『ほんとうに大切なこと』 ヤン・ゴールドスタイン、(訳)松本 美菜子

評価:
ヤン ゴールドスタイン
ヴィレッジブックス
¥ 714
(2007-10)

両親の離婚、最愛の母の死、そして将来を誓い合った恋人にも去られたジェニファー。人生に絶望した彼女は、自らの命を断とうとするが、偶然にも命をとりとめる。その知らせをうけてかけつけた祖母ギャビーは、愛する孫娘の変わり果てた姿を見てひどく心を痛めていた。彼女はいつまた自殺をはかるかもしれないジェニファーを救うことを決意し、孫をニューヨークのアパートに連れ帰る。年老いた祖母は残り少ない自分の命をかけて“あること”を伝えようとするが――
涙といっしょにあなたに贈る、人生のおまじない。

自殺未遂の少女が、愛情深い祖母とすごすことで癒されていく再生の物語。
お話の流れはいつかどこかで読んだことのあるようなありふれたものだったけれど、胸の奥に深いかなしみを秘めた祖母(ばーば)のひと言ひと言にはたっぷりとした重みがあって、なんだかとても説得力のあるお話だったのです。
ナチスの襲撃でとつぜん奪われた幸福な少女時代、屋根裏にかくまわれた日々、「死の列車」から間一髪脱出したこと・・・ジェニファーに語り聞かせる壮絶な過去と、絶望のなかで見つけた光。
「目と心をちゃんとひらけば、そんな時でも毎日あなたのために贈り物が用意されているのよ。」

長いあいだ大事に大事にしまわれていた小さな記憶のかけらたちが、きちんと伝わりつながっていくラストが素敵。
ばーばみたいな悲惨な経験をもしも味わったら、そのさなかに小さな幸せをみつけるなんて私にはきっと無理・・・。でも、気分が滅入ったとき、色褪せた日常からきらりと輝く一瞬をさがすことならできるよね・・・目と心さえちゃんとひらけば。
忘れないで心に留めておきたい・・・ばーばから教わった、大切なこと。

(原題『ALL THAT MATTERS』)
Author: ことり
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『死霊の恋 ポンペイ夜話 他三篇』 ゴーチエ、(訳)田辺 貞之助

フランス文学の魔術師テオフィル・ゴーチエ(1811‐72)の傑作短篇5篇を選び収める。ヨーロッパでもっとも傑れた吸血鬼小説の一つと賞される「死霊の恋」、青年のよせる烈しい思慕に古代ポンペイの麗人が甦える「ポンペイ夜話」など、いずれも愛と美と夢に彩られたあでやかな幻想の世界へと読者をいざなう。

『死霊の恋』、『ポンペイ夜話』、『二人一役』、『コーヒー沸かし』、『オニュフリユス』――ていねいに織られた、古く典雅なタペストリーをみているみたい・・・。
悪魔的な幻想も、怪奇譚も、いい具合に色褪せた金の織り糸を思わせる美しい筆致によって、読む者をうっとりと‘この世ならぬどこか’へと誘いだしてくれます。
美しくも哀しい愛に夜ごとからめとられてゆく『死霊の恋』と、妖しい魂がよみがえる幻惑のひと夜を描いた『コーヒー沸かし』がとくに好き。自分自身を見失い、霊魂になり果ててまでも愛をつらぬこうとする・・・そんな狂気じみたおぞましさにさえ優しさがにじみ、上品な煌めきを放つ絵模様が脳裡にいくつも映し出されるようでした。
Author: ことり
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『アンリくん、パリへ行く』 レオノール・クライン、(絵)ソール・バス、(訳)松浦 弥太郎

評価:
ソール・バス,レオノール・クライン
スペースシャワーネットワーク
¥ 2,520
(2012-09-21)

アメリカを代表するグラフィックデザイナー、ソール・バスさんによる唯一の絵本。
オレンジ、グリーン、ピンク、ブルー・・・ページをめくるごとに鮮やかで楽しい色彩が目にとびこんできます。

アンリくんは、パリに近いルブールというちいさな町に住む男の子。
白くて小さなすてきなおうちに住んでいて、パリの本を読むのが大好き。でもまだ行ったことはありません。まだ見ぬパリへの憧れは、日々募るばかり。
ある日どうしても我慢できなくなったアンリくんは、チーズとにんじんとパンひときれ、そしてえんぴつと紙をもってパリへと出発しました。でも、とちゅうで疲れてお昼寝をしてしまい・・・??

