『イギリス 野の花図鑑』 ヘンリー・テリー

評価:
ヘンリー・テリー
パイインターナショナル
¥ 2,160
(2018-03-12)

1873年の夏、3人の子どもたちが摘んできた野に咲く可憐な草花を、父親が描いた花のアルバム。
すべての花に和名を記載する。学名、英名・英国での通称、和名・日本での通称を記した花のリスト付き。

ヘンリー・テリー。その見知らぬ名を、記憶する。
ヴィクトリア朝、オックスフォード周辺、お父さんと3人の子どもたち――そこはまるで、アリスの「きらめく黄金の午下がり」。

ブルーベル、ウスベニアオイ、エニシダ・・・
ワスレナグサ、スノーベリー、エリカ・テトラリクス・・・
ほんのりとミルク紅茶色した紙のうえ、繊細で愛らしくレースのようにゆれる花たち。これがありふれた図鑑やボタニカル・アートと異なるのは、名もなきひとりの父親の手づくりであるところ。子どもたちが野原で摘んできた草花をお父さんが描いたっていうそこのところがとても好きです。
子どもたちが野原にくりだす夏の午後、お父さんが彼らのために一つ一つスケッチする夏の夕べ。眩しい日ざし、そよ風と花の匂い、子どもたちの笑い声。家族のたいせつな時間がきらきらといっぱいにつまっていて、私まで少女にもどってしまったような、うれしくてなつかしくてせつない気もちになりました。ちょうど、つい先日まで入りびたっていた実家のイングリッシュ・ガーデンを思い出して。

本好きの5歳の娘が図書館で見つけ、出逢うことができました。
ヘンリー・テリー。すてきなすてきなお父さん。
この本にひと目で惹かれた娘はひょっとして、本そのものの放つ、つつみ込むような愛とまなざしを感じとったのでしょうか・・・。

エミリー、アニー、ハリーへ
いつの日か私も、野の花と同じように、神さまが造られたこのすばらしい地球上から消え去るときがくる。そんな日がきたら、父親への興味と愛情を胸に、このアルバムを開いてくれればうれしい。

(原題『A VICTORIAN FLOWER ALBUM』)
Author: ことり
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『ソロ』 ラーナー・ダスグプタ、(訳)西田 英恵

評価:
ラーナー・ダスグプタ
白水社
¥ 3,996
(2017-12-23)

儚い人生とまばゆい夢。
共産主義体制とその崩壊を目撃し、20世紀ブルガリアを生き抜いた100歳の男の人生と夢。気鋭のインド系英国人作家による傑作長篇!

「うつし世はゆめ」・・・ 「夢のまた夢」・・・
そんな先人たちの言葉がちらちらとうかんでは、消えて。ヴァイオリンの甘くもの哀しい音色がしずかに私の心をふるわせる。
「マグネシウム」「炭素」「バリウム」など実験室のようなタイトルがならぶ第一楽章『人生』と、「イッカク」「魚竜」「ジュゴン」などおとぎ話めいたタイトルがならぶ第二楽章『白昼夢』。ちいさな音符どうしがすこしずつお互いを誘いあい、結ばれてはほどかれて・・・目をつむり、耳をそばだて、ひとりの男の人生の記憶がゆめに溶けてゆくさまを見守るような、濃密な、けれど儚い霧のような物語でした。

父親に、あるいは度重なる紛争に押さえつけられていた孤独なウルリッヒの心が、うしなわれた光と引き換えにあふれ出す――
盲目の老人だから、ままならなかった人生だから、彼のみる夢は色も音もこんなにも自由で華やかでゆるぎないのでしょうか。第二楽章でつむぎ出される夢がたりは、ボリスに潰えた夢を、ビー玉に意味を、燃やされたヴァイオリンに未来を与える。
彼はかつてない情熱を込めて話す。
「人生はある場所である時間に起こる。でもそこから大きくはみ出たものがある。それをしまっておく場所は夢以外にないんじゃないか?」
天涯孤独の彼は、白昼夢を奏でることによってこの世につなぎとめられている気がする・・・それは奇妙でやさしいうたかたの時間。花柄のワンピースに一瞬だけ舞い降りる蝶ちょみたいに。いつかすべてが、消えてしまうからこそ愛しい時間。

(原題『SOLO』)
Author: ことり
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『ビールの最初の一口 とその他のささやかな楽しみ』 フィリップ・ドレルム、(訳)高橋 啓

