『白痴 青鬼の褌を洗う女』 坂口 安吾

“戯作者”の精神を激しく新たに生き直し、俗世の贋の価値観に痛烈な風穴をあける坂口安吾の世界。
「堕落論」と通底する「白痴」「青鬼の褌を洗う女」等を収録。奔放不羈な精神と鋭い透視に析出された“肉体”の共存――可能性を探る時代の補助線――感性の贅肉をとる力業。

どこか屈折した女体への憧れ。
妖しさと湿りけを帯びたひと味ちがった色恋の数々――全13編を収めた短篇集。
ものうい雰囲気がしだいに緊張を増し、爆風のような気迫が押しよせてくる『白痴』がすばらしく印象的でした。

『白痴』
時は第二次世界大戦、新聞記者の伊沢の隣には気違いの一家が住んでいた。
気違いの女房は白痴で、ある日彼女が伊沢の家に逃げこんでくる。女をかくまうことにした伊沢。空襲におびえるなかで白痴の女との奇妙な生活がはじまる・・・。
白痴の苦悶は、子供達の大きな目とは似ても似つかぬものであった。それはただ本能的な死への恐怖と死への苦悶があるだけで、それは人間のものではなく、虫のものですらもなく、醜悪な一つの動きがあるのみだった。(中略)
人は絶対の孤独というが他の存在を自覚してのみ絶対の孤独も有り得るので、かほどまで盲目的な、無自覚な、絶対的な孤独が有り得ようか。それは芋虫の孤独であり、その絶対の孤独の相のあさましさ。心の影の片鱗もない苦悶の相の見るに堪えぬ醜悪さ。
理智や抑制や抵抗をそぎ取った時、うかび上がってくる人間の本質について考えました。「絶対的な孤独」。人は、最終的に白痴へと立ち返っていくのでしょうか・・・。

女性の一人称で語られるお話がいくつかあって(『青鬼の褌を洗う女』もそう)、男性目線で書かれたものとの対比もまた面白いです。
Author: ことり
国内さ行(その他) | permalink | - | -
 
 

『道徳という名の少年』 桜庭 一樹

評価:
桜庭 一樹
角川書店(角川グループパブリッシング)
¥ 1,365
(2010-05-11)

町でいちばんの美女が父なし子をつぎつぎに産み落とした。
娘たちの名前は上から順に1、2、3、悠久。やがて女は町を出てゆき、旅の商人とのあいだに生まれたらしき四姉妹の弟(道徳)をつれ帰る――
溶けたバターのような黄色い目と薔薇のかんばせを代々受け継ぐ一族の物語。

うす墨で描かれた淫らな少女たち、血を思わせる赤い装飾。
ひらいた頁から、ぬらぬらと艶かしい妖気が立ち上り、肌にまとわりつくよう。
生まれた時すでにその血は背徳にまみれていながら「道徳」と名づけられた少年・・・彼からはじまる物語もまた、おぞましいほどに道徳にそむいていきます。
娼婦、近親相姦、そして殺人。黄色い目と薔薇のかんばせとともに、一族にどこまでも受け継がれていく背徳の精神。まやかしの‘自由’がもたらす残酷で哀しみを帯びた顛末は、なんだかあまやかな呪いのようにも感じられました。つめたい真珠が喉をつるりとすべり落ちていく、そんなひとときの官能・・・。

どこか『百年の孤独』(ガルシア=マルケス)を連想させる異国情緒。
エロティックでグロテスクな、大人のための童話でした。
Author: ことり
国内さ行(その他) | permalink | - | -
 
 

『十四分の一の月』 ささめや ゆき

評価:
ささめや ゆき
幻戯書房
¥ 3,045
(2009-12)

鎌倉でめぐりあった三島、太宰、澁澤、中也、小津、黒澤――
絵筆とめぐったパリ、ニューヨーク、モスクワ。
月の満ち欠けに寄り添った、文字と絵のスケッチ。カラーイラスト満載。

ささめやゆきさんを初めて知ったのは、江國香織さんのエッセイ『いくつもの週末』の装画で・・・だったでしょうか。その後も絵本や挿絵などでたびたび彼の作品にはふれてきた私ですが、エッセイははじめて読みました。
絵描きが本業のささめやさんの本は、こざっぱりとした粋な文章と、ふんだんに盛り込まれた素朴であたたかな挿絵がとても魅力的。いっぺんにそのしなやかな感性のファンになってしまった私でした。
とくに『かまくら文学スケッチ』の章は、ふむふむと知的好奇心をみたしてくれる愉快な読み物で一ばんのお気に入りです。鎌倉ゆかりの文豪たちのあしあとが、古都をお散歩するような雰囲気でぽくぽくとたどれます。
Author: ことり
国内さ行(その他) | permalink | - | -
 
