『ジェントルマン』 山田 詠美

評価:
山田 詠美
講談社
¥ 1,470
(2011-11-26)

誰もが羨む美貌と優しさを兼ね備えた青年・漱太郎。その姿をどこか冷ややかに見つめていた同級生の夢生だったが、ある嵐の日、漱太郎の美しくも残酷な本性を目撃してしまう。それは、紳士の姿に隠された、恐ろしき犯罪者の貌だった――。その背徳にすっかり魅せられてしまった夢生は、以来、漱太郎が犯す秘められた罪を知るただひとりの存在として、彼を愛し守り抜くと誓うのだが・・・。

怖ろしく冴えわたっている・・・そう思いました。
無駄のない文章は鋭利なつめたいナイフを思わせ、ゾクリゾクリと痺れる感覚。

おぞましき犯罪者の素顔をもつ、「ジェントルマン」の漱太郎。
そんな漱太郎を崇拝し、「告解の奴隷」となる同性愛者の夢生。
異端どうしの究極の偏愛を、こんなふうに残酷かつ甘美に描けるなんてやはり詠美さんはすごいと思いました。
卓越した美しい比喩表現、冒頭とラストが巧みに結びつく構成。目をそらしたくなるほどの罪悪も、狂おしく歪みきった愛情も・・・張りつめた闇のなかで冴えざえと月のような光を放ち、身動きができなくなる。濃密な哀しみの海で溺れてしまう。

ストーリーは正直好みではないけれど、文章でここまで痺れさせてくれる作家はほかに思いつかない。山田詠美さんの凄さ(力量)を見せつけられた気がします。
Author: ことり
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『晩年の子供』 山田 詠美

メロンの温室、煙草の畑、広がるれんげ草の群れ。香り高い茶畑、墓場に向かう葬列、立ち並ぶ霜柱など。学校までの道のりに私が見た自然も人間もあまりにも印象的であった。心を痛めることも、喜びをわかち合うことも、予期しない時に体験してしまうのを、私は、その頃知った。
永遠の少女詠美の愛のグラフィティ。

なにかに感じ入ったり思いめぐらせたり・・・ちいさな頭でひっしに考えていたことなどをぼんやり思い出して、ほろっと不思議な心地になりました。
あの頃の自分にとってすべてだった狭い世界も、あの頃の景色の見え方も、いまはもうノスタルジックな美しい箱庭のなか。
『晩年の子供』、『堤防』、『花火』、『桔梗』、『海の方の子』、『迷子』、『蝉』、『ひよこの眼』――少女たちのざらざらした孤独な心をひとつひとつ丁寧に薄い紙でつつんで、そっと差し出されたみたい。
夏の倦怠にくすぶる若さゆえの感情を、夏の盛りをすぎ秋風のまざり始める季節の感傷を、詠美さんはこんなにも鮮やかに描いてみせる。

刹那的なものと未来永劫変わらないもの。
子供でも大人でもない、‘少女’という生きものの残酷さと艶っぽさ。
詠美さんのこの手のお話を読むたびに、すりガラスのような膜越しに世界をながめていたあの頃の自分と、まわりの大人たちにたいせつに守られていた日々が胸にせつなくよみがえります。
Author: ことり
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『タイニーストーリーズ』 山田 詠美

評価:
山田 詠美
文藝春秋
¥ 1,440
(2010-10-28)

それぞれに色や味のちがう、素敵で小さなお話がいっぱい。
アメリカのポップなキャンディを思わせる、甘くてジューシーな小説集。

21篇ものお話は、どれも詠美さんの言葉の魔法がかかっているみたい。
愛おしい登場人物たちを通して、恋や痛みや憎しみについて、しびれるような美しさで描いてみせてくれています。
詠美さんらしい黒人と女の子の恋物語『GIと遊んだ話』や、精神病院でおよぶ淫らな行為『催涙雨』、残酷な少女のお話『宿り木』、不穏で妖しい空気にみちた『モンブラン、ブルーブラック』、奇妙な性癖の顛末『涙腺転換』など、挙げても挙げてもキリがないほど魅力的なお話がぎっしり。
夢中で舐めていたらいつのまにかキャンディはもうなくて・・・だけど心はいっぱいに満たされている、そんな幸福な読書体験。
セクシーで哀しくて、ぎゅっと抱きしめたい珠玉のタイニーストーリーズ!

