『ビールの最初の一口 とその他のささやかな楽しみ』 フィリップ・ドレルム、(訳)高橋 啓

「日曜の朝のケーキの箱」「エンドウの莢むきを手伝う」「歩道のクロワッサン」「古い列車に乗って」・・・日常生活のなかのシンプルな喜び、至福の瞬間を限りなく繊細な筆致で描く34篇。
全仏ベストセラーのエッセイ集。

(原題『LA PREMIÈRE GORGÉE DE BIÈRE ET AUTRES PLAISIRS MINUSCULES』)
Author: ことり
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『3びきのくま』〔再読〕 トルストイ、(絵)バスネツォフ、(訳)おがさわら とよき

大きいお父さんぐま、中ぐらいのお母さんぐま、小さな子どものくまの3びきが森にでかけました。ところがその間に、森で迷子になった女の子が、くまの家にはいりこんでしまいます――!
芸術性豊かな文章と絵で作られた、ロシアの名作絵本。

なつかしくてなつかしくて、なんだか涙がでそう。
小さな頃になんども読んでもらった思い出の絵本です。くまの家族のロシアっぽい名前も(おとうさんぐまはミハイル・イワノビッチ、おかあさんぐまはナスターシャ・ペトローブナ、くまのこはミシュートカといいます)、大中小それぞれの椅子やベッドも、悪気なんてちっともなさそうな無邪気な女の子も、みんなみんななつかしい。あたたかくてクラシカルな風合いの――どことなく木彫りの民芸品を思わせる――絵がほんとうに好きでした。
テンポのよいくり返しのセリフ、あららら・・と転がるように閉じるラスト。心愉しく格調高い絵本。

森の一軒家で巻き起こるメルヘンを、キノコや木の実やりすたちが可愛らしく盛り立ててくれています。
くまの家族のきちんとした暮らしぶりや素敵なしつらえのお部屋にもときめいてしまうのですが、なんといってもスープに添えられた木のおさじ!・・・私がいまでも木のおさじが大好きなのは、きっとこの絵本の影響だと思うの。

(原題『Tri medvedya』)
Author: ことり
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『いさましいちびのトースター』 トーマス・M・ディッシュ、(訳)浅倉 久志

だんなさまは、いったいどうしたんだろう? 森の小さな夏別荘では、主人に置き去りにされた電気器具たちが不安な日々を送っておりました。ある時ついにちびのトースターが宣言します。「みんなでだんなさまを探しに行こう!」
かくしてトースターのもとに電気毛布、掃除機、卓上スタンド、ラジオなどが集結し、波乱に満ちた冒険の旅に出たのですが・・・けなげでかわいい電気器具たちの活躍を描く、心温まるSFメルヘン!

夏別荘にとり残された5台の電気器具たちの、かわいい冒険のお話です。
リーダー格の掃除機、AM専用の目ざましラジオ、明るい黄色の電気毛布、首が自由にまがる卓上スタンド、おしまいは一ばん若くてピカピカのちびのトースター。
彼らは知恵をふりしぼり、もう何年も来てくれないだんなさまをたずねて都会へ出発することに・・・。

旅のとちゅうには、ゆかいな出逢いや、いくつもの困難が待ちうけています。
それぞれの性格や得意分野がみごとに描き分けられていて、励ましあったり助けあったりしながら旅をつづける電気器具たちがとてもほほえましい。原則に反する、なんて言いながら「ブレーメンの音楽隊」さながらに泥棒をやっつける場面にはさいこうにワクワクしました。(電気器具には、人間の見ている前ではかならずじっとしている、という原則があるのです!)

我が家の電気器具たちも、私の知らないところではおしゃべりしたり、動いたりしているのかなぁ? けなげで忠実な彼らのこと、もっと大切にしなくちゃ・・・。
楽しくて、読後感もほっこり、気持ちがあたたかくなる物語です。

(原題『THE BRAVE LITTLE TOASTER』)
Author: ことり
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『ブルックリン』 コルム・トビーン、(訳)栩木 伸明

主人公アイリーシュはエニスコーシーに母と姉と共に暮らす若い娘。女学校を出て、才気はあるが、地元ではろくな職もないので、神父のあっせんでブルックリンに移住する。そしてアイリッシュ・コミュニティの若い娘たちが住む下宿屋に暮らし、デパートの店員となる。しかしホームシックに悩み、簿記の資格をとるため夜学に通い、週末にはダンスホールに行く。そこでイタリア移民の若者トニーと恋に落ちるが、思わぬ事情でアイルランドに帰国する・・・。当時の社会と文化の細部を鮮やかに再現し、巧みな会話と心理描写が冴えわたる傑作長編。

