『哀しい予感』 吉本 ばなな

弥生はいくつもの啓示を受けるようにしてここに来た。それは、おばである、ゆきのの家。濃い緑の匂い立ち込めるその古い一軒家に、変わり者の音楽教師ゆきのはひっそりと暮らしている。2人で過ごすときに流れる透明な時間。それは失われた家族のぬくもりだったのか。
ある曇った午後、ゆきのの弾くピアノの音色が空に消えていくのを聴いたとき、弥生の19歳、初夏の物語は始まった。

雨と緑の濃い匂い。ひどく孤独で、でもとても美しい物語です。
弥生、ゆきのおばさん、哲生くん、正彦くん、弥生を育ててくれた両親・・・みんなの優しさとひたむきさ、たしかなものにくるまれている感じが心地よいのです。
おばの家で見つけた、泣きたいほどなつかしく胸にせまる想い出の数々。不思議な能力がキラキラと神秘的な輝きを放ち、誰かが誰かを気にかける純粋なエネルギーがしずかにしずかにうずまいて、読んでいるとすいこまれそうでした。
Author: ことり
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『ひな菊の人生』 吉本 ばなな

たて笛、林、ダリアとひな菊の幼い魂の約束――。
ひな菊25歳。生まれたときから父はなく、母も幼くして交通事故で亡くした。今は高春のところに居候して、おじさん夫婦の営む店でやきそばを焼く毎日だ。幼いころ別れた親友ダリアを今も思い出しながら・・・。

よくいっしょに添い寝をしてくれた愛らしい母親も、たて笛を吹くと林のなかを駆けて会いにきてくれたダリアも、いまはもういない。
この本を読んでいると、私たちは普通に生きていることが当たり前なのではなくて、こうして無造作に笑っていられることがじつは奇蹟で、なにかとても優しくて美しい決まりごとにのっとって生きている・・・そんなことを思い知らされてしまいます。
言葉のひとつひとつがスコーンと心にひびいて、不思議な夢や感覚も日常にとけこむようにして受け入れ、枯れ葉の匂い、人肌にしみ込んだ香水の香り、やきそばの湯気・・・そんなかたちなきものたちまでもが、くっきりと輪郭をもって届くのです。

「一回でも会うと、そのときにひとつの思い出というか、空間ができるでしょう。それはずっと生きている空間で、会わなければこの世に全くなかったもので、全く人間どうしが無から作ったものだから。」
誰かが誰かと出会って生まれたそのときの空間は、誰も――天や運命でさえも奪うことは永遠にできない、そんなふうに語る高春の言葉がとても印象的。
奈良美智さんのちょっと陰のある可愛い挿絵が、この本のフワフワとしたきびしさにぴったりと合っています。
Author: ことり
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『まぼろしハワイ』 よしもと ばなな

評価:
よしもと ばなな
幻冬舎
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(2007-09-26)

『まぼろしハワイ』、『姉さんと僕』、『銀の月の下で』、ハワイにまつわる3つのお話をおさめた中編集。
蜜のような風の匂い、空間をひらっとなでるパウスカートのすそ、とろけたバターみたいな金色の夕方・・・砂浜の白もハイビスカスの赤も、なにもかもが眩しすぎる光の楽園。そんな天国を思わせる土地で、哀しみのかたまりを少しずつ溶かしていく人びとが描かれています。

ばななさんの初期の頃の小説が大好きな私は、ある時から彼女の書かれるものによく登場するようになった、あまりにもスピリチュアルな感覚についていけなくなったのもたしか・・。けれどこの本は、『キッチン』や『サンクチュアリ』のお話に通じるものをすごく感じて、ああ、あの頃からばななさんが書きたいものはちっとも変わっていないのだなあ、と気づいたのです。
不幸な時に見る風景たち・・・いつしか立ち直った時にはもっと違って見えるということ。時とともに哀しみは薄れ、いつかきっと明るい日々が、きれいな景色とともによみがえってくるという真実。それらが文中から感じられて、世の中そんなに捨てたもんじゃない、なんてしみじみ思わされてしまった私。
あとがきには「この本の中にはなにかがあります。」と書かれています。毎日のルーティンのなかでこぼれるように過ぎていく時間、目をこらして見ていたい悲しいほど美しい一瞬。心にしみる人びとのやさしさや自然のもつ治癒力、そんなかけがえのないものものがハワイの魔法にかけられてきらきらしているのが全身で感じられました。

