『風が強く吹いている』 三浦 しをん

評価:
三浦 しをん
新潮社
¥ 1,890
(2006-09-21)
「箱根の山は蜃気楼ではない。襷をつないで上っていける、俺たちなら」
才能に恵まれ、走ることを愛しながら走ることから見放されかけていた清瀬灰二(ハイジ)と蔵原走(かける)。奇跡のような出会いから、二人は無謀にも陸上とかけ離れていた者と箱根駅伝に挑む。たった10人で。それぞれの「頂点」をめざして・・・。
大切なのは速さでなく、強さだ。強くなければ、箱根は走れない。
新直木賞作家が5年の歳月をかけて放つ、書下ろし1200枚。超ストレートな大型青春小説。

読んでよかった、心からそう思える本でした。まるで私までもがなにかを成しとげたような爽快感が、読み終えたいまもずっと続いて。
マラソンとはちがう‘駅伝’。走ること・・それ自体は個人競技であるけれど、襷をつないで、気持ちをつないで、みんなでまだ見ぬ高みをめざし、みんなでひとつの結果をもたらす。仲間と、思いをひとつにして。

小さな頃から、毎年家族でリビングに集まり観ていた「箱根駅伝」。イトコのお兄ちゃんが出るというのでも親戚一同盛りあがった、私にはちょっぴり特別な大会です。
このお話は、おんぼろアパート・竹青荘に住む寛政大の学生たち――王子、ムサ、ジョータ、ジョージ、神童、ユキ、ニコチャン、キング、走――が、おなじく竹青荘の寛政大生・ハイジの呼びかけにその気になり、箱根駅伝に挑むという物語。
10人中7人が陸上初心者。彼らがたった10人で、たった1年たらずで箱根駅伝に出場する・・・じつは、この設定に無理を感じてしまった私・・・。いくら長距離が「天分と努力の天秤が、努力のほうに傾いている種目」とはいえ、そんなにあまい世界じゃないのに、って。
「箱根駅伝」の規則やコース、伝説にはかなり忠実なお話だから、かえってそれが際だってしまったのかな。私自身の駅伝経験(学生時代、私は短距離選手だったのだけど、長距離部員不足で毎年駅伝にも出ました・・・ほんと大変でした)や、‘箱根’のすごさ・凄まじさを毎年テレビで目の当たりにしてきたせいもあったかもしれません。

・・・だけど読み進めていくうちに、これはそういうことを気にしながら読む本じゃないなぁと、なかば反省にも似た思いを抱いていった私なのです。
頁をめくるごとに高ぶる思い、こみあげる涙。10人の過去と、それぞれの未来。あふれてくる感情にそっと身をまかせたとたん、よけいな力がぬけて、いろんな記憶がないまぜになって私に押しよせました。
きびしかった練習、痛めたヒザ、大会直前の興奮と緊張、凍てつく空気、耳をつんざく風音、口のなかいっぱいに広がる血の味と、やがてやってくるランナーズ・ハイ。
風を切って走れることの幸せ。走るってなんてすばらしいんだろう・・・!

ほんとうの「強さ」の意味をおしえてくれる、まっすぐな物語。
これから読まれる方は、私みたいにこまかなことは気にせずに、どうか読んでみて。
直木賞受賞作もいいけれど、私はこちらをおすすめします。
Author: ことり
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『まほろ駅前多田便利軒』 三浦 しをん

評価:
三浦 しをん
文藝春秋
¥ 1,728
(2006-03)

東京のはずれに位置する“まほろ市”。
この街の駅前でひっそり営まれる便利屋稼業。
今日の依頼人は何をもちこんでくるのか。
痛快無比。開巷有益。やがて切ない便利屋物語。

まほろ駅前で、便利屋――いわゆる何でも屋を営む多田啓介は、依頼先近くのバス停である男と出会います。
彼の名は、行天(ぎょうてん)春彦。多田の高校時代のクラスメートなのですが、当時まったく言葉を発さず、謎の生命体として扱われていた男でした。そんな「変人」行天が、多田の店舗兼住宅にすっかり居すわって、多田とともにアブナイ依頼人たちにかかわりくり広げるお話です。

ひとつ部屋に同居しているふたりの男が騒動に巻きこまれていくというテンポよい展開。でも前半ぶぶんこそ単純に楽しみながら読めるけれど、ふたりがそれぞれにつらい過去を胸に秘めていることが少しずつ明かされ、最後には切ないあたたかさでいっぱいになってしまいます。
どこか人生を達観している行天が、多田の抱えたわだかまりを癒し、多田は‘大切なこと’に気づいていく。そしてそんな行天を支えているのもじつは過去のつらい経験だったりするのですよね。
ふたりはお互いにバツイチで、いまはもう家族がいないのだけど、そんな彼らに「家族」の意味を教えられた気がします。

それにしてもこの本は、しをんさん自身そうとう楽しみながら書かれたのではないかしら。読んでいるとどうしてもそんな気がしてしまいました。
おなじ‘男2人の物語’でも、なまめかしい雰囲気のただよっていた『月魚』に比べ、こちらは爽快な読みごこち。そして作家が楽しんで書いた(はずの)物語は、読んでいても楽しいのです。

「だれかに必要とされるってことは、だれかの希望になるってことだ」
Author: ことり
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『むかしのはなし』 三浦 しをん

評価:
三浦 しをん
幻冬舎
¥ 1,575
(2005-02-25)

