『旅ドロップ』 江國 香織

評価:
江國 香織
小学館
¥ 1,512
(2019-07-01)

江國さんの旅の記憶のしずくたち。エッセイ集です。
この夏のイタリアの旅の余韻がなかなか消えない・・・そんな時にひらいた本。

一ばん好きなのは『はみだす空気』でしょうか。
これは江國さんのご自宅の海外チャンネルを聴けるラジオのことが書かれています。融通無碍に部屋じゅうを漂う‘音’・・・夕方の東京に居ながらにして、たとえばニューヨークの朝の空気に満たされてしまう旅さながらの臨場感について。
あと、消えてしまった画廊の話やブエノスアイレスの切ないのら犬たち、お母様の言葉「ああ、よかった、家がまだあって」――帰る家があることの嬉しさへの共感も忘れがたいです。(『過ぎゆくもの』でなんども読んでいる若き日の女二人旅の顛末も。)

7月。私は家族で赴いたローマの街を、暮すように旅してきました。
5泊したホテルの最上階のテラスレストランで、歴史の息づく街並みを見下ろしながらすごした幾つもの朝食の時間。そこで録ってきた音源をここで流せば、あの爽やかで優雅なひととき、朝日にきらめくローマの空気がまたたくまに「はみだして」きます。かろやかに控えめな音楽、食器とカトラリーのこすれる音、うみどりと燕たちの鳴き声・・・。すぐそばで夫が飲むコーヒーの匂いや、くすくすと楽しげな娘の気配までも感じられる気がして、たちまちあの天空のテラスへとつれ戻される。
江國さんの海外ラジオのエッセイを読みながら、そんな自分をかさねていた私です。

旅と本、ってふしぎ。
今回のローマゆきでは、行き帰りの飛行機で『時のかけらたち』を読み、フィレンツェにむかう列車のなかで『冷静と情熱のあいだ』を読みました。ナヴォーナ広場では『すきまのおともだちたち』を片手にレモンのグラニータをたべたし、帰国後『受胎告知』や『ベアト・アンジェリコの翼あるもの』(アントニオ・タブッキ)をひもといては、美しかったサン・マルコ修道院のフレスコ画をうっとりと思いうかべたりしました。
読書が旅と似ているのは、どちらも日常からつかのま切り離されるから。
切り離された時間はこことは違う時間がながれる。旅と本がかさなると、物語にその土地の空気や記憶がまざり、またべつの物語がうまれる。忘れられなくなる。
帰ってこられた愛しい我が家で、だけど私はいまだにここに‘帰りきれず’ふわふわと夢まじりの現実を生きてる・・・。私だけの旅の記憶のしずくを抱いて。


江國香織さんのトークショウに出かけました。
サイン本です↓ <2019年8月追記>
Author: ことり
国内あ行(江國 香織) | permalink | - | -
 
 

『彼女たちの場合は』 江國 香織

評価:
江國 香織
集英社
¥ 1,944
(2019-05-02)

「これは家出ではないので心配しないでね」
14歳と17歳。ニューヨークの郊外に住むいとこ同士の礼那と逸佳は、ある秋の日、二人きりで“アメリカを見る”旅に出た。
美しい風景と愛すべき人々、そして「あの日の自分」に出逢える、江國香織二年ぶりの長編小説。

読書はそもそも旅に似ているけれど、この物語は旅そのものでした。
ぱたん、――本を閉じたとき、2人の「ただいま」と彼女たちがトランクを閉じる乾いた音が聴こえた気がした。

夜の鉄道、慣れないヒッチハイク、その土地土地の食べものの味。
いきあたりばったりの道行き。見知らぬ町の喧噪と空の青さ。
旅先で出会ったすべての人たち――愛すべき人も、そうでない人も。
思春期のたいくつな日常から離れ切りとられた時間のなかで、その時に見た風景、抱いた感情はそれはもう特別で、もちろん個人的なものだ。それらをその空間ごと共有するれーな(礼那)といつか(逸佳)。

無駄な約束だったね――
鈴をころがすような、れーなの声がする。
「たとえばこの朝がどんなにすばらしいかっていうことはさ、いまここにいない誰かにあとから話しても、絶対わかってもらえないと思わない?」

