『お菓子と麦酒』 サマセット・モーム、(訳)厨川 圭子

評価:
サマセット・モーム
角川グループパブリッシング
¥ 620
(2008-04-11)

長老作家ドリッフィールドとその妻ロウジー。同郷で少年時代を過ごした主人公にとっては特別な想いがあった。亡きドリッフィールドの栄誉を称え伝記を書きたいと友人に協力を依頼されたのをきっかけに、今はもう誰も知らない二人の本当の姿――奔放で変わり者だが、愛嬌に溢れ人々を魅了する男女の姿を、ひとり回想してゆく。
モームが最愛の女性をモデルに、風刺や批評を交えて彩り豊かな物語に仕立てた、愛すべき名作。

たばこの煙、ブリッジ、お茶の時間・・・
辛辣なジョーク、文学論、人びとの風評・・・
情景のはしばしからある時代のイギリスの空気が立ち上って、まるで一本のふるい映画を観ているようでした。
作家のウィリー・アシェンデンは、友人の作家アルロイ・キアから、かつて親交のあった文豪・ドリッフィールドとその前妻・ロウジーについて訊ねられます。
ウィリーがひもとく夫妻との遠い思い出。物語は現在と過去を行き来しながらかろやかに当時の社交界をうつし出し、やがて彼は「不貞な悪妻」だと信じられているロウジーのほんとうの姿――自分だけしか知らない彼女の秘密――を文章のなかで語り尽くしていくことに・・・。

天衣無縫で率直で、生きる喜びにあふれているロウジー。
春の花めいた唇、人をとろかせる微笑・・・生き生きと描写される、閉じられた記憶のなかの彼女の様子。
「騒ぎ立てたり、やきもちやいたり、ばかばかしいわよ。手に入るもので満足しなくちゃ、ね?チャンスのあるうちに楽しむことね。百年もすればもうみんなこの世にいないわよ。そうなったらどんなことも問題なくなるわ。楽しめるうちに楽しみましょうよ」
片っぱしから男たちと関係をもつ奔放さで、ともすれば下品な‘あばずれ’に終わってしまいそうなのに、このお話のロウジーはじつに可愛らしく魅力的に描かれています。ウィリーのつつみ込むような目線で語られるせいかしら・・・それは女性の私でも思わず惹かれてしまうほどなのです。
人生を楽しむことに徹したロウジーの「気ままな生活」が、ほろ苦さとともに心にのこって、読むほどに芳醇でいとおしい小説だと思いました。

(原題『Cakes and Ale』)
Author: ことり
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『九月姫とウグイス』 サマセット・モーム、(絵)武井 武雄、(訳)光吉 夏弥

タイの国を舞台に、心やさしい九月姫と八人のいじわるな姉さんたちが、歌のじょうずなウグイスをめぐって広げる物語。
イギリスの作家モームの唯一の童話。

エキゾティックな気品にあふれつつ、ものすごく個性的な絵本。
九月姫というお姫さまが大好きなウグイスを豪奢なかごにとじ込めてしまい、けれどウグイスのしあわせを考えてふたたび空へと放ってやる・・・といういっけんありふれたお話なのですが、でもこの絵本がびっくりするほど斬新なのは――書かれたのはずっとずっと昔なのに――、本筋からはなれたぶぶんにある可笑しみのせい。
とぼけた魅力の王さまとおきさき。王さまの一存で名前をころころ変えられてしまう気の毒なお姫さまたち。そしてなんといってもこの絵本のなかでの‘理屈’(通っているんだかいないんだか・・・)がすごすぎて笑っちゃいます。
なんべんも名前を変えられたので、上のお姫さまたちはすっかり性質がひねくれてしまったというのです。そのうえ上のお姫さまたちにはそれはそれはかわいそうな運命が待っていて、あまりにも容赦のない幕の引き方にぽかんとしてしまうほど。
こんなとっぴょうしもない新鮮な驚きが、心やさしい九月姫(末娘の九月姫は、この名前でしかよばれたことがないため素直でやさしい、というのがこのお話の‘理屈’です)の物語をより懐の深いものに仕上げているように思いました。

ちいさななかにも、まっとうさと滑稽さとが奇跡的なバランスで成り立っている物語。
白檀のようなかぐわしい匂いのただよってきそうな美しい絵本です。

(原題『Princess September and the Nightingale』)
Author: ことり
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