『これでよろしくて?』 川上 弘美

些細なことでもよくってよ。
日々の「?」をまな板に載せ老若女女が語らえば――
女たちの不思議な集まりに参加することになった主婦菜月は、奇天烈な会合に面くらう一方、日常をゆさぶる出来事に次々見舞われて・・・。幾多の難儀を乗り越えて、菜月は平穏を取り戻せるのか!?
夫婦、嫁姑、親子、同僚。人とのかかわりに、ふと戸惑いを覚えてしまう貴女に好適。コミカルなのに奥深い、川上弘美的ガールズトーク小説。

平日午後のドーナツ屋のように、ゆらん・・とした空気がただようお話。
38歳、子どものいない専業主婦の菜月は、いつもの「買いもの道」のとちゅうで元彼の母親に出会い、『これでよろしくて?同好会』という奇妙な会合に誘われる・・・。

年齢や境遇がちがう、けれど気の合う女性たちが集まって、日常から生まれたささやかな「議題」についてぺちゃくちゃ論議を交わしあいます。
菜月ははじめこそ「このひとたちは、いったい何なんだ?」と戸惑いぎみですが、可笑しな論議に加わるうちにだんだんと気持ちがほぐれていることに気づいていきます。たわいない女同士のおしゃべりが日々のモヤモヤを吹きとばしてくれることってよくあるし、彼女にとってとても居心地のいい人たちだったようです。
頁を通して伝わってくる、「くえない大人たち」のにぎやかさ。少しくらいぬらりと面倒な話題でも、かろやかにいなして、さりげなく核心をつくメンバーたち。
さざ波だつ菜月の家庭生活とゆっくり移ろいゆく状況に、やがて晴ればれと風が渡るのがとても清々しかった。

ただ、あまりにも日常的な些事のつまったお話のせいか、かつての川上さんの小説にみられたような言葉えらびの艶めき、こだわりは感じられなかったな・・・。
そしてぼんやり屋さんの菜月にも、もう少し独特の味なり深みなりがあってもいいのに・・・なんてちょっぴりだけもの足りなさをおぼえてしまいました。
Author: ことり
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『七夜物語』(上・下) 川上 弘美

評価:
川上 弘美
朝日新聞出版
¥ 1,890
(2012-05-18)

小学4年生のさよは、ちょっぴり風変わりな母親とふたり暮らし。
さよは本が好きで、図書館に入りびたっている。クラスメイトで母親のいない仄田(ほのだ)くんとはそこでよく会い、境遇が似ていることもあってなかよしに。
そんなある日、さよは図書館で『七夜物語』という一冊の本に出会う。それは何度読んでもなかみを憶えていられないふしぎな本。さよと仄田くんはこのふしぎな本にみちびかれ、夜の世界へとまよい込んでゆく――。

「わかったかい。ここは、時の流れのはざまにある場所。夜は、まだまだ来ないんだよ。だからあんたたちも、家に帰る必要はないのさ」
たそがれの支配する台所でふたりを待ちうけるのは、料理好きの大ねずみ・グリクレル。夜の世界は妖しくて、さよたちの前には、はちみつ色の影・ミエルやちびエンピツ、うつくしいこどもたち・・・そんなふしぎな存在がつぎつぎに現われます。
命ぜられたお皿洗い、甘い眠り、小学校の危機、さくらんぼのクラフティーの夜。
やがてふたりは、光と影となった自分たちとの戦いにいどむことになり・・・?!

ふしぎな世界の入り口をぬけ、めくるめく夜の冒険にでられる本。
さよたちの生きる‘現在’は1977年で、給食のメニューや休み時間の遊びなどに昭和の香りがただよっています。夜の世界はもちろん、70年代の日常風景に旅立つことができるのも楽しい。
‘夜’をこえて現実にもどるたび、グリクレルのエプロンが手元にあったり、へんてこな葉書がとどいたり・・・ふたつの世界がほんのりと、けれどたしかにつながっていることにワクワクしました。ほの昏く幻想的な世界観を雰囲気たっぷりに描いてみせてくれる酒井駒子さんの挿絵もたくさんで素敵。
現実と本の世界を行ったりきたりするうちに、ふたりは成長してゆきます。
完璧にうつくしいものは、世の中にとどまることはできない・・・
夜の世界の住人とくらべ、自分たちはなんてごちゃごちゃ混沌としているのだろう・・・
それは読み手の私たちに投げかけてくる、ふしぎにはかないメッセージのように。

