『詩集 帆船のように』 ジュール・シュペルヴィエル、(訳)後藤 信幸

ジュール・シュペルヴィエル第二詩集。彼が17歳ごろから26歳までに書かれた詩を集めたもの、なのだそうです。
しずかにうたわれていくのは、鉛色の石のような孤独。
うつくしい絹糸を思わせるきれいな言葉たち。
亡き母を想った一編で、私の心にしみ入ってきたものをひとつご紹介します。こういう詩です。

きのう はじめて、
「亡母(はは)」の宝石を見た。
函から立ちのぼってきた 一つの声
痛ましくもせつない 過去の声。
(中略)
かつては輝いていたブローチの
「思い出」という言葉に 霧がかかっていた、
そして 艶を失った宝石から「不在の女(ひと)」の
おぼろな魂が立ちのぼっていた。
(中略)
一つ一つ それには見おぼえがあった、
ついぞ見たおぼえがないのに。 (『宝石』より)

(原題『Comme des Voiliers』)
Author: ことり
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『ひとさらい』 ジュール・シュペルヴィエル、(訳)澁澤 龍彦

評価:
渋沢 竜彦,ジュール・シュペルヴィエル
大和書房
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(1979-11)

1926年に書かれた長編小説。古きよき時代のパリが舞台です。
物語は、主人公のフィレモン・ビガ大佐が、ル・アーヴル街で7、8歳の少年・アントワアヌをさらう(!)ところから始まります。
おちびのアントワアヌには大人の脚や、せわしなく動くスカアトだけしか見えないし、車道には、何百という車が目まぐるしく廻転したり、岩のようにいかめしいお巡りさんの足もとで、立ち停まったりしている・・・街の喧噪がそのまんま伝わってくるような、子ども目線の描写にドキドキさせられながら読み進めました。
アントワアヌがやってきた大佐の家には、大佐の妻・デスポゾリアと使用人たちのほかに、すでにさらわれこの家の子どもになっている双生児のフレッドとジャック、謎めいた青年ジョゼフがいて、やがて蒼白い美少女・マルセルが加わります。さいしょはアントワアヌ中心だったお話が、マルセルが登場し、ビガの心を惑わせるあたりからいっきに加速しはじめます。
ビガはもちろん‘誘拐犯’ですから、警察にばれやしないかとビクビクしているのですが、かわいそうな境遇の子どもたちはみんなビガが大好き。読んでいてそういうスリル感はあまり伝わってきませんでした。手抜かりのない文章でつむがれていく、心優しきひとさらいの物語、なのです。
マルセルに恋焦がれ、人格をうしなうほどにのめり込んでしまう大佐。恋の結末はせつなくて、そしてどこか滑稽です。あとがきで澁澤さんも「シュペルヴィエルというひとは、ずいぶんいじ悪なひとだと思う」と書かれていますが、たしかにこれじゃあビガがちょっとお気の毒かも・・・?

繊細さにみちた素敵な文章は引用していくとキリがないけれど、私はマルセルが大佐のお部屋をものかげからそっとのぞき込んでいるこんなシーンが好き。
彼女はその部屋の、閉ざされた鎧扉のかげに、真昼間からじっと身をひそめているのが好きだった。そこにいると、大佐が新聞をかさこそと畳む音だの、大きな咳ばらいをする音だの、マテ茶の薬罐と皿とがぶつかり合う音だのが聞えて来る、また、何ものかを追いかけるように、この小さなサロンのなかにまで漂って来る外国人の吸う葉巻の煙の、よい臭いがするのだった。

(原題『LE VOLEUR D'ENFANTS』)
Author: ことり
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『海の上の少女―シュペルヴィエル短篇選』 ジュール・シュペルヴィエル、(訳)綱島 寿秀

海にうかぶ町に暮らす一人の少女、イエス誕生に立ちあった牛と驢馬、羊の息子を3匹つれて歩く寡婦・・・読むほどに透きとおっていく遥かな短篇集。

20ものお話がひしめきあっているこの本は、どれもその入り口で、想像もしなかった奇妙な世界にいっきに誘いこまれてしまいます。
もともとは詩人だというジュール・シュペルヴィエル。そんな彼がつむぎ出す物語は詩的でありながらも、とても幻想的。ラスト数行の鮮やかな拡がりにどきりとさせられたり、そのくせふわふわと覚束ない、哀しみでも苦しみでもないようなあいまいな切なさが心にのこる、そんなお話たちがたくさん収められています。
私が好きなお話は、その独特の雰囲気がまるで一枚の美しい絵になりそうな『海の上の少女』と、上質の散文詩を思わせる小さなお話『牛乳のお椀』。
とくべつ印象的だったのは、『セーヌから来た名なし嬢』でしょうか。
セーヌ川にとび込んだ19才の娘の溺死体は、屍体のあがらなかった人びとが住みついた海の底の世界に流れつきます。海底の世界にはその世界なりのあやしげな秩序があって――。
主人公が溺死体、だなんて思わずギョっとするような設定ですが、セーヌ川を流れていく描写など、ほんと素晴らしくて引き込まれてしまいました。<大濡れねずみ>や<純真さん>などでてくる人のちょっと変わった名前たちも好き。

どちらかといえば、頭で考えるよりも雰囲気を味わったりゆっくり心で感じたい、そんな読書がお好きな方に。
夢のようにはかない短篇集は、美しく端正な装丁も素敵です。
Author: ことり
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