「日曜の朝のケーキの箱」「エンドウの莢むきを手伝う」「歩道のクロワッサン」「古い列車に乗って」・・・日常生活のなかのシンプルな喜び、至福の瞬間を限りなく繊細な筆致で描く34篇。
全仏ベストセラーのエッセイ集。

(原題『LA PREMIÈRE GORGÉE DE BIÈRE ET AUTRES PLAISIRS MINUSCULES』)
Author: ことり
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『3びきのくま』〔再読〕 トルストイ、(絵)バスネツォフ、(訳)おがさわら とよき

大きいお父さんぐま、中ぐらいのお母さんぐま、小さな子どものくまの3びきが森にでかけました。ところがその間に、森で迷子になった女の子が、くまの家にはいりこんでしまいます――!
芸術性豊かな文章と絵で作られた、ロシアの名作絵本。

なつかしくてなつかしくて、なんだか涙がでそう。
小さな頃になんども読んでもらった思い出の絵本です。くまの家族のロシアっぽい名前も(おとうさんぐまはミハイル・イワノビッチ、おかあさんぐまはナスターシャ・ペトローブナ、くまのこはミシュートカといいます)、大中小それぞれの椅子やベッドも、悪気なんてちっともなさそうな無邪気な女の子も、みんなみんななつかしい。あたたかくてクラシカルな風合いの――どことなく木彫りの民芸品を思わせる――絵がほんとうに好きでした。
テンポのよいくり返しのセリフ、あららら・・と転がるように閉じるラスト。心愉しく格調高い絵本。

森の一軒家で巻き起こるメルヘンを、キノコや木の実やりすたちが可愛らしく盛り立ててくれています。
くまの家族のきちんとした暮らしぶりや素敵なしつらえのお部屋にもときめいてしまうのですが、なんといってもスープに添えられた木のおさじ!・・・私がいまでも木のおさじが大好きなのは、きっとこの絵本の影響だと思うの。

(原題『Tri medvedya』)
Author: ことり
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『いさましいちびのトースター』 トーマス・M・ディッシュ、(訳)浅倉 久志

だんなさまは、いったいどうしたんだろう? 森の小さな夏別荘では、主人に置き去りにされた電気器具たちが不安な日々を送っておりました。ある時ついにちびのトースターが宣言します。「みんなでだんなさまを探しに行こう!」
かくしてトースターのもとに電気毛布、掃除機、卓上スタンド、ラジオなどが集結し、波乱に満ちた冒険の旅に出たのですが・・・けなげでかわいい電気器具たちの活躍を描く、心温まるSFメルヘン!

夏別荘にとり残された5台の電気器具たちの、かわいい冒険のお話です。
リーダー格の掃除機、AM専用の目ざましラジオ、明るい黄色の電気毛布、首が自由にまがる卓上スタンド、おしまいは一ばん若くてピカピカのちびのトースター。
彼らは知恵をふりしぼり、もう何年も来てくれないだんなさまをたずねて都会へ出発することに・・・。

旅のとちゅうには、ゆかいな出逢いや、いくつもの困難が待ちうけています。
それぞれの性格や得意分野がみごとに描き分けられていて、励ましあったり助けあったりしながら旅をつづける電気器具たちがとてもほほえましい。原則に反する、なんて言いながら「ブレーメンの音楽隊」さながらに泥棒をやっつける場面にはさいこうにワクワクしました。(電気器具には、人間の見ている前ではかならずじっとしている、という原則があるのです!)

我が家の電気器具たちも、私の知らないところではおしゃべりしたり、動いたりしているのかなぁ? けなげで忠実な彼らのこと、もっと大切にしなくちゃ・・・。
楽しくて、読後感もほっこり、気持ちがあたたかくなる物語です。

(原題『THE BRAVE LITTLE TOASTER』)
Author: ことり
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『ブルックリン』 コルム・トビーン、(訳)栩木 伸明

主人公アイリーシュはエニスコーシーに母と姉と共に暮らす若い娘。女学校を出て、才気はあるが、地元ではろくな職もないので、神父のあっせんでブルックリンに移住する。そしてアイリッシュ・コミュニティの若い娘たちが住む下宿屋に暮らし、デパートの店員となる。しかしホームシックに悩み、簿記の資格をとるため夜学に通い、週末にはダンスホールに行く。そこでイタリア移民の若者トニーと恋に落ちるが、思わぬ事情でアイルランドに帰国する・・・。当時の社会と文化の細部を鮮やかに再現し、巧みな会話と心理描写が冴えわたる傑作長編。

