフをあちこちにしのばせた物語は、怖いというより、日頃は忘れかけている「あちら側」の世界のことをあらためて意識してしまう、そんなお話に感じられました。
なにもかもがうす靄のなかにかすんで、見えざる者たちがくっきりと立ち現われてくれることはありません。「わたし」のもの静かな語り口が霊的な空間をいっそう際だたせ、最後に置かれた衝撃のひと言は、まるで翡翠色の泉に投じられたひと粒の小石のよう。本をとじてなお、さざ波は静まることなく世界を歪め、さわわ、さわわ、と私の心を波立たせました。

私の脳裡で、いまもゆれ続ける幽玄な蝶のイメージ。
・・・妄念と真実の境いめはどこ?
Author: ことり
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