『みんなの図書室 2』 小川 洋子

心と響き合う読書案内』、『みんなの図書室』につづく、小川洋子さんが「未来に残したい文学遺産」を紹介するFM番組の書籍化第3弾です。
一度は聞いたことのある有名タイトルばかりがならんでいるのですが、私の既読は恥ずかしながら6冊と、前2巻にくらべるとかなり少なめ・・・。
分かりやすい言葉で――けれどするどい着眼点で――、じっくりていねいに魅力をひもといてくれるブックガイド。小川さんのしずかな語りのひとつひとつが、新鮮でおいしいお水みたいにするすると沁みてきます。
・・・ふう。読みたい本が、また増えました。


■ この本に出てきた読んでみたい本たち <読了メモは後日追記>
『ガラスの動物園』→読了 テネシー・ウィリアムズ
『風立ちぬ』 堀 辰雄
『黒猫』→読了 エドガー・アラン・ポー
『食卓の情景』 池波 正太郎
『きもの』→読了 幸田 文

■ この本に出てきた再読したい本たち
『夏の庭―The Friends』 湯本 香樹実
『雪の女王』 ハンス・クリスチャン・アンデルセン
『雪国』 川端 康成
Author: ことり
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『ことり』 小川 洋子

評価:
小川 洋子
朝日新聞出版
¥ 1,575
(2012-11-07)

世の片隅で小鳥のさえずりにじっと耳を澄ます兄弟の一生。
図書館司書との淡い恋、鈴虫を小箱に入れて歩く老人、文鳥の耳飾りの少女との出会い・・・やさしく切ない、著者の会心作。

愛する鳥たちと規則正しい生活に執着し、弟以外の誰にも理解されない小鳥のさえずりのような言語をあやつるお兄さん。
そんなお兄さんをやさしく見まもり、お兄さんが亡くなってからも、自宅と青空商店とゲストハウス、それから鳥小屋のある幼稚園・・・籠の中みたいな日常からはみ出すこともなく、ひたむきに一日一日をすごした「小鳥の小父さん」の生涯の物語。

ひっそりと満ちたりた、孤独で単調な日々にも時は流れ、やがて小父さんの生活は少しずつ狂いはじめます。ささやかな幸福が奪われてゆくそのたびに、物語にとり残されたモチーフがひとつ、またひとつと胸のなかにともっていくようでした。
ポーポーの包装紙でつくられた小鳥ブローチ、お兄さんの形どおりにくぼんだフェンス、隅々まで清潔に掃除された鳥小屋、鳥の本ばかりがならんだ貸し出しカード、鳥籠から大空へとはばたいてゆく小鳥――・・・
小父さんとお兄さんがこの世に生きた証たち。ちらちらと揺れるそれらはまるで、お誕生日のケーキにともされたろうそくのよう。ひとつひとつがちっぽけで、それでもかけがえがなくて。さいごには一瞬でふうーっと吹き消されてしまうけれど、そのあたたかな残像は切ない余韻となって私の心にのこっています。
いなくなってしまった人はこんなふうに生きている人のなかで生きつづけるのかもしれないと、終盤で小父さんのもとへやってきた野生のメジロは‘お兄さん’だったのかもしれないと・・・、そんなことを思いながら本をとじました。
Author: ことり
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『最果てアーケード』 小川 洋子

評価:
小川 洋子
講談社
¥ 1,620
(2012-06-20)

「そこは世界で一番小さなアーケードだった。」
入り口は目立たず、通路はせまくてうす暗く、町の片すみにひっそりとあるアーケード。まるでなにかの拍子にできた世界の窪み、とでもいうように。

レース屋、義眼屋、ドーナツ屋、紙店、ドアノブ専門店、勲章店・・・
お店の棚にならぶのはレースの端切れや使用済みの絵葉書など、古びて見向きもされないような品々ばかり。それでも、店主たちはしずかにお客さんを待ちます。それを必要としている人がきちんといて、すいよせられるようにやってくるから。
自分のあつかう商品に深い愛情と誇りをもつ店主たち。彼らは、死者より長生きした物たちの行く末を見守るような、そんな人たちばかりなのです。