1950年代、アイルランドの片田舎から大都会ブルックリンへ移住した少女の物語。
きめ細やかに描かれる、2つの土地のはざまで揺れ動く乙女心・・・
どちらにも属していないような、それでいてどちらにもしばられているような・・・
どこかもどかしくて頼りない、浮き草のようなアイリーシュ。でもそれは、世界中からさまざまな民族が移り住んでくるアメリカという大陸では、彼女にかぎったことではないのでしょう。
ダンスホールや移民船、映画館やデパート・・・当時の社会や文化のディテイルがアイリーシュの目を通していきいきとうつし出されます。彼女の身に起きたできごとは、まるで波紋みたいにまわりの人に影響を与え、そのたびに彼女の心は揺れ動きます。まじめで不器用な少女の拙さがすごくリアル。
ブルックリンから帰ってきた垢抜けたアイリーシュが、きゅうくつな田舎社会にからめとられて身動きがとれなくなっていくところなんて、とくに。

心のなかにいくつもの真実をのみこんで、いろんなものを諦めて、アイリーシュを都会に送りだした姉のローズが印象的でした。(彼女がたどる運命もふくめ・・)
この本を読んでいると、人はみな、それぞれに物語をもっていることがいやおうなく伝わってきます。エニスコーシーの雑貨屋のミス・ケリーも、イタリア移民のトニー一家も、夜学のローゼンブラム先生やマンハッタンの書店の老人も・・・。

人びとをしばりつける約束や義務感が、家族間や恋人どうしのあたたかな愛のなかにうず巻いている、はかなくて残酷な物語。
アイリーシュのえらんだ道が幸せな未来に、しっかりと根を下ろせる場所に、どうかつながっていますように。

(原題『Brooklyn』)
Author: ことり
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『密会』 ウィリアム・トレヴァー、(訳)中野 恵津子

早朝のオフィスで、カフェの定席で、離婚した彼女の部屋で、寸暇の密会を重ねる中年男女の愛の逡巡・・・表題作。孤独な未亡人と、文学作品を通じて心を通わせた図書館員。ある日法外な財産を彼女が自分に遺したことを知って・・・「グレイリスの遺産」。過って母親の浮気相手を殺してしまった幼い自分のために、全てを捨てて親娘三人の放浪生活を選んだ両親との日々・・・「孤独」。アイルランドとイギリスを舞台に、執着し、苦悩し、諦め、立て直していく男たち女たち。
現役の英語圏最高の短篇作家と称される、W.トレヴァーが、静かなまなざしで人生の苦さ、深みを描いた12篇。

霧雨にけむる、グレイッシュな海を思わせる短篇集。
不倫を肯定するつもりはないけれど、その象徴となるような苦くて、もどかしくて、不穏な心もようと、そんななかにふと感じてしまうささやかな安らぎが切りとられているのがとてもよかったです。
登場人物たちに甘い感傷をもってよりそうのではなく、冷静な傍観者として、人びとの心の奥に秘められた厄介な感情たちをそっと差し出すような描かれ方も。

鈍色の、少しくすみを帯びたお話ばかりですが、ラスト数行がどれもすばらしく、それはまるでかなしげな果実のように胸にせまりました。
疲弊した心を解き放つもの、美しい残像がのこるもの・・・深い波間からふわりとうねり、こみ上げてくるラスト数行。しっとりと成熟した、おとなのための短篇集です。

今日、愛は何も壊されなかった。彼らは愛を抱きつつ、離れてゆき、お互いから立ち去った。未来は、今二人が思っているほど暗いものではないことを気づかずに。未来にはまだ、彼らのその繊細な寡黙さがあり、そしてまだ、しばらくのあいだ愛し合ったときの彼ら自身がいるだろう。(『密会』)

(原題『A BIT ON THE SIDE』)
Author: ことり
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『愛についてのちいさなおはなし』 マリット・テーンクヴィスト、(訳)野坂 悦子

海のうえの杭にすわって、女の子は昼も夜も海をながめています。
たくさんの舟がとおりすぎ、たくさんの人たちがとおりすぎ・・・、
そしてあるとき女の子のもとに、いっそうの舟にのったわかものがやってきます。
わかものは女の子に笑いかけると、そのままどこかへ行ってしまいました――。