完璧な性愛は、女を幸福に投げやりにさせる。体じゅうを強く吸われながら、その痛みの中で、私は、死という代物を丹念に可愛がった。すると、全身は信じられないくらいに熱くなり、彼の舌で削り取られるように舐められた肌は、たちまち焦げた。(『ブーランジェリー』)
Author: ことり
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『学問』 山田 詠美

評価:
山田 詠美
新潮社
¥ 1,575
(2009-06-30)

東京から引っ越してきた仁美、リーダー格で人気者の心太、食いしん坊な無量、眠るのが生き甲斐の千穂。4人は、友情とも恋愛ともつかない、特別な絆で結ばれていた。一歩一歩、大人の世界に近づいていく彼らの毎日を彩る、生と性の輝き。そしてやがて訪れる、それぞれの人生の終り。高度成長期の海辺の街を舞台に、4人が過ごしたかけがえのない時間を、この上なく官能的な言葉で紡ぎ出す、渾身の傑作長篇。

少女とエロス。欲望と性。
結びつけたとたん、いやらしさばかりが一人歩きしてしまいそうなのに、このお話はむしろすこやかできらきらしています。
消えてしまいたいほどの羞恥心や黒くうず巻く嫉妬心、小さな胸を占領していた性にたいする好奇心や後ろめたさ・・・私にも思い当たるあの頃の複雑な感情が、そのつど的確な表現でつむぎ出されていくなかで、それらはすべて‘正しい’ことだと教えてくれているみたい。

自分のからだが内側から変わっていく、性のめざめ。
気持ちのいいことをもとめる本能。かくれてする「秘密の儀式」。
性の入り口に立ち、正しく欲情し、囚われ、学び、成長していく少女たち。
「私ねえ、欲望に忠実なの。愛弟子と言ってもいいね」
とてもあやうくてバランスをたもつのにせいいっぱい、そんな仁美と心太の関係は、まるで両手を広げてピアノ線の上をそろそろ歩きするこびとのようです。そんな均衡を破るかのように、からだの奥からほとばしる快楽の水に身をゆだね、仁美がたったひとりの男の面差しに弄ばれる描写に息をのみました。

ところどころにさし込まれた登場人物たちの死亡記事が、このきらきらとした日々が永遠などではなく、それぞれの死に向かって確実に失われていく日々だということをいやおうなく知らしめます。
ただでさえはかない青春がよりいっそうの輝きを放つ、脆くささやかな人生の物語。
Author: ことり
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『放課後の音符』 山田 詠美

大人でも子供でもない、どっちつかずのもどかしい時間。
まだ、恋の匂いにも揺れる17歳の日々――。
背伸びした恋。心の中で発酵してきた甘い感情。片思いのまま終ってしまった憧れ。好きな人のいない放課後なんてつまらない。
女子高生の心象を繊細に綴る8編の恋愛小説。

キスってどんな感じなのか想像したり、だれかに心の底から愛されてみたいとつよく願ったり、そんなことなどを思い出して、なつかしいような胸の一部がキュンとなるような、忘れてしまいそうになっていた思春期の頃の自分が心によみがえってくる・・・この本を読みながら、私はそんな感覚を楽しんでいたようです。
‘本物の恋’に憧れて、でも現実はなかなか‘本物’をつれてきてはくれなくて。この本は、「あーあ、つまんないの」そうつぶやいていたあの日の私そっくりな少女たちの憧れやため息でいっぱい。
ある主人公の先輩は言いました。
「あなた、素敵素敵って言うけど、素敵な恋は、悲しい気持をいつも引きずっているのよ」
また、ある主人公の父親はこう語ります。
「待つ時間を楽しめない女に恋をする資格なんてないんだよ。言い変えればね、いつ恋に落ちても大丈夫っていう自信のない女は、むやみに人を好きになんてなっちゃいけないんだ」
そしてあとがき――詠美さんから‘放課後が大好きな女の子たち’へのメッセージ。
若いということは、はっきり言って無駄なことの連続です。けれど、その無駄使いをしないと良い大人にはならないのです。

いくつもいくつも目にとび込んでくる、宝物みたいな言葉たち・・・
この本を、10代のうちに手にしなかった自分をくやみます。タイムマシンがあったなら、高校時代の私のところへ飛んでいって言ってあげたいな。「さあ、いまこの本を読むのよ」って。
Author: ことり
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『PAY DAY!!!』 山田 詠美

評価:
山田 詠美
新潮社
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(2003-03-25)

ハーモニーとロビン、双子の兄と妹。
17歳のちっぽけな‘対の二匹’に訪れた、愛する人の死。ゆったりと美しいアメリカ南部の町・ロックフォートを舞台に、たくさんの生といくつかの死が織りなす物語。

両親の離婚後、9・11で愛する母親をうしなった双子の兄妹を通して、大切な人を突然うばわれてしまった人びとの衝撃や悲しみ、行き場のない怒りなどがていねいに描かれていきます。
キラキラとした青春の息吹と、ぬぐい去れないシコリたち・・・。どんなに傷ついても、それでも人は生きていかなくてはならないし、時は容赦なく過ぎていく。たった一日で人生が変わってしまった若い二人が恋をし、家族を思い、もがきながらもしなやかな強さを蓄え魂をぐんぐん成長させていく姿に、なんども熱いものがこみあげました。

「約束って、未来のためにあるんじゃないのよ。今のこの瞬間を幸せにするためにあるのよ」

ペイ・デイ、給料日。でこぼこした日常でも、ほんのちょっとだけ幸せになれる日。
いつ失われるともしれない奇跡のような今を大切に、給料日のささやかな幸せだってきちんと感謝して生きよう、そう強く思わされた本です。
この本は、またいつか読み返すことになりそう。


