『楽園』(上・下) 宮部 みゆき

評価:
宮部 みゆき
文藝春秋
¥ 1,700
(2007-08)

未曾有の連続誘拐殺人事件を重層的に描いた「模倣犯」から9年。事件のショックから立ち直ることができぬまま、フリーライターをしていた前畑滋子のもとに1人の女性が現れる。12歳で事故死した息子が遺したノートに、彼の死後発覚した殺人事件の被害者が描かれているという。少年はなぜ、その絵を描くことができたのか。
関係者から話を聞くうちに、鍵を握る男の存在が浮かび上がり、過去から現在に繋がる犯罪が明らかになっていく。さらに、少年のノートには、9年前の事件の舞台と捜査関係者しか知らないはずのある物が描かれていた。滋子は囚われていた事件と改めて向き合うことになるのだが・・・。さまざまな事実が絡み合い、驚愕の結末を迎える産経新聞連載小説の単行本化。

上下巻、2日足らずで読み終えてしまいました。夢中になって、時間を忘れて。
『模倣犯』で活躍したライターの前畑滋子が主人公ではあるけれど、『模倣犯』を読んでいない方も大丈夫、分かります。でもあの事件はなんどもなんども滋子が思い起こすので、きっとこの本を読んだら『模倣犯』を読みたくなってしまうでしょうね。

史上最悪の凶悪事件で滋子が心に負った深い傷・・・それは9年の時をへても癒えるものではありませんでした。それどころか事件はべつの角度から、今なお彼女の前に姿をちらつかせ傷口をいたぶります。
発端は「サイコメトラー」。初期の宮部さんの書かれたものに超能力が描かれたお話がいくつかありますが、この本も、ちょっぴりうさん臭くてにわかには信じられない・・・そんな不思議なチカラから、ある一家の隠された暗い過去がうかんできます。
ただ、滋子が最終的になにをしたいのかちょっと焦点が定まらなかったのと、他人の家の事情に足を踏み入れすぎて、必要以上に‘あばいて’いくように感じられたのが気になってしまったかな・・・。「滋子さん、そのへんでもうやめておきませんか?」と声をかけたくなることも度々でした。

このお話に『模倣犯』のようなインパクトはありません。だからあまり続編ということを意識しすぎるともの足りないかもしれません。でもラスト。愛息をなくし、それでもまわりを気遣いながら生きている敏子さんが救われるシーンでは、うれしさのあまり、ファーっと鳥肌が立ちました。心が震えるのが分かりました。
宮部さんのミステリーにはもちろん「事件」が描かれるわけだけど、その悲惨さや‘どうしようもなさ’を描くいっぽうで、登場人物ひとりひとりの性格や葛藤や生い立ちをほんとうに細かく細かく積み上げていく。どんな殺伐とした犯罪(テーマ)でも、彼女の視線は弱者にたいしていつも優しくそそがれている。文中にあった「人生が外側から破壊される瞬間」という哀しい表現にまでそんな視線を感じるほど・・・。
宮部さんって、ほんとうに「人間」がお好きなんだなぁ・・・それがこの本でもとてもあたたかく伝わってきて、そのことにもジン、となってしまう私です。
Author: ことり
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『魔術はささやく』 宮部 みゆき

それぞれは社会面のありふれた記事だった。一人めはマンションの屋上から飛び降りた。二人めは地下鉄に飛び込んだ。そして三人めはタクシーの前に。何人たりとも相互の関連など想像し得べくもなく仕組まれた三つの死。さらに魔の手は四人めに伸びていた・・・。だが、逮捕されたタクシー運転手の甥、守は知らず知らず事件の真相に迫っていたのだった。日本推理サスペンス大賞受賞作。