 

『変なお茶会』 佐々木 マキ

評価:
佐々木 マキ
絵本館
¥ 1,080
(2000)

今年も 例の招待状が届いた
こんな魅力的な書き出しで始まる変なお茶会のおはなし。

「ゼヒホンネンモ ウチソロイテ オイデクダサルオマチシテイマス。」
へんてこりんな招待状を受けとったヨコハマのオオイワ氏は電気自転車で、ライプールの理髪師スミラ君はゾウに乗って、ほかにもヤギに乗り、気球に乗り・・・世界じゅうのいろんな人びとがなにかに乗って、年に一度のお茶会のためトランスバールの城をめざします。大のおとながはるばるやってきて楽しむのは再会と、

――岩山からどうどうわき出る天然ココア!

きっととびきりおいしいんだろうなぁ・・・。てっきり紅茶や可愛らしいお菓子を想像してしまっていたからびっくりです。そうしてお茶の時間がすんだら「また来年」と言って帰っていく彼らのすがすがしさったら!
さばさばとユーモラスで、くすくす楽しい。ほんとうに「変なお茶会」。
Author: ことり
国内さ行(その他) | permalink | - | -
 
 

『わたしを束ねないで』〔再読〕 新川 和江

女性のもつしなやかさな強さ、水のように雲のように変幻自在のおおらかさ。
解き放たれたい願望や、人生への問いかけ、あふれる母性。
女に生まれ、恋をして、妻になり、母になる・・・その折々の感情が、流れるように美しい日本語でうたわれていく詩集です。
『わたしを束ねないで』は私が中学生のころ大好きだった詩。教科書に載っていたこの一編の詩は、読むたびに私の時間をぐぐっと巻きもどし、心に湧きあがらせるあまずっぱくて懐かしいせつなさ・・・。

わたしを束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
束ねないでください わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色(こんじき)の稲穂 (『わたしを束ねないで』より)

この詩を朗読してくれた先生はもう亡くなってしまったし、少女だった私は大人に、そして妻になりました。これから先も――たとえば母になり、おばあさんになっても――私のなかで色褪せることはきっとないのでしょう。
ほかにも、『Cinzano』、『外出ぎらい』、『骨の隠し場所が・・・』などなど大好きな詩がたくさん収められているこの本は、淡い小花柄の表紙が見た目にもかわいらしい手のひらサイズのハード本。女性にはとくにおすすめの一冊です。
Author: ことり
国内さ行(その他) | permalink | - | -
 
 

『桜の森の満開の下』 坂口 安吾

ふんわりと淡いピンクが風にそよいで、髪に肩にはらりと降りかかる花びらたち・・・満開の桜に目をうばわれる、そんな季節に読み終えた本。
『小さな部屋』、『禅僧』、『閑山』、『紫大納言』、『露の答』、『桜の森の満開の下』、『土の中からの話』、『二流の人』、『家康』、『道鏡』、『夜長姫と耳男(ミミオ)』、『梟雄』、『花咲ける石』。13編を収録した短編集です。
『夜長姫と耳男』など忘れられないお話は他にもありましたが、圧巻なのはやはり表題作。咲き乱れる桜の森を背景に、山賊の男と彼を虜にする美しい女の、背すじがしんと冷えるような情愛の関係が静謐な文章で紡がれていきます。

日本人を惹きつけてやまない、桜の花の魅力と魔力。
満開の桜はたしかに美しいのだけれど、その奥には怖さをも秘めているという事実。
人の生首で戯れる女と幻想的な桜を対比させた物語は、なんとなく梶井基次郎さんの短編小説の出だしの一文「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」を思わせゾクゾクしました。
頭のなかに映像をうかべながら読み進んでいくと、その光景が美しければ美しいほど、そして、そこに妖艶な匂いが濃厚になればなるほど怖い世界につながっていく、そんなちょっとあぶない美しさに酔いしれてしまいそうです。