いつの時代のものなのか、どこの言葉で語られたものなのか、誰も知らない物語。
けれどいつからかはじまり、つづいてゆき、そして書きとめられたという物語。
読み終えたとたん、『七夜物語』という言葉がなんだか懐かしさを感じさせます。このふしぎな夜の世界に、小さい頃の私もまよい込んだことがあったのかしら・・・?
・・・だって、大人はその冒険を憶えていられないのだから。
Author: ことり
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『なんとなくな日々』 川上 弘美

きゅうううう。春の夜更け、冷蔵庫は鳴く。さもかなしそうに。じんわり広がるおかしみと、豊かな味わい。気持ちほとびる傑作エッセイ集。

ゆるゆると遠のいていく、花霞のようなエッセイ。
「大丈夫だよ、のんびり歩いていこうよ」って、そんな囁きがきこえてきそう。
春宵の台所の不思議、近所の気になるお店、たまの遠出のひそやかな楽しみ・・・たしかになんとなく、な日々だけど、そこにひそむ四季折々のささやかなものたちに川上さんはそっと心をすませます。

一瞬のすれ違いである。生きている間にそういうすれ違いはいくつもあるのだろうな、と思うと、ちょっとくらくらした。
彼女の文章のある種の思いがけなさ、まろみを帯びた人肌のぬくもりが好き。
‘すれ違い’の儚さや楽しさを胸いっぱいにすいこんで・・・、時には道草もいいよね。
Author: ことり
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『神様 2011』 川上 弘美

評価:
川上 弘美
講談社
¥ 864
(2011-09-21)

くまにさそわれて散歩に出る。「あのこと」以来、初めて――。
1993年に書かれたデビュー作「神様」が、2011年の福島原発事故を受け、新たに生まれ変わった――。
「群像」発表時より注目を集める話題の書。

大好きだった『神様』の世界が変わってしまった。
「あのこと」は、あんなにきらきら眩しくて、柔らかくて、居心地よかったあの世界さえ変えてしまった。

くまにさそわれて散歩に出る・・・夢みたいにほのぼのとした‘日常’の、そこかしこにちりばめられたものものしい表現。けっしてぬぐい去れない暗い暗い翳。
もう元の世界には戻れないのですね。なにも知らないというのは、なんて愚かで・・・なんて幸福だったのでしょう。かなしくて、くやしくて、涙がでます。
でも、「あのこと」をなかったことにはできないし、現実から目をそらさずに私たちはこれからも日々暮していかなければなりません。

こんなかなしい『神様』を読む日がくるなんて、思いもしなかった。
そして、こんなかなしい『神様』を書かずにはいられなかった川上弘美さんの心中を思うと、胸が苦しくなるのです。
Author: ことり
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『天頂より少し下って』 川上 弘美

評価:
川上 弘美
小学館
¥ 1,470
(2011-05-23)

『一実ちゃんのこと』、『ユモレスク』、『金と銀』、『エイコちゃんのしっぽ』、『壁を登る』、『夜のドライブ』、『天頂より少し下って』――奇妙でやさしい7つの短篇を収めた恋愛小説集。
心地よくて、せつなくって、ぼんやりと淡い不思議な空気につつまれます。
幻想、とまでは行かないのですが、現実がちょっぴりだけ歪んだような物語がすとんと素直な感じで降りてきて、読みながらとろとろとまどろんでいるみたいでした。

クローンの生まれだという一実ちゃん(『一実ちゃんのこと』)とか、「短いしっぽ」に触らせてくれるエイコちゃん(『エイコちゃんのしっぽ』)とか、ときどき「妙なもの」をつれてくる綾子さん(『壁を登る』)とか・・・やさしくて魅力的な人たちがこの本でもたくさん出てきます。
川上弘美さんの小説に登場する人物は、いつも迷っていて、どこかたどたどしくて、でもおっとりと可愛らしい素敵な人たちが多いのですよね。たとえ気持ちが張りつめている時でも、心にあったはずの厭なかたまりがすうーっと消えていく、そんな素朴なあたたかさにみちた彼女の本が私はとても好きです。
Author: ことり
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『東京日記3―ナマズの幸運。』 川上 弘美

