『ピスタチオ』 梨木 香歩

評価:
梨木 香歩
筑摩書房
¥ 1,680
(2010-10)

緑溢れる武蔵野に老いた犬と住む棚。
アフリカ取材の話が来た頃から、不思議な符合が起こりはじめる。
物語創生の物語。

読みすすむにつれて、まわりの空気に見知らぬ大地の気配が入り交じります。
これは、このお話は、自伝的小説なのでしょうか。主人公・棚はまるで梨木さんご自身を投影したかのように自然と不自然の境界をさすらい、ゆらぎ、模索するのです。
飼い犬の病気、知人の遺著・・・、棚をアフリカへといざなう抗いがたい大きな力。
再び訪れたそこは、人と精霊とが交信し、呪術や憑依が信じられている神秘の大地――水が木が生命がめぐる、魂たちの楽園。
清らかで美しく、それゆえに怖くもあるこの小説は、遠い空にまたたく手の届かない星みたいで、正直言ってスンナリ理解したり把握したりできるお話ではないと思っています。それでも、大きなゆりかごに守られているような、そんな安らかな気持ちになれた・・・それはやはり梨木さんのもつ言葉の魔力のせい?

人の世の現実的な営みなど、誰がどう生きたか、ということを直感的に語ろうとするとき、たいして重要なことではない。物語が真実なのだ。死者の納得できる物語こそが、きっと。その人の人生に降った雨滴や吹いた風を受け止めるだけの、深い襞を持った物語が。
人生のすべてを受けとめ、死者が安心して眠るための物語。
棚が書き上げた『ピスタチオ』は、いまを生きる私たちに贈られた物語でもあるのだ、そう思いました。
Author: ことり
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『『秘密の花園』ノート』 梨木 香歩

梨木香歩さんが、フランシス・ホジソン・バーネットの代表作『秘密の花園』について濃やかに読み解くガイド本。
ゆっくり読んでも1時間あれば足りるうすい冊子・・・でも中身は濃密です。描写されていない物語にまで思いを馳せる、そんな梨木さんの‘大好きな本にたいするアプローチ’がとても素敵。
「ここの、この感じ方は私とおんなじだ〜」とか、「ここまで深く読み込めるのかぁ」とか、『秘密の花園』は私も大好きなので、いろいろと感じ入りながら読みました。

メアリが秘密の庭のことをはじめて他人に――信頼できるディコンに――打ち明ける場面。長いあいだ閉ざされていた庭と長いあいだ閉ざされていた自分自身をかさね合わせ、わっと泣きじゃくる場面について、梨木さんがこんなふうに語られているのが心にのこっています。
何の場合でもそうですが、その「もの」を知るまでは、それがどんなものか、自分がそれを必要としているのかどうかすら分かりません。けれど、そういうものの存在を知ったとき、メアリが光というものの存在を認識した今、徹底的に不足していた栄養素に出会った消化器官のように、それこそが自分の必要とするものだと悟り、彼女の「光を求める力」、「生きようとする本質」が目覚めた、ここはそういう場面なのでした。
草や木が光にむかってぐんぐん枝葉をのばすように、すこやかに目覚めていくメアリの心。そうしてそれを読むことによって読み手のなかにもなにかとても大切なものが目覚めていく・・・きっと、人それぞれに。
私がはじめて『秘密の花園』を読んだのはもうずいぶん前ですが、当時幼かった私の心にめばえた柔らかな芽はいまもずっとあるような気がしています。ただ、日々のあれこれについまぎれて、見えなくなってしまうだけ。
ちいさな芽を見失いそうになったら、また『秘密の花園』の扉をひらいてみよう。
「自分の必要とするもの」に、目覚めよう。――いつでも、思い出せるように。

読み手が百人いるとすれば、百の主人公を持つ、百の庭がある。
(中略)
足を踏み入れたときの、「本当の故郷」に帰ったような気持ち!でもそこは冬の様相を呈しており、入った瞬間、あらかじめ決まっていたかのように、主人公は、自分の「なすべき仕事」を悟ります。それは自分の意思でもあり、同時に自分を通してついに何かを実現しようとする、多くの人々の意思なのかもしれません。
Author: ことり
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『f植物園の巣穴』 梨木 香歩

評価:
梨木 香歩
朝日新聞出版
¥ 1,470
(2009-05-07)

いったいどこまでが現実、どこからが夢・・・。
歯痛に悩む植物園の園丁が、月下香の匂いに導かれ、坂道を下りるとそこは・・・?
景色がくるくる切り替わり、人がふと雌鳥頭に見えたり、犬に見えたり。会話はどこかかみ合わず、わき上がる記憶もおぼろ。
夢うつつの境界を行きつ戻りつふわふわと彷徨い歩く異界譚です。

