『緑の家』(上・下) バルガス=リョサ、(訳)木村 榮一

評価:
M.バルガス=リョサ
岩波書店
¥ 907
(2010-08-20)

町外れの砂原に建つ<緑の家>、中世を思わせる生活が営まれている密林の中の修道院、石器時代そのままの世界が残るインディオの集落・・・。
豊饒な想像力と現実描写で、小説の面白さ、醍醐味を十二分に味わわせてくれる、現代ラテンアメリカ文学の傑作。

密林の奥のそのまた深く、色濃い靄をかき分けさまよう繻子織のごとき迷宮文学。
いくつものストーリーをさらにこまかく砕いて、それらをランダムにならべているから、最初はなにがなんだか分からないまま読み進めることに。

物語はおもに、サンタ・マリーア・デ・ニエバ(アマゾン源流地域、修道院がある場所)、ピウラ(アンデス山脈近くの砂漠地帯、<緑の家>の建つ町)、イキートス(アマゾン流域、政治家・レアテギが実権をにぎる町)を舞台にくり広げられます。
インディオの娘たちをつれ去りキリスト教教育をほどこす修道院。
盲目のハープ弾き・アンセルモが建てた娼館<緑の家>。
繊細なハープの音色にみちびかれるように読み進んでいくと、じょじょに物語の断章がつながりあい、濃い靄のむこうからやがてじつに壮大な絵模様がうかび上がってきます。
修道院を追われ、再建された<緑の家>で働く少女・ボニファシア。アマゾンの奥地でインディオを使って密輸や盗賊行為をおこなう日本人・フシーア。フシーアをつけ狙う、イキートスの不穏な地方ボス・レアテギ。アマゾン赴任中にボニファシアと知り合う軍曹・リトゥーマ・・・複雑にからまりあいながら、過去・現実・幻想と、物語の糸を紡いでいくたくさんの個性ゆたかな登場人物たち。

むせ返るような極彩色の熱気、どろりと混濁したアマゾンの奔流にのまれるように、ただただ圧倒された物語。
読解力のなさがじゃまをして、正直かなり苦労しながらの読了だったけれど、最後にめくるめく快感を味わえたことはとてもよかったです。

(原題『LA CASA VERDE』)
Author: ことり
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『密林の語り部』 バルガス=リョサ、(訳)西村 英一郎

評価:
バルガス=リョサ
岩波書店
¥ 929
(2011-10-15)

都会を捨て、アマゾンの密林の中で未開部族の“語り部”として転生する一人のユダヤ人青年の魂の移住(アリヤー)――。インディオの生活や信条、文明が侵すことのできない未開の人々の心の内奥を描きながら、「物語る」という行為の最も始原的なかたちである語り部の姿を通して、現代における「物語」の意味を問う傑作。

すごい。むあっと立ち込める濃厚な気配にくずおれそう・・・。
しずかに畏れのような感情が湧き上がり、じりじりと侵されていくようでした。

うっそうと艶めく熱帯雨林、ヴィヴィッドな虫や果実たち――耳慣れないアマゾンの動植物と、インディオの人びとが守り続けてきた独自の儀式。古くから伝えられてきた神話も呪術も禁忌も、身内のできごとや冒険や不幸も・・・密林の奥深くで秘めやかに物語に詰めこまれ、その魂ともいうべき物語でいくつもの部族がひとつに結ばれているマチゲンガ族。
そんなアマゾンの未開部族の文化に共鳴し、狂気のような純粋さで「密林の語り部」へと転生していったユダヤ系青年サウル・スラータスの、文明から野蛮への旋廻が描かれてゆきます。
フィレンツェにいる「私」が回想する第一章と最終章。そのあいだに挟まれた6つの章には、「私」が友人・サウルとすごした学生時代やアマゾンを再訪する章と、マチゲンガ族の語り部が部族の暮らしや伝説を語る章とがかわりばんこに置かれた構成。とりわけ、語り部のつむぎ出す生命の脈動豊かな神秘的世界にすっかり魅せられ、引き込まれた私でした。耳の奥にはいまもまだ、語り部の妖しくはじけるような声音がうずくまっているみたい・・・。
 
語り部になることは、嘘のようなことに不可能なことを付け加えること――
バルガス=リョサさんは、「密林の語り部」に、言葉で世界を創りだす作家の姿をかさねたかったのでしょうか。情熱を抱いて未開の森の語り部となったサウルと、こちら側にとどまり書くことによってその意味を考えようとする主人公を描きながら、言葉や物語がばらばらに散らばったものを結びつけてゆく‘文学の可能性’を。

(原題『El hablador』)
Author: ことり
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『悪い娘の悪戯』 マリオ・バルガス=リョサ、(訳)八重樫 克彦、八重樫 由貴子

評価:
マリオ・バルガス=リョサ
作品社
¥ 2,940
(2011-12-23)

50年代ペルー、60年代パリ、70年代ロンドン、80年代マドリッド、そして東京・・・。世界各地の大都市を舞台に、ひとりの男がひとりの女に捧げた、40年に及ぶ濃密かつ凄絶な愛の軌跡。
ノーベル文学賞受賞作家が描き出す、あまりにも壮大な恋愛小説。

