『モナ・リザの背中』 吉田 篤弘

評価:
吉田 篤弘
中央公論新社
¥ 1,890
(2011-10-22)

週の半分は大学の先生、あとの半分は有楽町の地下街を散策する。
50歳独身、しょっちゅう鳥肌が立つ。相棒は、ちょっと風流な助手のアノウエ君。
・・・そんな曇天先生が、ダ・ヴィンチの「受胎告知」やワイエスのポスターなど、絵のなかの世界に突如まよい込んでしまうお話です。

絵のなかでいつも出くわす謎の人物、妙な出口へとつながる帰り道。
やがて、アノウエ君までもが銭湯の壁(富士山の絵)にすい込まれて・・・?
「絵の中の世界とこっちの世界を先生がつなげちゃったんです。それこそ先生が問屋になって、間に立って、つなげて、ごっちゃになって、何かと何かが入れ替わったりすり替わったりして、あっちのことがこっちでも起きて。」

絵のなかにまよい込む――まるでメルヘンの夜みたいなできごとだけど、‘言葉’そのものにこだわる吉田さんらしい文章で、現実のすぐ隣にある不思議な世界をユーモラスに描いてみせてくれています。
すべてのものに奥があり、時間を共にすることで、人と結びつく。
すべてはその奥でつながっている・・、これってとても素敵な考え方だと思いました。
絵画をみるとき、カンヴァスに入りきらなかった風景や、とじ込められた時間やひそやかな想いまで、心の目でみつめられたらいいのに。
Author: ことり
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『パロール・ジュレと紙屑の都』 吉田 篤弘

評価:
吉田 篤弘
角川書店(角川グループパブリッシング)
¥ 2,205
(2010-03-27)

さいしょは、ただただ戸惑いました。
いつもはごくごくお水を飲むみたいに沁みてくる吉田さんの言葉なのに、このお話では心の外側をつるつるすべっていくようで、ちっとも入ってこないのです。
言葉が凍りついて、パロール・ジュレという結晶になるという北の町・キノフ。
なぜこの町では言葉が凍るのか?そんな謎に魅せられ、その神秘を追究する諜報員・11番目のフィッシュ(紙魚)なる男が登場します。書物の中へ<潜航>し、字間を彷徨い、登場人物の姿を借りて外側へ<再登場>するというフィッシュ。謎を追う刑事、水晶の目を持つ謎の女性、言葉の解凍士――まるでSF小説のような独自の世界にうまくなじめませんでした。

きちんと読みとれたかまったく自信がありませんが、読んでいて思ったのは、これが誰にも伝わらずに、ひそやかに凍りついた秘密や本音たちの物語であるということ。
いつか解凍されることを夢みて、じっとそのときを待つパロール・ジュレ。行き場をうしない宙にういてしまった言葉や想いもすべて凍らせてとどめおきたい・・・物語の底にあるのはそんな作者自身の願いなのかもしれない、そう思いました。
誰にも伝わらなかったことのほうが、きっと、真実に近いから。
‘言葉’や‘文字’、形あるものとしての‘本’を大切にされている吉田さんならではのファンタジーです。私はややこしすぎて手に負えなかっただけ・・・うーーん、残念。
Author: ことり
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『圏外へ』 吉田 篤弘

評価:
吉田 篤弘
小学館
¥ 2,052
(2009-09-16)

物語を書くことを生業としているカタリテは、新しい小説――デンシン・バッシラの街灯に照らされた路地の奥、チュウブル写真機店のアキとキミの物語――を書き始めるが、早々と行き詰まってしまう。
やがて小説内の登場人物たちは痺れをきらし、自在に動きだして・・・。