洗練されたデザイン画と、くすっと心なごむ可愛いストーリー。
いまいる場所がきっともっと好きになる・・・
お子さんはもちろん、おとなの方にもおすすめの絵本です。

(原題『HENRI'S WALK TO PARIS』)
Author: ことり
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『聖なる夜に―A SMALL MIRACLE』 ピーター・コリントン

評価:
ピーター コリントン
BL出版
¥ 1,365
(2000-11)

クリスマス・イヴの晩に、ひとりのおばあさんが雪の中にたおれています。たきぎと食料を買うためのわずかなお金を、バイクに乗ったひったくりに奪われてしまったのです。
それは、奇跡がおきる特別な夜。正しい行いをした者に救いの手がさしのべられ、すばらしい贈り物がとどく、聖なる夜でした。
おばあさんを助けにあらわれたのは・・・。静かに語られる、クリスマスの奇跡。文字のない絵本。

しずかにしずかに更けていく、聖なる夜にひらいた絵本。
リアルで慎み深い細密画がすばらしく、言葉がないぶん、おばあさんの気持ちのうつろいやつめたく張りつめた空気、ひっそりとした‘小さな奇跡’を際だたせています。
ワンカットごとに豊かな物語がつむぎ出され、いつのまにか心が清らかなものでひたひたとみたされていくのです。

凍りつくような寒さと世間のきびしさにうかび上がる、貧しいおばあさんの正しいおこない――
天使のクリスマス』とはまたちがった美しさが描かれた、しずかに雄弁な物語です。

(原題『A SMALL MIRACLE』)
Author: ことり
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『ミシュカ』 マリー・コルモン、(絵)フョードル・ロジャンコフスキー、(訳)みつじ まちこ

評価:
マリー コルモン
新教出版社
¥ 1,365
(2012-08-01)

ミシュカは、こぐまのぬいぐるみ。雪のなかをざっくざっくと歩いてゆきます。
持ち主の女の子のわがままっぷりにいやけがさして、ついにクリスマス・イブの朝、家出をしたのです。
はな歌をうたいながら森のなかを気ままにお散歩するミシュカ。
鳥たちの会話から、こんやはみんななにかひとついいことをしなくちゃいけない日だと知ったミシュカは、プレゼントくばりに忙しい白いトナカイに出逢って・・・?

ロジャンコフスキーさんの描かれた絵が、とにかくみごとな絵本です。
おもちゃがころがる子ども部屋や、雪にとざされたひんやりと美しい森、そしてきれいなそりをひく赤いかざりをつけたトナカイ――たくさんの彩りがのせられていながら、うっすら紗がかかったような上品なくすみがクラシカルですてき。
原書は戦時下の1941年、フランスの有名な「ペール・カストール叢書」の一冊として刊行されたものだそうです。
ふかふかと愛らしいいたずらっこのミシュカが、たのしかったつかのまの冒険をふり返り、それでもやっぱりえらんだ道。愛と献身にみちた、すばらしいクリスマスの童話です。

(原題『MICHKA』)
Author: ことり
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『女だけの町(クランフォード)』 ギャスケル、(訳)小池 滋

世の荒波からぽつんと取り残された田舎町クランフォード。浮世ばなれしたこの町につましく暮らす老嬢や未亡人ら「淑女」の面々は、ちょっと風変わりだけれど皆底抜けに善良な人たちばかり。
イギリスの女性作家ギャスケル(1810-65)が、絶妙な味わいの人情噺さながら、ユーモアとペーソスたっぷりに語る女の世界。

たとえ夫婦で町に住みついても、どういうわけか男のほうが姿を消してしまうという女ばかりの田舎町クランフォード。
かつての牧師の娘ミス・マティー、ずっと独身を通してきたミス・ポール、貴族階級の未亡人ミセズ・フォレスター・・・クランフォードにはクランフォード流の礼儀作法があり、この町で「上品につましく」暮らす淑女たちはみなちょっぴり時代遅れの暮らしを続けています。
商業都市ドランブルとこの町を行き来する娘メアリー・スミスが、おっとりと浮世ばなれした「女だけの町」でのできごとを、ほどよい距離感で語りはじめる物語。

ゆっくりと、こまごまと、語られていく町のあれこれ。
どんなにつまらないものも一つとしておろそかにはしないクランフォードの人びとのように、このお話もどうということのない日常的な人びとのかかわり合いを、言葉ていねいに伝えてくれます。
派手な事件は起こらないぶん、この町ならではのご婦人方の風俗や社交界・・・ささやかに流れていく町の‘空気感’が大切にされているそんな小説。
解説によると、クランフォードの町のモデルは作者ギャスケル夫人がそだったナッツフォードの町だそうです。ごくふつうの、平凡な生涯を送ったというギャスケル夫人。このお話のありふれた名前の語り手は、きっと彼女の分身なのでしょうね。
大きなお屋敷とか園遊会とか、そういうこの時代の英国小説にみられる華やかなものはでてこないけれど、町の雑貨屋のファッション展示会にときめいたり、しゃれた編み方で靴下留めを編んだり・・・、クランフォードの淑女たちはよりそうように小さな生活を楽しんでいます。メアリーのやさしいまなざしとユーモア、しみじみした語り口がとっても心地のよい読み物です。

