『五匹の子豚』 アガサ・クリスティー、(訳)山本 やよい

16年前、高名な画家だった父を毒殺した容疑で裁判にかけられ、獄中で亡くなった母。でも母は無実だったのです――娘の依頼に心を動かされたポアロは、事件の再調査に着手する。当時の関係者の証言を丹念に集める調査の末に、ポアロが探り当てる事件の真相とは?
過去の殺人をテーマにした代表作を最新訳で贈る!

最後の最後までよく練られている、そう思いました。
16年も前の殺人事件について、当時現場にいた5人から話をたんねんに訊きだす名探偵ポアロ。物的証拠はのこっていないし、犯人とされた人物もすでに他界・・・そんな苦しい状況で、彼はその証言のなかだけから手がかりを得、真相を探ろうというのです。

うすれて当然の遠い記憶、愛と嫉妬、証人たちの長年の思い込み。
ほとんど‘回想’のなかだけで行われる捜査は困難をきわめますが、ひとつの事柄をいくつもの角度から見つめ直すことで、ポアロがキレのある推理を展開します。
ラスト、鮮やかな反転によってうかび上がる歪められた真実に思わずうならされた私です。

(原題『FIVE LITTLE PIGS』)
Author: ことり
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『春にして君を離れ』 アガサ・クリスティー、(訳)中村 妙子

優しい夫、よき子供に恵まれ、女は理想の家庭を築き上げたことに満ち足りていた。が、娘の病気見舞いを終えてバグダッドからイギリスへ帰る途中で出会った友人との会話から、それまでの親子関係、夫婦の愛情に疑問を抱きはじめる・・・女の愛の迷いを冷たく見据え、繊細かつ流麗に描いたロマンチック・サスペンス。

‘ミステリーの女王’アガサ・クリスティーさんが別名義で書かれたという、犯人も探偵も登場しない――もちろん殺人も起こらない――しずかな物語です。
けれどもけっして穏やかではなくて、一見幸せそうなのにほんとうは壊れている家族の姿に人間関係の危うさ、脆さを痛感させられます。推理ものではありませんが、ぐりぐりと読み手の胸をえぐり侵食してくる、ジワリと怖いそんな小説。

「何日も何日も自分のことばかり考えてすごしたら、自分についてどんな新しい発見をすると思って?」
沙漠の駅でひとり足止めをくらった中年女性・ジョーンが向き合うことになったのは、家族を愛していながら、いいえ愛しているからこそ赦しがたいひとりよがりな自分自身。話し相手のいない孤独のなかで、彼女はこれまでの生き方をふり返り、我儘で見栄っぱりな自分の愚かしさに気づいていきます。
夫の農場経営の夢を一蹴したこと、「お母さまって、誰のこともぜんぜんわかっちゃいない」という息子の言葉、レスリーのお墓に落ちた赤いしゃくなげの蕾、断片的に去来するシェイクスピアの十四行詩(ソネット)――。
今にして思えばあれは・・・。そんなふうに頭をよぎるさまざまな過去の情景、自分に都合よく解釈してきただけなのでは?という疑念。ジョーンの不安は堂々巡り、みずからの心の鎖にどんどんからめとられていくのです。

自分が思う「私」と、他人から見た「私」。そのあいだにある‘ズレ’を冷めた目で見つめ、容赦なく描き出した一冊。ラストでは心が凍りつく思いがしました。
私はどうかしら・・・よき妻、よき娘、よき友かしら。私もジョーンのように誰かを縛り、追いつめてはいないかしら・・・。ある意味こんな怖ろしい本はないかもしれません。

(原題『ABSENT IN THE SPRING』)
Author: ことり
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『アクロイド殺し』 アガサ・クリスティー、(訳)羽田 詩津子

村の名士アクロイド氏が短刀で刺殺されるという事件がもちあがった。そのまえにさる婦人が睡眠薬を飲みすぎて死んでいる。シェパード医師はこうした状況を正確な手記にまとめ、犯人は誰か、という謎を解決しようとする。
六十余編のクリスティ女史の作品の中でも、代表作としてとりあげられる名作中の名作。独創的なトリックは古今随一。

以前から読んでみたかった名探偵エルキュール・ポアロのシリーズから、『アクロイド殺し』を。
トリックの性質上あまり多くを語ることができませんが、さすがクリスティー!とてもとてもおもしろかった。

犯人については読んでいるとちゅうから「ひょっとして、これって・・・?」と予測がついてしまい、個人的にはすこし残念な思いも。
だけどそれでも、魅力的なキャラクター(とくに語り手の姉・キャロライン)と緻密な伏線、真相へのポアロのアプローチ・・・圧倒的な筆力には文句のつけようもないというもの。ずいぶん昔(1926年)に書かれた本なのに、ちっとも色褪せていないのです。

フェアかアンフェアか。これはそんな物議をかもしてきた一冊だといいます。
私はといえば、だんぜんフェアだと思いました。
だってそうでしょう、「必要なデータはすべて与えられている」のだから・・・。

(原題『The Murder of Roger Ackroyd』)
Author: ことり
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『そして誰もいなくなった』 アガサ・クリスティー、(訳)清水 俊二

さまざまな職業、年齢、経歴の十人がU・N・オーエンと名乗る富豪からインディアン島に招待された。しかし、肝心の招待主は姿を見せず、客たちが立派な食卓についたとき、どこからともなく客たちの過去の犯罪を告発してゆく声が響いてきた。そして童謡のとおりに、一人また一人と・・・ミステリの女王の最高傑作。

孤島に集められた人びとが、謎の人物に一人ずつ殺されていき、最後には誰ひとりいなくなる・・・あらすじだけはずっと以前からなんとなく見聞きして知っていたのに、じっさいに読んだのはこれが初めて。
いったい誰が犯人なのか・・・自分以外の全員を疑いながら、ひとりひとり殺されていくメンバーたち。殺されること、それだけが犯人ではなかったという証明。極限まで追い込まれていく登場人物のこわれそうな心理描写が、読み手にも臨場感たっぷりに伝わってきて、恐怖におびえながらもいっきに読み終えてしまいました。

まるで神による裁きとも思えるほどの殺人劇ですが、もちろんそんなことはなくて、最後の最後ですべてがきちんと明かされます。
お見事!というしかないこの感じは、初めて松本清張さんのミステリーを読んだときにとてもよく似ている・・・そんなことを思った私です。たしかに、傑作!

(原題『And Then There Were None』)
Author: ことり
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