物語を書きあぐねているうち、カタリテは自らが語り始めた物語と現実のあいだをズルズルと行ったり来たりし始めます。
南新宿の雲呑ソバ屋でツブラダ君と小説論をとなえていたかと思えば、<南の鞄>から生まれた予言者・ソボフルの壮絶な半生が突如長々と語られはじめたり(このソボフルの物語が、南米文学を思わせるほど幻想的で魔術的・・・)、散歩とちゅう小倉君からGFを買い求めていたかと思えば、キミは「蝙蝠」に変身して路地の亀裂を俯瞰する。娘の音(オン)ちゃんのするどい指摘にたじろいでいたかと思えば、こんどは妻に導かれ<エッジ>という名の作中人物や作家たちが集う奇妙な療養所にたどり着く、といった具合。
カタリテのもとを離れた物語はいくつもの物語と交錯し、めまぐるしく旋廻して、私はたちまち「物語」の端の、そのまた向こうまでつれ去られてしまいました。
本を読んでいてそのままうとうとしてしまい、夢のなかで物語が勝手気ままに進んでいる、そんな経験・・・はっと顔を上げてまた物語にもどったときのあのへんな感覚。ぐるぐるフワフワしたあの感覚が幾度もくり返されるような、そしてそれがとても心地よくもあった不思議な本。
重なり、つながり、いろんなものを巻き上げながらデタラメに巡る物語ですが、読み進んでいくうちに美しく響きあい、あるひとつの場所へと向かって行きます。ツマリ、すべてはカタリテの思惑しだい。

・・・スティッフ、スティッフ、スティッフ、スティッフ・・・
漆黒の闇につつまれ、物語が終わっても、耳をすませばどこからともなくひそやかに聴こえてくる足音。それはこの物語につづく、新しい物語の足音?
「さて――・・・」
Author: ことり
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『小さな男 * 静かな声』 吉田 篤弘

評価:
吉田 篤弘
マガジンハウス
¥ 1,998
(2008-11-20)

それがあんまり心地よい世界だったから、日だまりに寝そべる仔猫のようにまったりとのんびりと・・・長い時間をかけて読んでしまいました。
あらすじは?と訊かれても、ちょっと困っちゃうな・・・。そう、「膨大な日常の物語」とでも言っておこうかしら。デパートの壁の裏側、小さなラジオの向こう、誰も知ることのない仕事、どこかを駆けているかもしれない自転車――日常生活でのほんの小さなできごとや、ふと感じた疑問などがたくさんたくさん・・「塵もつもれば」というふうに重なっていくお話です。
小さな男の章と、静かな声の持ち主・静香さんの章が交互に進み、さらにその中で一人称と三人称のパートに分かれていて、ちょっぴり理屈っぽくなりがちな一人称のつぶやきを三人称が客観的にうまく補っているのが特徴的。そしてもちろん、小さな男の世界と静香さんの世界は、少しずつゆるやかにつながっていきます。

週のはじまりは月曜日か日曜日か。クリーム状なのになんで歯みがき粉というの? 新聞が、読み終えたとたん「新聞紙」になり下がるのはどうしてだろう?
そんなささやかな疑問たちにうずもれるようにして、人の‘記憶’に言及する場面があります。目障りな、毒々しいほどの赤い手帳を購入し、わざわざ書きとめなくてもよさそうなものまでメモしてしまう静香さん。ラジオのパーソナリティをしながらも、「たまたまラジオで話してるだけで、もし、そうじゃなかったとしてもたぶんこの赤い手帳を買っていた」という静香さん。私にも、分かる気がするの・・・誰に話すあてもなくても書きとめてしまうそんな気持ち・・・。
「さみしいですものね。今日、いまここでこうして二人で話したこととか、話しながら考えたこととか、そんなことがもしかして自分にとって残しておきたいものなのに」
本を一冊読むたびに、こうして文章をのこす私もきっとおなじだから。
思ったことのすべてを書きとめることなんてとてもできやしない。でも、だからこそ、感じたことのひとかけらでも、いいなと思った台詞のひと言でものこしておけたら。
誰の目にもとまることがなかったとしてもいいのかもしれません。ほんとうはね。


吉田篤弘さんの「ミニトーク&サイン会」に出かけました。
サイン本です↓
Author: ことり
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『78』 吉田 篤弘