やっぱり三浦しをんさん、ただものではありません。
またまたその巧さには、圧倒されてしまいました。

収録されているのは、すべて日本の昔ばなしを下敷きに描かれた7つの物語。
『ラブレス』(「かぐや姫」)、『ロケットの思い出』(「花咲か爺」)、『ディスタンス』(「天女の羽衣」)、『入江は緑』(「浦島太郎」)、『たどりつくまで』(「鉢かつぎ」)、『花』(「猿婿入り」)、『懐かしき川べりの町の物語せよ』(「桃太郎」)・・・そしてそんな昔ばなしの本歌どりにくわえて、緻密な趣向が凝らされたその構造にも、彼女のワザがきらりと光るのです。
このいっけん独立した物語たちは、読み進めるうちに一本につながってしまいます。5話めで「あれ?4話めとリンク?」と気づいたとたん、その後どんどんつながって、最終話では1話めへと鮮やかに着地。終わってみれば、まるでひとつの長編小説を読んだみたい・・・昔ばなしがいまに伝える教訓が、その魅力をさらに引き出してくれています。

そんなストーリーたちが収束する先は、なんと‘世界の終わり’。
「3か月後、地球に隕石がぶつかって壊滅する」という報道がなされ、1千万人しかない定員をめぐって脱出用ロケットのチケットが抽選されます。
どうせ死ぬなら何でもあり、とばかりに殺人や暴行が横行するなか、モモちゃんは不思議そうに言うのです。
「死ぬことは、生まれたときから決まってたじゃないか。いまさらだよな」

なにげない日常のひとつひとつが、壮大なる宇宙や時空を創造する。
人は、なにかを語り伝えたいと願う局面を迎えることがある。
SFと昔ばなしを融合させたしをんさんの新境地、おすすめです。
Author: ことり
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『月魚』 三浦 しをん

評価:
三浦 しをん
角川書店
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(2001-05)

古書店「無窮堂(むきゅうどう)」の若き三代目・本田真志喜(ましき)と同業の瀬名垣(せながき)太一との間に横たわる、微妙な葛藤を描いた物語。
二人とも若くして古書への見識が高く、おたがいに惹かれあってはいるものの、瀬名垣が無窮堂先代の失踪に深くかかわったことが二人の間にぬぐい去れない陰を落とし続けています。ある日、そんな二人が地方の旧家に古書の買付けに行くのですが、そこで未亡人に請われてしかたなく応じた地元の古書店との目利き勝負が、真志喜と瀬名垣の足踏み状態を後押ししてくれる一陣の風となり・・・。

古書の発するひっそりとした囁きに、誰かを傷つけてしまうこともある古書の魔力、そしてしをんさんの放つみずみずしい文体がうまく調和して、抑制のきいた独特の世界がつむぎ出されています。
水面がゆっくりと山型に盛り上がり、月をめがけて魚が姿を現した。月が空に空いた穴で、そこから外の世界に飛び出そうとしているような、高い跳躍だった。
とらわれた過去から足かせをはずし前進しようとする二人の姿に、月光を浴びて朱と銀の鱗をぬめらかに反射させながら現れた魚影がかさなるシーンはとくにすばらしく、心に残りました。
Author: ことり
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『格闘する者に○』 三浦 しをん

評価:
三浦 しをん
草思社
¥ 1,470
(2000-04)

就職活動中の、漫画大好き女子大生・藤崎可南子。内定はまだない。
ホモを自覚しはじめたニキちゃんや男グセの悪いスナコとともに、エントリーシート・SPI試験・面接と格闘する日々。
大多数の大学生が「毎日早起きして、規則正しい生活ができるのか」という不安を抱きつつ、会社に入ろうとしているはずだ。(中略)適当にアルバイトをしてブラブラしているのは気が楽だが、それを選択するだけの度胸も今はない。いよいよどこにも就職が決まらなくて、のっぴきならない状態になるまでは、漫画編集者になって漫画三昧の毎日を送る野望は捨てずにいようと胸に誓った。
そんななか、代々政治家を生んできた可南子の家では、後継ぎをめぐる悶着が巻き起こる・・・!

斬新な設定と炸裂する妄想に、‘人生なんてこんなもの’、そんなけっして思うように運ばない怠惰な日常がみょうにマッチするから不思議。
それでいて、ラストは少しせつないのです。
家族、友達、年の離れ(すぎ)た恋人・・・いろんな人の愛情と別離が、センチメンタルな空気をふくませてくれるラストでした。
Author: ことり
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『私が語りはじめた彼は』 三浦 しをん

古代中国のセンセーショナルなエピソードを冒頭2ページに掲げ、歴史学の権威である村川融(とおる)にまつわる人びとが、村川の姿を語っていく連作短編集。

たくさんの女性たちから愛をむさぼり尽くそうにも消化しえない、ある意味あわれな村川という男。村川と直接関係を持つ者、その輪のさらに外にいる者たちが、それぞれに抱える心のシコリを通じて、さまざまな角度から村川本来の姿を浮き彫りにしていくお話です。
それほどまで愛されてしまう村川の、どこにそんな魅力があるのかいまひとつこちらに伝わってこないのが少し残念ではあったのだけど、人の心の機微をたくみに捉え、しずかに激情を秘めた言葉のひとつひとつにドキリとさせられてしまいました。
たしかにそこにあった愛。いまはもう、それは残骸でしかない。
猜疑心にみち、愛なんて信用しない。変わらないものなどない。
そこから得られるものがあるとしたら・・・、諦めることの美学でしょうか。

「私は、この痛みをいつまでも味わい続けていたいと思うのです。それが、私が生きてきた、そしてこれからも生き続けていくための、証となるからです。私の痛みは私だけのもの。私の空虚は私だけのもの。だれにも冒されることのないものを、私はようやく、手に入れることができたのです」

本をとじたとき、不思議な満足感につつまれる珠玉の小説集です。
Author: ことり
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