『厳重に監視された列車』 ボフミル・フラバル、(訳)飯島 周

1945年、ナチス支配下のチェコスロヴァキア。
若き鉄道員ミロシュは、ある失敗を苦にして自殺を図り、未遂に終わって命をとりとめた後もなお、そのことに悩み続けている・・・。
滑稽さと猥褻さ、深刻さと軽妙さが一体となった独特の文体で愛と死の相克を描くフラバルの佳品。

(原題『Ostře sledované vlaky』)
Author: ことり
海外ハ行(フラバル) | permalink | - | -
 
 

『わたしは英国王に給仕した』 フラバル、(訳)阿部 賢一

中欧文学巨匠の奇想天外な語りが炸裂する、滑稽でシュールな大傑作。給仕人から百万長者に出世した主人公の波瀾の人生を、ナチス占領から共産主義へと移行するチェコを舞台に描く。

「これからする話を聞いてほしいんだ」――
語り手のみごとなまでのおしゃべりに、どんどん引き込まれてしまった小説です。
小柄な男(=「わたし」)がホテルの給仕見習いから百万長者へと出世していくさまが、エロティックでユーモラスなエピソードを積み重ね、語られていくお話。いったいどこまでがほんとうでどこからがほら話なのか・・・深刻さとばかばかしさのまざり具合が絶妙で、もの哀しいやら笑っちゃうやら。
そんな物語にチェコの世相が映り、政治が影を落とし、戦争が土足で踏みこんできます。「わたし」の出世に相反するように、状況は暗くはかなく歪んでいくけれど、哀しみさえもユーモアに変えてしまうカラリとした陽気さがとても素敵、そう思いました。
あと、文中にたびたび出てくる「信じられないことが現実となっていた。」という言葉。「今度はなにが起こったのですか?」なんて、つい身を乗りだして話に耳を傾けたくなってしまって、最後までうまく乗せられてしまったなぁ・・・。
人生の旨味と苦味がたっぷりつまった、フルコースの食卓のような小説でした。

(原題『OBSLUHOVAL JSEM ANGLICKÉHO KRÁLE』)
Author: ことり
海外ハ行(フラバル) | permalink | - | -
 
 

『あまりにも騒がしい孤独』 ボフミル・フラバル、(訳)石川 達夫

ナチズムとスターリニズムの両方を経験し、過酷な生を生きざるをえないチェコ庶民。その一人、故紙処理係のハニチャは、毎日運びこまれてくる故紙を潰しながら、時折見つかる美しい本を救い出し、そこに書かれた美しい文章を読むことを生きがいとしていたが・・・
カフカ的不条理に満ちた日々を送りながらも、その生活の中に一瞬の奇跡を見出そうとする主人公の姿を、メランコリックに、かつ滑稽に描き出す、フラバルの傑作。

35年間、プラハの地下で故紙をプレスし続けた男の物語。
心から本を愛していながら、本を潰すことを生業としている哀しい矛盾・・・。不条理にみちた物語を、かろやかなユーモアが不思議なあかるさで照らしだしています。
故紙は思想や文学ばかりでなく、血まみれのダンボールや肉蠅、ネズミまでもふくんでいます。ヘドロのなかから金の粒をみつけるように美しい本を救い出すことは、ハニチャにとってこのうえもない歓び。そんなふうに美しいものと醜悪なものとが物語のいたるところで対比されていく、息詰まる灰色の世界。

世界の焚書官たちが本を焼いたところで、無駄なことだ。そして、もしそれらの本が何か意味のあることを書き留めていたなら、焼かれる本たちの静かな笑い声が聞こえて来るだけだ。なぜなら、ちゃんとした本はいつも、本の外の世界を指し示しているからだ。

地下室で仕事をしながらハニチャは、美しいマンチンカや、ナチスにつれ去られたジプシーの恋人のことを少年のような心で思い出します。ブブヌィに設置された、自分のプレス機の20台ぶんの働きをする巨人的プレスの存在に愕然とします。
当時のチェコの現実や社会的背景が、彼の孤独で繊細な心をどんどん追いつめ、行き場をうしなわせてゆくラスト。ニーチェや老子やネズミや血まみれの紙とともに、自分自身も潰してしまおうと試みる時の、天地を一本の糸でむずぶ凧のイメージ。
東欧ならではの幻想、濃密でグロテスクな美しさにくらくらと酔いました。

(原題『Příliš hlučná samota』)
Author: ことり
海外ハ行(フラバル) | permalink | - | -