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『いづくへか』 矢川 澄子

評価:
矢川 澄子
筑摩書房
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(2003-05)

2002年に自死した矢川澄子さんがさまざまに書きのこした文を集めた一冊。
「既刊の単行本および『矢川澄子作品集成』、『ユリイカ臨時増刊号 矢川澄子・不滅の少女』に未収録のエッセイを対象として、彼女の七一年にわたる試行を跡づけることを念願して編集したものである。」と編集付記にあります。
どこか心もとない『いづくへか』というタイトルが、のこされた私たちにより一層空虚な感情を抱かせるよう・・・。

第1章『いづくへか』には自伝的回想と身辺雑記、第2章『兎穴の彼方に』には美学・女性・少女論、第3章『心という園生』には童話・絵本・ファンタジー論、第4章『Words to remember』には文学作品の印象深い一文、第5章『わたしの一世紀』には1901年から1920年までの記録が収められています。
少女であること、女性であることをつよく意識しつつ、それを武器にすることもそれに甘んじることもしないで、しなやかに生きた‘知性の人’の声が全編にひびきわたり読む者の心をざわつかせます。
みずからの名前をアナグラムにしようと試み、名前のなかに「USAGI」が入っていることに気づいた矢川さん――そのせいなのでしょうか、彼女の兎やアリスにたいするこれほどの思い入れは。

みなさん、お気をつけ下さい。ある種の学者先生方、それも多くは秀才で、とんとんに教授コースを進まれたような方々の翻訳に。とりわけ女流作家の繊細な作品をそのような殿方の手に委ねることの危険は、いくら口をすっぱくして説いてもいいすぎることはない。(中略)彼らにとって少女とは、憧れや好奇や渉猟の対象でありえても、それ以上に理解が及ぶことはついにありえない。いわば心の処女膜ともいうべきものがあって、少女のほうがかたくなに彼らをシャットアウトしているのだから、事はややこしい。
Author: ことり
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