物語は、この小さなアーケードで生まれ育った「私」を語り手にすすみます。
「私」は父も母もなくし、いまはこのアーケードの「配達係」として働いています。お店を訪れる風変わりなお客さんや、読書休憩室でのRちゃんの思い出、配達先でのあれこれが、しずかにしずかに語られてゆきます。
とりわけ、『ノブさん』の章が心にのこりました。義眼屋さんが眼を入れた、信じられないくらい細い脚をしたジャワマメジカの小さな剥製を配達した「私」は、その帰り、重心がずれてしまったような奇妙な落ち着かなさをおぼえ、ドアノブ専門店の壁の小さな空洞を訪れるのです。
そこで思い起こす、父の海外みやげの薄紫色の石鹸の面影。精巧な花びらが彫られ、秘密めいた気配にみちた優美なひとつの石鹸。つつみ込んだだけで、幼い掌をいつまでもいい匂いにしてくれた石鹸・・・。
この石鹸のかなしい記憶と、父までもうしなうのではないかという不吉な予感が、いまも残り香のように心に染みついて離れないお話です。

朽ちてゆくものの一つ一つに視線をそそぎ、‘死の隣り’で妖しく美しくつむぎ出される物語たち。端切れも、遺髪も、剥製も――小川さんの物語でははかなく脆い存在たちがひそやかに息を吹き返すようで、その感覚にいつも魅入られてしまいます。
Author: ことり
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『みんなの図書室』 小川 洋子

小川洋子さんがパーソナリティを勤めるFM番組の書籍化第2弾。
古今東西の「文学遺産」50冊が、小川さんらしい切り口で語られていくブックガイド――『心と響き合う読書案内』の続編です。

かなり有名なタイトルばかりがならんでいるので、半数ほどが既読の本。あの本を小川さんはどんなふうに受けとめ、どんなふうに紹介されているのかしら・・・ワクワクしながら頁をめくりました。
たまたまここ数年で読んだ本たちも多くて(『生れ出づる悩み』、『停電の夜に』、『高野聖』、『ミラノ 霧の風景』など)、内容を思い起こしてはその繊細な感性に揺さぶられたし、『デューク』や『キッチン』、『不思議の国のアリス』などこれまでなんども再読した親しみ深いお話は、とくに共感ぶぶんが多くてうれしくなりました。
いっぽう、未読で一ばん気になったのはレベッカ・ブラウンさんの『家庭の医学』。
小川さんの読書をなぞっているうちにいつしか心打たれ、のどの奥がきゅうっと熱くなってしまった私です。ブックガイドで心を打たれるなんて、それ自体稀なことなのかもしれませんね。

やさしく、ひかえめに、文学にそっとよりそう小川洋子さん。
そんな彼女の感性やまなざしを通して、すばらしい本たちが舞い降りてきてくれます。本の世界は果てしなく、‘ここ’にいながらにしてどんなこともできるし、どこへだって行かれる・・・そういう本質的な読書の魅力が改めてこみ上げてくるのです。


■ この本に出てきた読んでみたい本たち
『深夜特急』 沢木 耕太郎
『エーミールと探偵たち』 エーリヒ・ケストナー
『家庭の医学』 レベッカ・ブラウン
『一千一秒物語』 稲垣 足穂
『若きウェルテルの悩み』 ゲーテ

■ この本に出てきた再読したい本たち <再読メモは後日追記>
『クマのプーさん』→再読 A.A.ミルン
『智恵子抄』 高村 光太郎
『若草物語』→再読 オールコット
『山椒魚』 井伏 鱒二
Author: ことり
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『人質の朗読会』 小川 洋子

評価:
小川 洋子
中央公論新社
¥ 1,470
(2011-02)

遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた。紙をめくる音、咳払い、慎み深い拍手で朗読会が始まる。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは人質たちと見張り役の犯人、そして・・・
しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならではの小説世界。

地球の裏側で、テロリストに拉致され人質になってしまったツアー客たち。
彼らは緊迫した空間で息をひそめながら、思い出ばなしを記録し、朗読しあう――。

足を挫いた鉄工所員のために、子供らしいひたむきさで杖をつくった夏の一日、
気むずかしい孤独な大家さんとの、出荷できないビスケットを通じた交流、
公民館の談話室でくり広げられる謎めいた珍妙な会合たち、
異様でグロテスクな片目の縫いぐるみばかりつくる老人とのふれあい、
電車で居合わせた屈強な青年を追い、競技場で過ごした忘れられない秋の午前・・・

心の奥のガラスの小箱に、そっとしまい込まれていた‘自分だけの’物語。
どれもこれも慎ましくうずくまり、不思議な余韻をかもすものばかりでした。ありふれた日常のつづきのはずなのに、ある時、どこからか、ぐにゃりとゆがみ異世界につながっていくような・・・。
極限状態のなか、祈るような気持ちですくい上げられたもう戻れない時間、もう会えない人たち。些細でかけがえのないやさしい記憶。