評価:
吉田 篤弘
小学館
¥ 1,680
(2005-12)
「78(ナナハチ)」という名のいっぷう変わったSP盤専門店をめぐる連作短編集。
あらゆることがでたらめに美しく響きあう、ちょっとレトロですてきな世界。
ハイザラ、バンシャク、「78」の店主、お隣のカナさん・・・彼らそれぞれが奏でるエピソードたちがすこしずつ不思議な連鎖をみせ、たったひとつの大きな物語をうかび上がらせていきます。
心がほっとくつろいで、なつかしいぬくもりに心がふんわり満たされる、そんな一方でじわっじわっとにじんでくる喪失感・・・それはきっとこの本が、いまはもうないものと、それでも‘ここ’に残っているものたちの物語だから。

それにしても、こうしてほんの少し思い出してみただけても、自分がいかに「いまはもうないもの」に取り囲まれていたか分かる。(中略)
完全に「ない」のなら、まだいい。
困惑させられるのは、そこに、「ない」ものの痕跡やら尻尾のようなものが残されていて、それがどうにも気になって仕方ない。人でも物でも、いったんこの世に姿かたちを現すと、なかなか簡単に消えてなくなることができないらしい。考えれば考えるほど哀しいが、哀しいという思いそのものの正体がそこにあるのかもしれない。

音楽とともに‘そのときの空気’までも録音されている、78回転のSPレコード。
時間はしずかに流れ、物語はゆっくりゆっくり終わりへと向かいます。なつかしい音楽となつかしい空気に心の耳をすませながら、そっと本をとじました。
Author: ことり
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『百鼠』 吉田 篤弘

評価:
吉田 篤弘
筑摩書房
¥ 1,575
(2005-01)

僕らは空の上から物語を始める。神様でも天使でもないけれど。
笑いと哀しみをくぐりぬける三つの小さな冒険。

『一角獣』、『百鼠』、『到来』。3つの異世界を収めた中編集。
どのお話にも、まるで夢をみているような心地よい空間がひろがっています。きれいな文章にゆらゆら身をゆだねるように読み進めると、3つの世界がほんのり繋がっているのがわかる・・・そんなしくみもとても素敵。
一ばん好きだったお話は、‘表層’と‘水面下’の不思議なすきま世界をえがいた『一角獣』。モルト氏と朝生君のなんでもない会話にいつのまにか心がほこほこしてきてすっかりうれしくなってしまった私なのです。
Author: ことり
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『フィンガーボウルの話のつづき』 吉田 篤弘

世界の果てまであと、どのくらい――。
「クラフト・エヴィング商會」の吉田篤弘が生んだ物語の小宇宙。ビートルズのメロディがつなぐ16+1の短篇。
「世界の果てにある食堂」を舞台にした物語を書きあぐねる吉田君は、奇妙な連作小説を予告して消息不明となった謎の作家=ジュールズ・バーンを知る。「物語」の入り口を探し求める吉田君がいつしか迷い込んでいたのは、バーンが企んだ連作の世界なのか――。

この本、好きです。ものすごく好き。
ひとつひとつのお話がぜんぶ頭のなかにうかんで動き出すよう。ゴンベン先生の言葉にふんふんうなずき、大中小のトリオのやりとりに微笑んで・・・。まるでひと文字ひと文字がうたっているみたいなのです。

あたたかなものがどこからともなくしみしみとにじみ出て、いつのまにかニコニコしている自分に気づく・・・そんな幸福感とビートルズの音楽にみたされた、やさしくて心地よい物語たち。
世界の果て食堂、シシリアン・ソルト、閑人カフェ、レインコート博物館、そして、シリアル・ナンバー付きの「ホワイト・アルバム」――この本を読んでいると、世界じゅうのすべてのものが物語をもっている・・・そんなふうに感じられるはず。
このステキな世界はぜひ一度読んで味わってみてほしい、そう思います。

「この世でいちばん哀しいのは、一度も語られることのなかった物語たちと一度として奏でられることのなかった音楽たちだ」
Author: ことり
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『針がとぶ―Goodbye Porkpie Hat』 吉田 篤弘

月面で眠る猫、クロークルームに残る運命のコート、八十日で世界を一周した男と常夜灯に恋をした天使。6月の観覧車、真っ白なジャケット、針がとぶレコード・・・クラフト・エヴィング商會の物語作家が紡ぐ、月と旅と追憶のストーリー。