1950年代、アイルランドの片田舎から大都会ブルックリンへ移住した少女の物語。
きめ細やかに描かれる、2つの土地のはざまで揺れ動く乙女心・・・
どちらにも属していないような、それでいてどちらにもしばられているような・・・
どこかもどかしくて頼りない、浮き草のようなアイリーシュ。でもそれは、世界中からさまざまな民族が移り住んでくるアメリカという大陸では、彼女にかぎったことではないのでしょう。
ダンスホールや移民船、映画館やデパート・・・当時の社会や文化のディテイルがアイリーシュの目を通していきいきとうつし出されます。彼女の身に起きたできごとは、まるで波紋みたいにまわりの人に影響を与え、そのたびに彼女の心は揺れ動きます。まじめで不器用な少女の拙さがすごくリアル。
ブルックリンから帰ってきた垢抜けたアイリーシュが、きゅうくつな田舎社会にからめとられて身動きがとれなくなっていくところなんて、とくに。

心のなかにいくつもの真実をのみこんで、いろんなものを諦めて、アイリーシュを都会に送りだした姉のローズが印象的でした。(彼女がたどる運命もふくめ・・)
この本を読んでいると、人はみな、それぞれに物語をもっていることがいやおうなく伝わってきます。エニスコーシーの雑貨屋のミス・ケリーも、イタリア移民のトニー一家も、夜学のローゼンブラム先生やマンハッタンの書店の老人も・・・。

人びとをしばりつける約束や義務感が、家族間や恋人どうしのあたたかな愛のなかにうず巻いている、はかなくて残酷な物語。
アイリーシュのえらんだ道が幸せな未来に、しっかりと根を下ろせる場所に、どうかつながっていますように。

(原題『Brooklyn』)
Author: ことり
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『密会』 ウィリアム・トレヴァー、(訳)中野 恵津子

早朝のオフィスで、カフェの定席で、離婚した彼女の部屋で、寸暇の密会を重ねる中年男女の愛の逡巡・・・表題作。孤独な未亡人と、文学作品を通じて心を通わせた図書館員。ある日法外な財産を彼女が自分に遺したことを知って・・・「グレイリスの遺産」。過って母親の浮気相手を殺してしまった幼い自分のために、全てを捨てて親娘三人の放浪生活を選んだ両親との日々・・・「孤独」。アイルランドとイギリスを舞台に、執着し、苦悩し、諦め、立て直していく男たち女たち。
現役の英語圏最高の短篇作家と称される、W.トレヴァーが、静かなまなざしで人生の苦さ、深みを描いた12篇。

霧雨にけむる、グレイッシュな海を思わせる短篇集。
不倫を肯定するつもりはないけれど、その象徴となるような苦くて、もどかしくて、不穏な心もようと、そんななかにふと感じてしまうささやかな安らぎが切りとられているのがとてもよかったです。
登場人物たちに甘い感傷をもってよりそうのではなく、冷静な傍観者として、人びとの心の奥に秘められた厄介な感情たちをそっと差し出すような描かれ方も。

鈍色の、少しくすみを帯びたお話ばかりですが、ラスト数行がどれもすばらしく、それはまるでかなしげな果実のように胸にせまりました。
疲弊した心を解き放つもの、美しい残像がのこるもの・・・深い波間からふわりとうねり、こみ上げてくるラスト数行。しっとりと成熟した、おとなのための短篇集です。

今日、愛は何も壊されなかった。彼らは愛を抱きつつ、離れてゆき、お互いから立ち去った。未来は、今二人が思っているほど暗いものではないことを気づかずに。未来にはまだ、彼らのその繊細な寡黙さがあり、そしてまだ、しばらくのあいだ愛し合ったときの彼ら自身がいるだろう。(『密会』)

(原題『A BIT ON THE SIDE』)
Author: ことり
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『愛についてのちいさなおはなし』 マリット・テーンクヴィスト、(訳)野坂 悦子

海のうえの杭にすわって、女の子は昼も夜も海をながめています。
たくさんの舟がとおりすぎ、たくさんの人たちがとおりすぎ・・・、
そしてあるとき女の子のもとに、いっそうの舟にのったわかものがやってきます。
わかものは女の子に笑いかけると、そのままどこかへ行ってしまいました――。

海が からっぽになった。
ひろい ひろい海が からっぽになった。

からっぽになってしまった海。もうだれの言葉もきこえません。
女の子はあのひとを待って待って、待ちわびて・・・、
愛する心はむくむくとふくらんで、おさえきれなくなって――・・・
淡い色彩とシュールな可愛らしさ。暗くせつなく閉ざされた気持ち。言葉やかたちにできないものを、舟や杭のうえに建てる家にたとえて語られていくまぎれもない愛の本です。
ひとところにとどまっていた女の子が、あるとき思いきってこぎ出していく・・・ラストがとても、素敵。

