『歪み真珠』 山尾 悠子

評価:
山尾 悠子
国書刊行会
¥ 3,024
(2010-02-25)

なんて美しい書物、なんて美しいことばの渦・・・
まずはその外観の美しさに息をのみ、ふわりとまといつく妖気のようなものにうっとりと酔いました。頁をめくる手指すら、その気品にためらってしまうなんて。

喩えようもなく典雅な文章で、中世の異国からきらびやかな光と意匠をもってとどけられる幻想譚の数々。ひんやりとした静けさ、蒼い海のゆらぎにうつってはかき消され、かき消されてはうつし出されるレースのような伽藍の影。危うい夢魔に、危ういと知りつつ惹かれてしまうのは、なぜなんでしょう。
この本を読んでいるあいだは、長く遠い回廊をさまよって、「冬寝室」のつめたいまどろみのなかでいくつもの夢を渡り歩いている、そんな美しい眩暈にみちた贅沢な時間でした。

私はいつも遠くから、夫の書斎の窓から、見るともなくその一部始終を眺めていた。視線をわずかな角度だけ外して戻すと姿が消えている、あるいは何度も復元と消失を繰り返すことがあり、生きているものではないことはよくわかっていた。ところどころもったりと波打ちを含んだガラス越しの光景は微妙に歪み、希薄な陽光に飾られたフウの林はいつも捉えがたく焦点がぼやけていた。葉陰になったむすめの色のない髪や曖昧な眉目は肌に滲むようで、差し出された露わな両腕は白く、よく見ると長い薄衣を胸元で締めていた。(『ドロテアの首と銀の皿』)

歪んだ世界こそがもちうる‘美’――哀しみや痛みさえも虹色の憧れに変え、読む者を惑わせる15粒のバロック真珠たち。
心の水鏡が涼やかに照らしだされていくみたいです。音もなく、ただひそかに。
Author: ことり
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『月蝕』〔短篇〕 山尾 悠子

評価:
あさの あつこ,芦原 すなお,石井 睦美,大島 真寿美,加納 朋子,川島 誠,檀 一雄,松村 栄子,森 絵都,山尾 悠子
ジャイブ
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(2009-03-10)

京都の大学生・叡里(本名あきさと、通称えいり)は、従姉からの依頼で彼女の娘、11歳の真赭(ますほ)を預かることになる・・・。
アンソロジー『みじかい眠りにつく前に 供戮里覆の一編。

じっとりと蒸した部屋。立ちこめるタバコの煙と、鼻をつく湿布薬の匂い――
どこか性的な気配を感じさせながら、少しずつゆがみ、いつのまにかずれていく・・・たしかに立っていたはずの現実から、知らず知らずのうちに奇妙な空間へずんずん分け入ってしまう物語です。
急にひどい寒気を感じたのがその音を聞く前だったのか後だったのか、どうしても思い出すことができない。それは、冷房のききすぎた部屋に入った瞬間に感じるような不健康な寒さだったが、その時には急に日がかげって涼しくなったのだとしか思わなかったらしい。
混線した電話、連絡のとれない友人たち、不思議な「夢の話」をする少女・・・読み進めば進むほどふくらんでいく不安感。燃えたつような西日をあびて、ほの赤い色を帯びる京都の街が、ますますこのお話を妖しく幻想的なものにしています。
夢なのかうつつなのか・・・。読後は、狐につままれたようなそんな感じ・・・。

このお話が、いまから33年も前に書かれたなんて驚きです。そういえば、田辺聖子さんの『言い寄る』を読んだときにもおなじことを思ったっけ・・・。30年もの時のへだたりをこれっぽっちも感じさせないなんて、ほんとうに「すごい」のひと言。
底本は、『山尾悠子作品集成』。いつかぜったいに読んでみたい本のひとつです。
Author: ことり
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『ラピスラズリ』 山尾 悠子

評価:
山尾 悠子
国書刊行会
¥ 3,024
(2003-10)

数年前、はじめて目にしたその日から、あまりの美しさにずっと憧れていた本です。
本にはそれぞれ気配というものがあるけれど、この本の匂いたつような高貴な気配への憧れは、もしかしたらほとんど畏れに近いもの、だったかもしれません。
入手したのはさいきんのこと。なんともいえない淡いブルーの函のなかには、パラフィン紙につつまれた贅沢な布張りの本。そしてじっさいにひもといてみて・・・私はこの本の放つ気配がけっして外見の美しさだけではなかったこと、しずかに、眠るように、美しい物語がひっそりととじ込められていたことを知ったのでした。

『銅板』、『閑日』、『竈の秋』、『トビアス』、『青金石』。つめたく煌く幻想小説が5つ。
冒頭の『銅板』にでてくる三枚の古色蒼然とした腐蝕銅版画――深夜営業の画廊で、「画題(タイトル)をお知りになりたくはありませんか」と店主に話しかけられるところから始まる物語は、それらの版画(<人形狂いの奥方への使い>、<冬寝室>、<使用人の反乱>)が頭のなかでくっきりと像を結び、ほんとうにこの目で見ているような錯覚をおぼえます。
幻想世界への夢の入り口を抜けるとそこは・・・。人形、冬眠者、尖塔、濡れ落ち葉、幾何学庭園、聖フランチェスコ・・・版画のなかの印象的なモチーフたちが折り重なる、妖しく不穏な美しいひとつの闇。
読み手はするりと世界に誘いこまれ、その深淵へとつれて行かれる。どこにもたどり着かない、終わりの見えない旅にからめとられる。まどろみと覚醒をくり返し、極上の聖堂で迷い歩きながら、ああ、私はいったいどこまで行ってしまうのでしょう。

これはきっと、なんど読み返してもそのつど発見がある、そんな本ではないかしら。
さっそく冒頭に戻り、もう一度読み返している私です。
ふわふわと覚束ない、心地のよい幻想の闇に魅入られて、もっと深く、もっと遠くに行ってしまいたい・・・。
Author: ことり
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