『悲歌(エレジー)』 中山 可穂

評価:
中山 可穂
角川書店(角川グループパブリッシング)
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(2009-09-18)

骨に染みいり血が滲む、絶壁のような険しい孤独。追い詰められた魂。私は愛してはいけない人を愛してしまったのか――。能楽のストーリーにインスパイアされた物語3篇をつむぐ傑作恋愛小説集!

『隅田川』、『定家』、『蝉丸』・・・3つの物語。
黒いマントに縫いつけられた血染めの薔薇、乳白の墓石にびっしりと絡みつく蔦蔓、アンコールワットのおびただしい数の壁画のなかの、たったひとりのデヴァター・・・この本を読んだいまなら、ただひとつ、その象徴を思いうかべるだけで、それぞれの物語の奥深いせつなさがこみ上げてきます。
ほとばしる思いを必死でおさえ込み、けれど最終的にはおさえきれなくて・・・自ら破滅への道をえらんでしまう人びとの哀しいまでの熱情に、心がきりきりと痛みました。

弱法師』とおなじく、能そのものが物語にからんでくることはありませんが、タブーを秘めた愛の姿が能の世界の妖しさに重なって、純粋で脆弱で孤独で・・・。高く澄みきった美しい歌声が耳元に聴こえてくるようです。
ひどく淋しげで、小さくふるえる、涙まじりの歌声。
Author: ことり
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『サイゴン・タンゴ・カフェ』 中山 可穂

情熱的なのにものうげで哀しい哀しいお語たち。
――まるで、「タンゴ」そのもののように。
私は文字を追っているだけ。ただそれだけで、迫力ある美しさがぐっと目の前にせまります。人生の悦びと哀しみ。どうしようもなさ。暗い過去を背負いながらも、心に傷を抱えながらも、ひっそりと逞しく生きる人びとの姿が描かれていきます。

東京、ブエノスアイレス、サイゴン・・・
タンゴの熱いリズムが全編に流れる狂熱の恋愛小説集。
身も心も、魂さえもすべて差し出してしまう彼女たちの切実な思いに、実際に激しい恋をひとつ終えたようなそんな憔悴した気持ちになったのは私だけ・・?可穂さんの小説を読むたびに、まるで情愛をさんざん食べ散らかしたあとの残骸を見ているような、空虚なもの淋しさと痛みがのこる・・・。
タンゴの国から遠く離れたハノイの片隅にあるカフェで、タンゴにとり憑かれたマダムが空白の20年間の情熱的な恋物語を語り聞かせる表題作ほか、バンドネオンの巨匠・ピアソラの曲に魅せられ書き上げられた『現実との三分間』『フーガと神秘』『ドブレAの悲しみ』、バンドネオンの音色にたくした女の哀しみと再生の物語『バンドネオンを弾く女』の全5編。からみつくような情熱の嵐を、ぜひ堪能してみてください。

時間は魔法のようなものね。
かぞえなければなくならないような気がするの。
ねえあなた、そうは思わない?
Author: ことり
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『ケッヘル』(上・下) 中山 可穂

評価:
中山 可穂
文藝春秋
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(2006-06)

モーツァルトの音楽にとり憑かれた音楽家の血をひく数奇な運命の少年・遠松鍵人(けんと)、過去の亡霊から逃げつづける女・木村伽椰(かや)、そして濡れたけものの気配を放つ美貌のピアニスト――。
モーツァルティアンのみを顧客とする奇妙な旅行社のツアーがいざなう、ケッヘル番号に導かれた愛と復讐の物語。

上下巻をいっきに読み終えて、身体の奥の深い深い水底からうかび上がってきたような、熱い熱いため息がこぼれる。
これまで、歓喜と絶望を綱渡りするような女同士の濃密な恋をあまた描いてこられた中山可穂さんの最新作。しかし今回はそれだけにとどまりませんでした。
伽椰の逃避行と鍵人の生いたちが交互に描かれていくなかで、いくつもの惨劇と秘められた過去とがどんなふうに繋がっていくのか・・・それを知るまでのドキドキとした戦慄、それから、胸をえぐられるような真相を知ってしまった後の喪失感(というのでしょうか?とにかくやりきれない思いです)は、なかなか言葉にあらわせません。またしても可穂さんの描く、絶望の淵から生まれた愛の深みに足をとられてしまった私。
彼女の小説にはいつも骨抜きにされてしまう。
体力を消耗してしまう。
動けない。

荘厳で敬虔なモーツァルトのしらべ。
このお話を読んでいる間中、私の脳裡でずっと鳴り響いていた『ディエス・イレ』。
音楽も恋も、もっと穏やかに幸福をもたらしてくれるものでもあるのに・・・。それでも激流にのまれ、にどと戻ってはこられない人生を選んでしまった彼らの物語には、『ディエス・イレ』の深い哀しみと激しい憤りがまざりあったような旋律がぴったりと副う、そんな気がするのです。
Author: ことり
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『白い薔薇の淵まで』 中山 可穂