薔薇の咲き初めた実家のイングリッシュ・ガーデンの、新緑のベンチで私はこの本を読みました。
雨あがりの土の匂い、柔らかな木漏れ日、ちいさな噴水からこぼれる水音・・・。白い頁をひらりとかすめる蝶ちょの翳、母屋から風にのってくる娘の笑い声、日ごと咲き誇る花々の甘い香り・・・。
この先なんど読み返しても、花園にこもって読んだあの旅の空気感は一度きり、もう戻らない。‘物語’に出逢う前と後。記憶のなかにとどまる閉じられた風景。れーなといつかがまたおなじ町を訪れても、おなじ体験は二度とできないように。

平成から令和へ。旅の列車にひととき乗り合わせたようなそんな心持ちで、少女たちの寄る辺ない――けれど未来の彼女たちを丈夫にしたに違いない――アメリカ横断を見守っていたうつろいの数日間。
このあとにつづくいつかの7年に思いを馳せる。れーなはうさぎのぬいぐるみを見るたびにこの旅を思い出し、いつかの声を聞きたくなることでしょう。
そして私はこの本を手にとるたび、きらめく初夏のガーデンを思い、令和の幕開けの瞬間を思うの。光のつまったトランクのふたを開けて。
Author: ことり
国内あ行(江國 香織) | permalink | - | -
 
 

『物語のなかとそと―江國香織散文集』 江國 香織

「本を読むというのはそこにでかけて行くこと」
──小説家は、どのように小説を読んでいるのか、また、著者にとって「書く」とは、どのような経験なのか?
すべて初収録、過去15年以上にわたって書かれた掌編小説とエッセイから、 江國香織の「秘密」がひもとかれる贅沢な一冊。


サイン本です↓
Author: ことり
国内あ行(江國 香織) | permalink | - | -
 
 

『江國香織童話集』 江國 香織

評価:
江國 香織
理論社
¥ 1,728
(2018-02-01)

つめたいよるに』、『九月の庭』(『江國香織 とっておき作品集』所収)、『綿菓子』(『こうばしい日々』所収)、『十月のルネッサンス』、『あかるい箱』、『七月の卵』、『モンテロッソのピンクの壁』、『温かなお皿』、『夕闇の川のざくろ』、『があこちゃん』(『江國香織 とっておき作品集』所収)、『おさんぽ』。

ひとつひとつが、青くみずみずしい果実みたい。
あま酸っぱくてちいさくて、はてしなくて完ぺきで・・・。
そのくせゆめのように淡いので、大切に大切に、このまま抱いて眠りたい。
江國さんが20代の頃につむぎ出した物語は、かつてたしかに流れていた‘時間’に再会する感覚がいつもして、ちくんとしたり、儚くはるかな気もちになったり。つんと色っぽいコロンの香りとか、ゼリーみたいな部屋の空気とか、そういう記憶がふいによみがえって、本にはさんだまま忘れ去っていたお花をみつけるようなそんな気分になるのです。色も香りもちっとも褪せていないふしぎの花びらたち――それらはなつかしいのに新しく、なんどでもなんどでも、やさしく私の心をふるわせるのです。


江國香織さんのトーク&朗読演奏会に出かけました。
サイン本です↓ <2018年6月追記>  
Author: ことり
国内あ行(江國 香織) | permalink | - | -
 
 

『なかなか暮れない夏の夕暮れ』 江國 香織

「人生」と「読書」が織りなす幸福なとき。
本ばかり読んでいる稔、姉の雀、元恋人の渚、 娘の波十、友だちの大竹と淳子・・・切実で愛しい小さな冒険の日々と頁をめくる官能を描き切る、待望の長篇小説。

読み終えてしばらく、かなしいくらいにとり残されて、美しい余韻と愉悦に浸りました。
北欧の雪景色、押し当てられる冷ややかな銃口、官能的な異国のたべもの、とろけそうな情熱と裸の戯れ・・・
小料理屋にみちる温かな湯気、はちみつソフトクリーム、夜気にまざった金木犀の匂い、三枚目の離婚届・・・
本の世界から途切れ途切れに幾度となく引き剥がされるその刹那、もどってきた現実(ここ)は、ほんとうに‘ここ’なのでしょうか。まぎれもなくそこにいたのに、すーっと遠のくように空気がかわり、そのつど引き戻されるここは。本のなかのみんなどこかに生きていそうな、そう信じてしまえる繊細な感覚がきらきら閉じこめられていて、胸がいっぱいになりました。

