『なくしたものたちの国』 角田 光代

評価:
角田 光代
ホーム社
¥ 1,680
(2010-09-24)

生きることのよろこびとせつなさ。
松尾たいこのイラストから紡ぎだされた、角田光代の書き下ろし小説。

角田さんと松尾さん、ふたたびのコラボレーション。
Presents』に比べると、もっとふわふわした、なつかしい綿菓子みたいなファンタスティックなストーリーたち。きゅうんとせつなくて、でもあたたかいふしぎなできごとを描いた、それは物語集でした。
かつて私が大切にしていたものたち――パンダやダックスフントのぬいぐるみ、かたかた鳴る手押し車、あめ玉みたいな指輪、ビーズでつくった動物たち、集めていた香りつきのけしごむ・・・たしかに手元にあったのにいつのまにかなくしてしまったものたちがいまもきちんとならべられている場所がある・・・うれしくて、切なくて、気づいたら涙がぽろぽろこぼれていました。これまでの自分がまるごと肯定されたような、大きくてあたたかいものですっぽりとくるまれるような気持ちになり、私も子供みたいに泣いてしまったのかもしれません。
絵と文章がやさしくなかよく溶けあって、淋しい気持ちだとか心細さが、しずかな光で少しずつ照らされていくみたい。

この本を読んでいて、思ったことがあります。
人生とかものごとは‘めぐる’ということ。なくしたものや忘れ去られたものもいつか、きっとまた出会えるんだね、って。
だから、本をとじる時私をつつみ込んでいたのは、じんわりとつよい気持ち・・・。

「ゆきちゃんの言ったとおり、なつかしい」
「でしょうー?そうなのよう、なつかしいのよう」
ゆきちゃんがもうほんとうにキュートなのようー。
Author: ことり
国内か行(角田 光代) | permalink | - | -
 
 

『森に眠る魚』 角田 光代

評価:
角田 光代
双葉社
¥ 1,620
(2008-12-10)

東京・文教地区の街で出会った5人の母親。育児を通してしだいに心を許しあうが、小学校受験をきっかけにその関係性は変容していき・・・。
出口の見えない暗黒の森をさまよう母親たちの物語。

幼い子供をもつ母親の孤独とか傷み、嫉妬などの心の揺れが、すごみのある筆致であぶり出されていきます。‘小説’というよりも、隣近所にゴロゴロ転がっていそうなありがちな話という印象で、だからこそ、そのリアルさがたまらなく怖ろしい。
たとえば、宮部みゆきさんの本からふいに犯罪に巻き込まれてしまうこわさを感じるのなら、このお話から伝わってくるのはもっと身近な人たちのもつ毒。できれば目をそらしていたい、自分自身のなかのおぞましさ・・・。
繭子も千花も容子も瞳もかおりも、けっして悪い人ではありません。それどころか、それぞれにどこかしら共感のできる‘フツウの’女性たち。なのにふとしたタイミングでいじわるの芽が顔を出し、いままで心地よかった関係がばらばらにほどけていく。せまい世界で疑心暗鬼にかられていく・・・まるでお話ぜんたいが「あなたには、ほんとうの友だちがいるの?」 そんな問いかけを読み手へとぶつけるように。

だったらあの人たちと離れればいいのだと彼女はわかっている。人は人、自分は自分なのだから。なのにそうすることができない。なぜできないのか彼女にはわからない。(中略)
なぜ私を置いていくの。なぜ私を傷つけようとするの。必死に思いながら、離れるのではなく追いかけてしまう。

人間関係が壊れ始めると、心の声は幾重にもせめぎあい、壊れた日々の亀裂へと追いつめられていきます。
角田さんの、とくに女性にたいする厳しいまでのとがった描き方に、私は思わずため息まじりで読んでいました。でも勢いのあるストーリー展開と、「あなたには、ほんとうの友だちがいるの?」とこちらに突きつけるような文章の流れに、気がつくとミステリーを読んでいる時のようにお話にどっぷり浸っていたのです。
私はまだ子供がいませんが、子供をもつことにちょっぴり臆病になってしまいそう・・・あと、どうしてもとなりの芝生は青く見えちゃうものなのかな・・・この本を読みながらそんなことも思ってしまった私でした。
Author: ことり
国内か行(角田 光代) | permalink | - | -
 
 

『八日目の蝉』 角田 光代

評価:
角田 光代
中央公論新社
¥ 1,680
(2007-03)
不倫相手の赤ちゃんを誘拐してしまった女・希和子目線の逃避行(前半)と、彼女に3歳まで育てられた少女・恵理菜目線で描かれた、事件の波紋と傷跡(後半)。
サスペンス・タッチの物語。