卵一個ぶんのお祝い。』、『ほかに踊りを知らない。』につづく「東京日記」第3弾。
相変わらずひょうひょうととぼけた魅力。ぽやぽやとした霞のなかをお散歩しているような、川上さんのとりとめのない日常が柔らかな文章で綴られています。

ある時は、桜が開きはじめてから満開までの時間が短すぎて心の準備ができず、
しばらくてのひらをぎゅっと結んだまま立ちすくんでいたけれど、どうにもしょうがない。鳩の鳴きまね(デデ、デデと、喉の奥をならす。気持ちのやりどころに困る時におこなう)を何回かしてから、とぼとぼと帰る。
またある時は、気力を「みなぎ」らせるためのパンツが気になり、統計をとり、
おばさん型八、エッチ型二の割合で、どうやらおばさん型着用時の仕事はかどり率の方が、かなり高い。
ただ、エッチ型のときに一回だけ、「今日の仕事はこの一年の中でも、もしかすると一番の出来かも」という日があった。
またまたある時は、暑い日にいくつかの種類を見出す。
今年は来ないかもしれないと思っていた、
「もぐらじめりの日」である。
もぐらくさくて、閉口する。
もぐらの匂いは、青汁にちょっと似ている。ほしぶどうにも、ちょっと。

ゆうるりと可愛くて、ささやかなことも特別にしてしまう不思議な日記。
でも、なんとなく前の2冊のほうが面白かったような・・・。気のせいかしら。
以前は五分の四くらいの割合だったのが、今回は十分の九くらいが‘ほんとう’になっているそうで、もしかしたらそのことが関係していたりするのかしら??
Author: ことり
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『龍宮』 川上 弘美

評価:
川上 弘美
文藝春秋
¥ 473
(2005-09-02)

女にはもてるのに人間界にはなじめなかった蛸、七世代前の先祖にひとめぼれする二百歳の女、曽孫の前に突如現れ、放浪の果てに自然神となった曽祖母、男の家から海へと帰る海馬――。
人と、人にあらざる聖なる異類との交情を、説話的な要素と日常のリアリティを融合させて描いた玉手箱のごとき8つの幻想譚。

ひとつひとつが闇の奥で艶めいて、奇異ではかなく湿度の高いお話の集まり。小さな頃に聴かせてもらった、うすら怖い童話のよう。
『北斎』、『龍宮』、『狐塚』、『荒神』、『鼹鼠(うごろもち)』、『轟』、『島崎』、『海馬』 。

くぐもった夢の奥、霧のように妖しくゆれる異形の翳。
いつとも知れずひっそりと扉がひらき、この世ならざるものたちが自在に行き交いはじめます。
心がしん・・、と静まりかえり、かたくなったりほどけたり。人も、そうでないものもみな一様に哀しみを背負いながら生きていて、彼らの邂逅の物語はそれぞれ立場はちがうけれど、どれもおなじ匂いがしました。
闇の底からぬるりと唐突にやってきては、また闇のなかへ消えるように去ってゆく。やわやわと捉えどころのない生き物たちが、読み終える頃にはこんなにもいとおしい存在になっている。・・・不思議。
私のお気に入りは、『荒神』、『鼹鼠』、『島崎』、『海馬』。
Author: ことり
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『どこから行っても遠い町』 川上 弘美

評価:
川上 弘美
新潮社
¥ 1,575
(2008-11)
男二人が奇妙な仲のよさで同居する魚屋の話、真夜中に差し向かいで紅茶をのむ「平凡」な主婦とその姑、両親の不仲をじっとみつめる小学生、裸足で男のもとへ駆けていった魚屋の死んだ女房・・・東京の小さな町の商店街と、そこをゆきかう人々の、その平穏な日々にあるあやうさと幸福。短篇の名手による待望の傑作連作小説集。

