『人間そっくり』 安部 公房

ある晴れた五月の昼さがり、「こんにちは火星人」というラジオ番組の脚本家のところに火星人と自称する男がやってくるお話。
彼はたんなる気違いなのか、それとも火星人そっくりの人間か。はたまた人間そっくりの火星人なのか・・・男のたくみな弁舌にふりまわされ、脚本家はしだいに自分が何者か分からなくなっていきます。

昼間からカーテンを閉めきり、たばこの煙が充満するうす昏いアパートの一室。
やり込めてはやり込められる・・・脚本家と謎の男のかけひきの応酬。
かぎられた場所で、ほとんどが二人の会話だけで進んでいくお話だけど、そんなことなどものともせずに読み手を引っかき回してくれる本。めまぐるしく変わっていく状況に私は追いつくのがやっと・・・なのに追いついたかと思ったら、またひらりとかわされてしまうのです。

けっきょく、どれが真実でどれが妄想だったのかしら・・・。
「そうだ」ということの証明よりも、「そうではない」という証明のほうがむずかしい――その深さ、ややこしさを思います。
Author: ことり
国内あ行(安部 公房) | permalink | - | -
 
 

『カンガルー・ノート』 安部 公房

ある朝突然、<かいわれ大根>が脛に自生していた男。訪れた医院で、麻酔を打たれ意識を失くした彼は、目覚めるとベッドに括り付けられていた。硫黄温泉行きを医者から宣告された彼を載せ、生命維持装置付きのベッドは、滑らかに動き出した・・・。坑道から運河へ、賽の河原から共同病室へ――果てなき冥府巡りの末に彼が辿り着いた先とは?
急逝が惜しまれる国際的作家の最後の長編!

おぞましくも滑稽で、作者ならではの奇想が突き抜けたストーリー・・・脛からかいわれ大根、だなんて読んでいるだけで脛のあたりがムズムズかゆくなってきそう!
両脛にびっしり生えた植物のリアルな感触と、生と死の境いめをさまよう悪夢にも似たあいまいな世界観がみょうな浮遊感を生み出して、読み手をどことも知れない場所へと翻弄していきます。
自走式ベッドに乗せられ猛スピードで疾走しながら、目覚めれば夢に、眠れば現実に追いたてられる主人公。まるで底なしの袋のような・・・不条理に渦巻く世界。
お腹がすいて足からかいわれ大根をぬいて食べるシーンなど、ブラックなユーモアが散りばめられているこのお話は、読み進むにつれて言いようのない哀しみにつつまれていく不思議な本でもありました。それはもしかしたら「死」と「笑い」・・・ふだんは対極にあるものたちがしっかりと結びつけられているせいなのかも。

オタスケ オタスケ オタスケヨ オネガイダカラ タスケテヨ・・・
Author: ことり
国内あ行(安部 公房) | permalink | - | -
 
 

『無関係な死・時の崖』 安部 公房

自分の部屋に見ず知らずの死体を発見した男が、死体を消そうとして逆に死体に追いつめられてゆく『無関係な死』、試合中のボクサーの意識の流れを、映画的手法で作品化した『時の崖』、ほかに『誘惑者』『使者』『透視図法』『なわ』『人魚伝』など。常に前衛的主題と取り組み、未知の小説世界を構築せんとする著者が、長編「砂の女」「他人の顔」と並行して書き上げた野心作10編を収録する。

表題にもなっている『無関係な死』や、『透視図法』なども印象的ですが、ふるえそうに好みだったお話は『人魚伝』。
童話まがいの怪奇譚、とでもいえばいいのかしら・・・「人魚」のもつメルヘンティックなひびきからは、まったくかけ離れた不穏でおぞましい世界が広がっています。深い深い海の底、沈没船に閉じこめられた翡翠色の人魚をみつけ魅了された男が、彼女を風呂場で‘飼う’のですが、いつしか不可解なことが起こり始めて・・・。
愛という名の錯覚、捕らえた相手に囚われる狂気。ゾクリとうすら寒くなる奇妙な物語なのに、これからどうなってしまうの?と怖いもの見たさでどんどん引き込まれていく・・そんなおもしろさがあったお話です。

