『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』 ジョイス・キャロル・オーツ、(訳)栩木 玲子

美しい金髪の下級生を誘拐する、有名私立中学校の女子三人組(「とうもろこしの乙女」)、屈強で悪魔的な性格の兄にいたぶられる、善良な芸術家肌の弟(「化石の兄弟」)、好色でハンサムな兄に悩まされる、奥手で繊細な弟(「タマゴテングタケ」)、退役傷病軍人の若者に思いを寄せる、裕福な未亡人(「ヘルピング・ハンズ」)、悪夢のような現実に落ちこんでいく、腕利きの美容整形外科医(「頭の穴」)。
1995年から2010年にかけて発表された多くの短篇から、著者自らが選んだ悪夢的作品の傑作集。

読むほどに、気持ちの悪さがその濃さを増してゆく短篇集でした。
お話にはびこった理解しがたい悪意の底をおそるおそる覗き込むとき、「闇を覗くものはまた、闇からも覗かれている」という有名な哲学者の言葉を思い出して背すじがゾワリとした私です。
ぬぐってもぬぐっても、どろりと粘りのある厭な感触がのこる悪夢の世界たち。
読み手を弄び愉しんでさえいるような、そんな不気味な描かれ方に心が均衡をうしなってしまいそう・・・。

(原題『THE CORN MAIDEN AND OTHER NIGHTMARES』)
Author: ことり
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『うたかたの日々』 ヴィアン、(訳)野崎 歓

青年コランは美しいクロエと恋に落ち、結婚する。しかしクロエは肺の中に睡蓮が生長する奇妙な病気にかかってしまう・・・。
愉快な青春の季節の果てに訪れる、荒廃と喪失の光景を前にして立ち尽くす者の姿を、このうえなく悲痛に、美しく描き切ったラブストーリー。決定訳ついに登場!

大人のための童話だと思いました。
奏でられた音符を調合してつくるカクテルピアノ、言葉のつうじるハツカネズミ、そして、愛する妻の肺に咲く睡蓮――それぞれのモチーフがかなしみを帯びた夢のよう。
透きとおるほどに美しい旋律が、ひりつくような痛々しさで胸にしみます。

シナモンシュガーの匂いのする雲・・・はだけた乳房と青い花冠のコントラスト・・・
心臓抜きの殺人・・・ある哲学者を異常なまでに狂信する友人・・・
ここにしかないシュールな物語世界は、けれどすべてが美しく詩的で、いまにも崩れ去りそうな危うさのなかに成り立っています。
「きれいな女の子相手の恋愛と、デューク・エリントンの音楽以外は醜いから消えていい。」 そう言い放つボリス・ヴィアンさんは、ほとばしる奇想たちを繊細な言葉の糸でつむぎ出し、紙の上に踊らせてみせてくれています。

クロエの肺に咲く睡蓮が、ふたりの愛を死で覆いつくすまで。
きらめきながら消えていく・・・あぶくのようにはかない青春の日々の物語。

(原題『L'ÉCUME DES JOURS』)
Author: ことり
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『少女』 アンヌ・ヴィアゼムスキー、(訳)國分 俊宏

評価:
アンヌ ヴィアゼムスキー
白水社
¥ 2,520
(2010-10-19)

17歳の女子高生アンヌは、友人に連れられて、ある老齢の映画監督の自宅を訪れる。それが、次回作のオーディションであることも、またこの日を機に平凡だった自分の人生が劇的に変化していくことも知らずに。その監督の名は、ロベール・ブレッソン――
著者は、ノーベル文学賞作家フランソワ・モーリヤックの孫娘。映画の主役に大抜擢され、66年に作品が公開されるや一夜にしてスターダムに躍り出た。翌年ゴダールの「中国女」に主演、またパゾリーニ、フィリップ・ガレルなど錚々たる監督の作品に出演するなど、仏映画史にその名を刻んだ伝説の女優。近年は作家に転向し、数々の文学賞を受賞している。
傑作「バルタザールどこへ行く」の撮影秘話でもある本書は、40以上も歳の離れたカリスマ監督と新人女優の間の、恋愛にも似た不思議な共犯関係を、思春期の少女の瑞々しい視点で描いた実名小説である。

