『坊っちゃん』〔再読〕 夏目 漱石

評価:
夏目 漱石
新潮社
¥ 300
(1950-01)

松山中学在任当時の体験を背景とした初期の代表作。
物理学校を卒業後ただちに四国の中学に数学教師として赴任した直情径行の青年‘坊っちゃん’が、周囲の愚劣、無気力などに反撥し、職をなげうって東京に帰る。主人公の反俗精神に貫かれた奔放な行動は、滑稽と人情の巧みな交錯となって、漱石の作品中最も広く愛読されている。近代小説に勧善懲悪の主題を復活させた快作である。

高校時代以来・・・かなり久しぶりにまた読んでみました。
「親譲りの無鉄砲」でやたら喧嘩っぱやい主人公・坊っちゃんをはじめ、いがぐり頭の山嵐、気の毒なうらなり君、そして狸に赤シャツに野だたちと懐かしの再会。

はじめて読んだときは『こころ』を読んだ直後だったこともあって、ずいぶんと明るい印象のお話もあったんだなあと、その跳ねるような元気のよい文体や物語の痛快さばかりを愉しんでいた気がするけれど、いま改めて読んでみると最初から最後まで東京にのこしてきた下女・清への思いがまっすぐに貫かれている・・・そのことに胸がじん、と熱くなってしまった私です。
親から愛情をあまりそそがれずに育った坊っちゃんを、子供のころから唯一あたたかく見守り支えてくれた清。本のなかで坊っちゃんはこれっぽっちも「支えにしている」なんてことは言っていませんが、読んでいて時々ほっとやさしい気持ちになれるのは、坊っちゃんがいつも清を気にかけているのが伝わって・・・そしてきっと清も、遠く離れた東京で坊っちゃんをいつも気にかけて過ごしていたはずだと、そんなふうに想像できるせいなのでしょう。

清のことをさらりと扱うことで読み手にじんわりとした余韻をのこしたり、思いがけず目撃したマドンナを「何だか水晶の珠を香水で暖ためて、掌へ握ってみた様な心持ちがした」と詩的な形容をしてみたり・・・血気盛んな主人公が巻き起こす痛快な物語だからこそ、今回はより文学的な側面をひろい集めながら読んでいた気がします。
Author: ことり
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『文鳥・夢十夜』 夏目 漱石

短編小説と随筆の中間、そんなあいまいな領域のお話を「小品」とよぶのだとか。
この本は漱石先生晩年の小品集。『文鳥』、『夢十夜』、『永日小品』、『思い出す事など』、『ケーベル先生』、『変な音』、『手紙』の7編がおさめられています。

『文鳥』は、門下生の三重吉にすすめられ文鳥を飼いはじめるお話。
表紙にもお茶碗のふちにちょこんと足をかける可愛い白文鳥が描かれていますが、文中でも繊細な観察眼で、その愛くるしいさまが文学的に表現されています。
文鳥の眼は真黒である。瞼の周囲に細い淡紅(とき)色の絹糸を縫い附けた様な筋が入っている。眼をぱちつかせる度に絹糸が急に寄って一本になる。と思うと又丸くなる。(中略)
留り木は二本ある。(中略)その一本を軽く踏まえた足を見ると如何にも華奢に出来ている。細長い薄紅の端に真珠を削った様な爪が着いて、手頃な留り木を甘(うま)く抱え込んでいる。
そんな白文鳥をむかし知り合った「美しい女」にかさね、夢想の世界に遊ぶシーンがこのお話をいっそう深くしているようです。

『夢十夜』は、「こんな夢を見た。」からはじまる、十の夜の怪奇的な夢のお話。
心の内側がヒヤリとする美しすぎる文章に、うっとりと痺れてしまう・・・。
百年という月日を、女の人のお墓のそばで日が落ちる数をかぞえながら‘待ち’続けたり(第一夜)、おぶっていた我が子が不気味な青坊主になってしまい、捨ててしまおうとしたところ前世の罪を悟らされたり(第三夜)・・・
どれもほんの数ページという短さなのに、妖しく怖ろしい幻想世界にひと夜ごと、すいこまれてしまいました。

一転、後半の「小品」たちはかなり随筆寄り。私のような若輩者にはちょっぴり難解で退屈なものも・・・。大病を患ったのち生還した、その心の奥をこまやかに書き記した『思い出す事など』ほか、博識と敬愛にみちたお話を連ねています。
別るるや 夢一筋の 天の川
Author: ことり
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