本を閉じ、寝椅子から起きあがった稔は、小説のなか同様、窓の外も夕方になっていることに気づく。ここには密林もなければ豪奢なヴィラもなく、空はばら色ではなく薄青いにしても。

小説を読むということ――登場人物たちと親しくなり、みずからもそこの住人となるけれど、それも束のま、やがては過去の旅の記憶となってしまう。
それでもひもとくのをやめられない。心にのこされる特別ななにか(それは一瞬の心のふるえでももちろん構わない)をもとめて、花から花へ蜜を恋う蝶ちょみたいに頁のむこうに誘いこまれるの。
ラースもゾーヤも、ナタリアもスコットも、稔も雀も大竹も、そしてあなたも私も。
生きている世界はおなじなのかもしれないのです。だって「世のなかは本のなかに似ている」のだから。
「知らない場所にいる夢」 なにげなく少女が口にするひと言が、そのまま私がみていた‘夢’とかさなって溶けてゆくようです。

チョコレート好きの江國さんの新刊を、ヴァレンタインの夜に。
心とろかす蠱惑のチョコレートみたいに、香り高くて忘れられないひと粒の贈り物。
Author: ことり
国内あ行(江國 香織) | permalink | - | -
 
 

『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』 江國 香織

虫と話をする幼稚園児の拓人、そんな弟を懸命に庇護しようとする姉、ためらいなく恋人との時間を優先させる父、その帰りを思い煩いながら待ちつづける母――。
危ういバランスにある家族にいて、拓人が両親と姉のほかにちかしさを覚えるのは、ヤモリやカエルといった小さな生き物たち。彼らは言葉を発さなくとも、拓人と意思の疎通ができる世界の住人だ。近隣の自然とふれあいながら、ゆるやかに成長する拓人。一方で、家族をはじめ、近くに住まう大人たちの生活は刻々と変化していく。
静かな、しかし決して穏やかではいられない日常を精緻な文章で描きながら、小さな子どもが世界を感受する一瞬を、ふかい企みによって鮮やかに捉えた野心的長篇小説。
Author: ことり
国内あ行(江國 香織) | permalink | - | -
 
 

『はだかんぼうたち』 江國 香織

評価:
江國 香織
角川書店(角川グループパブリッシング)
¥ 1,575
(2013-03-27)

9歳年下の鯖崎と付き合う桃。母の和枝を急に亡くした桃の親友の響子。桃がいながらも響子に接近していく鯖崎・・・。
“誰かを求める”思いに、あまりに素直な男女たち=“はだかんぼうたち”のたどり着く地とは――。

淡々とながれる帯のような人生が、幾重にも幾重にも、登場人物の数だけ折りかさなっていく物語です。
分かり合えっこないと知りつつ相手をもとめ、寄りそったかと思えばとり残される・・・心になにもまとわないまま野ざらしにされ、戸惑いながらもどこか毅然と毎日を生きる老若男女たち。
生活にうずもれた生々しい小さな棘に、こちらの胸がちくちくざわめいてしまいます。

ぶつかり合うそれぞれの言い分、なんの解決もみない結末。
結局のところ世界は、どこを切りとってどんなふうにながめるかが肝心なのだ、そうつくづく思わされた物語でした。
Author: ことり
国内あ行(江國 香織) | permalink | - | -
 
 

『ちょうちんそで』 江國 香織

評価:
江國 香織
新潮社
¥ 1,365
(2013-01-31)

いい匂い。あの街の夕方の匂い――
人生の黄昏時を迎え、一人で暮らす雛子の元を訪れる様々な人々。息子たちと幸福な家族、怪しげな隣室の男と友人たち、そして誰よりも言葉を交わすある大切な人。人々の秘密が解かれる時、雛子の謎も解かれてゆく。人と人との関わりの不思議さ、切なさと歓びを芳しく描き上げる長編。記憶と愛を巡る物語。