海が からっぽになった。
ひろい ひろい海が からっぽになった。

からっぽになってしまった海。もうだれの言葉もきこえません。
女の子はあのひとを待って待って、待ちわびて・・・、
愛する心はむくむくとふくらんで、おさえきれなくなって――・・・
淡い色彩とシュールな可愛らしさ。暗くせつなく閉ざされた気持ち。言葉やかたちにできないものを、舟や杭のうえに建てる家にたとえて語られていくまぎれもない愛の本です。
ひとところにとどまっていた女の子が、あるとき思いきってこぎ出していく・・・ラストがとても、素敵。

(原題『KLEIN VERHAAL OVER LIEFDE』)
Author: ことり
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『ヴェネチア風物誌』 アンリ・ド・レニエ、(訳)窪田 般彌

評価:
アンリ・ド レニエ
沖積舎
¥ 3,024
(2005-09-30)

存在自体が美しい本、というのがある。絵や文章はもちろん、余白さえも美しい本。(中略)アンリ・ド・レニエの『ヴェネチア風物誌』も、まさにそういう本だと思う。全編、きわめて詩にちかい散文で、言葉が次々と紡ぎだすイメージの美しさには、目眩さえしてしまう。
(『泣かない子供』より)

江國香織さんのエッセイ『泣かない子供』の中でこんなふうに素敵に紹介されていて、ずっと読んでみたかった本です。
19世紀末のヴェネチアの風景が、きらきらした水の光や匂いとともに立ち上ってくるような美しさ。この街にとり憑かれたというフランス詩人ド・レニエさんがしたためたふしぎに臨場感のある散文を読んでいると、するりとこの時代のヴェネチアに旅立ってしまえるのです。
あの迷宮のように曲がりくねった路地、キャフェ・フロリアンの優雅なざわめき、街じゅうに鳴りひびく鐘の音・・・そして、陽気な船頭が櫂をあやつるゴンドラ――
あかるくまどろんだ夏の昼間のヴェネチアはもちろん、「ガラスの河さながらの」夜のヴェネチア、「濃霧につつまれて乳色一色となる」冬のヴェネチアの描写がことさらすばらしく、文章を読みながらうっとりと酔いしれてしまいました。

色という色は入り混って、変わりやすい透明な一色となる。この地こそは、まさに妖術と魔術と幻覚の土地ではないか? (『幻覚』より)

いつか然るべき夜に、(中略)私は額縁の高みを上りつめ、彼の手を取るだろう。そして、二人して肩を並べ、まるで二人連れの亡霊のように何なく壁を通り抜けて、ヴェネチアの町を歩き廻るだろう、行き交う人の多いヴェネチアではなく、過ぎた日のヴェネチア、夜の闇と月とが白と黒の衣服をまとわせる町を。(『肖像』より)

夜眠る前に少しずつ読み進めた美しい本。
たぷんたぷり・・・たぷんたぷり・・・まるでゴンドラに揺られているような心地よさ。
マクシム・ドトマさんの詩情ゆたかな挿絵の数々もすばらしいです。

(原題『ESQUISSES VÉNITIENNES』)
Author: ことり
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『ワーニカ』 アントン・P・チェーホフ、(絵)イリーナ・ザトゥロフスカヤ、(訳)児島 宏子

<大すきなおじいちゃん、コンスタンチン・マカールィチ!
おじいちゃんに、お手がみをかきます。こうたん祭おめでとうございます。おじいさまが、神さまからいいことをたくさん、たくさん、していただけるよう、おいのりします。ボクには、お父さんもお母さんもいない、おじいちゃん、たったひとりだけ>

靴職人の親方のところに見習い奉公にだされた9歳の少年・ワーニカの物語。
クリスマスの前夜、靴型の並ぶ棚が右左に広がる部屋で、ワーニカは大好きなおじいちゃんに手紙を書きます。
手紙を書きながら思いだすのは、小柄で活発な祖父のこと。夜になるとぶかぶかの毛皮外套にくるまって、拍子木を打ち鳴らすおじいちゃん。その後ろをとぼとぼとついて行く、老いぼれた栗毛(カシタンカ)と牝イヌの泥鰌のすがた。
ワーニカは思い出になんどもしゃくりあげながら、長い手紙を書きつづけます。

うっとりするような甘い希望と、だいじな手紙を投函したあとの幸せな夢――
おじいちゃんにこの手紙は届いたのでしょうか?墨色一色で描かれたしずかな絵とふくみをもたせたラストが切ない・・・。大人向けの絵本です。

(原題『Ванька』)
Author: ことり
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