『燃焼のための習作』 堀江 敏幸

評価:
堀江 敏幸
講談社
¥ 1,620
(2012-05-24)

雷雨がやむまで、もうしばらく――
終わらない謎解き、溶けあう会話、習作という名の驚くべき試み。
密室のやり取りが生む小説の快楽!

しだいに近づいてくる雷鳴の轟き。マッチ箱のような雑居ビルの一室。
登場人物は、その部屋で‘なんでも屋みたいなもの’を営んでいる枕木と事務員の子(さとこ)さん、そして依頼人の熊埜御堂(くまのみどう)氏の3人きり。
ワンシチュエーションのお芝居をみているような、しずかに閉じられたお話です。
起承転結はないに等しく、たんたんと、つらつらと、会話と気配が手をつなぎあってすすんでいく、そんなお話の心地よい空気感を楽しんでいました。

お互いのかぼそい縁を愛おしそうにたしかめあう枕木と熊埜御堂氏。
豊かな身振り手振りで、面倒な人びとについて語り聞かせる子さん。
窓の外の激しい雷雨とは対照的に、室内をつつんでいるのは穏やかな静謐。たわいない会話は行きつ戻りつしながらあちこちに広がり、肝心なはずの依頼内容はどこへやら・・・。でも、それもこれもすべてゆったりと味わい深い時間のなかにやさしくやさしく溶けていきます。
物語が終わっても、雷鳴の轟きと3人の話し声、そして「三種混合」のコーヒーの香りがほんのり漂っているみたいです。
Author: ことり
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『彼女のいる背表紙』 堀江 敏幸

評価:
堀江 敏幸
マガジンハウス
¥ 1,575
(2009-06-25)

背表紙のむこうに、彼女がいる。逆を言えば、そこにしかいない。
すぐ近くなのに遠く、遠いのにひどく身近な友人のように。
書物のなかの「彼女」と書き手の生きた道すじを静謐な筆致で重ね綴る。上質な随筆集。

しっとりと落ち着いた文章でつむぎ出される、堀江敏幸さんの本エッセイ。
身近なことがらからある一冊の本に思いを馳せ、その背表紙の向こうにいる「彼女」を想う姿に心ゆさぶられます。
これまで出逢った本たちと、そのときそれぞれの自分自身。たくさんのエピソードとたくさんの思い入れ。私も本を読むことが大好きだから、知的で味わい深く、本にたいする愛情が感じられるこんな本を読めるのはほんとうにうれしい。
読んだことのある本――『美しい夏』(チェーザレ・パヴェーゼ)や『ある家族の会話』(ナタリア・ギンズブルグ)――の章はとても親近感をもって読むことができたので、もっとたくさんの本を読んでいればこのエッセイをより一層愉しめたのかなあ・・・そう思うとちょっぴり悔しい私でした。


■ この本に出てきた読んでみたい本たち <読了メモは後日追記>
『私自身のための優しい回想』→読了 フランソワーズ・サガン
『サティン入江のなぞ』 フィリパ・ピアス
『三人の少女』→読了 フランシス・ジャム
『スウ姉さん』 エレナ・ポーター
『マンスフィールド短編集』→読了 キャサリン・マンスフィールド
『黒いハンカチ』→読了 小沼 丹
Author: ことり
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『未見坂』 堀江 敏幸

評価:
堀江 敏幸
新潮社
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(2008-10)

父が去ったあとの母と子の暮らし、プリンを焼きながら思い出すやさしかった義父のこと、あずけられた祖母の家で、あたりを薄く照らしていた小さな電球、子ども時代から三十数年、兄妹のように年を重ねてきた男女の、近いとも遠いとも計りかねる距離。惑いと諦観にゆれる人々の心を静謐な筆致で描き出す、名手による九の短篇。

私の大好きな本、『雪沼とその周辺』に連なる短編集です。
花びらがはらりと地面にたどり着いたような、やさしく消えいりそうな読後感。
地道に暮らす人びとのひっそりとした人生が織りなす物語だからこそ、こんなにも美しく、読み手の心にしみてくるのでしょうね。

吐息のようにはかないけれど、たしかな温度で伝わってくる思い出たち。
誰もがなにかを抱え、なにかにすがって生きている・・・そんな当たり前のことが郷愁の気配とともに伝わってきて、架空の町のはずなのに、いま私がいる‘ここ’とおなじ地続きにあるような錯覚に本気で陥ってしまいました。
『滑走路へ』、『苦い手』、『なつめ球』、『方向指示』、『戸の池一丁目』、『プリン』、『消毒液』、『未見坂』、『トンネルのおじさん』。読むほどに心がしん・・と鎮まる短編集。子ども目線のお話がいくつかあったのが印象的です。
Author: ことり
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『もののはずみ』 堀江 敏幸