塁(るい)が男だったらとか、自分が女でなければとか、思ったことは一度もなかった。わたしは自分の性を肯定するように塁の性も受け入れ、愛した。性別とはどのみち帽子のリボンのようなものだ。意味などない。リボンの色にこだわって帽子そのものの魅力に気がつかないふりをするのは馬鹿げている。自分の頭にぴったり合う帽子を見つけるのは、実はとても難しいことなのだ。

雨降る深夜、青山ブックセンターで運命的に出逢ったクーチと塁。
女と女。求めあうふたり。本物の恋と、むさぼり溺れるような最高のセックス。

「わたしと猫と、どっちが好きなの」と問えば「猫だよ」とあっさり言ってのける。他の女の香水のにおいをさせ、身体中に赤い痣をつけて平気で帰ってくる。自分のことはほとんど語らない。なのに嫉妬深くて、ついうっかり逆鱗にふれればすばやく姿を消してしまう。未練をこらえ、塁とは別れたほうがいい、と自分を納得させかけた頃、
「半熟卵ってさ、何分ゆでればいいんだっけ?」
名乗りもせず、時候の挨拶もせず、いきなりの大ボケをかます。
危険で、獰猛で、気分屋で、脆い。こんな女を心底愛してしまったクーチ。脳髄の裏側に植えた白い薔薇が何度も咲く、そんな恋は塁としかできない。その刹那だけがすべて。そんなぎりぎりの恋愛――・・・

身も心もふりしぼり、息をするのさえ苦しい、激しくて濃密な愛の物語でした。
なんど別れを選んでも、よびあってしまう彼女たち。そんなふたりの前では‘性別’という概念なんて、まるで意味をなくしてしまう。ただただ圧倒され、魂が揺さぶられ、私はたちまち抜け殻のようになってしまいました。
思いという思いがストレートにぶつかってきて、吹き飛ばされてしまいそう。

「塁のこと何でも知りたいのよ」
「ここにいるじゃない。それ以上何がほしいの?」
Author: ことり
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『弱法師』 中山 可穂

評価:
中山 可穂
文藝春秋
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(2004-02-26)

からだの芯の、そのまた奥まで痺れるようだった。
鳥肌がたち、涙があふれ、心臓は凍てつくようにガクガク鳴った。
読み終えてしばらく呆然と私の心は立ちつくした。まるで、魂を抜かれたかのように。

『弱法師(よろぼし)』、『卒塔婆(そとば)小町』、『浮舟』。
3つのお話は、すべて能の演目がモチーフにされたもの。能そのものが直接物語にからんでくることはないのだけれど、タブーを秘めた愛の姿が能の世界の妖しさに重なって、どれも独特の雰囲気をかもし出すことに成功しています。
なかでも私の心がいちばん震えたのは、『浮舟』でした。

『浮舟』
鎌倉に代々伝わる和菓子屋の老舗。父母と17歳の娘・碧生(みどりお)の暮らす家に、しばらくぶりに叔母(父の姉)・薫子が帰ってきた。
薫子は宝塚の男役がにあいそうな長身と美貌の持ち主で、しかし独身を貫き世界を股にかけた仕事をし、ふらりと突然帰ってきてはまたすぐに旅立ってしまう寅さんのような人。
ずっと以前、和菓子屋を継いだ父と病弱の母、そして薫子と碧生の4人で暮らした期間があり、碧生はその頃の「家」が一番好きだった。けれどやさしい愛につつまれた団欒にひそむ狂気の気配を、幼い碧生は漠然と感じとってもいた。
やがて母の死を機に、長い長い時を経て父の口から明かされた驚くべき過去。そこで碧生は幼い頃に感じたあの感覚の真実を知ることになる――。
できることなら、こんなふうにぼろぼろになっても、胸がぺしゃんこに潰れるような思いをしても、年を取りすぎた大きい天使になっても、狂ったように愛して愛され、いとしい誰かと手に手をとってこの世の淵からこぼれ落ちたい。打ちのめされ、追い詰められ、虚無に向かって行進していくような恋でもかまわない。こんなふうに誰かを、ただひとりのひとを、一生かけて、馬鹿みたいに愛したい。

濃やかで激しくて、危険なくらい純粋で、‘恋する’というよりも‘焦がれる’という言葉がハマる。そんななかに臆面もなく身を投じてしまえる人びと。
孤独と闘い、憔悴し、限界をこえ、行き場をなくしても、止まらぬ想い。
――叶わぬ恋。
それゆえの美しさを、男とか女とかモラルとか、あらゆる枠という枠をとりはらって描き出した渾身の中篇集です。
Author: ことり
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