まるでこの町の商店街をぶらりと一周してきたような、そんな読後感。
いくつかのお店と、そこに集い交錯する人びとと。生まれでるさまざまな思いが人情的でステキです。(私は「魚春」と「ぶどう屋」と「ロマン」の常連さんになりたい!)
『小屋のある屋上』、『午前六時のバケツ』、『夕つかたの水』、『蛇は穴に入る』、『長い夜の紅茶』、『四度めの浪花節』、『急降下するエレベーター』、『濡れたおんなの慕情』、『貝殻のある飾り窓』、『どこから行っても遠い町』、『ゆるく巻くかたつむりの殻』の11編。それぞれがぼんやりと、ゆるやかに繋がっていくのです。

一ばん心にしみたのは、最後の『ゆるく巻くかたつむりの殻』。
人は死んでからもだれかのなかで生き続ける。そのだれかが死んでしまっても、ずっとずっと「あたしのかけら」は生き続ける。だれかにつらなる、またほかのだれかの記憶の底で・・・。命ってそんなふうに、まあるくまあるく繋がっていくんだね。
幸福感がじんわりとしみだしてくるラストがすごく、すごく好いです。
Author: ことり
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『ゆっくりさよならをとなえる』 川上 弘美

評価:
川上 弘美
新潮社
¥ 1,470
(2001-11-24)
「いままでで一番多く足を踏み入れた店は本屋、次がスーパーマーケット、三番めは居酒屋だと思う。なんだか彩りに欠ける人生ではある。」
春夏秋冬、いつでもどこでも本を読む。居酒屋のカウンターで雨蛙と遭遇したかと思えば、ふらりとでかけた川岸で釣竿の番を頼まれもする。まごまごしつつも発見と喜びにみちた明け暮れを綴る、深呼吸のようにゆったりとしたエッセイ集。

ほのぼのと、くすくすと、あわあわと。そして時に、しんみりと。
ああ、これぞ川上弘美さんの文章だなあと思います。
彼女ののんびりとした暮らしぶりや、まとっている空気や匂い、そのすべてがむしょうにうらやましくなる。本を読み、お酒をたしなみ、お散歩をして、友人をたずねる・・・よくよく考えてみれば私も似たような生活をしてるのに、へんなの。
やっぱり肝心なのは外側よりも内側の差・・・感性のちがい、なんだなあ。

エッセイの最後に書かれた『ゆっくりさよならをとなえる』がまたステキなのです。
箇条書きでつらつらと挙げられていく、冬の夜にすること。ちょっとだけ抜粋してみると、それはこんなふうです。
少し原稿を書く。
うがいをする。
武田百合子の本を読む。
歌をうたう(はーれーたーるーあーおーぞーらー)。
犬を飼うとしたら名前は何にするか考える。


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Author: ことり
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『風花』 川上 弘美

評価:
川上 弘美
集英社
¥ 1,470
(2008-04-02)

日下のゆり、33歳。システムエンジニアの夫・卓哉と結婚して7年。
夫の裏切り、色褪せていく愛・・・
いまにも終わろうとしている結婚生活を描いた長編小説。

じりじりともどかしいお話です。まるでいっこうに上がらない長雨みたい。
主人公ののゆりは、とてもぼんやりとした子供じみた人。川上さんのお話にでてくる女性はみな基本的にとりとめのない人だけど、この人はそういうのともちょっとちがう感じなのです。
離婚をほのめかされても、夫と向き合うことすらぐずぐず先延ばしにしてしまい、「こんなんじゃだめだ、がんばれわたし」なんて自分に言い聞かせるのに、そのくせ年下の男の子とデートをしたりして、時間はずんずん過ぎていく・・・無口で意思がよわく、並はずれたおっとり屋さん。
ずいぶんのんびりではあるけれど、それでもゆるやかに少しずつ、のゆりもお話も前進していきます。移り変わる季節とともに。
「あるはずのないものなのに、
そこにあることがものすごくしっくりきていたから」
文中にあったこんな言葉に、思わず結婚生活というものを投影させてしまったのは、主人公とおなじ、私が主婦だから?

のゆりのペースに心を合わせて読むことはちょっとむずかしかった私ですが、ややこしくやっかいな気持ちのうつろいを、こんなふうに繊細に、感性豊かに描けるのはやっぱりすごいなあと思いました。
ゆるゆるとした物語の流れを愉しみたい方に。


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Author: ことり
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