季節はずれの白木蓮、椋のうろ、失くしたウェリントン・ブーツ、3人の千代・・・目の前の現実とぼんやりとした過去のイメージが交差して、ますます混乱する主人公。繁茂する緑とりまく「隠(こも)り江」の水辺で、ナマズ神主やカエル小僧とのふれあいを通して、彼の記憶は少しずつ覚醒していきます。
まざりあう意識と夢幻――・・・
普通なら次次と過ぎ去って戻ることのない時間が、まるでここには吹き溜まっているようであった。私はそれの「理由」を考えた。省みるに私の場合、それを、古い時間の細胞を、始末する手段が通常の人人のそれと違っていたのだろう。いや、その手段の持ち合わせがなかったのだ。その技を知らずにいたため、古い時間は徒らにどんどん降り積もる。始末する必要などない、過去の思いなど、風でも吹いてそこらに撒き散らすものと思っていたところを、あにはからんや風は吹かない。
梨木さんのつむぎ出す美しい日本語に酔いしれながら、神秘にみちた巣穴の底を彷徨うことは、私にとっても、とても不思議でとても愉快なひとときでした。
本から顔をあげた時、ここがどこだか分からなくなる・・・足もとから世界がゆらぐ。

ラスト間近。「風」が吹き、うす靄がさあっと晴れるそんな瞬間があります。
いろいろなものたちがひとつの糸でつながって、そっと差し出されるその真実の哀しくもやさしいこと。・・・それはまるで、幼い主人公がうろにかくした「宝物」のように。
Author: ことり
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『ワニ―ジャングルの憂鬱 草原の無関心』 梨木 香歩、(絵)出久根 育

ジャングルの色鮮やかな濃緑と、動物たちのうつろな瞳・・・出久根さんの描かれたイラストがすばらしくきれいです。
主人公は、唯一ライオンにだけは一目置いている‘俺様体質’のワニ。弟妹さえ食べて生きてきたジャングルいちの嫌われ者。ある日ワニは、おやつがわりにパクつこうとしたカメレオンに「仲間を喰ってどうするんだ」ととがめられます。
「君、いったいどう思う?仲間を喰ったらいけないなんて、なら仲間でなければ喰ってもいいというのか、これは絶対おかしい。世の中には自分とそうでないものがいるだけなんだ」
ワニはライオンに、こうまくしたてますが・・・?

喰うか喰われるかのシビアな自然界。そこでのありさまは、私たち人間にとても重要なことを語りかけてくれるよう・・・。
仲間、そしてそうでないもの。私たちは身勝手に線を引いてしまいがちですが、その境界はじつに曖昧なのですよね。その点ワニは世の中を、自分と自分以外に分けている・・・それはとても淋しいことにも、きっぱりと潔いようにも思えます。
とてもうすっぺらい一冊なのに、いっぺんに噴き出してくるメッセージの奥深さに圧倒され、混乱し、考え込んでしまいました。
自然界、人間界について考えずにはいられない、これは大人のための絵本。
Author: ことり
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『蟹塚縁起』 梨木 香歩、(絵)木内 達朗

評価:
梨木 香歩
理論社
¥ 1,365
(2003-02)

蒼白い月の光は、時間を超えたいくつもの魂の旅路を優しく照らし出す。幻灯のように浮かび上がる、静かな一夜の物語。とうきち自身気づかずにいた前世の無念は、律儀な蟹の群れと共に月夜に昇華される。幻想的絵本。

わたしたちはどこからきてどこへいくのでしょうか。

役目を終えたけなげな蟹たちが無数の蛍にかわり、月を指して白い光を曳きながら飛び立つさまは、心のなかに清浄なきらめきを、たしかな重みでもたらしてくれるようです。とうきちが最後に抱く「切ないような哀しいような、それでいて温かいようなたまらない心持ち」・・・それはまさに読んでいるこちらの気持ち、だったのです。
助けられた恩をかえしにきた蟹たちに、今度はみんなで楽しいことをやろうなと言えること。名主との根深いいさかいも、お互いが許しあい、一緒に満月を見上げることができること。憎しみがあらたな情感へと昇華していくありさまを、じつに繊細に描いてみせてくれています。
戦争やいじめや・・・世の中にはびこっているイヤな行為が、こういう本がきっかけで少しずつなくなっていけばいいのに。そんなことを思いました。
Author: ことり
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『マジョモリ』 梨木 香歩、(絵)早川 司寿乃

評価:
梨木 香歩
理論社
¥ 1,404
(2003-05)

ある朝 つばきが目を覚ますと、机の上に手紙がおいてありました。
まじょもりへ ごしょうたい
手紙は四角い折り紙で、うすいみずいろでした。
つばきがその手紙を手にとって読んでいると、コンコンと、窓ガラスを何かがたたきました。
それは空いろの不思議な植物のつるの先でした。

ふだんは入るのを禁じられているけれど、「ごしょうたい」されたのだから、今日は特別。つばきは蔓に誘われるまま、家から道路を挟んだ向こう側にある神聖な森――大人は「御陵」とよぶが、子どもたちは「まじょもり」とよんでいる――へと入りこみ、その奥で白っぽい若い女の人(ハナさん)と出逢います。
少しして、ふたばちゃんというちょっと意地悪で強い感じの女の子も現れて、さあ、不思議なお茶会のはじまりはじまり――・・・