「でも、クランフォードってまったく親切な町ね!いつもよりおいしいご馳走があると、誰でも必ず一番おいしいところを小鉢に分けて姉に持ってきて下さるの。貧しい人たちも野菜が手に入ると、まっさきに姉にって持ってきて下さるの。それが恥ずかしいみたいに、ぶっきらぼうであまり口をきかないけど、その思いやりを見ると私涙が出てくるのよ」

(原題『CRANFORD』)
Author: ことり
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『最終目的地』 ピーター・キャメロン、(訳)岩本 正恵

南米ウルグアイの人里離れた邸宅に暮らす、自殺した作家の妻、作家の愛人と小さな娘、作家の兄とその恋人である青年。ナチスの迫害を逃れてきた先代が、ドイツ風の屋敷をたてたこの場所で、人生を断念したかのように静かな暮らしが営まれていた。そこへ突然、作家の伝記を書こうというアメリカの大学院生がやってくる。思いがけない波紋がよびさます、封印した記憶、あきらめたはずの愛――。
全篇にちりばめられたユーモアと陰翳に富む人物像、それぞれの人生を肯定する作者のまなざしが、深く暖かな読後感をもたらす。英国古典小説の味わいをもつ、アメリカの傑作小説。

あふれる陽光、ゆらめく葉陰・・・。さふさふした芝生を裸足で歩いているみたい。
風通しよくエレガントな文章はやさしく心を撫で、ゆるりとくつろいだ気分で物語のなかを歩いてゆきました。

忘れ去られたような緑深いオチョス・リオスで、しずかな日々を送る5人の男女。
すこしずつ幸福で、すこしずつ不幸、どこかかたくなな平穏のなかに落ち着いていた彼らの人生が、アメリカ人青年・オマーの来訪によってふたたびゆるやかに動きはじめます。森の奥にひそむ小さな泉に、思いがけなくさざ波がたつように。
コーヒーの香り、窓から差しこむ光の加減、ミツバチのうなる羽音・・・その場に私も立っているようなディテイル描写の繊細さ、そして生き生きと交わされる人びとの会話が彼らの気持ちや表情までもていねいにすくい上げます。
きらきらとものういこの土地と人びとは、やがてオマー自身の心も動かして、人生は大きなゆらぎをみせるのです。

臆病で善良な人びと。生まれたての恋のためらい。流れゆく時間。
たどりつくべき場所にたどりついた、そんなふうに思っていても、人生はいつまた新たな目的地にむかって動きだすか分からない。
・・・人生って、なんてふしぎで、魅惑的で、しみじみと美しいんだろう。
彼らがえらびとったそれぞれの道を――哀しい別れすらも――、すべて祝福したくなる前向きな物語に、心がすがすがしい風でみたされるようです。

(原題『The City of Your Final Destination』)
Author: ことり
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『ふくろ小路一番地』 イーヴ・ガーネット、(訳)石井 桃子

ふくろ小路一番地に住む、子だくさんのラッグルスさん一家のにぎやかな物語。長女リリー・ローズがお客さんの洗濯物をちぢませてしまったり、ふたごの男の子ジェームズとジョンが子どもギャングに入ったりと、つぎつぎと事件が起こります。
たくましく生きる下町の家族の日常をユーモラスに描いた名作。

イギリスの下町で巻き起こる、子だくさん一家のたのしい騒動――うん、騒動っていう言葉がぴったり!――を描いた物語です。
ラッグルス家のかあちゃんは洗濯屋で、とうちゃんはごみ収集をしています。どちらも「ひとさまのよごれ物をしまつ」する仕事。貧しいけれど、つつましやかに逞しく暮しています。
とうちゃん、かあちゃんをはじめ、元気いっぱいの7人の子どもたちのはじけるような個性がたまらなく愉快。泣いたり笑ったりおびえたり・・・一家に‘事件’は尽きなくて、家族たちが頭のなかでくるくると動きまわってくれる、そんな豊かで鮮やかな読書体験ができる物語でした。私は『ケートと帽子』の章が一ばん好き。