しずかに、しずかに、すこしずつ露わにされながらつながってゆく登場人物たち。
ピアノの置かれた部屋で「架空の妹」と愉しげに会話する雛子はひんやりと危うくて、その姿はどこか、「絶望」と親しい『ウエハースの椅子』の主人公を思わせる。
父さんと母さんの記憶、いっしょにうたったたくさんの童謡や‘あの本屋’で買ったたくさんの本――とめどなくあふれる姉妹の親密な思い出。
すてきな少女時代に囚われて生きる雛子の平穏な日々に、ぽつりぽつりとスキャンダラスな過去たちが顔をのぞかせます。ふんわり落ち着いた雰囲気をまとった人たちの、思いもよらないいびつな過去が・・・。

疎遠になった家族や友達、つかず離れずの隣人とのおつき合い。孤独な人びとがよりそって奏でるびみょうな人間関係がこまやかに描かれています。
でもこのお話を読んで立ちのぼってくるのは、幸福な過去を思うときの、心がとろりと温かくなるあのはかない愛おしさ。
六番街の夕方の匂い。ミルク紅茶がしみこんだビスケットのしっとりと甘い香り。
Author: ことり
国内あ行(江國 香織) | permalink | - | -
 
 

『犬とハモニカ』 江國 香織

評価:
江國 香織
新潮社
¥ 1,470
(2012-09-28)

空港の国際線到着ロビーを舞台に、渦のように生まれるドラマを、軽やかにすくい取り、「人生の意味を感得させる」、「偶然のぬくもりがながく心に残る」などと絶賛された、川端賞受賞作。
恋の始まりと終わり、その思いがけなさを鮮やかに描く「寝室」など、美しい文章で、なつかしく色濃い時間を切り取る魅惑の6篇。

醜悪なぶたのぬいぐるみ、薄くそいだおや指の皮膚、家出の「常習犯」の女の子――
『犬とハモニカ』、『寝室』、『おそ夏のゆうぐれ』、『ピクニック』、『夕顔』、『アレンテージョ』。6つの物語。

おそ夏のゆうぐれ』と、あと『夕顔』は『ナイン・ストーリーズ・オブ・ゲンジ』で、『アレンテージョ』は『チーズと塩と豆と』でそれぞれ読んだことがありましたが、テーマ色の濃いアンソロジーからぬけ出したお話でさえ、ひとつひとつが江國さんらしい繊細なもの哀しさに貫かれていて切なくなってしまいます。
とろけそうな夏の海の思い出や、千年も前の恋の物語や、はるかポルトガルの倦んだ旅の気配のなかでも、淡い口どけにのこるフルーツの種みたいな、ふいにおとずれる現実感が私をどきりとさせる。
雑踏のなかにいても、恋人とどんなに親密な関係でも、江國さんの小説の主人公はいつもたっぷりとひとりぽっちで、そんな孤独ばかりをあつめた花束のような短篇集だと思いました。
Author: ことり
国内あ行(江國 香織) | permalink | - | -
 
 

『亮太』〔短篇〕 江國 香織

アンソロジー『それはまだヒミツ―少年少女の物語』のなかの一編。

主人公は、夏が嫌いな小学4年生のまさはる。
とりわけ大嫌いな夏のプール――ばかみたいにあかるい太陽、カルキの匂い、先生の笛の音・・・。泳ぐことがにがてなまさはるには、すべてが憂鬱に感じられます。
そんなある日、まさはるはプールの底である少年に出逢いました。いたずらっぽい目がとても健康そうな、きれいな顔をした男の子。亮太と名のった彼はあっけらかんと話します。「八年前にさ、死んだんだよ、おぼれて」
プールでまいにち亮太が現われるようになってから、まさはるは変わってゆき・・・?

水の底。ゆらゆらと笑う男の子。
息が苦しくなるような、ひやりと奇妙な出逢い。
江國さんの初期短編集『つめたいよるに』に収められていそうな雰囲気の(おそらくその頃に書かれたお話です)、ふしぎにみずみずしいひと夏のファンタジーです。
Author: ことり
国内あ行(江國 香織) | permalink | - | -