なによりこの本が愛おしいのは、たとえ物語は終わっても、それぞれの人生はそこにとどまらないで、その後もつづいてきたことにあるのでしょうね。そして彼らがなんの縁あってか、異国でひとところに監禁され、同時に命を落とす理不尽な運命にあった、ということに。
物語の外側に流れた膨大な時間に思いを馳せればこそ、切りとられた物語がひそやかにきらめき、よりいっそう特別な深みが感じられるのです。
Author: ことり
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『妄想気分』 小川 洋子

評価:
小川 洋子
集英社
¥ 1,365
(2011-01-26)

日常の中にある異界への隙間・・・
すこしばかり耳を澄まし、目を凝らすと日常の中にある不思議世界への隙間が見えてくる。そこから異界を覗くとき、物語が生まれる。著者の学生時代から現在までのエッセイを収録。

1991年から2005年までさまざまな媒体に掲載されたエッセイを集めたもの。
あれほどすばらしい宝石のような物語をいくつも紡ぎながら、「今でもやはり、小説を書くのが怖い。」と語る小川洋子さん。この本は、そんな謙虚な彼女の秘めやかなうちあけ話。

どの章も小川さんらしい質素で奥ゆかしい‘記憶の小部屋’なのですが、とりわけ印象にのこった章は、『動物たちの来訪』。
子どものころ動物園の小さすぎる水槽に閉じ込められたワニを見て、その心を慰めたくて、ワニが沈む暗闇に向かい絵本を読むようになった、というエピソード。
以来、自分はずっと同じことをやり続けている気がする。いつしか絵本が、自分の書く小説に変わっただけで、やはり胸の中に棲む来訪者に向かってお話を語って聞かせている。
うしなわれたものや不完全なものが生気をとり戻し、張りつめた静けさのなかで此岸と彼岸をつないでくれる彼女の小説・・・私はこれからも、頁をひらいては小川さんの柔らかな語り声に耳をすませることでしょう。
可哀想な、けれどひっそりと満ちたりた動物たちの隣りで。
Author: ことり
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『犬のしっぽを撫でながら』 小川 洋子

数に隠されている神秘と美しさ。その偉大な真理に向き合う芸術家ともいえる数学者たち。ひとつの作品を生み出すきっかけや、小説へのあふれる想い。少女時代の『アンネの日記』との出会いとその後のアウシュヴィッツへの旅。そして天真爛漫な飼い犬や大好きなタイガースのこと。日々の中の小さなできごとや出会いを、素晴らしい作品へと昇華していく小川洋子の魅力あふれる珠玉のエッセイ。

小川さんの言葉が、気持ちが、音もなく降りつづく雨みたいにすうーっと私のなかに沁みこんで、あまりの心地よさにちょっとびっくりしてしまったエッセイです。
「世界は驚きと歓びに満ちている・・・」
そんなふうに感じられる‘心’がうつしだす、ありふれた日常のひとこま。やさしい言葉でつむぎ出されていく、いくつものエピソードたち。
最近、生きている人より死んだ人のことを考える時間の方が長くなった、と語る小川さん。彼女の小説を読むといつも心が透きとおり、死者たちと囁きを交わしているような気持ちになるのは、彼女自身がとても真摯に‘彼ら’の声に耳を傾けて書かれているから、なのですね。

人はただ、目に見える、手で触れる現実の世界のみに生きているわけではありません。人は現実を物語に変えることで、死の恐怖を受け入れ、つらい記憶を消化してゆくのです。人間はだれでも物語なくしては生きてゆけない、私はそう思います。
有限を生きる人間が、その悲しみを受け入れる時、かたわらにあって、その人をそっと見守るような物語。そういう小説を書きたいと思っています。
Author: ことり
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『原稿零枚日記』 小川 洋子

評価:
小川 洋子
集英社
¥ 1,404
(2010-08-05)

「あらすじ」の名人にして、自分の原稿は遅々としてすすまない作家の私。苔むす宿での奇妙な体験、盗作のニュースにこころ騒ぎ、子泣き相撲や小学校の運動会に出かけていって幼子たちの肢体に見入る・・・。
とある女性作家の日記からこぼれ落ちる人間の営みの美しさと哀しさ。平凡な日常の記録だったはずなのに、途中から異世界の扉が開いて・・・。お待ちかね小川洋子ワールド。