「花の下は涯(はて)がないからだよ」
物語の終わりに、私たちはただぼんやりと虚空をみつめるばかりなのです。
Author: ことり
国内さ行(その他) | permalink | - | -
 
 

『主題歌』 柴崎 友香

評価:
柴崎 友香
講談社
¥ 1,365
(2008-03-04)

ピンクのばらが描かれた、春らしいきれいな装丁。
カバーをはずすと本体にはイエローのばらが。こんなさりげない気遣いが嬉しくて、乙女ごころをくすぐります。

だけど、ストーリーは、ちょっとつまらなかったかな・・・。
キャラクター商品をつくる仕事をしている「女子好き」の実加が、お家で同僚たちと「女子限定カフェ」をひらいて盛り上がったりするお話です。
かわいい女の子やきれいな女優さんは私も大好き。友達にもかわいい人が多いし、彼女たちと‘ガールズトーク’するのも楽しい。でも、お話そのものは展開もとぼしく、私には退屈なものに思えてしまったのです。
そのぶん、日常のふつうなら忘れてしまいそうな些細なことまできちんと書きこまれているので、小さな心当たりがいくつも見つけられたのはよかったのだけど。

主人公の視点でずっと書かれていながら、ところどころ、ほんの一瞬だけべつの人の視点が入ってきて、あれっ、なんて止まってしまうことがたびたびありました。それは斬新でもあり、読みづらくもあったのです。


サイン本です↓
Author: ことり
国内さ行(その他) | permalink | - | -
 
 

『私の男』 桜庭 一樹

評価:
桜庭 一樹
文藝春秋
¥ 1,550
(2007-10-30)

おとうさんからは夜の匂いがした。
狂気にみちた愛のもとでは善と悪の境もない。
暗い北の海から逃げてきた父と娘の過去を、美しく力強い筆致で抉りだす著者の真骨頂『私の男』。第138回直木賞受賞作。

凄い性愛。凄い物語。「凄い」という形容がとにかくぴったりな本。
北の果て、凍てつくように黒ずんだオホーツク海・・・水墨画のような色のない世界でつめたく燃えさかる、娘と父の禁断の愛。かくされた罪の軌跡。

ストーリーは主人公の腐野(くさりの)花が、婚約者を養父の淳悟に紹介するところから始まり、アルバムを逆からめくるように、二人の過去をさかのぼっていきます。
過去へ過去へとお話が進んでいくこと、とちゅう語り手を変え二人を客観的な目線でも追っていることが、内容により深みをもたせています。
けれど読んでいくうちにその絶望的な暗さ、文章全体から立ちのぼる狂気に、とても嫌な気持ちになりました。思いそのものは疑いようもなく一途なのに、ドロドロとした汚物にねっとりからめとられてしまうような。

「血の人形」・・・文中にあったこんな言葉が印象的。
血、というものの結びつきのやっかいな側面について、深く考えさせられます。父と母から、そのまた父と母から・・・年月をかけて脈々と受け継がれてきたふるい血が私に残したものについても。
正直言って、私はこの「凄い」本を好きではないです。本能が拒絶するみたい・・・。
本能。それって私に流れる血のことと、同義のような気もします。
Author: ことり
国内さ行(その他) | permalink | - | -
 
 

『一瞬の風になれ』(全3巻) 佐藤 多佳子

天才サッカー少年の兄の背中を追い続けてきた新二、天賦の才能でスプリンターの名を欲しいままにできるはずの連。幼馴染の二人が高校で陸上部に入ったところから始まる物語。
男のコ目線で爽やかに語られていく、高校陸上・ショートスプリントの世界。けっして強豪ではない公立の高校で夢の大舞台・インターハイをめざす部員たちの姿が、「イチニツイテ」、「ヨウイ」、「ドン」というサブタイトル通り、まさにそんな感じで巻を追うごとに加速して描かれていくお話です。

じつは小中高とスプリンターだった私・・・お話に入りこみながらもいろんなシーンで記憶がよみがえり、自分を重ね合わせてしまってばかりいた気がします。
佐藤さん、きっとものすごく取材されたのでしょう。こまかなところまでかなり忠実で、ほんとウソがなく、どっぷり‘あのころ’に引き戻されました。
私は「近畿」だったから「南関東」をめざす彼らとは違うぶぶんもあったのだけど、新二とは種目もおなじ100mと200mと4継リレー・・・練習メニューなど目に見えるものはもちろん、選手たちのちょっとした心の動きまでが過去の記憶をよび覚まします。