正直・・・前半は、気持ちごと入りこむ、そんな読み方ができなかった私でした。
たしかにドキドキとスリルある展開には違いありませんが、私には希和子よりも、なんにも知らない赤ちゃんや、娘を奪われたほんとうの母親のほうが気にかかってしまったから。身をよせることになる‘新興宗教’に思わず拒否反応を起こしたせいもあるかしら・・・。
ところが後半、恵理菜のお話ではどうしようもなく心が揺さぶられていったのです。
どうして。どうして。どうして。
どうして私だったの。ねえ、どうして私だったの。
「犯罪者に育てられた娘」として好奇な視線を浴び続けた恵理菜のなかにいつもくすぶっていた思い。声にならない慟哭。けれどある時、そんな思いを抱えて過ごしてきたのは自分だけではなかったと気づく――その場面が胸にズシンとひびきます。
希和子が赤ちゃんをさらったことの真相もつぎつぎ明らかにされていき、彼女だけが悪かったわけじゃない・・けっして赦されることではないけれど、彼女にも彼女なりの理由がちゃんとあったんだ。どんな事柄も、一方からほんのちょっと覗いたくらいで分かるはずもなかった、とあらためて気づかされた私・・・。

しあわせってなあに?不幸せってなあに?
親って?子供って?家族って?・・・この本に登場するいろんな女性たちのいろんな思いが、さまざまな問いかけとなって心にもったりとなだれ落ちます。
「私、自分が持っていないものを数えて過ごすのはもういやなの」
僅かでも、ささやかでも、自分が持っているものを数えていけたら、いまある人生の見え方が変わるのかもしれない・・・そんなことを思いました。
重たいお話のなかに、キラキラとした明るさが宿るラストシーンが好き。この道は未来とつながっている。大地をしっかりと踏みしめているような、なんとも言えないたくましさが好きです。
Author: ことり
国内か行(角田 光代) | permalink | - | -
 
 

『彼女のこんだて帖』 角田 光代

評価:
角田 光代
ベターホーム出版局
¥ 1,470
(2006-09-01)

恋を失って泣きたい夜に食べるフルコース、専業主婦の憂うつを救うシチュウ。あなたはどの「彼女」の料理を作る?
角田光代のハートフル・ストーリーに、登場する料理を再現した詳しいレシピ付きの、2度おいしいこんだて帖。

食事にまつわる15コの物語に、登場したお料理のレシピがくっついた、小説×料理のコラボレーション。
ふだん小説を読んでいておいしそうなごちそうが出てくると、その姿、その味、その匂いをつい想像してしまう・・・そんな食いしんぼうな私にはたまらない一冊でした。
そえられた写真を眺めているだけでもおなかがキュルンと音をたてます。そのうえ、そのごちそうを再現することもできてしまうのですから・・・。

小説のおはなしをしましょう。
15コの物語、これ実は連作短編になっていました。ちいさなお話がネックレスのようにつながっていき、最後のお話には最初のお話の「彼女」が登場します。
ひとつひとつが心にしみて、おなかにしみて、不思議と元気がわいてくる。
‘食事’。その単純でなにげない営みには、愛情や喜び、そして深いかなしみも・・・、いろんな思いがまじり込んでいるんだなあ。そんなふうに、きちんと料理されたものを食べることがどれほど幸福でありがたいか、当たり前すぎて忘れてしまっていることをあらためて思い起こさせてくれる物語たち。
お宝かぼちゃや豚柳川のエピソードになんどもなんどもこらえた涙・・・それがいっきにブワっとあふれ、こぼれ落ちたのは意外にもあとがきでした。そこでは角田さんのお料理にたいする思い、お母様にたいする思いが綴られています。
これから読まれる方は、ちゃんとあとがきまで味わってくださいね。
Author: ことり
国内か行(角田 光代) | permalink | - | -
 
 

『夜をゆく飛行機』 角田 光代

評価:
角田 光代
中央公論新社
¥ 1,620
(2006-07)

むかしながらの商店街にある、古ぼけた谷島(やじま)酒店。
そこに暮らす個性豊かな一家――両親と四姉妹――を巡るさまざまなできごとを、四女・里々子の目線で描きます。

