『太宰治 滑稽小説集』 太宰 治

評価:
太宰 治
みすず書房
¥ 2,520
(2003-05)

「滑稽小説」に分類されるお話ばかりを集めた太宰治さんの短編集。
『おしやれ童子』、『服装に就いて』、『畜犬談―伊馬鵜平君に与へる』、『黄村先生言行録』、『花吹雪』、『不審庵』、『親友交歓』、『男女同権』の8編を収録しています。

一ばんおもしろかったのは、『畜犬談』。犬ぎらいの主人公が小犬に好かれてしまうお話で、私は頁のまえでくすくすくすくす・・笑いが止まりませんでした。
とにかく地の文章が可笑しくて、それにお話を読んでいると迷惑そうにいやがる主人公と彼にまつわりつく小犬の様子が頭のなかで生き生きと動きまわって、笑わずにはいられない、そんな描写がつぎからつぎへとくり出されていくのです。
主人公はしかたなく小犬をポチと名づけて飼いはじめます。ある日一家の引っ越しが決まり、ポチは捨てられることに。その時の奥さんとの会話がまた可笑しくて・・・。
「連れていつたつて、いいのに。」家内は、やはりポチをあまり問題にしてゐない。どちらでもいいのである。
「だめだ。僕は、可愛いから養つてゐるんぢやないんだよ。犬に復讐されるのが、こはいから、仕方なくそつとして置いてやつてゐるのだ。わからんかね。」
「でも、ちよつとポチが見えなくなると、ポチはどこへ行つたらう、どこへ行つたらうと大騒ぎぢやないの。」
ああ・・・ちっとも素直じゃない主人公・・・。
素直じゃない、といえば『黄村先生言行録』、『花吹雪』、『不審庵』(この3編は連作です)にでてくる黄村先生もひとくせあるおかしな存在で、私にとってこの短編集は「ポチ」と「黄村先生」に尽きるかも・・・。
どのお話も、どこか滑稽で世間からちょっとずれた場所にいるような人びとが魅力たっぷりに描かれていておもしろかったです。ことしは太宰治生誕100年の年。区切りの年に、新たな一面を知ることができてうれしい。
Author: ことり
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『津軽』 太宰 治

評価:
太宰 治
岩波書店
¥ 525
(2004-08-19)

「あれ・・?太宰さんってこんなに明るい人だった?」
ちょっと意外に思ってしまった私です。これまで読んできた彼の本にいつも巣くっていた‘死’の誘惑から解き放たれている感じ。
ふるさとを巡る紀行文として書かれたこの本は、その随所に津軽に関する史料文をはさみつつ、かつての友人たちとともにお酒をのみのみ津軽地方を旅していく様子が描かれます。それはかなりの珍道中!見ていてとても楽しそうで、思わずくすくす笑ってしまったのです。

ささやかなエピソードなのですが、旅のとちゅう、太宰さんが汽車の窓越しに眺めるこんな場面に目がとまりました。
窓から首を出してその小さい駅を見ると、いましも久留米絣の着物に同じ布地のモンペをはいた若い娘さんが、大きい風呂敷包みを二つ両手にさげて切符を口に咥えたまま改札口に走って来て、眼を軽くつぶって改札の美少年の駅員に顔をそっと差し出し、美少年も心得て、その真白い歯列の間にはさまれてある赤い切符に、まるで熟練の歯科医が前歯を抜くような手つきで、器用にぱちんと鋏を入れた。少女も美少年も、ちっとも笑わぬ。当り前の事のように平然としている。
ほんの小さな一場面。けれど映画のワンシーンみたいに脳裡に広がる、まぶしくてほほえましい光景が好き。

郷里の風土や歴史、自らにも流れる津軽人気質に驚嘆、慨嘆、感嘆の旅・・・やがてその旅の真の目的が、遠いむかしに子守をしてもらった母親のような女性・たけをさがすことにあったことが明らかにされていきます。
30年ぶりに出会ったふたり。ぎこちなくて、会話は少ないけれども心を通わせるおだやかで平和な体験・・・そうして気づく、自分のルーツ。長い年月をかけてひもとかれていく過去の姿に、なんだか切ない感情が私の心をあふれさせます。
巻末の解説には、この紀行文は母親さがしのぶぶんで事実とことなる点があり、太宰さんが小説として昇華させたのでは、というようなことが書かれていました。でもそれって、この本の素晴らしさには関係がない気がします。太宰さんが書かれたこと、それがすべてなの・・私には。最後の一文が、すばらしく恰好いいです。