遠く眩しいペルーのあの夏、少年リカルドを夢中にさせたニーニャ・マラ(悪い娘)。
その後、生涯をかけて彼女の‘愛の奴隷’になってしまったひとりの男の物語です。

「でも、いまだに私を愛してる。そうでしょう?」
ふらりと目のまえに現われては、上から目線で愛をためすニーニャ・マラ。そんな彼女がふとのぞかせる弱気な一面――たとえ、それが一流の演技だとしても――についいつも気をゆるし、変わらぬ愛を誓ってしまうリカルド。
リカルドのあまりにも安定した愛の器は、ひらひらと蝶ちょみたいに自由で気高いニーニャ・マラにとって自分らしく生きられる場所ではなく、時たま羽根を休めるための場所・・・。でも彼の愛を貪り、彼のもとを去り、また何度でも舞い戻ってくるなんて、これもひとつの愛のカタチなのですよね。きっと、そう。
「忠告しておくわ。私といる限り、絶対に平穏な生活なんかさせないから。(中略)私はずっとあなたの愛人、雌犬、娼婦でいたいの。今夜のように。そうすればあなたはいつまでも私に夢中でしょう」

激しくて、痛々しくて、なのにふしぎと温かな読みごこち。
こんなふうにしか生きられない人生は哀しいものでもあるのかもしれないけれど、どこを切りとっても濃密な愛がしたたってきそうなふたりの人生が、私は好き。
最後の言葉には思わず心がほころびました。ふふ、ニーニャ・マラらしいな。

(原題『Travesuras de la niña mala』)
Author: ことり
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『フリアとシナリオライター』 マリオ・バルガス=リョサ、(訳)野谷 文昭

美しきフリア叔母さんと天才シナリオ作家を相手に、小説家志望の大学生である「ぼく」は、恋と芸術に熱中する日々。やがてシナリオ作家の様子がおかしくなり、放送中のドラマが錯綜し始めて・・・。
『緑の家』や『世界終末戦争』など、重厚な全体小説の書き手として定評のあるバルガス・リョサが、コラージュやパロディといった手法を駆使してコミカルに描いた半自伝的スラプスティック小説。

かろやかで、めまぐるしくて、それでいて濃密。
実際に作者のマリオ(バルガス=リョサ)さんは19歳の時に義理の叔母・フリアさんと結婚しているそうで、そんな実生活が一応のベースにはなっているようです。
でもお話の内容は、ユーモアとパロディがたっぷりと盛り込まれ、とてもほんとうとは思えないおかしな展開がたくさん。楽しくて、ちょっと哀しくもある物語です。

小説家志望の18歳の青年・マリオがだんだんと惹かれていく恋の相手は、32歳で離婚歴のある義理の叔母・フリア。フリアも、「私はあなたに何年で捨てられるの?」なんて言いながらも、目の前にある若さにのめり込んでしまう。
マリオの恋心はあまずっぱく健康的だけど、でもそれはやはり禁断の恋。ふたりは口うるさい親戚たちの目をぬすんではかわいらしいデートをかさね、結婚までの困難な道のりを突き進んでいく。
いっぽう、マリオの勤めるラジオ局(正確には同系列のラジオ局)には、ボリビアからシナリオライターのペドロ・カマーチョが迎えられる。カマーチョはすばらしい才能の持ち主で、大量のラジオドラマの脚本をたった一人でみるみる仕上げ、ペルーじゅうの聴衆たちをまたたくまに夢中にさせて――?

そんなカマーチョの書いたラジオドラマの数々が、本筋のストーリーとかわりばんこに挿入されていくのですが、これがほんとうにどれもこれもおもしろいのです。こんな魅力的なお話が次々に放送されたら、私だってラジオにかじりつきになっちゃう!
結婚式を迎える美しい娘とその兄の真実、謎の黒人を見つけた軍曹の苦悩、ネズミ駆除に執念を燃やす男の過去・・・などなど、極端な人生観やコンプレックスが反映された破天荒なお話たちが、贅沢にもなんと9編。
けれどカマーチョは忙しさから精神に変調をきたし、ラジオ劇場は別べつのストーリーどうしが混沌と錯綜しはじめ、どんどん狂気じみていきます。マリオとフリア叔母さんの秘密の恋も、ついに一族の知るところとなり、大変なことになっていきます。
後半はもう読みながら頭のなかがぐらんぐらん・・・!でもカマーチョの書くお話はどれも傑作――その迷走っぷりもふくめて――だし、マリオたちが無事に結婚できるかも見届けたいし、一気に読んでしまいました。
マリオの同僚で‘大惨事好き’のパスクアルや親友のハビエル、ちびのナンシーなどこの恋の数少ない味方になってくれる友人たちもとても素敵。それに結婚に反対する一族もけっして頭ごなしではないのですよね。その結びつきのつよさや深い愛情も伝わってきます。
猥雑さと敬虔さがまざり合ったラテンアメリカらしい喧噪。その情熱。

頁をめくる手がとまらなくて、物語の行方にワクワク胸が高鳴って、でも最後まで読んでけっして楽しいばかりのお話ではないと気づく・・・読み手を心地よく翻弄してくれるこんな本が好き。
時間を忘れて読み耽る愉しみを、たっぷり与えてくれる本でした。

(原題『La tía Julia y el escribidor』)
Author: ことり
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