ハワイは私自身にとっても家族で訪れた思い出深い場所。
過去と今、生と死・・・神々の島・ハワイを舞台にそれらが巧みに交差するお話たちは、登場人物がしっかり日常に根づいているせいか、幻想でも夢でもない、きちんとしたリアリティがあります。そのぶん、心のずうっと深いところまでひびくようです。

「ママに見せてあげたかったな。大きくなった私を。あざみさんを気遣える私を。」 私は言った。小さな声でそう口に出したら涙が出てきた。
「天国から見ている」とか「きっとパパと今いっしょにいてたまにこういうすてきな場面を見ているんだ」とかではだめなのだ。
歳を重ねてしわが増えたママに、生きている眼球で眼筋をつかって、その心臓をどくどく動かしながら見てほしかったなあ、ということだ。
もしも天国があるとしたら、それはさぞかし美しいものだろう。
でも、ぐちゃぐちゃでなんでもありでもほんの一瞬くらいは美しいときもある、このあてにならない地上は生きている人たちのものだ。(『まぼろしハワイ』)
Author: ことり
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『白河夜船』 吉本 ばなな

評価:
吉本 ばなな
新潮社
¥ 420
(2002-09)

いつから私はひとりでいる時、こんなに眠るようになったのだろう――。植物状態の妻を持つ恋人との恋愛を続ける中で、最愛の親友しおりが死んだ。眠りはどんどん深く長くなり、うめられない淋しさが身にせまる。ぬけられない息苦しさを「夜」に投影し、生きて愛することのせつなさを、その歓びを描いた表題作「白河夜船」の他「夜と夜の旅人」「ある体験」の“眠り三部作”。定本決定版。

ばななさんの文章の浮遊感が好きです。漂っているようで、でもきちんと流れていてストーリーがちゃんと動くのがいい。
潮が満ちるように訪れるだるくて重たい眠りも、夜が、ひたすら静かに「ゴムのように無限に続く」感覚も、ああ・・わかるなって、あの覚束ない、言葉で言い表せなかったあの頃の心情をもっとも正確な言葉で言いあてられた、そんな感じがしました。
一ばんよかったのは、やはり表題作。花火とうなぎのラストが素敵・・・。彼女の物語はいつも、死や哀しみに打ちひしがれ世の中からふっと消えてしまいそうなところにいる人を、やさしくくるんであげるように描かれているのですよね。

しとしと雨にとじ込められた部屋。まるで子守唄みたいにばななさんの‘ことのは’が心にひびきます。とても儚くて、どうしようもない喪失感といとおしさがぐるぐるとうずまいて、私を少しずつまどろみの世界に誘ってくれる。
しんとひそやかな夜の底――
世界がつめたさに沈んで、カップのなかのココアだけがあたたかい。
Author: ことり
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『TUGUMI』〔再読〕 吉本 ばなな

評価:
吉本 ばなな
中央公論社
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(1989-03)

病弱で生意気な美少女つぐみ。彼女と育った海辺の小さな町へ帰省した夏、まだ淡い夜のはじまりに、つぐみと私は、ふるさとの最後のひと夏をともにする少年に出会った――。
少女から大人へと移りゆく季節の、二度とかえらないきらめきを描く、切なく透明な物語。第2回山本周五郎賞受賞。