失踪した父の謎、バイト先での奇怪な事件・・・。
叔父の起こした人身事故を調べるうち、高校生・守の過去と現在が、いっけん自殺にみえる3人の女性の死にからまりあっていくお話です。
先の見えない手に汗にぎる展開と、登場人物たちのリアルな心理描写がおもしろく、いっきに読み進められました。
社会的な問題が背景にあり、殺人も起こる。けれどけっして読後感が悪くないのは、ドロドロとした設定のなかにもきっちり人間ドラマが描かれている、そんな宮部ミステリーの魅力のせい。不運な生い立ちを背負った守がさまざまなことで悩み葛藤していくのですが、引きとられた叔父さん一家、金庫屋のじいちゃん、あねごやバイト先の高野さん・・・守をささえるあたたかな人たちの存在に、こちらまで心のすみっこの辺りがホッと潤うようでした。
Author: ことり
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『名もなき毒』 宮部 みゆき

評価:
宮部 みゆき
幻冬舎
¥ 1,890
(2006-08)

あらゆる場所に「毒」は潜む――。
財閥企業で社内報を編集する杉村三郎が、私立探偵・北見を訪れて出会ったのは、連続無差別毒殺事件で祖父を亡くしたという女子高生だった。現代ミステリー。

誰か』に引き続き、お人好しサラリーマン・杉村が活躍するミステリーです。
連続無差別毒殺事件を背景に描かれる、世の中にはびこった色んな「毒」に思わずゾクリ。青酸カリ、シックハウス、土壌汚染、そして人間の悪意が生み出した何よりも傲慢な毒・・・。日常にひそむさまざまな「毒」がいつ触手をのばしてくるかもしれない、ここに書かれていることは他人事とは思えない、そんな危機感を抱きながらいっきに読み進めました。

・・・にもかかわらず、読み終えてそれほど殺伐とした印象が残らなかったのがなんだか不思議。
主人公の杉村が温厚な常識人で(いい人すぎるのが時おり鼻についちゃうくらい)、とても恵まれた環境にいるというこのシリーズならではの設定もあるのでしょうけれど、「毒」を描くいっぽうで、他人を思いやるやさしい気持ちもきっちりクローズアップされている・・・それはきっと、人の心にこそ巣くう毒になんとかして抗いたい――宮部さんのそんな思いによるものなのかも。
Author: ことり
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『誰か―somebody』 宮部 みゆき

評価:
宮部 みゆき
実業之日本社
¥ 1,646
(2003-11-13)

今多コンツェルンの広報室に勤める杉村三郎は、義父でありコンツェルンの会長でもある今多義親からある依頼を受けた。それは、会長の専属運転手だった梶田信夫の娘たちが、父についての本を書きたいらしいから、相談にのってほしいというものだった。
梶田は、石川町のマンション前で自転車に撥ねられ、頭を強く打って亡くなった。犯人はまだ捕まっていない。依頼を受けて、梶田の過去を辿りはじめた杉村が知った事実とは・・・。

新刊『名もなき毒』がこの本の続編ということなので、手にとりました。
小さな事件、小さな展開・・・宮部さんのこれまでのミステリーに比べると、どうしても地味な印象。スリルやどんでん返しを期待して読むと肩すかしをくらってしまうかもしれません。けれど派手さはないものの、キャラクターがしっかりと立っていて、落ち着いた文体でぐいぐい先を読ませてしまう筆力はさすがだなあと思いました。
宮部さんの本を読んでいると、弱い立場の人びとにそそがれた優しいまなざしをいつも感じるのですが、それはこの本でもごく自然に伝わってきます。
人は一人では生きていけない・・・
どうしようもないほどに、自分以外の「誰か」を必要としている・・・誰だってそう。それが当たり前。それでいいんだよって、そんなやわらかなメッセージを受けとった気がしました。

――主人公の杉村さん。
善人すぎるせいか、私にとってはちょっぴり魅力に欠けるのだけど、‘探偵向き’ではある気がします。『名もなき毒』も楽しみです。
Author: ことり
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『龍は眠る』 宮部 みゆき