里々子は高校3年生。
物干し台にすわり、夜をゆく飛行機をながめては、生まれることなくお母さんのおなかで死んでしまった弟の「ぴょん吉」に語りかけている、そんな女の子。
イベント好きの気のいいお父さん、家庭料理が得意なお母さん、しっかり者ながら駆け落ち経験がある長姉で主婦の有子(ありこ)、「石になって」高校時代を送った‘のろくさい’次姉・寿子(ことこ)、着飾るのが好きで体裁やブランドばかり気にする三姉・素子・・・バラバラなようでしっかりバランスのとれていた里々子一家ですが、寿子が家族をモデルにした小説で文壇デビューしたのをきっかけに、家族のかたちが崩れ始めて・・・。

四姉妹、といえば『若草物語』(オールコット)や『細雪』(谷崎潤一郎)をまっさきに思いうかべてしまう私ですが、この物語はそのどちらの雰囲気ともちがっていて、軽妙な語り口でズバズバ言ってのけてくれる気持ちのいい展開。
どこか可愛らしい人たちばかりで、クスっと笑えるぶぶんもあったり・・・。
けれど最後には、じんわりとしたせつなさが待っていました。変わらないでいてほしいのに、いやおうなく変わっていってしまう「家族」。それをそれぞれのやり方で、なんとかつなぎ止めようとするみんながすごくせつないのです。
今ここにあるものと、すでになくしてしまったもの。私たちはその双方を捨てることができない。ひょっとしたら生きていくということは、どんどん何かをなくしていくことかもしれない。なくしたものを持ち続けることかもしれない。
もうにどと、戻れない場所。
心のなかにしか持ち続けられないもの。実体がなく、戻りたくても、もう一度手にしたくてもかなわないから、だから里々子たちが望んだ「中間みたいな場所」。
死んでしまった人たちや喧嘩別れしたボーイフレンド、幼稚園で仲のよかった友達、そして‘あの頃の家族’――そんな彼らにすぐに会いに行かれる場所が欲しくなる気持ち・・・その喪失感が痛いくらいにわかってしまい、わかるのだけどなかなか言葉にできずにくすぶらせていた思いまでがお話にさらりと描かれていて、私のなかで音をたてて腑に落ちた・・・そんな気がした物語でした。

物干し台から見上げた夜空。みつめた先の飛行機の明かり。
こちらにむかってくる飛行機は静止したように見えるけれど、その光はまぎれもなく動いている。
まぎれもなく。家族も、・・・人生も。
Author: ことり
国内か行(角田 光代) | permalink | - | -
 
 

『Presents』 角田 光代

評価:
角田 光代,松尾 たいこ
双葉社
---
(2005-12)
たった一度きりの人生。
そのなかで、私たちはいったいどれほどのプレゼントをもらうのでしょう。
プレゼントはけっして品物だけにとどまりません。品物はいつかなくしてしまうことがもしあっても、そこに託された贈り主の想い、受けとったときの気持ち、贈り主との関係、記憶、時間――それらは永遠に残っていく。それらすべてをひっくるめたものが「プレゼント」。私たちは、そんなたくさんの人からもらった膨大なプレゼントを糧にして、毎日毎日生きてきたし、これから先も生きていくんだなぁ・・・。
ああ、じんわり嬉しくて、なんだか涙が出そう。

『名前』、『ランドセル』、『初キス』、『鍋セット』、『うに煎餅』、『合い鍵』、『ヴェール』、『記憶』、『絵』、『料理』、『ぬいぐるみ』、『涙』。12このプレゼントと、それにまつわる人生をきりとった物語たち。
不確かな人生、揺れる思い。選んできたつもりでも、流されて今ここにいる自分。
けれど12人の主人公たちは、今だからこそ、贈られたものものにこっそりしまわれていた‘大切な何か’の存在に、気づくことができたのではないかしら。

私はあのとき、いったい何をもらったんだろう?

私はこの本が、これまで読んできた角田さんの本のなかで一ばん好き。
松尾たいこさんの挿絵もとても素敵で、まるで包装紙みたいなラッピング(装丁)がほどこされたこれは、きっと‘本の神様’が私にくれたプレゼント・・・読んでいるだけでそんな気がしちゃう。
大切なひとへの贈りものにもおすすめの一冊です。こんなすてきな本をいただいてしまったら、それがまた記憶になって、気持ちが生まれて、もうひとつ別のお話ができてしまうかもしれませんね。
Author: ことり
国内か行(角田 光代) | permalink | - | -
 
 

『空中庭園』 角田 光代

評価:
角田 光代
文藝春秋
¥ 530
(2005-07-08)

「何ごともつつみかくさず」がモットーの京橋家。でも、ほんとうはみんなが秘密をもっている――家族ひとりひとりが、閉ざしたドアの向こう側で悪態をつきながら、‘仲の良い家族’を演じているさまを描いた連作家族小説。