主人公の内側で起こる心の葛藤が論理だてて描かれ、その様子から人間の滑稽さがにじみ出てくる、さすが安部公房!な短編の数々。
Author: ことり
国内あ行(安部 公房) | permalink | - | -
 
 

『箱男』 安部 公房

評価:
安部 公房
新潮社
¥ 562
(2005-05)

ダンボールの箱を頭からすっぽり被り、街を徘徊する箱男。
箱に開けられた小さな穴から、世界を覗いている男をめぐる物語。

安部さんの代表作というので読んでみたのですが、読み終わるころにはクタクタに疲れきってしまいました。お話の語り手がつぎつぎに変わっていき、いまの「ぼく」はいったい誰なのか・・・ものすごく混乱したから。
中盤で出てきた「医者」が、色っぽい看護婦をつかって箱男の箱を買い取ろうとするところからお話は混迷し始めます。医者は「贋箱男」となるのですが、じつは医師免許をもたず戦時中の「軍医殿」の名を借用している贋医者。そしてある日、軍医殿は変死体で発見されます。
箱男、A、B、C、D、医者、贋箱男、軍医殿(このなかのいくつかは同一人物)・・・本物と贋物が交錯し、さまざまな人たちが「箱男」として語ること、また、所々にさしこまれたショートストーリーが、ますます読む者の思考をこじれさせていくのです。
そこで、考えてみてほしいのだ。いったい誰が、箱男ではなかったのか。誰が箱男になりそこなったのか。

夢のなかでは箱をぬいでいるらしい箱男。すべては彼の幻想なのかしら・・・
語る側が語られる側に、覗く行為が覗かれる行為にすりかわる。もしかして、穴から外を覗くことは内側を覗くことに等しいのかしら――・・・かき乱された頭で、ふと考えていたのでした。
Author: ことり
国内あ行(安部 公房) | permalink | - | -
 
 

『砂の女』 安部 公房

評価:
安部 公房
新潮社
¥ 562
(2003-03)

砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂丘の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める部落の人々。
ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のなかに人間存在の象徴的姿を追求した書下ろし長編。20数カ国語に翻訳された名作。

昆虫の研究で名をなしたかった中学教師が「義務の煩わしさと無為からほんのいっとき逃れるために」砂丘のある集落に昆虫採集に出かけ、そのうちの一軒に閉じこめられてしまうお話です。そこにはすでにひとりの女が住んでいました。
夜じゅう砂かきをしなくては家がつぶれてしまう砂穴の底。縄ばしごが取り払われたことで、男は砂を運びあげる労働力としてつれ込まれたのだと悟ります。焦った男は脱出の手だてをさぐり、砂の壁に挑みますが・・・。

水と食料の配給が命綱。飢えと乾き・・・わずか1/8m.m.の砂粒が風にのって無数に集まり、相当な重みで家に人に襲いかかる。まさに蟻地獄。
汗とともに肌にはりつき、髪の毛をかため、唇と歯のあいだにたまった砂がねばりけのある唾液を吸って口いっぱいに広がる・・・ああ、読んでいるだけで口のなかがじゃりじゃりして、のどが乾いてしまいそう。非現実的なお話なのに、きめこまやかなディテイルと極限状態に追い込まれていく心理描写はものすごい臨場感です。
いずれ男というものは、
何かなぐざみ物なしには、済まされないものだから――
世界を限定することをいとわない女と暮らすうち、溜水装置の研究に没頭することで男は焦ることをしなくなります。
現代社会はくり返し。毎日毎日のいとなみに、砂のなかも外も大きな違いはないということ?まるできりがない単調な生活を、作者はただ砂をかき出し女と交わる生活に重ねたかったのでしょうか。閉塞のなかでみつけた探究心こそが≪希望≫だったのかもしれない・・・そんなことを思いました。
Author: ことり
国内あ行(安部 公房) | permalink | - | -