評価:
堀江 敏幸
角川書店
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(2005-07-30)

古道具屋のおやじが言うことには・・・――「もの」の「はずみ」とは、世界をひろげていくための、たいせつな力でもあるのだ。
パリの裏路地で出会ったものたちとの密やかな交流を綴った最新エッセイ。

おもにフランスで出会った「がらくた」について、やわらかな「物心」で語っていくエッセイです。どこかいびつで、ほこりっぽくて、少しセピアな大人の雰囲気。
陶製のペンギン、パタパタ時計、穴のあいたトランク、大小の木樽、ベークライトの小皿・・・偶然手に入れた愛すべき古きものたち。それらがまとうのは、手触りや音、匂い、そしてかつてそれを手にしていた主(あるじ)の記憶――。
ちょっぴり古びた懐かしいものものに惹かれる気持ちは、かつてそれをそばに置いていた、見知らぬ誰かの思いによりそうことでもあるのかもしれません。
Author: ことり
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『めぐらし屋』 堀江 敏幸

評価:
堀江 敏幸
毎日新聞社
¥ 1,470
(2007-04)
就職してから、あっというまに20年が過ぎてしまった蕗子(ふきこ)さん。
虚弱体質で、ほわんとした雰囲気の蕗子さんの日常がやわらかく、どこか懐かしい風情で紡がれていく。
父は、近しい感じはするのに距離をなかなか詰めてくれなかった。彼女の知らない時間を生き、知らない空間を歩いていた。そんな父が遺した一冊のノートをきっかけに蕗子さんがたぐりよせる少女時代の記憶、過去、そして新しい出会い。
小学校の黄色い置き傘や、未完の百科事典。豆大福やロイヤルミルクティーやハイライト・・・さまざまなものたちが、古い記憶と未知の過去をつれて静かによみがえるやさしい物語。

夕暮れ時に熱いお茶をのんで、ほっと心安らぐようなそんな読後感。
ちょっぴりセンチメンタルで、けれど空気の澄んだ懐かしい場所。
蕗子さんは「めぐらし屋」の謎を通して、離れて暮らしていた父の意外な一面をみつけていきます。ながいあいだのひとり暮らしのせいか「最近はなにかあたらしいことを見出そうとする努力を怠って」いるという蕗子さんが、亡き父に導かれるようにして少しずつ変わっていく・・・その様子が淡々と味わい深い文章で描かれていて、しんみりしたり、くすっと笑ったり、そして私の心はいつのまにかふかふかになっていました。

それにしても、堀江さんという人はどうしてこれほど、とるにたらないことをぴしゃりと言い当ててしまうのかしら。
たとえば蕗子さんが、いまは誰も住んでいない亡父の部屋を訪れたときの一場面。
気持ちを落ち着けるためにインスタントコーヒーでも飲もうとお湯を沸かしたとき、蛇口から水が出てくるまで何拍かの間があって、たったそれだけのことがなんだか妙にこたえた。旅行や出張で何日か家を空け、誰もいない部屋に帰ってきたときの感覚である。つっかかるようなその水音は、慣れ親しんだ日々に戻ってきたというより、ひとつの不在をはっきりと伝える合図のように響いた。
こんな繊細な情景描写が、お話のなかにいくつもいくつも転がっているのです。
Author: ことり
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『雪沼とその周辺』 堀江 敏幸

評価:
堀江 敏幸
新潮社
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(2003-11)

しずかな、あまりにもしずかな物語たち。
抑制のきいたシンプルな装丁。凛としたたたずまい。読むまえから惹きよせられ、読んでますます魅了されてしまいました。

『スタンス・ドット』、『イラクサの庭』、『河岸段丘』、『送り火』、『レンガを積む』、『ピラニア』、『緩斜面』。
物語はどれも「雪沼」という小さな山あいの町(とその近辺)が舞台で、ごくふつうに暮らす人びとのうしなったもの、得たものが、ていねいな筆致で描かれていきます。
すべての登場人物を‘さん’付けすることからも、堀江さんのあたたかいまなざしが伝わってくるようで、それもまた好いのです。

静かな中にもぬくもりがあって、ボウリング場にひびく最後の一投の音、イラクサのスープの不思議な味、時間をかけて磨る墨のにおい、夕焼けにあおられる青い凧――そんな情景たちを五感をフルに使って‘感じる’ことができる本。そして7つの短編のどれもがみな、一瞬にして登場する雪沼の人びとの人生に私の心を共鳴させてくれるのでした。
古いものやなじんだものにこだわり続ける人びとが、ひそやかに、まっとうに、一生懸命生きている・・・まるで行間からそんな彼らの息吹が立ちのぼってくるみたい。
張りつめた空気、人生のにがさ、やさしくしみわたる人肌のあたたかさ。
郷愁にも似た、胸にせまり来る短編集です。
Author: ことり
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