どちらかというとおとな向けの絵本。
そえられた絵がほんとうに素晴らしくきれいで、神聖な香りただようこの物語を、さらに透明にして届けてくれます。
最後に「御祭神 木花咲耶姫(このはなさくやひめ)」についての記述があり、日本古来の神話を織りまぜて書かれたものだということが明かされています。柔らかく、あたたかく、それでいて随所にひんやりとした畏れのようなものを残した日本の神々の世界。その不思議な世界と私たちの世界を、「まじょもり」は今もつないでいる・・・。
心の奥に、清らかななにかがこんこんと湧いてくるみたいです。
Author: ことり
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『エンジェル エンジェル エンジェル』 梨木 香歩

宵っぱりのコウコは、寝たきりのばあちゃんの深夜のトイレ当番を引き受けることで熱帯魚を飼うことを許されます。水槽のモーター音がひびくようになって以来、ばあちゃんはまるで少女のような表情を見せ、コウコと話をするようになりました。
ある日、ふたりは水槽の中のむごたらしい光景を目にして――・・・

コウコを中心にした「現代」と交互して、ばあちゃんの娘時代を中心にした「過去」が旧かな遣いで語られていくお話。
「過去」の出来事が「現代」と少しずつ交わっている様が読み手にだけ分かるからくりで、コウコたちには最後まで明かされないことが切ないもどかしさを残します。
それにしても、なんてやわらかな筆致で世の残虐さを描くのでしょう。これは人知れず、心にこっそり棲まわせている‘悪魔’を描いたお話だというのに・・・。

コウコが創った小さな世界――水槽の中には、コウコの予期せぬ残酷な秩序ができあがってしまいました。
私たちの世界も、そうなのかしら。
こんなふうにして神様も私たちを悲しそうに眺めているのかしら。
私たちの、悪意ある言動のすべてを。

「神様が、そう言ってくれたら、どんなにいいだろう。私が悪かったねえって。おまえたちをこんなふうに創ってしまってって」
Author: ことり
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『家守綺譚』 梨木 香歩

評価:
梨木 香歩
新潮社
¥ 1,470
(2004-01)

たとえばたとえば。サルスベリの木に惚れられたり。床の間の掛軸から亡友の訪問を受けたり。飼い犬は河童と懇意になったり。白木蓮がタツノオトシゴを孕んだり。庭のはずれにマリア様がお出ましになったり。散りぎわの桜が暇乞いに来たり。と、いった次第の本書は、四季おりおりの天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねてる新米精神労働者の「私」と、庭つき池つき電燈つき二階屋との、のびやかな交歓の記録である。

扉絵を開けひとたび読み進めると、そこに広がるのは不思議な世界とのつながりを随所にのこした古き良き時代の日本。
「綿貫征四郎の著述せしめた随筆」という体でしたためられたこの物語は、私たちが‘空想’とするような事がらが、ごくごく身近に起こります。
あちらの世界とこちらの世界の境界を感じさせず、まるで子供の頃に親しんだおとぎの国にするりと迷いこんでしまったような、どこかなつかしい心持ちがするのです。
私のまわりの雑音はすべて消えうせ、時はゆったりとした歩みをみせ、感じるのは疏水のせせらぎ、草木のさざめき、小鳥の啼き声と清んだ風・・・。

それから午後はサルスベリの根方に座り、本を読んでやる。(中略)サルスベリにも好みがあって、好きな作家の本の時は葉っぱの傾斜度が違うようだ。ちなみに私の作品を読み聞かせたら、幹全体を震わせるようにして喜ぶ。かわいいと思う。
まだ日本人が自然と対等に語りあうことができた時代、河童や小鬼や植物の精たちと‘共存’していた時代に思いを馳せました。文明と引きかえに私たちが忘れてきてしまった大切なものをよび覚ましてくれる一冊。
四季折々を美しい日本語で綴った不思議な物語に、心が浄化されていくようです。
Author: ことり
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『西の魔女が死んだ』 梨木 香歩

「西の魔女」とは、中学生の少女・まいのおばあちゃんのこと。
おばあちゃんはイギリス人。不登校のまいは、田舎で暮らすおばあちゃんのもとで「魔女修行」をすることになります。
「魔女」になるには、まず精神を鍛えること。
早寝早起き。食事をしっかりとり、よく運動し、規則正しい生活をする。
そして、何でも自分の力で決めること。

母が読んでいたこの本。そのタイトルから、こてこてのファンタジーかと思っていたら、そうではなかったのでした。
ところどころでたしかに感じる不思議な気配・・・だけど不思議なぶぶんは不思議なまんま、少しの謎をのこして物語は終わります。
「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、だれがシロクマを責めますか」

最後に胸をキュンとさせるのは、よごれたガラスに指でなぞられたいくつかの文字。
「もーう、おちゃめなおばあちゃんなんだからぁ・・・」 私はすっかり泣き笑い。あたたかなやさしさにあふれた物語です。
Author: ことり
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