(原題『JEUNE FILLE』)
Author: ことり
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『祖母の手帖』 ミレーナ・アグス、(訳)中嶋 浩郎

イタリア、サルデーニャの美しい娘だった祖母は、戦時中、空襲で家族を喪った寡黙な男が実家に下宿したのが縁で、愛のない結婚をする。そしてあるとき、持病の結石の治療で訪れた本土の温泉でひとりの「帰還兵」を知る。胸がつまるほど痩せた体に力強い腕と優しい手。片方の脚は木の義足だった。ほどなく二人は、つかのまの、激しい愛の日々を過ごすようになる。帰郷して9か月後、待望の男児が生まれる。それが「わたし」の父だ。
愛の真髄を優雅に描きだす、器楽曲のような小さな物語。

愛に飢えた、ひとりの女性の物語。
互いにベッドの反対側で眠りながら、時おり夫に売春宿のサービスを行う狂気じみた妻。彼女は結石治療に訪れた温泉で、1950年秋、ついにほんものの愛を知る・・・。
物語は終始、その女性の孫である「わたし」目線で語られてゆきます。

祖母は、愛というのは何ておかしなものなんだろう、といつも思った。愛は、ベッドをともにしても、優しくしたりよい行いをしたりしても、生まれないときには決して生まれない。

「わたし」がつづってゆく、祖母の禁断の愛――。
メランコリックな筆致で描かれる生々しさと切なさは、ほろ苦い官能とともにしずかな痛みがうずくように伝わってきました。そうして長い年月が経ち、遺された祖母の手帖と一通の手紙が明かす‘真実’に、はっと息をのむのです。
読み終えたあと、エピグラフに引用された一文がじわじわと沁みてきます。
「もしあなたとこの世で会うことがないのなら、
せめてその不在を感じさせてください」

(原題『Mal di pietre』)
Author: ことり
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『しずかな、クリスマスのほん』 デボラ・アンダーウッド、(絵)レナータ・リウスカ、(訳)江國 香織

評価:
デボラ アンダーウッド
光村教育図書
¥ 1,260
(2012-11)

しんとしずかな、ほん』のクリスマス版。
クリスマスのしずかさは、とくべつだから。ふだんのしずかさとはちがうから・・・。

ふいに おとずれる しんとしたきもち
ゆきに てんしのかたちをつける しずかさ
くるみわりにんぎょうの げきをみる ひとりずつの しずかさ
あかりのともる しゅんかんの いきをつめた しずかさ
そりの すずのねに みみをすます しずかさ ・・・

雪につつまれたクリスマスには、清らかに澄みきったしずかさがいっぱい。
でもどんなに寒くても、お友だちと楽しくすごすひとときや、ママのたっぷりした愛情など、あたたかで気もちのよい幸福感もじんわり伝わってきます。
ひそやかな息づかいまできこえてきそうな動物たちの表情は、相変わらずのキュートさ。おなじシリーズの『にぎやかな ほん!』もおすすめです。

(原題『THE CHRISTMAS QUIET BOOK』)
Author: ことり
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『クリスマスのてんし』 エルゼ・ヴェンツ‐ヴィエトール、(訳)さいとう ひさこ

評価:
エルゼ・ヴェンツ-ヴィエトール
徳間書店
¥ 1,785
(2009-09-16)

ページの上にとびだした、愛らしい天使の顔。
めくるごとに、天使がひとりずつこちらを向いて歌いかけるように感じられる心にしみるクリスマスの絵本です。

もうすぐクリスマス。夜空にはあどけない10人の天使たち。
こまっている動物や人びとに、天使たちは救いの手をさしのべます。ふわりとひとりずつ舞い降りて・・・。
天使たちのおこないが、清らかなクリスマスの明かりとなって心をうるおしてくれる素朴でやさしい仕掛け絵本。
ラストのページでは、10人の透きとおった歌声が聴こえてきます。

