『破局』 ダフネ・デュ・モーリア、(訳)吉田 誠一

評価:
ダフネ・デュ モーリア
早川書房
¥ 2,160
(2006-05)

事件はいつも、予期しないときに襲ってくる。それはそっと忍び寄り、背後でじっと待ち構えている・・・。ヒッチコックが映画化した「レベッカ」「鳥」で知られる著者が人生の断面を鋭く抉る6つの物語。

まったく、デュ・モーリアさんは短篇小説も長編小説もすばらしいなぁ。
思いがけない運命に翻弄される人びとを冷静に見つめ、淡々と、ゾクゾクするような鋭さで描き出してゆく短篇集です。
『アリバイ』、『青いレンズ』、『美少年』、『皇女』、『荒れ野』、『あおがい』の6篇のうち、私がとりわけ好きなのは、『青いレンズ』。

『青いレンズ』
きょうは包帯をとり、青いレンズをはめる日。
眼の手術をした女性がゆっくりと両目をひらくと・・・、少しずつ霧が薄れ、ぼんやりと室内の輪郭が見えてくる。けれど、周囲の医師や看護婦は首から上がすべて動物に見えてしまう。牝牛、フォックス・テリア、子猫、蛇、イタチ・・・。
おまけに恋人の頭部までもが・・・?!
すっかり怯えた彼女は病院を抜け出そうとするもつれ戻され、翌朝新しいレンズをつけて目覚めるが――。

悪い夢でもみているような、おかしなお話。
けれど主人公がじりじりと追いつめられていく様子は手にとるようにリアルです。誰も分かってくれない孤独だとか情けなさ。最後に用意されたオチもまた絶妙なのです。

(原題『THE BREAKING POINT』)
Author: ことり
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『レイチェル』 ダフネ・デュ・モーリア、(訳)務台 夏子

評価:
ダフネ・デュ モーリア
東京創元社
¥ 1,260
(2004-07)

亡き父に代わり、わたしを育てた従兄アンブローズが、イタリアで結婚し、急逝した。わたしは彼の妻レイチェルを恨んだが、彼女に会うやいなや、心を奪われる。財産を相続したら、レイチェルを妻に迎えよう。が、遺された手紙が、想いに影を落とす・・・アンブローズは彼女に殺されたのか?せめぎあう恋と疑惑。もうひとつの『レベッカ』として世評高い傑作、新訳でここに復活。

レベッカ』でも冒頭で予感めいた文章がありましたが、この物語もそう。主人公フィリップ・アシュリーのかなり意味深な独白で幕をあけ、そこからいっきに暗示された結末へと向かってゆきます。
舞台は19世紀のイギリス。荒涼としたコーンウォール地方の広大な領地。
敬愛する従兄・アンブローズが異国で急逝し、フィリップはまだ見ぬ彼の新妻・レイチェルに憎しみを募らせる。けれど彼女が領地にやってきたとたん、みるみる警戒をとき、その魅力に屈してしまう・・・そんな様子が流れるような自然さで、しずかに丁寧に描きだされてゆきます。
喪服を美しく着こなす白くきゃしゃな身体。花やハーブの知識にあかるく、やさしい身のこなしで使用人たちへの気配りも忘れないレイチェル。いっぽうで、フィリップの耳には彼女の過去にまつわる噂が届き、遺されたアンブローズの手紙から恐ろしい想像を捨て去ることもできません。
愛に溺れる狂気のなかで、彼女への疑惑がフィリップをじわりじわりと追いつめていくのです。

・・・結局のところ、レイチェルは本当にやったのか。それとも潔白だったのか。
でもどちらにしても男たちをつぎつぎに破滅へと追いやっていく‘魔性’の前では真実なんてかすんでしまう。
急転直下、闇のなかにぽつんと置いてきぼりにされるようなエンディングにすっかり痺れてしまった私です。デュ・モーリアさんの本にはずれなし!!