この『ふくろ小路一番地』は、イギリスの児童文学史上はじめて「労働者階級の子ども」をとり上げたことで、出版当時(1937年)大きな話題になったのだそうです。
下町ふうのすこしくだけた感じの話し言葉も、ニュアンスたっぷりに訳されています。さすが石井桃子さん!な翻訳で、一家のにぎやかな様子がしっかりと伝わってきてうれしい。

(原題『The Family from One End Street』)
Author: ことり
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『サーカス象に水を』 サラ・グルーエン、(訳)川副 智子

評価:
サラ グルーエン
武田ランダムハウスジャパン
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(2012-02-11)

大テントの中に鳴り響く、大歓声と拍手。いよいよ目玉の演目、象の曲芸がはじまった。と、異常事態を知らせるマーチが場内に鳴り響く!逃げ惑う客、脱走する動物たち――そのとき、ぼくは見てしまった。「彼女」があいつを殺すところを・・・。それから70年。93歳の老人は、移動サーカスで過ごした4ヵ月間を語り始める。芸なしの象、列車から捨てられる団員、命がけで愛した女性、そしてあの「殺人」のことを。

90歳(もしくは93歳)のジェイコブ・ヤンコフスキは、介護施設に入居中。ある日、町にサーカスがやってきて、彼は昔のことを思い出します。70年も前・・・とつぜん天涯孤独の身となり、獣医学部の最終試験を放棄して、たまたま通りかかったサーカス列車に飛び乗ってからの日々を。

サーカステント内での殺人シーンで幕をあける衝撃のプロローグ。
読み手はいっきにそのミステリアスな物語の迫力に引きこまれてしまいます。
本編は、偏屈だけれどとても誇り高い老人の「いま」と、彼が回顧する移動サーカスでの濃密な「過去」とが、かわりばんこに描かれていく構成。過去の章がやはりとても印象的でした。個性あふれるパフォーマーたちや、気のいい裏方の男たち、独裁的なサーカス団長――そして、サーカスの動物たち。猥雑でパワフルなステージの情景、めくるめく長旅と労働のなかで、純真なジェイコブはその裏にある社会の不条理を知り、道ならぬ恋をするのです。
はつらつとして初々しい23歳のジェイコブと、意地っぱりで淋しがりやの現在のジェイコブ老人はまるで別人のようですが、読み進んでいくうちにふたりのジェイコブがみごとに溶けあってゆきます。ひとりの人間が出逢いや経験や思い出を積み重ね、長い時間をかけて老いてゆくその意味がぼんやりと分かるような気がしました。
ジェイコブの胸に去来する、煌びやかな過去への追憶。そうして迎えるラストシーンがすごくよかったです。厚い雲のすきまから穏やかな光がひとすじ差し込むような、やさしいラスト。あたたかで切ないものがしみじみと心をみたすのです。

(原題『WATER FOR ELEPHANTS』)
Author: ことり
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『二流小説家』 デイヴィッド・ゴードン、(訳)青木 千鶴

ハリーは冴えない中年作家。シリーズもののミステリ、SF、ヴァンパイア小説の執筆で何とか食いつないできたが、ガールフレンドには愛想を尽かされ、家庭教師をしている女子高生からも小馬鹿にされる始末だった。だがそんなハリーに大逆転のチャンスが。かつてニューヨークを震撼させた連続殺人鬼より告白本の執筆を依頼されたのだ。ベストセラー作家になり周囲を見返すために、殺人鬼が服役中の刑務所に面会に向かうのだが・・・。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞候補作。

書いても書いてもちっとも売れない、おまけに私生活も冴えない中年作家ハリー・ブロックが主人公。
ある日、彼が生活費稼ぎのために書いているポルノ小説のファンだという死刑囚から自伝代筆依頼が舞いこみます。依頼人は連続猟奇殺人事件の犯人ダリアン・クレイ。ハリーは大興奮したのもつかのま・・・とんでもない事件に巻き込まれて――?!

とぼけたダメ男の迷走っぷりを中心に、前半はかなり冗長なゆっくりペースで進行します。(本筋のストーリーがなかなか動きださない・・・)
ゴーストライター人生を歩んできたハリーが「ぼくの実名で、ぼく自身の声で世に出すはじめての作品」というカタチをとっているこの小説は、時おりハリーが別名義で書いた小説(断片)をはさみ込みながら進み、やがて後半に入るとダリアンの兇行をそっくりまねた連続殺人事件が起こり、物語もいっきに加速してゆきます。
手の込んだ構成に加え、いやらしい性的表現やグロテスクな描写、ラストまぢかで明かされる驚きの真相、作者の文学論や主人公のぼやき・・・とにかく盛りだくさん。うーーん、たしかに面白かったけど、読後はぐったりした疲労感のほうがまさってしまいました・・・。

(原題『The Serialist』)
Author: ことり
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