まだ学生だったころ、夏が訪れると本棚から引っぱり出して読んだ本、それがこの『TUGUMI』です。
口が悪くていやな女の子・つぐみを中心にしながらも、このお話にあふれているのはやさしさばかり。かがやく海と潮風につつまれた夏の景色はとても懐かしいものを運んでくれるみたいで、読んでいるといつも、私の胸はせつなさでいっぱいになってしまいました。
私がそだったのも海辺のちいさな町で、まいにちが濃くて楽しくてまっ黒に日焼けした、そんな思い出がよみがえってきます。もうにどと帰れない、きらきら煌めく遠い日々たちをたまらなく愛おしく思う・・・でも過ぎ去った日を懐かしむと同時に、いまこの時がかけがえのない瞬間であることもあらためて気づかせてくれます。

幼い頃から身体が弱くチヤホヤされたせいで、我儘で粗野な性格になってしまったつぐみ。そんなガラスで出来たはりねずみみたいなつぐみのことを、ぜんぶ分かっている、と言うふうなおおらかさでつつみ込むまわりのみんなのやさしいこと・・・。
かぎりなくやさしくて、すこし張りつめた光のプリズムを放つひと夏の物語。
Author: ことり
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『キッチン』〔再読〕 吉本 ばなな

評価:
吉本 ばなな
角川書店
¥ 420
(1998-06)

よけいなものがそぎ取られた、ばななさんの感受性と彼女が大切にしているもの・・・それだけがむき出しになったようなお話たちは、まっすぐにこちらの心に届きます。
お話がシンプルなぶん、ある瞬間の心の動きや恋をした時に目にする風景などが、鮮やかに物語に映し出されているようです。

『キッチン』『満月―キッチン2』は、なんだかとても大切なことをあらためて私の胸の奥底から引っぱり出してくれたお話で、天涯孤独のみかげが最後の肉親をなくしたあともかけがえのない人たちに出逢い、その人をなくしてみてその存在の巨大さを‘肉親のとき以上に’実感する・・というのがすごい重さをもって伝わってきて、胸が押しつぶされそうになってしまいました。
『ムーンライト・シャドウ』では、恋人との死別からの再生を描いています。はかなげな鈴の音色、青い朝靄にうかぶ橋・・・こまやかな情景の、そして感情の描写。読むたびに涙がこぼれてしまう物語です。

ばななさんの初期の小説はほとんど中高生のときに読んだのですが、私はこのころの彼女の本がとくに好き。
この本に入っているのはすべて哀しみにみちたお話なのに、力強さをともなった爽やかな読後感が待っています。それはきっと、哀しみがずっとそこにとどまらないで、かなたにある希望が感じられるからなのでしょうね。明るい未来が感じられるお話ってやはりいいなあ、そう思います。

ひとつのキャラバンが終わり、また次がはじまる。また会える人がいる。二度と会えない人もいる。いつの間にか去る人、すれ違うだけの人。私はあいさつを交わしながら、どんどん澄んでいくような気がします。(『ムーンライト・シャドウ』)
Author: ことり
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『なんくるない』 よしもと ばなな

評価:
よしもと ばなな
新潮社
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(2004-11-25)

東京の最高気温が4℃なのに、沖縄のそれは22℃。テレビがそんな予報を告げる冬の一日に読んだ本。
そこには、沖縄の日ざし、空、海、風、雲、花、砂・・・それからゆったりとした時の流れ、辺りをたゆたう空気の粒子みたいなものまでが完ぺきに再現されていて、真冬の東京にいてさえ「沖縄」を肌で感じることができました。
『ちんぬくじゅうしい』、『足てびち』、『なんくるない』、『リッスン』。4つのお話はすべて内地から沖縄へと渡った観光客が主人公です。
どのお話も、舞台が沖縄でなかったらこの空気感はきっと出せなかったんじゃないかしら・・・。言葉にするのはちょっとむずかしいのだけれど、沖縄にはなにか特別なチカラがそなわっているような気がするの。