(原題『The Christmas Angels』)
Author: ことり
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『博物館の裏庭で』 ケイト・アトキンソン、(訳)小野寺 健

1952年、英国の古都ヨークの平凡な家庭に生まれたルビー・レノックス。一家はペットショップを営み、お店の2階に暮らしている。部屋の片隅に眠る、古ぼけた写真、ピンク色のボタン、兎の脚のお守り。そんな小さなものたちが、それぞれの時代の記憶を語り始める――。
はかない初恋や、家族とのいざこざ、異国への憧れ。そして、ルビーの母の、祖母の、曾祖母たちの平穏な日々を突然奪っていった、2度の戦争。ルビーの人生を主旋律とする物語は、さかのぼる三代の女たちの人生と響き合いながら、一族の壮大な歴史を奏でる。
ウィットブレッド賞を受賞した、現代の「偉大なる英国小説」。

「あたしは存在している!」
たくましい生命力にみちた、こんな一文で幕を開ける物語。ルビー・レノックスの語りはまだ母のおなかの中・・・それも胎内に芽生えた瞬間(!)にはじまるのです。
ルビーを中心にして、かろやかに、時に滑稽に、豊穣な家族の歴史が語られてゆきます。ふたつの大戦に影響されながらも懸命に生き抜いた女たちの波乱にみちたエピソード。「補注」として語られる過去の人びとも生き生きとして愛らしく、まるで目の前にいるみたい。

生きる、ということがこんなにも大変だった時代。
もっと違う人生があったかもしれないのに・・・そんな思いを胸の奥にくすぶらせながら、ただ目の前の時間をむさぼるように生きるしかなかった女たちの絶望が行間からしたたり落ちてくる。
平凡な家族の歴史にうずもれた数えきれない悲劇、そして彼女たちの喪失感や心残りが、つぎつぎによぎってゆきました。

銀のロケット、祖母の時計、色褪せた写真・・・
とりとめのない小さな品々が秘めてきた、これは記憶の物語。人びとに忘れ去られ、もしかしたら永遠に語られることのなかった、ミステリアスで儚い記憶の物語。

(原題『Behind the Scenes at the Museum』)
Author: ことり
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『世界が終わるわけではなく』 ケイト・アトキンソン、(訳)青木 純子

可愛がっていた飼い猫が大きくなっていき、気がつくと、ソファの隣で背もたれに寄りかかって足を組んでテレビを見ている!そして・・・という「猫の愛人」、真面目な青年と、悪さをしながら面白おかしく暮らす彼のドッペルゲンガーの物語「ドッペルゲンガー」、事故で死んだ女性が、死後もこの世にとどまって残された家族たちを見守ることになる「時空の亀裂」等々、十二篇のゆるやかに連関した物語。
千夜一夜物語のような、それでいて現実世界の不確実性を垣間見せてくれる、ウィットブレッド賞受賞作家によるきわめて現代的で味わい深い短篇集。

お茶目で奇妙な味わいの、遊び心あふれる短篇集。
登場人物どうしがゆるやかにつながり合っていく物語世界は、現実的でありながらもふわんと神話めいていてナンセンス。日常と非日常がたくらみをもって手をつなぎ、渦のような‘あちら側’からの引力に弄ばれてしまうこんな本が大好きです。
どこまでも膨らむ会話、狂気に追いつめる分身、クマみたいに大きくなる猫。
見慣れた風景のなかにいたはずなのに、いつのまにか迷子なの・・・。ウサギ穴に落っこちたアリスみたいに。