誰一人本音を言わないで、それでも蛍光灯のした、食卓に集まったなら奇妙に和気あいあいとする家族。
ひとりひとりの冷めた独白を聞きながら、「家族なのに、こんなにも分かりあえていないなんて」と背すじがつめたくなりました。けれどその一方で、これってもしかしたら普通の家族の姿なのかもしれないなぁ、そんな思いも頭をもたげてしまうのです。
たとえば父。たとえば母。たとえば妹。たとえば夫・・・。私は彼らのすべてを知っているわけじゃない。彼らだって私のこと、どれだけ知っているかしら?
とくに理由はないけれど話していないこと、わざと内緒にしている秘密・・・きっといっぱいあるはず。

ささいな言葉のひとつひとつが心にちくんと突きささるたび、思い当たるような感情がぶり返しました。やさしくて、信じたくて、あったかいのにこんなにも哀しい。家族ってほんとうに、深くて複雑。
静かな怒りをひそませた角田さんの‘毒’が全体にしみわたり、正常に見えているものの裏側の実情が、時にコミカルに、時に切実に、少しずつ少しずつ浮き彫りにされていきます。
ざらざらした生活感にまみれた、すれ違い家族たち・・・。読むほどに、私をさびしく、やるせなくさせるのです。
Author: ことり
国内か行(角田 光代) | permalink | - | -
 
 

『対岸の彼女』 角田 光代

評価:
角田 光代
文藝春秋
¥ 1,680
(2004-11-09)

娘のあかりをつれ‘公園ジプシー’と化していた専業主婦・田村小夜子は、おない年の女性起業家・楢橋葵の会社「プラチナ・プラネット」で働くことになる。
いっぽう、中学時代いじめられていた楢橋葵は、群馬の女子高で今度はいじめを受けないようにとただ人にあわせる日々が続く。おなじクラスには野口魚子(ナナコ)という不思議な少女がいた。でも、ナナコには葵の想像とはことなる闇があって・・・。

あまりにもネガティヴで、あまりにも地味な醜悪さに、苛立ちと嫌悪感がつのります。
せまい世界で暗黙のうちにできあがる社会、ルール、ヒエラルキー・・・そんな女性特有の陰湿さを、つつみ隠さずまっすぐに突きつけてくる感じ。
人とかかわることで必然的に生まれ、拡大していく日常生活のきしみ。ひび割れて粉々になっていく心をどうすることもできないもどかしさ。ここではない‘どこか’に、どこまで行ってもたどりつけない底なしの絶望・・・。発端はくだらない優越感や幼稚なうわさ話だったりするのだけれど、ささいなことが凶器となる日常が、なまなましく、まざまざと描かれていくのです。

読み始めてすぐに違和感を感じたことがあるのですが、それは高校生のころの鬱々とした葵と、成長し「プラチナ・プラネット」の社長となった快活な葵とが、どうしてもうまく結びつかなかったこと。どちらかといえば現在の葵には、ナナコに通じるものを感じます。
「あたし、大切じゃないものって本当にどうでもいいの。本当に大切なものは一個か二個で、あとはどうでもよくって、こわくもないし、つらくもないの」というナナコの思いが、「ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね」という現在の葵の言葉につながっているように思えたのです。
この物語はたしかに子持ちの主婦・小夜子と独身の女社長・葵の対比を描いてはいるけれど、それだけの単純な対比ではけっしてなくて。小夜子はかつての葵で、今の葵はかつてのナナコ。そして小夜子もいま新しい一歩を踏みだそうとしている――そこに私たちは‘対岸’をめざす勇気を見出し、だからこそ現在と並行させて描かれた過去のぶぶんが生きてくるのかな・・・そんなふうに感じた私でした。

真の友情、年齢を重ねることの意味を問いかけつつ、単純なようで底知れぬ奥深さ。
‘彼女’が立っている対岸は、けっして手の届かない場所じゃない――
あれほどいやなものを見せつけられたのに、読後感は晴れやか。おもわず膝をうった一冊です。
Author: ことり
国内か行(角田 光代) | permalink | - | -
 
 

『この本が、世界に存在することに』 角田 光代

『旅する本』、『だれか』、『手紙』、『彼と私の本棚』、『不幸の種』、『引き出しの奥』、『ミツザワ書店』、『さがしもの』、『初バレンタイン』――本をめぐる物語9編に、あとがきエッセイ『交際履歴』が加わった、本への愛情と敬意にあふれた短編集。

