『私自身のための優しい回想』 フランソワーズ・サガン、(訳)朝吹 三吉

評価:
フランソワーズ サガン,朝吹 三吉,Francoise Sagan
新潮社
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(1995-07)

慎み深い情熱と愛情を、人と同じようにギャンブルやスピードにもそそぐサガンはどのように私生活を愛しているのでしょう。文壇の寵児になった19歳から30年間に、サガンが出会った愛する人々(ビリー・ホリデイ、T・ウィリアムズ、オーソン・ウェルズ、ヌレエフ、サルトル)や愛する事物(賭博、スピード、芝居、サントロペ、愛読書)について繊細な感性で綴るサガンの最高の思い出。

悲しみよ こんにちは』、『愛は束縛』、『ブラームスはお好き』――
かつて、少女の頃に大好きだったフランソワーズ・サガンの恋愛小説たち。たっぷりと豊潤で、色っぽくて、それらはフランスの街角とおとなの香りがした。
甘美でほろ苦く、からだの芯までしみわたるような男と女の物語を数々世に送り出した著者による、この本は自身についての回想記(エッセイ)です。

波瀾にみちた人生。稀有な感受性と、無駄のない聡明な文章。
スピード狂でギャンブル好きな一面さえも、さりげないユーモアをまじえながらかろやかに語っています。確固たる自分をもち、子どものような可愛らしさと、まわりを――そして自分自身をも――醒めた目で見つめる大人っぽさを兼ね備えた人。
冷静で、それでいて素敵に愛情深い人。

文学への愛について語られる、最後の章がひどく印象的でした。
こういう読書体験をしていたからこそ、あんなふうに読み手の心を焦がし、するどく色鮮やかな恋愛小説が書けたのだ・・・そう確信してしまった私です。
あの初めてのキッスのとき雨がふっていただろうか、あるいはあの人が私に別れを告げたとき目をふせていただろうか? 私にはまったく記憶がない、私自身があまりにも強烈に生きていたからだ。そして自分自身の存在が十全に感じられるためには、私は自分の代りに誰かを生きるに任せなければならなかった、つまりその誰かの生きる姿を読むことが必要だったのである。

(原題『AVEC MON MEILLEUR SOUVENIR』)
Author: ことり
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『悲しみよ こんにちは』〔再読〕 フランソワーズ・サガン、(訳)朝吹 登水子

未熟で柔らかだった心をゆさぶり、いつまでも消えない爪痕・・・
青春時代に心酔した忘れられない一冊はと訊かれたら、私は迷いなくこの本をあげます。
めくるめくような火照りと翳り。18歳の、まだあどけなさの残る少女だった私は、作者がおなじく18のときに書いたというこの本のおとなびた視点に、ただただ打ちのめされたのだと思う。
 
ものうさと甘さとがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しい、りっぱな名をつけようか、私は迷う。
こんな魅力的な書き出しで始まるひと夏の物語は、太陽がきらめく美しい南仏の海岸を舞台に、一人の少女の残酷で、ガラスのように繊細な感情が痛々しいほどの的確さでうつし出されています。
大人を見透かすすべをもち、完成されたものに倦怠感、嫌悪感を感じる17歳のセシル。あらゆる感情を――ものうさも悔恨も良心の呵責すらも――知っているのに悲しみだけは知らなかったというセシルは物語の終わりで初めて悲しみに出会い、それを受け入れることになります。聡明で完ぺきにみえていた大人の女性がじつは脆く傷つきやすい心をもっていたこと、傷つけてなお、それでも彼女にはかなわない、そのことに気づかされるラストの描写はなんど読んでも鳥肌もの。

奔放で美しい父と、知的で憧れの存在アンヌ。情熱的な恋人シリルと、父のかつての愛人エルザ。「私たちは劇のすべての要素をもっていた。」
どこか醒めた目でものごとをとらえ、恋人をつかってまで綿密な計画をたてていく、その一連のセシルの心のゆらぎに作者の深い洞察力を感じました。
罪悪感と、孤独と。おとなになって読み返してみると、その息苦しいまでの残酷な若さが湧きあがってきて、とっくに過ぎ去ったとくべつな時間が心に舞い戻ってきます。それはきっと、愚かしくも眩しかった時間――いまもセシルを泣きたくさせる、水色とバラ色の石みたいに。

(原題『BONJOUR TRISTESSE』)
Author: ことり
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