(原題『KLEIN VERHAAL OVER LIEFDE』)
Author: ことり
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『ヴェネチア風物誌』 アンリ・ド・レニエ、(訳)窪田 般彌

評価:
アンリ・ド レニエ
沖積舎
¥ 3,024
(2005-09-30)

存在自体が美しい本、というのがある。絵や文章はもちろん、余白さえも美しい本。(中略)アンリ・ド・レニエの『ヴェネチア風物誌』も、まさにそういう本だと思う。全編、きわめて詩にちかい散文で、言葉が次々と紡ぎだすイメージの美しさには、目眩さえしてしまう。
(『泣かない子供』より)

江國香織さんのエッセイ『泣かない子供』の中でこんなふうに素敵に紹介されていて、ずっと読んでみたかった本です。
19世紀末のヴェネチアの風景が、きらきらした水の光や匂いとともに立ち上ってくるような美しさ。この街にとり憑かれたというフランス詩人ド・レニエさんがしたためたふしぎに臨場感のある散文を読んでいると、するりとこの時代のヴェネチアに旅立ってしまえるのです。
あの迷宮のように曲がりくねった路地、キャフェ・フロリアンの優雅なざわめき、街じゅうに鳴りひびく鐘の音・・・そして、陽気な船頭が櫂をあやつるゴンドラ――
あかるくまどろんだ夏の昼間のヴェネチアはもちろん、「ガラスの河さながらの」夜のヴェネチア、「濃霧につつまれて乳色一色となる」冬のヴェネチアの描写がことさらすばらしく、文章を読みながらうっとりと酔いしれてしまいました。

色という色は入り混って、変わりやすい透明な一色となる。この地こそは、まさに妖術と魔術と幻覚の土地ではないか? (『幻覚』より)

いつか然るべき夜に、(中略)私は額縁の高みを上りつめ、彼の手を取るだろう。そして、二人して肩を並べ、まるで二人連れの亡霊のように何なく壁を通り抜けて、ヴェネチアの町を歩き廻るだろう、行き交う人の多いヴェネチアではなく、過ぎた日のヴェネチア、夜の闇と月とが白と黒の衣服をまとわせる町を。(『肖像』より)

夜眠る前に少しずつ読み進めた美しい本。
たぷんたぷり・・・たぷんたぷり・・・まるでゴンドラに揺られているような心地よさ。
マクシム・ドトマさんの詩情ゆたかな挿絵の数々もすばらしいです。

(原題『ESQUISSES VÉNITIENNES』)
Author: ことり
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『部屋』 エマ・ドナヒュー、(訳)土屋 京子

評価:
エマ・ドナヒュー
講談社
¥ 2,700
(2011-10-07)

極限状況を生きる人間の気高さと勇気を謳うぼくはママと住んでいる。知っているのはこの部屋とテレビの世界だけ。なぜならぼくはこの部屋で生まれて一度も外に出たことがないから。驚くべきその理由とは?

鍵をかけて外界から遮断され、天窓から見えるのはわずかばかりの空。
最低限の設備と家具だけがあり、日曜日にはオールド・ニックが≪日よう日のさし入れ≫をもってやってくる・・・そんな閉塞した≪へや≫で生まれ育った5歳の男の子、ジャックが語るお話です。
文章のはしばしから異質な気配がただようそこは緊迫した空間のはずなのに、ジャックの毎日は驚くほどよろこびにみちています。なんにも‘事情’を知らず、大好きなママとふたりで暮す生活は、単調であってもけっして不幸ではないのです。
ママはジャックにたっぷりの愛情をそそぎ、言葉や算数などさまざまなことを教えます。たのしい絵本だって読むし、≪たいく≫や≪オーケストラごっこ≫もします。ここはジャックにとって、親しいものたちがたくさんある住み慣れた場所。
ある日のこと、5歳になったばかりのジャックにママは脱出計画をもちかけて・・・。

≪へや≫の中だけがすべて。あとはうそっこの世界じゃなかったの??
特殊な環境でそだった男の子の混乱が手にとるように伝わってきます。
たどたどしい子供の言葉でつむぎ出されていく文章はさいしょのうち戸惑うことも多かったけれど、5歳の男の子らしい好奇心、へんてこりんな言葉を駆使した無邪気なおしゃべりにドキドキしながら引きこまれていきました。ジャックの可愛らしい声がじっさいにきこえてきそうなほどに。
そんなジャックの可愛らしさがこの物語のおぞましさを際だたせ、と同時にこの物語の希望にもなっているように感じられます。彼らを待ちうける外界は広くて開放的で、でももちろんやさしいばかりではなくて――・・・
胸がつぶれそうなせつなさのなかで迎えるラストシーンがとても素敵。
苛酷な運命を背負わされたふたりが、それでも大切な人をまもりながら生きていく愛と再生の物語。彼らの未来が、少しでもあかるい光で照らされますように。