ここからずっと離れたところ。ゆるゆる流れるスロウな時間。
幻想と現実のあわいに転がる小さな小さなお話たちが、ほんのすこしずつ触れ合い重なっていくのです。ほんの、すこうしずつ。
7つのお話を読み終えたとき、はじめて見えてくるひとつの景色。ながい時間をかけて‘おなじ世界’で起こってきたひとつの物語だということが分かります。
ぼんやりとした閑な時間のつくり出す余韻のステキなこと。いたるところに散りばめられた心にしみるフレーズたちは、‘掌にメモ’したくなっちゃうかもね?

秋の夜長。ひとりで過ごす静かな夜におすすめします。
Author: ことり
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『空ばかり見ていた』 吉田 篤弘

評価:
吉田 篤弘
文藝春秋
¥ 1,800
(2006-01)

吉田篤弘さんの本は、心地いい。
読み始めたとたんにまわりの空気が柔らかくなり、辺りをながれる時間の粒があるとしたら、それらがいっせいに速度をゆるめるのが分かる感じ。
とろりとした夢のはざま、静謐な星空をゆらゆらたゆたうような心地よさ。

ちょっと見には繋がってないようで、じつは繋がっている――やさしい人びとが紡ぐ、夢みごこちでちょっぴりせつない12の物語。
お話どうしを繋ぐのは、お店をもたず世界じゅうを旅してお客さんの髪を切る「流しの床屋」ホクトさんです。そしてかならず、空を見上げる‘誰かさん’が登場します。
どこか遠い異国のおとぎ話を彷彿させる、ほんのりと月がともすような光と明るさが感じられるお話たち。心がほぐれて、じんわりみちてくる人のぬくもり。
吉田さんのお話は、冬の夜、木枯らしに身をちぢめながらお家に帰り、お湯をはったバスタブにゆっくりからだを沈めるような、さりげなくて、けれど極上のシアワセに似ている・・・そんな気がする私です。(もっとも、いまは暑い夏なのだけど)

『七つの鋏』、『彼女の冬の読書』、『星はみな流れてしまった』、『モンローが泊まった部屋』、『海の床屋』、『アルフレッド』、『ローストチキン・ダイアリー』、『ワニが泣く夜』、『水平線を集める男』、『永き水曜日の休息』、『草原の向こうの神様』、『リトル・ファンファーレ』。ひとつひとつのタイトルも大好き。
お菓子と本に目がない私は、「マアト」(口に入れたとたん消えてなくなってしまう、天使の羽根のようにはかないフランス菓子)と「冬読」(春、夏、秋と働いて、冬になると冬眠みたいに本を読む生活)がむしょうに気になってしまいました。
Author: ことり
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『十字路のあるところ』 吉田 篤弘

評価:
吉田 篤弘,坂本 真典
朝日新聞社
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(2005-12)

『雨を聴いた家』、『水晶萬年筆』、『ティファニーまで』、『黒砂糖』、『アシャとピストル』、『ルパンの片眼鏡』――吉田さんらしい不思議な6つの短編世界が、ありふれた(けれど特別な)路地裏をうつした坂本真典さんのモノクローム写真と重なって、奇妙な空間に誘われてしまう一冊。

私が大好きなお話は、『ティファニーまで』。
60を過ぎた「わたし」が助手のサクラバシ君と「ティファニー」(Bランチがおいしい坂の上のレストラン)をめざす途中、道草にからめとられてしまうお話です。
「わたし」は町の研究をしつつ新語研究にも余念がない人で、新しい言葉をつぎつぎ編み出すのですが、とにかくそのセンスが最高。サクラバシ君とのかけあいもなんともいえない間が素敵で、どこかレトロな空気がたまらないのです。
お話のなかに出てくる<スマート神社>。見てみたいなぁ、なんて思いつつ頁をめくったら、屋上に「上げやられて」いない<スマート神社>らしき写真が・・・!それを見たときのうれしさったら。思わず「ドキついて」しまいました。
 
「それはもう、間違いなく物語の始まりでしょう」
Author: ことり
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