『フローラ逍遙』 澁澤 龍彦

評価:
澁澤 龍彦
平凡社
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(1987-05)

水仙、椿、梅、菫、チューリップ・・・ 桜、朝顔、向日葵、薔薇、クロッカス・・・
澁澤さんの記憶のなかにゆらめく花々、それにまつわるたくさんのエピソード。
文学の香り高く、ともすれば現実の花以上の輝き、生気をみせる花々のたたずまいにうっとりと酔えるエッセイ集です。

たとえば『椿』の章では、椿の花をうたった童謡を思いうかべ、
あまり情緒でべたべたしていない、むしろ抽象的な感じのする、こんな歌が私は好きなのである。
そういえば、あれだけ厚ぼったく妖艶な花を咲かせるのに、椿には香りがないというのもめずらしい。病弱な『椿姫』のマルグリット・ゴーティエが身につけることができたのも、この花に香りがなかったためというから、それはそれで一つのメリットというべきかもしれない。
たとえば『紫陽花』の章では、俗名・ホルテンシアから女の名前を連想し、
どうやらアジサイの花には、遠く離れたところにいる、なつかしい女をしのばせるような風情があるのではあるまいか。(中略)
六月の雨季に咲くアジサイの花は、降りつづく雨にけむって、その紫や青や紅が空気の中にしっとり薄く溶け出すような、なんとなく泉鏡花的な幻想に私たちを誘いこむ。

そうして豊かな文章に彩りとため息をそえるのは、八坂安守さんという植物研究家が蒐集された、美しく細密な――しべや種子のありさま、花びらの柔らかさ、茎の毛羽立ち、葉の厚みまでもがみごとに描写された――ボタニカル・アート。
花々の絵をながめながら、澁澤さんの言葉に耳をそばだてていると、誰も知らないひみつの庭で小さな小さなおやゆび姫になり果ててしまったような、そんなすてきな心地になってきます。
頁をめくるたびに指先から伝わってくる上等でクラシカルなやさしい気配。
本そのものが貴婦人のような、どこか典雅な気持ちにさせてくれる一冊でした。
Author: ことり
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『ねむり姫』 澁澤 龍彦、(オブジェ)野村 直子

評価:
澁澤 龍彦,野村 直子,林 宏樹
アートン
¥ 1,575
(2005-10)
なんの前ぶれもなく、眠るがごとくに珠名姫(たまなひめ)がみまかったと思われたのは彼女の十四歳の年であった。夜のように深い昏睡の底で、姫はそのとき深海魚の夢のような夢を見ていた・・・。
澁澤龍彦の幻想文学が新たに息づく。

頁をめくるたびに、こぼれ落ちるいくつものため息たち・・・。
石膏でつくられたオブジェがしらじらとうかび上がる蒼白の世界が広がっています。
そこから立ちのぼるひんやりとした妖艶な気配が、はかなげな美しさの珠名姫――蒼味をおびるまでに透きとおった皮膚――に重なって、心がゾクゾクふるえだして。ほんとうに、思わず言葉をなくしてしまうくらいに美しい大人の絵本。

後白河法皇の院政のころより、およそ60年ほど。京に住むなにがしの中納言の娘・珠名姫と、その腹ちがいの兄ともくされるつむじ丸の数奇な運命のお話です。
あるとき、なにかに誘われるように深い深い眠りに落ちる美しい珠名姫。ひたひたと満ちてくる水のように、美しくも不可解で幻想的な物語がはじまります。さりげなく描かれている輪鼓(りゅうご)や貝覆いなどの遊びが、ひそやかに「糸」や「つむじ」と結びついていて、珠名姫の昏睡の秘密を暗示しています。
そういえば、グリム童話の『ねむり姫』は、糸ぐるまの錘に指をさされて、お姫さまがこんこんと眠りつづけるお話だったっけ・・・。

読み終えたあとも、本棚からとり出しては何度もうっとりとながめてしまう私です。
Author: ことり
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