きらめくような純粋さのなかに、哀しみもちょっぴりおぞましいものもとり込みながら解放していくお話たち――・・・ああ、どれもとてもばななさんらしいなあと思います。
かけがえのないことはどんどん変化していく。(『ちんぬくじゅうしい』)
この本を読んでいると、沖縄という楽園で、書き手であるばななさんの魂と読み手の私の魂がゆるりとほどけて溶けあったような、そんな不思議な感じがしたのです。
Author: ことり
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『High and dry(はつ恋)』 よしもと ばなな

評価:
よしもと ばなな
文藝春秋
¥ 1,260
(2004-07-23)

世界はきっと、目に見えないこともいっぱいにつまった風船みたいなものだ。

主人公は、14歳の少女・夕子。
夕子はある秋の日に、絵画教室の先生・キュウくん(20代後半)と、他の人には見えない不思議でキラキラとした奇跡を共有します。
そして、夕子は彼に恋をしました。
この一瞬はまさに永遠で、ふたりは魂のままの姿にうっかりなってしまい、ただその心の目で同じものを見て、同じところに存在したということ。別々の人間がたまたまひとつになった、それは本当に美しく、ありえないはずの瞬間だったのだ。
それは夕子が生まれて初めて、ひとを‘好き’になった瞬間――。

年の割におとなびた考え方をする夕子と、年の割に精神年齢が低いキュウくんの淡い恋を描いたお話です。
おなじものを見て、おなじことを感じる奇跡・・・ふたりは年の差だとかいろんなものをとびこえて、魂で繋がれているのかも。だけどこの本のほんとうの魅力は、これが恋愛一色の物語ではなくて、ちょっぴり特殊な家庭環境で育ってしまった夕子とキュウくんが家族について真剣に考え、そして成長していくところにあると思います。
キュートな挿絵もひと役かって、本をとじたあとは心がぽかぽか温かくなりました。
Author: ことり
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『デッドエンドの思い出』 よしもと ばなな

評価:
よしもと ばなな
文藝春秋
¥ 1,234
(2003-07-26)

人生は、ときに漆黒の闇をつれてくる。
まるで落とし穴にでも落ちるかのように。突然。
そのなかに差しのべられた、あたたかな手。それはそれは貴く、涙が出るほどいとおしい、誰かの救いの手。
ばななさんみずから、「これまで書いた自分の作品の中で、いちばん好き」と語る『デッドエンドの思い出』はとくに、そんなあたたかな‘手’を感じながら読みました。

カレーを作っていて、たまたま残ったヨーグルトやスパイスやりんごなんかを入れているうちに、そして玉ねぎの量なんかをちょっと多くしたりしたら、本当に百万分の一の確率で、ものすごくおいしいものができてしまったような、でも、二度とは再現できない、そういう感じの幸せだった。誰にも何にも期待してなくて、何も目指してなかったから、たまたますごくうまく輝いてしまった日々だった。
このイメージ。なんだかすごくすごく、わかる気がするのです。
婚約解消のいたでを、西山君がすこしずつ癒してくれる日々。宝物のように輝かしい光景。せつなく苦しい暗闇のなかにいてさえ、ふり返ってみれば生き生きと輝く一瞬一瞬をきちんと見つけられている――。
人はきっと、そのくらいには強靭にできているんだろう。
そして、幸せってそんなふうにして探しあてるものなのかも。

言葉をそのまま頭でひろっていくのではなく、そこにこめられたばななさんの思いが伝わってくるような、そんな読み方ができたことがむしょうに嬉しかった本。
ひとつひとつ感じたものをやわらかく受けとめて、しばしその余韻にひたりました。
表題作の他、『幽霊の家』、『「おかあさーん!」』、『あったかくなんかない』、『ともちゃんの幸せ』を収録。『幽霊の家』も、やさしい光で心をてらしてくれるようなお話で、私はとても好きです。
Author: ことり
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