「こことは別の世界が、もうひとつあるのかもしれない・・・でもきっと、こことそっくり同じなんでしょうね・・・あっちでもフランス・ワインと天然酵母のパンと、モロッコ産オレンジとミシン糸と、鼓山白雲茶のティーバッグを買って、夜になったら通りのざわめきや犬の鳴き声や、マークとレイチェルという名の夫婦たちが繰り広げる深夜のおしゃべりや、平和に満ちた音を聞きながらベッドで眠りにつく。そういう世界って素敵よね」

(原題『Not the End of the World』)
Author: ことり
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『閉じた本』 ギルバート・アデア、(訳)青木 純子

評価:
ギルバート・アデア
東京創元社
¥ 882
(2009-12-10)

事故で眼球を失った大作家ポールは、世間と隔絶した生活を送っていた。ある日彼は自伝執筆のため、口述筆記の助手として青年ジョンを雇い入れる。執筆は順調に進むが、ささいなきっかけからポールは恐怖を覚え始める。ジョンの言葉を通して知る世界の姿は、果たして真実なのか?何かがおかしい・・・。彼の正体は?そしてやって来る驚愕の結末。会話と独白のみの異色ミステリ。

会話と独白のみですすんでいくミステリー、というのに惹かれて読んでみました。
とくに冒頭のやりとり――崩れた顔貌をもつ謎めいた大作家と、率直さと観察眼を買われた助手がくり広げる会話――には心をがっしり掴まれたし、盲目のポールの身になって手探りで‘行間’を読ませるスタイルはすごくおもしろい。
地の文章がないことで、読み手はじりじりと不安感を煽られてゆくのです。

・・・それなのに、
待っていたのはあっけない展開、かなりお粗末な動機・・・。
前半がスリリングだったぶん、よけいに残念な思いがしました。
なんだか、こだわりのラッピングにワクワクしながら時間をかけて箱を開けてみたのに「な〜んだ、がっかり・・・」とつぶやいてしまう、そんな読後感。もう少し奥行きのある結末でお話に翻弄されてみたかったな・・・。

(原題『A Closed Book』)
Author: ことり
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『曲芸師ハリドン』 ヤコブ・ヴェゲリウス、(訳)菱木 晃子

評価:
ヤコブ ヴェゲリウス
あすなろ書房
¥ 1,365
(2007-08)

ハリドンが安心できるのは、曲芸をしているときと<船長>と二人でいるときだけだった。しかし、その<船長>が・・・。
冷たい空気が、秋と港のにおいを運んでくる。「他人を信用しないこと」を信条に生きてきた少年は、たったひとりの友をさがしに、夜の街へととびだした。北の港町を舞台にくりひろげられるだれも知らない奇妙な一夜。スウェーデンからやってきた現代のおとぎばなし。

北欧の小さな港町で<船長>とふたりで暮す曲芸師のハリドン。
誰も信用できなくて、心をとざしているハリドンがやすらげる相手は<船長>だけ。その<船長>がある晩、夜更けになっても帰ってこない・・・。彼はいてもたってもいられなくなり、夜の町にとび出します。
行きつけのジャズバー、公園、広場・・・一輪車にのって大好きな<船長>をさがすハリドンは、とちゅう小さいけなげな野良犬と出会って――?

ひとりぽっちで夜の町をさまようハリドンの張りつめた不安が、ひんやりとした夜気や石畳に溶けあい、ふしぎに妖しげな気配をかもしています。
ハリドンをはじめ、小さな犬も、バーのマダムも、カジノの男も、犬をつかまえる男も、<船長>も・・・登場するのはみな夢を追い、挫折を知り、それでもなお心をうるおしてくれるなにかをもとめている人たち。ハリドンの、<船長>をうしないたくない、っていう気持ちが痛いくらい伝わってきます。
ふるい革張りの洋書からぬけ出したような挿絵も雰囲気たっぷり・・・。
孤独と淋しさがやがて友情と信頼にかわっていく様子、そして帽子のなかにのこった小さな「希望」が心をぽっとあたたかくしてくれる幻想的な夜のメルヘン。お気に入りのお話になりました。

(原題『ESPERANZA』)
Author: ことり
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