私は虚飾を行わなかった。読者をだましはしなかった。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。
Author: ことり
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『ヴィヨンの妻』 太宰 治

新生への希望と、戦争を経験しても毫も変らぬ現実への絶望感との間を揺れ動きながら、命がけで新しい倫理を求めようとした晩年の文学的総決算ともいえる代表的短編集。
家庭のエゴイズムを憎悪しつつ、新しい家庭への夢を文学へと完璧に昇華させた表題作、ほか『親友交歓』『トカトントン』『父』『母』『おさん』『家庭の幸福』絶筆『桜桃』、いずれも死の予感に彩られた作品である。

いったんは家庭を築くも結局は愛人と入水自殺をしてしまう著者だけに、晩年のお話たちは‘死’と‘家庭’にとり憑かれてしまったかのよう。
でも、どれも死や迷いにふちどられたどん底の暗闇が描かれていながら、みょうな明るさが文面から感じられる・・・読み終えたあと、心にのこったシコリさえもここちよい。そんな不思議な一冊になりました。

とにかく大好き!だったお話は、ふらふらと根なし草のように生きる飲んだくれ夫との生活を、妻の語り言葉で綴っていく『ヴィヨンの妻』。
飲んだ酒代を踏み倒してくるめちゃくちゃな夫・・ほんとうなら妻はふびんで不幸なのかもしれないけれど、実際はそうでもなくて・・・。ふたりの会話とその距離感が、なんだかすごく素敵なのです。
けっして楽ではない暮らしのなかに妻がみつけた小さな幸福。それをいとおしむ妻の姿がかわいらしい、とっておきの恋愛小説。
女のたくましさと男の弱さを際立たせた描かれ方に、やっぱりいつの世も、女性は強靭な生命力をそなえているものなのかしら、と思ってしまいます。
「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」
Author: ことり
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『人間失格』〔再読〕 太宰 治

人間をよく見ている、それも暗く醜い様を。そしてあまりに見透かしている。そんな男には白紙のような人にしか心寄せることができない。骨身を磨り減らすようにやり過ごそうとする男の目の前に、振り払おうとしても不幸が深々と降り積もっていく。どうしようもできない世の中と自分との整合性の欠如。人間の恐ろしさを一身に浴びて人生をおそるおそる歩む弱い人間が、窮屈な世の中に罪を問う。

「恥の多い生涯を送って来ました」――そんな身もふたもない告白から男の手記ははじまります。人間にたいして、世間にたいしていつも恐怖に震いおののき、ひたすら無邪気に楽天性をよそおう葉蔵が、ストイックなまでに自己分析をくり返し、酒におぼれ薬におぼれ「狂人」となるまで。
太宰さんはこれを書いた1か月後に自殺をしていて、私小説としても有名な一冊。10代のころに出逢ったこの本をもう一度読んでみました。

お道化になって人を笑わせたり、対義語さがしをして遊んだり・・・このお話を読んでいると自堕落で根無し草のような生き方をしていても、葉蔵につい感情移入して、悪いのは理解できない社会の方だ・・・そんな錯覚をおぼえてしまいそう。
社会になじめず、はみ出したところから自分をここまで冷静に突きつめる、その姿に心ゆさぶられてしまうのは、私には逆立ちしたってできないから?
私が一ばん共感したのはこんなシーン。「これ以上は、世間が、ゆるさないからな」と言う友人に「世間というのは、君じゃないか」と、舌の先まで出かかった言葉を飲みこむところです。世間とは個人じゃないか――そんな思想めいたものを持つようになってからちょっとわがままになり、おどおどしなくなった葉蔵の心のうちがよく分かる気がします。

「葉ちゃんは、とても素直で、よく気が利いて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、・・・神様みたいないい子でした」
葉蔵がいなくなったあと、葉蔵をよく知る女性がこんなふうに語るのですが、それは太宰さん自身が自分の死後親しかった誰かに、‘世間’に、そう思ってもらいたい・・・そんな願いではなかったでしょうか・・・。

いまは自分には、幸福も不幸もありません。
ただ、一さいは過ぎて行きます。
Author: ことり
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