評価:
宮部 みゆき
新潮社
¥ 780
(1995-01)

嵐の晩だった。雑誌記者の高坂昭吾は、車で東京に向かう道すがら、道端で自転車をパンクさせ、立ち往生していた少年を拾った。
何となく不思議なところがあるその少年、稲村慎司は言った。
「僕は超常能力者(サイキック)なんだ」
その言葉を証明するかのように、二人が走行中に遭遇した死亡事故の真相を語り始めた。それが全ての始まりだったのだ・・・。

お話の序盤で、慎司の他にもうひとり超能力者の少年が登場し、慎司を信じようとしていた高坂の心を撹乱します。そのあたりから描かれる、少年たちの心のいたみ、サイキックとしての苦悩、そして戸惑い続ける高坂の心の揺れはかなり繊細で、引きこまれるようにしていっきに読みきってしまいました。

「超能力」というものが読み手にもたらす一種浮世離れした感覚も、宮部さんが書かれると当然のことのように受け入れられるから、不思議。
Author: ことり
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『地下街の雨』 宮部 みゆき

『地下街の雨』、『決して見えない』、『不文律』、『混線』、『勝ち逃げ』、『ムクロバラ』、『さよなら、キリハラさん』、どれも狐につままれたような不思議なここちのするミステリー7編。非科学的要素のたっぷりふくまれた、怪談ふうやSFまがいのお話がめだちます。私の一ばんのお気に入りは、表題作。

『地下街の雨』
恋人・敦史との待ち合わせ場所で、麻子は見覚えのある椿柄のネクタイに目がくぎづけになる。
‘あの女’が敦史のために買った個性的なネクタイ。
「すべて手描きの一点ものです。同じものはふたつとありません」当時の店員の言葉がよみがえる。そのネクタイを締めた見知らぬ男性が待っていたのは、1年半ほど前に出会った‘あの女’だった。いったいなぜ――?

1年半前の、突然の婚約破棄に落ち込む麻子と‘あの女’のあいだに起こった出来事が語られた後のラストの収束がすばらしかったです。
やさしい驚きでつつみ込んでくれた、あたたかな読後感がここちよくて好きです。
Author: ことり
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『火車』〔再読〕 宮部 みゆき

評価:
宮部 みゆき
新潮社
¥ 900
(1998-01)

休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。
自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して――なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか?いったい彼女は何者なのか?
謎を解く鍵は、カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史に残る傑作。

一度読んだことがあるくせに、ずるずるとお話に引き込まれ、いっきに読みました。
この本を読むまで、カードの使いすぎ等で自己破産をしてしまった人とは本人の意志がとても弱かったり、我慢が足りない、どちらかと言えば自分とはかけ離れた人、そういうイメージでとらえていました。でも、けっしてそうではないのですね。
登場人物たちがおかれているつらい環境は、一歩間違えれば自分もそうなるかもしれないという、そんな怖さをもふくんでいるようです。

水商売の女性が語った、こんな印象的な台詞があります。
「蛇が脱皮するの、どうしてだか知ってます?一所懸命、何度も何度も脱皮しているうちに、いつかは足が生えてくるって信じてるからなんですってさ。べつにいいじゃないのね、足なんか生えてこなくても。だけど、蛇は思ってるの。足があるほうがいい。足があるほうが幸せだって。この世の中には、足は欲しいけど、脱皮に疲れてしまったり、怠け者だったり、脱皮の仕方を知らない蛇は、いっぱいいるわけよ。そういう蛇に、足があるように映る鏡を売りつける賢い蛇もいるというわけ。そして、借金してもその鏡がほしいと思う蛇もいるんですよ」
お話のなかにうかび上がってくる、あらゆる手段を使って‘幻の人生’を手にした女のつらく哀しすぎる運命。生きることへのゆがんだ執着。
最後まで読み終えて、このお話はけっしてカード破産の怖さだけを訴えたかったわけじゃないのだと、つよく思いました。綺麗になりたい、会社でえらくなりたい、贅沢がしたい――程度の差はあっても、この世は「足が欲しい蛇」たちであふれかえっています。宮部さんが描きたかったのは、まさにそんな「足が欲しい蛇」だったのではないかしら・・・。
そう気づかされた時、ひとりの人間が抱える孤独やどうしようもない弱さ・・・それらが私自身のもっている弱さと重なって、なんど読んでも、胸が切なさとやるせなさでいっぱいになるのです。
Author: ことり
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『長い長い殺人』 宮部 みゆき