ありふれた日常が、湿気をふくみ暗闇をすい込んで、輪郭をにじませていく。
そんな異界にいつのまにか、コトリと眠りに落ちるみたいに足を踏み入れていた私。

苔料理のフルコース、無花果の木、『ドウケツエビの宇宙』、カワウソの肉球、子宮風呂・・・うす靄のさらに奥へと分け入るほどに、幽かになにかがふれてくる奇妙でいとしい日々の記録たち。
歪んだ空間をゆらゆらとよるべなく彷徨いながら、でもけっきょく私はなにを読んでいたのかしら・・・思い出せそうで思い出せない今朝がたの夢のようです。あるかなきかの僅かなぬくもりと、少しだけ切ないぼんやりとした余韻がのこり、けれどそれすらも長くは続かずにふわりとかき消えてしまいました。

なんだか、日記の最後にいつも書かれる「原稿零枚」の文字だけが、彼女がたしかに存在することを証明しているみたい・・・。
夢物語などではない、苦悩とかつらい思い出、実体としての‘彼女’。
奇妙な日々の連なりに時おりふと哀しさがのぞく、はかなく遥かな物語でした。
Author: ことり
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『やさしい訴え』 小川 洋子

チェンバロ。きゃしゃで華麗な装飾をほどこした、ピアノに似た楽器です。
弦をハンマーで叩いて音をだすピアノとちがい、鳥の羽根でつまびくため音がつながっていかないチェンバロ。そんな刹那の音色のような、傷つきやすい孤独な魂たちが織りなす物語。

アルファベットを美しくデザイン・清書する、カリグラファーとして働く「わたし」。
夫から逃れ、山あいの別荘に1人でやってきた「わたし」は、そこでチェンバロ製作者の新田氏に出逢い、惹かれてゆきます。けれど新田氏のそばには、いつも影のようにぴったりとよりそう女弟子・薫さんがいたのです。
新田氏と薫さんと「わたし」。3人の、あやうい均衡が保たれたやさしい関係。
やがて「わたし」と新田氏は肉体関係をむすびます。しなやかな指、熱い唇が、「わたし」のあらゆるすき間、くぼみを這い回り、その一夜の秘密を共有することで「わたし」は薫さんを出し抜いたと錯覚します。けれど――
わたしと新田氏が身体を密着させたよりももっと強く、もっと深く、二人は結びついていた。目に見えない温もりで互いを癒し合っているのが、わたしにも分った。(中略)昨日までわたしが持っていた秘密の喜びは、貧相な脱け殻となって胸の片隅に転がっていた。

恋の苦しみは「わたし」を狂わせ、ほとばしる激情が残酷なまでに描かれる・・・それでいて、まるで林の奥のみずうみを思わせるこの透明な静けさはどうでしょう。
頁をめくる指先から、ラモーの小曲『やさしい訴え』のせつなげな旋律が心にしみ入ってくるようでした。「わたし」が恋に落ちる瞬間も、新田氏が薫さんに心ひらいている瞬間も、永遠の別れのひとときを心に刻む瞬間も・・・すべての瞬間ごと鳥の羽根をふるわせるようにそっとつつみ込んで、どこか遠くへと運び去ってしまいそう。
もうにどと触れることのできない、はかなく遠い、美しい物語でした。
Author: ことり
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『余白の愛』 小川 洋子

評価:
小川 洋子
中央公論新社
¥ 620
(2004-06)

耳を病んだわたしの前にある日現れた速記者Y。その特別な指に惹かれたわたしが彼に求めたものは・・・。記憶の世界と現実の危ういはざまを行き来する。幻想的でロマンティックな長篇。瑞々しさと完成された美をあわせ持つ初期の傑作。

優雅にペンを操る指の戯れ、耳鳴りを発しつづける壊れた耳・・・
かすかな音のみがゆるされた、うすい膜に覆われたような空間で、指と耳に焦点をあてた美しい物語がすすんでゆきます。
しずかにしずかに世界をゆがめ、艶かしく私をみたす‘閉じられてしまった記憶’。
町じゅうが雪で閉ざされていくように。あるいは、かたちなきものにかたちを与え大切にしまい込まれたコレクションのように。それはこれから先誰にも侵されることなく、きちんと守られていくのでしょう。・・・美しく、完ぺきな佇まいで。

このお話を読んでいる間中、川端康成さんの『片腕』のイメージがずっと脳裡にありました。夢のように幻想的で、甘やかな官能をおびたふたつの‘閉じられた’世界観が、私にはとても似通っているふうにうつったのです。
「わたしの耳のために、あなたの指を貸してもらえませんか」
Author: ことり
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