『雲をつかむ話』 多和田 葉子

評価:
多和田 葉子
講談社
¥ 1,680
(2012-04-21)

人は一生のうち何度くらい犯人と出遭うのだろう――。
わたしの二ヵ国語詩集を買いたいと、若い男がエルベ川のほとりに建つ家をたずねてきた。彼女へのプレゼントにしたいので、日本的な模様の紙に包んで、リボンをかけてほしいという。わたしが包装紙を捜しているうちに、男は消えてしまった。
それから一年が過ぎ、わたしは一通の手紙を受け取る。
それがこの物語の始まりだった。

儚々と捉えどころがない夢みたいなできごとが、みっちりと密度の濃い言葉でつづられている、そんな印象。ゆらりゆらり・・・消えいりそうに淡い虚実の境いめをたゆたうことの不穏さと心地よさ。
ある日突然届いた犯人の手紙から、「雲蔓(くもづる)式」に「わたし」の奇妙な過去が明かされていきます。まるで、雲の意図――蜘蛛の糸――に導かれるように。

1987年、ハンブルクの街、エルベ川のほとり。
感情を押し殺し、淡々とした表情でしずかに流れていく遠い異国での物語。
ドイツ語と日本語、犯人と被害者、雲と蜘蛛・・・簡単には相容れないものものが、後半で登場するマヤと紅田(ベニータ)にかさなっては彼方へと消えてゆきました。
記憶の穴を埋めた嘘がいつのまにか均されてしまうのなら、真実とは雲のようなものなのかも・・・。
Author: ことり
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『溶ける街 透ける路』 多和田 葉子

評価:
多和田 葉子
日本経済新聞出版社
¥ 1,575
(2007-05)

揺さぶられる身体感覚。欧州、北米、中東、日本を駆け巡り、自作を朗読し、読者と話した1年。
見る、聞く、歩く、触る、食べる。街の表層が裂け、記憶がゆがむ。
待望のエッセイ集。

海外を拠点に活躍されている作家・多和田葉子さんが、2005年春から2006年末までに訪ねた世界の街について書かれたエッセイ。
硬質な文章でしずかに綴られていく小さなエピソード、言語文化のちがい、人びととのふれあいについて。見知らぬ街――世界の片すみでひっそりと息づいている街が、たちまちイメージとなってふくらんできます。

ところ変わればずれていく、東ヨーロッパと西ヨーロッパのあいまいな境界線、
ヴュンスドルフの古本屋とクロイツベルツの古本屋でのふしぎなできごと、
ケベックで使われている、フランスにはないフランス語のはなし・・・
ものごとを感覚的にとらえることに長けた人のエッセイだと思いました。心にのこった記述を最後に記しておきます。

自分の理解できない言語に耳を澄ますのはとても難しい作業だが、文字にこだわらず、「アメリカン」を「メリケン」と書き記したような、繊細で果敢で好奇心に満ちた耳が、かつての日本にもあったはずだと思う。それができなければ、異質な響きをすべて拒否する排他的な耳になってしまい、世界は広がらない。(『リューネブルグ』)
ここビルケナウでは、一日に千人以上の人が殺された。一九四〇年に完成されてから一九五四年にソ連軍に解放されるまで休みなく大量虐殺が行われ、死者総数は百数十万人を越えると言われている。死者の数を挙げる自分自身に納得できないものを感じるのは、死者を数として捉える視線そのものに、死なないですむ者の奢りが感じられるからかもしれない。(『アウシュヴィッツ』)
Author: ことり
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『ヒナギクのお茶の場合』 多和田 葉子

『犬婿入り』以来、ずいぶん久しぶりに手にした多和田葉子さんの本。
やはりこの人の書かれる世界は独特だと思いました。白昼夢・・・ううん、誰かの夢のなかを泳いでいる、そんなあやうい感覚。いつ終わるともしれなくて、想像もつかない場所につれ去られる、誰か知らない人の。
『枕木』、『雲を拾う女』、『ヒナギクのお茶の場合』、4つの掌編から成る『目星の花ちろめいて』、『所有者のパスワード』。思考が物語に追いつかないお話たちに、戸惑いながら、怖気づきながら、それでも不思議と惹かれる世界・・・。

とりわけ引き込まれた『雲を拾う女』のお話は、ある日ドイツのとある町で、道に落ちていたパリパリに乾ききって灰色によごれたフランスパンのかけらを拾う女を目撃するところから始まります。
パンのかけらを鰐皮のバッグにつるっとしのび込ませる女。その後をつけてみると、(わたし)は公衆便所の洗面所のまえでとつぜん目まいがし、哺乳ビンの乳首に変身してしまう。
そのあまりに容赦のない突然すぎるできごとに、一瞬思考が固まるのですが、そここそがブラックホールの入り口。日常と日常のあいだに突如ぽっかりと出現する異界への入り口は、私のことをするりとすいこんで、知らんぷり。そしていつのまにか、暗く奇妙な渦のなかをあてどなくたゆたっている私・・・。
<心臓の音も、うるさくなっていくと、なんだか、他人事みたい、なんだか、どうでもいい、もう、心を奪われたなんて言うけれど、奪われる前から、違うのよね、心なんて、もともと自分の所有物じゃないのよね、それが、勝手にこの中で、鳴っていて、なんだか、本当に、他人事みたい、心、奪われてしまって、心臓、心臓>

少しずつ少しずつ現実を侵食し、私をぐらぐらと翻弄する言葉の魔力。
ゼリーのようなまどろみと覚醒をくり返すうち、あちらとこちらの境界がついに分からなくなる・・・読むほどに幻惑の淵へと誘われる、そんな本でした。
Author: ことり
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