(原題『ROOM』)
Author: ことり
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『星どろぼう』 アンドレア・ディノト、(絵)アーノルド・ローベル、(訳)やぎた よしこ

評価:
アンドレア ディノト
ほるぷ出版
¥ 1,470
(2011-12)

空の星にさわりたくてさわりたくてたまらなかった、どろぼうのおはなしです。
どろぼうは心の奥で、じぶんだけの星を一つほしいと思っていました。心の奥のその奥では、星という星をぜんぶじぶんのものにしたいと思っていました。
ある晴れたばん、どろぼうは黒いきれをひっかぶり、ふるい麻袋と空に立てかけるはしごをもって、そうっと外にしのび出ました――。

そろりそろりと はしごの てっぺんまで のぼった どろぼうは、手を のばして、いちばん ちかくで またたいている 星に さわりました。星は あたたかく、ちょっと ひっぱると、すぐに とれました。どろぼうは、すばやく 星を ポケットに つっこみ、また 手を のばしました。

西洋のおとぎ話からぬけ出たような、なつかしい風合いの絵がとてもかわいいです。ちょっとひっぱるとすぐにとれてしまうだなんて、夜空から星をぬすむ時の描写にもニンマリしてしまいますね。
ぴかぴかぴか・・・ ぱらぱらぱら・・・
かわいらしい音をたてそうな、おはじきみたいな黄色い星たち。
星たちはぶじに夜空に帰ることができたでしょうか? どろぼうとやさしい男の子のふれあいに癒される、夢いっぱいの絵本です。

(原題『THE STAR THIEF』)
Author: ことり
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『メモリー・ウォール』 アンソニー・ドーア、(訳)岩本 正恵

老女の部屋の壁に並ぶ、無数のカートリッジ。その一つ一つに彼女の大切な記憶が封じ込められていた――。記憶を自由に保存・再生できる装置を手に入れた認知症の老女を描いた表題作のほか、ダムに沈む中国の村の人々、赴任先の朝鮮半島で傷ついた鶴に出会う米兵、ナチス政権下の孤児院からアメリカに逃れた少女など、異なる場所や時代に生きる人々と、彼らを世界に繋ぎとめる「記憶」をめぐる6つの物語。

読み終えたとき、私のなかでなにかが少し、揺らいだ気がしたのです。
‘宇宙’とか‘生命’とか、人知の及ばない大きなものにすっぽりとくるまれているような、神秘的ではかない気持ちが胸のなかいっぱいにうず巻いて。
世界の見え方が変わるって、こういうことをいうのでしょうか。

圧巻なのは、やはり表題作。人間の記憶を特殊な装置で取りだして保存できるようになった近未来のアフリカが舞台です。そんな時代になってもアパルトヘイトの影響が亡霊のように色濃くのこっている描写が切ない・・・。
主人公は、認知症の未亡人・アルマ。彼女の部屋の壁には記憶を封じこめた無数のカートリッジが留められていて、そこから‘ある記憶’を盗みだそうとたくらむ二人組の男が邸にしのび込みます。
大切な記憶がこぼれてゆくアルマの不安と恐怖、記憶読み取り人のルヴォが追体験するかつてのアルマの感情・・・それらが織りあわさるリアルな物語はふしぎな感覚を生み、読みながらなんどもなんども私自身の遠い記憶がゴウゴウとよび覚まされました。
よび起こすことができなくなったとき、記憶はどこへ行ってしまうんだろう――
古代生物の発掘に情熱を傾けながら死んだアルマの夫は、私たちが今ここにいるのはただの偶然だと話します。太古から延々とくり返されてきた生命の営み、地球の歴史からみたら、私たちの人生なんてほんの小さな点でしかないのかもしれない。でもだからこそそれぞれが奇跡で、かけがえがなくて、尊いものなのだと物語は語ってくれます。人びとの哀しみによりそう作者のやさしさが伝わってきます。
ひとつの短篇として収まっていながら、その味わいはまるで長編小説のそれのよう。とてつもなく広く、とてつもなく深い・・・ふくらかで灯るような物語でした。

『メモリー・ウォール』、『生殖せよ、発生せよ』、『武装地帯』、『 一一三号村』、『ネムナス川』、『来世』を収録。

(原題『Memory Wall』)
Author: ことり
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