『優しい子よ』 大崎 善生

評価:
大崎 善生
講談社
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(2006-07-01)

少年の強い祈りが“奇跡の三ヵ月”を生んだ。
他人の幸せを願いながら逝った少年との交流を描く、感動の私小説。

『優しい子よ』、『テレビの虚空』、『故郷(ふるさと)』、『誕生』。
実話をもとにした4つの短編が収録されていますが、なんといっても表題にもなっている『優しい子よ』、お忙しい方はこのお話だけでも読んでみてください。大崎さんの奥様である女流プロ棋士の高橋和(やまと)さんと、高橋さんに憧れる不治の病に冒された少年との出会いから始まる、3ヶ月の奇跡の物語です。
「私小説」ということだけれど、私は完全にノンフィクションとして読み進めました。
白血病とたたかう少年の手紙がそのまま出てきます。そこに創作の気配はありません。激痛にもだえながらも、いつもかならず高橋さんの足を気遣って終わる手紙。その天使のような心に、私もうたれました。
「おとうさんから高橋先生も子どものときにこうつうじこで大けがをしてたいへんだったことをききました。まだいたいですか。いたくならないように、おいのりしています。」

生と死を真摯にみつめた一冊。
大崎さんの奥様がほんとうに素敵な方で、この本を読んだだけで私もファンになってしまったほど。そしてもちろん、そんな奥様をつつみ込む大崎さんの深い愛情も伝わってきます。
たった10歳で天使になってしまった心やさしい少年――杉田茂樹くんのこと、私も心のすみに棲まわせて生きていきたい。
Author: ことり
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『別れの後の静かな午後』 大崎 善生

表題作、『サッポロの光』、『球運、北へ』、『空っぽのバケツ』、『ディスカスの記憶』、『悲しまない時計』の計6編を収録した追憶の短編集。

大崎さんらしい静かで美しい筆致、おだやかな情景描写、巧妙な比喩。
ぜんたいに漂う感傷的なノスタルジーが胸に切なくひびいてきます。
だけどやっぱり今回も主人公はすべて出版関係にたずさわる人たちで、そこにいつも大崎さんの‘世界の狭さ’を感じてしまうのは私だけ?
つむぎ出される美しい世界はとても心地よく、私のもとに届くのに。
Author: ことり
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『孤独か、それに等しいもの』 大崎 善生

『八月の傾斜』、『だらだらとこの坂道を下っていこう』、『孤独か、それに等しいもの』、『シンパシー』、『ソウルケージ』。
5つの短編のうち、3つが女性の主人公。これはいままで男性(おもに中年の)ばかりを主人公に描いてきた大崎さん、初の試みではないかしら。
収録されているのは、どれも痛々しいお話ばかり。だけどその痛々しさは、きしんだ音をたてながらも胸の奥まできちんと届いて、やがてあたたかな何かに変わる。座りがいいというか、おさまるべき心の隙間につるんと気持ち良く降りてきて、彼方にはほんのりと灯りすら見えるのです。
とくに『八月の傾斜』は、ほかの4つのお話がかすんでしまうほど、印象的でした。

『八月の傾斜』
ピアスを開けようとした中学生の「私」に、「大切なものを失くしてしまうよ」と言った大久保君。ピアス穴を開けなかったにも関わらず、高校3年の9月、彼は突然逝ってしまった。彼の面影をずっとずっと何年も引き摺る「私」。
私は何を失ったのだろうか、あるいは今日一日という時間をかけて何を失っていくのだろうか。
そんな「私」に早津がくれた言葉。それを聞いて、「私」は早津との結婚を承諾する。
毎年夏の終わりに訪れる嘔吐と慟哭、神経衰弱。「私」は早津といっしょに、きっと乗り越えることができるでしょう。――だって「私」は気がついたもの。
大久保君が恋しいわけではない。
大久保君と過ごした自分自身の姿が恋しいのだ。
Author: ことり
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『ロックンロール』 大崎 善生

評価:
大崎 善生
マガジンハウス
¥ 1,575
(2003-11)

植村吾郎は、熱帯魚雑誌の編集長から小説家に転身したばかりの42歳。デビュー第二作執筆のため、パリのホテルにこもっている。
そこに突然現れた、担当編集者の恋人・石井久美子。
パリの乾いた空気とロックの名曲をバックに描かれる、去っていった恋のいくつかと、目の前の恋。

All things must pass.――すべてのことは過ぎ去っていかざるを得ない。
To be a rock and not to roll.――岩になれ。そして転がるな。

大崎善生さんの小説の、静謐で美しい世界観が好き。丁寧にこまやかに描きだされていく情景が好き。だけど、このお話はどこかもの足りなくて、それでいて不満もところどころに残ってしまうものでした。
人の悲しみだけを感受する少年の冒険ストーリー。これはもっと最後までお話にからめてきてほしかったし、それに、大崎さんの小説はいつもいつも設定が似すぎているのがいいかげん気になってきたのです。
「小説家」「編集者」「中年の独身男」「ヨーロッパ」「熱帯魚」。こればっかりなんだもの、もう飽きあき。もう少し世界を広げてくれたなら・・・、それはそんなにワガママなお願いでしょうか。
Author: ことり
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『九月の四分の一』 大崎 善生