いつもながら、宮部みゆきさんのその発想のゆたかさには驚かされてしまう私です。
なんとこの小説、語り手は‘財布’(!)なのです。
「刑事の財布」、「強請屋の財布」、「少年の財布」・・・そんなふうに財布が10コ登場して、それぞれの持ち主についてリレー形式で語っていきます。
財布たちが入れ替わり語ることによって、ひとつの大きな事件がうかび上がってくるのですが、そうなるともう頁をめくる手を止められません。財布は自分で歩くことができないし、持ち主といっしょにいる時にしか見聞きができない、そんな制約を感じさせないほどたくみなストーリー展開で、みるみるうちに事件の真相へと誘い込まれてしまうのです。

財布たちに個性があるのも読みどころ。
まじめな持ち主の財布はまじめな性格、派手なお姉さんの財布はちょっと気どり屋だったりして。
ストーリーだけにとどまらず、こんなユーモアややさしさで魅せてくれる宮部さん。彼女のミステリーはほんとうに飽きさせません。
Author: ことり
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『理由』 宮部 みゆき

評価:
宮部 みゆき
朝日新聞社
¥ 926
(2002-08)

私はたとえば暴風雨の日、窓ごしに荒れ狂う外の世界を見ると、胸をドキドキさせながらも自分の立場の幸せ(言いかえれば、ほんの少しの罪悪感をともなったイジワルな快感)をかみしめてしまいます。
一歩外に出れば、自分の身にふりかかってくる危険。だけど私がこの家にいるかぎり、危険は対岸にある。そんなものすごく不安定なところにある緊張とも安心ともつかないドキドキ感が、この本を読んでいた私の心境に一ばんちかい気がしました。

東京都荒川区の超高層マンションで、ある嵐の夜、一家4人が殺されるという凄惨な事件が起こります。そこには不動産競売の執行妨害が複雑にからんでいて、その事件を事件後すべてが明らかになってから書かれた「ルポルタージュ」というかたちで描いていく物語。
不動産流通、競売制度、占有屋・・・など、あまりなじみのない専門用語がたくさん出てくるこのお話は、いくつかの家族たちのストーリーが同時進行で進んでいくせいもあって、読み始めた最初の頃は頭が混乱してちょっと戸惑ってしまったのもたしか。でも後半からは宮部みゆきさんらしいお話の流れにいっきに読み進んでいける、そういう面白さを感じました。

家族で生活することは、楽しい半面、どうしてもある煩わしさがつきまとってしまうもの。その煩わしさから逃げ出してしまった人たちや、いっけん幸せそうに見える家族が抱えている深刻な事情など、現代の社会の歪みのようなものの輪郭が、読み進んでいくうちにどんどんと明確になっていきます。
普通に暮らし、普通であり続けるはずの家族たちが、突如事件に巻きこまれてしまう・・・‘読者’という安全圏にいる私たちも、けっして他人事じゃないと不安になる・・・だから私は嵐の日に窓から外をみるような、ギリギリの安心感を抱いてしまったのでしょうか。
ニュータウンにそびえ立つ高級な超高層マンション。それに翻弄されてしまった人やその家族たち。この高級マンションとは、人それぞれが心のなかにもつ、なんらかの象徴なのかもしれません。
Author: ことり
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