サイン本です↓
Author: ことり
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『ベッドタイムアイズ』 山田 詠美

スプーンは私をかわいがるのがとてもうまい。ただし、それは私の体を、であって、心では決して、ない。
日本人の少女と黒人の恋人との出会いと別れを、痛切な抒情と鮮烈な文体で描き、選考委員各氏の激賞をうけ文芸賞を受賞した話題のベストセラー。
Author: ことり
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『蝶々の纏足・風葬の教室』 山田 詠美

私の心を束縛し、私の自由を許さない美しき親友のえり子。彼女の支配から逃れるため、私は麦生を愛し、彼の肉体を知ることで、少女期からの飛翔を遂げる「蝶々の纏足」。教室という牢獄の中で、生贄となり苛めをうける転校生の少女。少女は自分を辱めた同級生を、心の中でひとりずつ処刑し葬っていく「風葬の教室」。少女が女へと変身してゆく思春期の感性をリリカルに描いた3編を収録。

ここに登場する、醒めた眼でひややかに達観している少女たち。
彼女たちの生々しい身体感覚やちょっとした感情の動きに痛々しいほど心をよりそわせて読んでいると、いつのまにか私もずいぶん遠くに来てしまったと少し淋しい気もちになりました。
嫉妬、媚び、残酷さ。きゅうくつな世界、つま先立ちの日々。
かた結びのりぼんのような時間をほどき、私はあの頃の自分と向きあう。
なにも知らなかった無垢な心に。もう戻ることのできない、曇り空越しのお日様みたいな翳りある美しい日々に。

雨のしずくが私の額に当たる。それは雨粒よりも少しばかり暖かくて、私はそれが隣の男の顎からしたたり落ちたものだということに気付く。私は上を向く。そして、それが麦生だということに気付く。私は胸の動悸すら覚えずに再び自分の前に垂れ下がる絹糸の群れに目を移す。ああ、と私は心の中で独り言を言う。麦生だわ。記憶を失ってたたずんでいる私の側で、彼は私の心からそれらを掘り起こすこともせず、幸福という贈りものでそれらを埋め尽くすこともせず、ただ静かに私の側に立ち尽くす。(『蝶々の纏足』)
16にして人生を知り尽くした、と思いこむ「私」が唾液すら湧かせて欲する男の体。
なんど舌で削りとっても日向の匂いのする皮膚、大きくて冷たく口にふくむと雨の味がする中指の爪・・・そんな男性の体の器官ひとつひとつの描写がせつないほどに美しく官能的で、まさに私自身が感じていることのように五感がざわめき、味わい焦がれていた気がします。

『風葬の教室』では、少女たちの複雑な思考の流れが走らせる陰湿な行為が描かれています。そこから逃れることのできない、蜘蛛の糸にからまった「生贄」の蝶のような一人の少女のモノローグ。 まわりの愚か者たちを心のなかでじわじわ殺し、茫漠と広がる死の寝床に転がしてゆく「私」。
立ちこめる孤独と憎悪にどんどん息苦しくなっていく物語ですが、彼女がお家に帰った時、すてきな家族が迎えてくれることが救いでした。
Author: ことり
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『風味絶佳』 山田 詠美

評価:
山田 詠美
文藝春秋
¥ 1,327
(2005-05-15)

「甘くとろけるもんは女の子だけじゃないんだから」。孫にグランマと呼ぶことを強要する祖母・不二子は真っ赤なカマロの助手席にはボーイフレンドを、バッグには森永ミルクキャラメルを携え、70歳の今も現役ぶりを発揮する――。
鳶職の男を隅から隅まで慈しみ、彼のためなら何でもする女、「料理は性欲以上に愛の証」とばかりに、清掃作業員の彼に食べさせる料理に心血を注ぐ元主婦など、お互いにしかわからない本能の愛の形を描いた珠玉の6篇を収録。

「小説は、私にとって、ままならない恋そのものである」
こう語る詠美さんの「ままならない恋」がいっぱいにつまった短編集。
執着、憐れみ、自己満足・・・恋愛というのは愚かで怖い。二人だけしか共有できない世界のなかに入りこみ、その狂気にすら気づかない。
それでも人は恋することをやめません。なぜって人生を味わい深くするのもやはり、恋だから。

『間食』、『夕餉』、『風味絶佳』、『海の庭』、『アトリエ』、『春眠』。肉体をスキルとした職業に就く男たちとその恋人を、食べものにからめた6つの風景。
なかでも、執拗なまでにこまかく丁寧に料理の手順を綴っていく『夕餉』がたまらなく好きだった私です。濃やかな情景描写、さりげない瞬間。どこか江國香織さんの短編世界にも通じるしずかな狂気・・・。
こういう本を読むにつけ、食と性はけっして切り離せないものだなぁとつくづく思ってしまいます。豊かでえも言われぬ風味がじわじわとにじみ出し、心を満たす甘すぎない恋のおはなしを、召し上がれ。
Author: ことり
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