評価:
大崎 善生
新潮社
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(2003-04)

現在進行形のラブストーリーがかならずしもメインではない恋愛小説集。
『報われざるエリシオのために』、『ケンジントンに捧げる花束』、『悲しくて翼もなくて』、『九月の四分の一』。4つの短編の、どの主人公もけっして若くはなく、40歳前後の男性の‘追憶’の世界がそこにありました。
燃えたぎる情熱に衝き動かされるような若さはないけれど、それとひきかえにでもしたかのように、主人公たちは長い年月のうちに冷静さと、別離に耐えうるだけの強さを手に入れていたのです。

1頁1頁がフィルムみたいな、情景描写の濃やかさ。
ヨーロッパの風や街並みが、目をつぶればおのずと広がってきます。雨に濡れた石畳の匂いや、手入れの行き届いた庭でアヒルのような恰好をして今か今かとポストをのぞく老人の姿・・・、それらが過ぎ去った恋になんてすんなりとなじむのかしら。
それぞれのお話に盛りこまれている挿話たちも素敵です。私は『ケンジントンに捧げる花束』に出てくる動物園の通貨がキリンだというエピソードが一ばん好き。
「あなたにとって、私は何キリン?」という彼女の言葉はウィットに富んでいるし、なんといってもかわいいから。

僕はセックスではなくて、彼女のその言葉を広場に落ちている羽根にしたかったのだ。どこにでもある、誰にでもたいていは行きつく、セックスという羽根ではなくて。そうすることによって、奈緒という女性の記憶をより鮮明なものにしておこうとしたのだ。僕は奈緒とセックスをしようとしまいと、彼女がいつの間にか僕の前から姿を消してしまうことを予感していたのかもしれない。小鳥の市のように跡形もなく。
(『九月の四分の一』)
Author: ことり
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『アジアンタムブルー』 大崎 善生

評価:
大崎 善生
角川書店
¥ 1,620
(2002-09)

「私が死んでも・・・」そう言って、葉子は声を詰まらせた。そして、声を振り絞るようにして続けた。「優しい人でいてね」
愛する人が死を前にした時、いったい何ができるのだろう。喪失の悲しみと“優しさ”の限りない力を描き出した、本年最高の恋愛小説。

山崎隆二。この主人公は『パイロットフィッシュ』の主人公とおなじ人みたいなのですが、ちがった角度から異なる片鱗が描かれているようです。
愛する葉子の死に直面し、それが避けられない事実であると知ったとき、隆二はせめて彼女に「幸せな死に方」をさせてやりたいと願います。
これほど愛しあっているのに死は2人を切り離す・・・神様のいじわるな仕打ちに胸がえぐられるようなお話でした。

「赤い月」の物語。死の概念に怯えて眠れなかった少年時代。アジアンタムの憂鬱。
土踏まずのよう、と形容される葉子とその死をみとる隆二の優しさ。

痛みを知っているから、悲しみを経験したから、人はやさしくなれるのかな・・・。
もしもほんとうに「幸せな死に方」があるとしたら、それはこういう死をいうのかもしれません。
Author: ことり
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『パイロットフィッシュ』 大崎 善生

「人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない。」
一行めから目にとび込んできたこんな文章に心をうばわれたお話。
19年ぶりに突然かかってきた1本の電話――その声でゆらゆらと心の湖底からうかび上がってくる、これは‘記憶’の物語です。
「君がたとえ僕の前からいなくなっても、二人で過した日々の記憶は残る。その記憶の君から僕は影響を与え続けられることになる。もちろん由希子だけじゃなく、これまで出会ってきた多くの人たちから影響を受け続け、そして今の僕があるのかもしれないと。
だからね由希子、僕と君とは別れていない。一度出会った人間は、二度と別れることはできない。」

本をとじてから、私のなかであふれ出したいろんな記憶。
もうずいぶん前に恋人と見た雄大な紅葉色の山肌、小さな頃おばあちゃんとおまじないでのぞいた古井戸、交通事故で亡くなった幼馴染に言われたひと言・・・そんなこれまでの人生でかかわってきたいろんな人たちの顔がいくつもよぎって思わず泣いてしまったのです。それは本を読んでいて、はじめてストーリーからすこし離れたところでこぼした涙だったかもしれません。
この本がすばらしいのは、けっして未練として過去を描いていないところだと思いました。これは過去を糧にして、前向きに歩くための本だから。
出会わなければよかった人なんていない。今まで出会ったすべての人たちのおかげで、私はいま、この姿でここにいるんだ。・・・そう、思わせてくれた本です。

「人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない。」
すてきな言葉。これからもくり返しくり返し、かみ締めることでしょう。
このひと言で、視界がいっきにひらけた気分。
Author: ことり
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