(原題『MY COUSIN RACHEL』)
Author: ことり
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『レベッカ』(上・下) デュ・モーリア、(訳)大久保 康雄

夢のなかの月光にうかび上がるお屋敷・・・
精霊のようにふわりと入り込んだ荒れ果てたマンダレイ・・・
昨夜、わたしはまたマンダレイへ行った夢を見た。
これ以上ないほど神秘的な書き出しではじまる詩情ゆたかなゴシック・ロマン。ぞくぞくするような戦慄に、すばらしく魅了されてしまいました。

物語は、内気でまだ少女っぽさのただよう「わたし」の目線から語られます。
海の事故で妻を亡くした大富豪のマキシム・デ・ウィンターに見初められた「わたし」は、彼と結婚しマンダレイに移り住むことに。けれどマンダレイの大きなお屋敷には、先妻・レベッカの気配が重苦しくはびこっていたのです。
美しく聡明で教養があり、天使のようなほほえみでまわりの人びとに愛されたというレベッカ。彼女にいまだ心酔するデンヴァース夫人(家政婦)には敵意を向けられ、一糸乱れぬ規則正しい生活のなかで「わたし」はじわじわと追いつめられてゆきます。やがて、マキシムはいまでもレベッカを愛しているのだわ・・・そんな苦しい思いにかられていくのです。

「幸福の谷」のつつじの甘い香り、優美で脆弱な茶器や調度類、贅をつくした料理、仮装舞踏会の華やかな喧噪、白い小浜に打ちよせる波の音・・・
美しいマンダレイの情景とともに、物語ぜんたいが甘美な不安感につつまれています。色濃くつきまとう亡き人の影、きめ細やかに描写される劣等感や嫉妬心・・・それらがかもし出す、匂いたつような不安感に。
「わたし」の名前は最後まで明かされることはないのに、すでに死者となり姿をあらわすことのない「レベッカ」は強烈な存在感を放っている、というのもきっと読んでいて不安感を煽られる理由のひとつなのでしょう。レベッカの死にまつわる恐るべき真実を告げられたとき、「わたし」の心がようやく‘解放’され、無垢な少女がほんとうの女主人になる・・・そういうシーンがとても印象的。

レベッカは、もうわたしたちを苦しめることはできない。(中略)もう、これ以上、わたしたちに向っては、指一本ふれることもできないのだ。
でも、ほんとうにそうなのかしら・・・冒頭での静かで陰鬱な生活がよみがえります。
質素で小さなホテルに暮す現在の「わたしたち」は、たびたび暗い過去に引きずりこまれているのに。「わたし」は昨夜もまた、マンダレイの夢をみたのに。
何ものもそこなうことのできない、いついつまでも消滅することのない幻想に、こんなにもひっそりととり憑かれているのに――。

(原題『REBECCA』)
Author: ことり
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『鳥―デュ・モーリア傑作集』 ダフネ・デュ・モーリア、(訳)務台 夏子

ある日突然、人間を攻撃しはじめた鳥の群れ。彼らに何が起こったのか?ヒッチコックの映画で有名な表題作をはじめ、恐ろしくも哀切なラヴ・ストーリー「恋人」、奇妙な味わいをもつ怪談「林檎の木」、出産を目前にしながら自殺した女性の心の謎を探偵が追う「動機」など、物語の醍醐味溢れる傑作八編を収録。
『レベッカ』と並び代表作と称されるデュ・モーリアの短編集、初の完訳。

サブタイトルに「傑作集」ということばがえらばれていますが、収められた8編――『恋人』、『鳥』、『写真家』、『モンテ・ヴェリタ』、『林檎の木』、『番』、『裂けた時間』、『動機』――すべてがおもしろく、夢中で頁をめくった私です。
どれもそれぞれに不気味で、どこかしらに‘怖さ’をかかえた物語たちは、人の心にふだんは潜んでいるあるぶぶんを揺るがし、ざわつかせ、それは怖さとともに哀しさという感情をも私たちにもたらすようです。でもまた何度でも手にとって読みたくなる、そういう本だと思いました。
いくつかえらぶとするならば、ちょっぴりセンチメンタルな苦さののこる『恋人』、襲いかかるスリルと閉塞感にぶるぶる震えながら読んだ『鳥』、突き出た山の断崖にある幻想的な修道院をめぐる『モンテ・ヴェリタ』、ラスト数行でふわりと広がりをみせる『番』、真相にせまった探偵の最後のやさしさが光る『動機』・・・でしょうか。
読み終えて、思わずスタンディング・オベーションしたくなった短編集。ほんとうに「傑作」ぞろい、おすすめです。

四角い中庭の一辺は上に向かい、モンテ・ヴェリタのふたつの峰へとつながっていた。氷をかぶった美しい峰はいま、昇りつつある太陽の薔薇色の光を浴びている。氷に刻まれた階段は、頂上へとつづいていた。なぜ、壁の内側が、そしてこの中庭が、これほどまでに静かだったのか、わたしはようやく悟った。(『モンテ・ヴェリタ』)

(原題『THE APPLE TREE』)
Author: ことり
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