日々の苦しい練習。死ぬかとおもった合宿。
怪我、挫折、歓喜、友情、恋愛。
0.01秒に泣いたこと、バトンミスで失格になったくやしさ、準決勝・決勝と進むにつれのしかかる重圧、近畿大会に出られたときの自分の体じゃないみたいな高揚感・・・
部室の汗と土とエアサロのまじったような匂いから、みんなの「ファイット!」って声、競技場のタータンを並行ピンのスパイクで踏みしめたときの感触まで・・・
ぜんぶ昨日のことみたい。
もう陸上から離れてずいぶん経つのに、いつまで経っても‘あのころ’って消えない。
それはもうにどと戻ってはこないから、その過ぎた日々たちが今、キラキラまぶしく愛おしいのでしょうね。
陸上をやってよかった。みんなに、先生に、出会えてよかった。感謝の気持ち、言葉にならない思い、そういうすべてがつまっていて、涙がとまらなかった本です。陸上に縁がある人もなかった人も・・・このすばらしい世界を感じてもらえたらうれしい。
「スプリントは残酷だ。
 でも、こんなに爽快なものはないな」

目をとじればうかんでくる競技場・・・赤茶色と緑のコントラスト。
人びとのざわめきと、一瞬の静寂。
あのとき私は百分の一秒を競う世界にいた。
私はたしかに、一瞬の風になってた。
Author: ことり
国内さ行(その他) | permalink | - | -
 
 

『死亡推定時刻』 朔 立木

評価:
朔 立木
光文社
---
(2004-07-21)

この作品を、フィクションと呼ぶのだろうか。作者としては、ドキュメントあるいはリポートと呼びたい気持ちがある。全体の筋書きは架空のものだが作品を構成する膨大な細部のほとんどは、実際にどこかに存在したものだからだ。
あとがきで、作者(曹資格者)自身がこんなふうに語るこのお話は、いまの日本の刑事訴訟の実態に向けて鳴らされた警鐘なのかもしれません。

あこぎなやり口で莫大な財をなした山梨県の富豪・渡辺恒蔵が溺愛する一人娘・美加が誘拐された。警察は犯人逮捕を優先し、身代金を投下しろという犯人の要求を無視。翌日、美加は遺体で発見される。警察はミスを隠蔽しようと(県警本部長は恒蔵と癒着。美加の死亡が身代金受け渡し失敗の後だと発覚すれば恒蔵に汚職を公にされかねない)、あの手この手で死亡推定時刻を偽装する。
いっぽう、美加の死体の第一発見者で前科者の小林昭二は、美加のカバンから現金をうばい逃走したため、指紋が検出され殺人犯として逮捕される。小林は無罪にもかかわらず、警察の強力な取調べで虚偽の自白をさせられてしまう。
一審の弁護士は小林を弁護せず判決は死刑。控訴審で国選弁護人となった川井は、小林の事件を最初から調べ上げていくうちに冤罪であると確信する。冤罪の証拠を提出しようとする川井弁護士にたいし、裁判所はさまざまな障害をしかけ、なんとか一審判決を維持しようとして・・・。

2004年刊行と知って、いままで手にしなかった自分を悔やんでしまう・・・それくらい私にはただただ衝撃だった一冊。
じっさいの刑事事件をいくつも扱ってきた朔さんだからこそ書けたでしょうこのお話、ほんとうにあったことを繋ぎあわせたというストーリーに(登場する刑事・検事・弁護士もこのような人間が実在するそうです)、私は驚愕し、怒り、落胆し、うち震えました。そして私のなかの正義感が最高潮にうずいた後で、あとがきのこんな文章が私を愕然とさせたのです。
この作品は逮捕された青年が冤罪であることを読者に見せたうえで進行する。読者は読了後、高裁の判決から出発して事件を見る実験をしてほしい。小林昭二が金を盗んだだけだと知らされていなかったら、前科が三つもあり、カバンに指紋があり、自白もしている被告人が「自白は強要されました」などと言っても、死刑を逃れたいだけだと思う人は多いのではないだろうか。
真実は、ものごとを見る角度によっていとも簡単にねじ曲げられてしまう・・・。私だって、冤罪者をつくる目を持っている・・・。
さまざまなことを考えさせられたこの本、読むことができてほんとうによかったです。
Author: ことり
国内さ行(その他) | permalink | - | -