本が大好きな私にとっては、たまらない一冊でした。
本って生き物なんだなあ・・・いま改めて、そう思う私です。
幼い頃から私を楽しませ、慰め、勇気をくれた、いくつもの物語や言葉たち。
人生や価値観を変えてくれた本、しんどい時に救ってくれた本、頬ずりしたくなるくらい愛おしい本・・・でもそれらの本たちも、読む時期や心境がちがえば印象はがらりと変わってしまうのかもしれないし、その本がこの世に生まれ、そして私たちが‘出逢う’ことこそがすごいことだと思うから。

『さがしもの』
病床の祖母から、ある一冊の本をさがしてほしいと頼まれた十四歳の羊子。
けれどその本は絶版になっているらしく、大きな書店から古本屋までいくらさがしても見つかりません。
本を見つけられないまま祖母は他界、そしてある夜羊子の前に幽霊としてあらわれ「おばあちゃん、死ぬのこわかった?」と訊く羊子にこう胸をはります。
死ぬのなんかこわくない、死ぬことを想像するのがこわいんだ、と。
「いつだってそうさ、できごとより、考えのほうが何倍もこわいんだ」

本を読んでいて心にのこる言葉に出逢った時は、すごく、すごく嬉しい。
小学生のころ、『星の王子さま』で出逢った「かんじんなことは、目に見えないんだよ」というキツネの言葉は、今も、いつも胸にある。
無限に広がる世界とストーリー、それから心震わす言葉との出逢いに胸をふくらませ、私は今日も本をひらくのです。

「だってあんた、開くだけでどこへでも連れてってくれるものなんか、本しかないだろう」(『ミツザワ書店』)
Author: ことり
国内か行(角田 光代) | permalink | - | -
 
 

『トリップ』 角田 光代

評価:
角田 光代
光文社
---
(2004-02-20)

東京近郊の小さな町。都心まで2時間強。さびれた駅前ロータリー。
ごくごくありふれた‘しょぼい’町にある、不思議とにぎわう商店街――精肉店・豆腐屋・酒屋・古本屋・喫茶店・花屋・不動産屋など――を舞台に描かれた、しょぼい人たちのしょぼい生活風景。

『空の底』、『トリップ』、『橋の向こうの墓地』、『ビジョン』、『きみの名は』、『百合と探偵』、『秋のひまわり』、『カシミール工場』、『牛肉逃避行』、『サイガイホテル』。
おさめられたお話たちは、すべて少しずつ(お店だったり人物だったり)リンクしていて、一冊でひとつの町をつくりあげています。前のお話で一瞬だけ登場した人が次のお話の語り手となる・・・そんなリレーみたいな小説集。
架空の町なのに、読み終える頃には「あのお店にはどんな人が居て、あのおうちには誰それが住んでいてこんなことを考えている」・・・なんてことをソラで言えてしまえるほど身近なものになっていて、まるで私までもがこの町で暮らしていたかのような錯覚にとらわれました。
それぞれが地味な展開で、魅力的な人物もこれといって登場しないし、大きな事件が起こったり、大騒ぎしたりとかもない。すべてが淡々と流れ、誰もかれもどこか諦めたようなところがあって、必死さだったり、執着したりということも感じられない。そのくせ、みんな内心では現実逃避を夢みている――。
言ってしまえば、負の人間たちによる怠惰なストーリー。
だけど一話一話少しずつ心に留まる何かがあり、それが10話分ストックされると結構ずしりと重たいものに感じられます。たたんだばかりの傘の先から流れ落ちた雨水が、ジュワ〜〜っと地面に広がっていくように。少しずつ、でも確実に。
それはきっと登場人物たちが、先々の不安や、彼らにとってはちっとも魅力的ではない日常に押しつぶされそうになって弱音を吐きつつも、結局はそれなりに折りあいをつけ、‘あした’をみつめる姿が見てとれるからなのかも。
何一つ選べずにここにきたのではなく、選んできたのだと、それがよいものでもそうでないものでもそれを選んできたのだと、いつか言えるときがくるんだろうかと突然あたしは思う。おたがいの瞳の向こうに広がるどこまでも無に近い空洞から目をそむけずに、闇両替みたいな、たよりない言葉の交換を続けながら、いつか。(『トリップ』)

「しょぼいものがどうしようもなく好き」
角田光代さんがなにかの雑誌で語られていた一文です。
この本を読んでいると、彼女のそんな気持ちがひとつひとつの物語から愛情としてにじみ出ているようにも感じられ、‘しょぼい’ということが何か、とてもステキで特別なことのように思えてくるのです。
Author: ことり
国内か行(角田 光代) | permalink | - | -