『逆事』 河野 多惠子

評価:
河野 多惠子
新潮社
¥ 1,575
(2011-05)

人の生死は潮の満ち引きに同調すると、子ども時分に聞かされた。引き潮どきに逝った谷崎潤一郎。いわれに逆らうように「満ち潮どき」の死を択んだ三島由紀夫。相次いで逝った父と母、戦没した息子を思いつづけた伯母の死は・・・。
亡き面影をたどり、生と死の綾なす人間模様を自在な筆致で描きだす「逆事」ほか珠玉の全五篇。

『いのち贈られ』、『その部屋』、『異国にて』、『緋』、『逆事』。
14年間のニューヨーク生活にピリオドをうった河野多惠子さんが、帰国後はじめて書き上げたという短編集です。
淡々と描きだされていく日常生活のなかに、死そのものや逝ってしまった人たちの気配が濃やかに息づき、墨色のちょっとおぞましいような物語に誘われてしまいます。

河野さんの書かれる闇は、相変わらず果てがない。
その思わず足がすくむような感覚は、彼女の背後につらなる人生の重みからきているのでしょうか。

「夢に現われた故人が口を利けば、その故人はすでに生まれ変っている」(『いのち贈られ』)とか、「人は満ち潮どきに生まれ、干き潮どきに亡くなるという」(表題作)とか、茫漠としてふしぎにリアルな言い伝えが印象的でした。
ほんの小さなできごとが日常を歪め、彼岸の摂理や導きについてめぐらせる思い。物語が日常的であればあるほど、不穏な裂け目を際立たせ、心細さが増していくようです。
Author: ことり
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『半所有者』 河野 多惠子

評価:
河野 多恵子
新潮社
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(2001-11)

この美しさ・・・眩暈がしそう。ひどく贅沢な装本です。
そこから放たれるかぐわしい気配と高貴なまでの佇まいに、すいよせられるように購入しました。

ざらりとした手触りの扉を開け、ひもといてみると、内容はかなりショッキング。
妻が死んだ夜の寝ずの番。妻の遺体をまえにくり広げられる、夫の最後の執着の物語です。
これは犯罪? それとも、究極の愛?
愛とよぶには浅はかな、あまりにも身勝手な行為。かといって、犯罪とよぶには妻への深い思いが溢れすぎていて・・・。妖しくて、滑稽で、しずかに烈しい葬送の夜。

<もの>は余儀ない不器用さをまた強いたが、彼の亢奮が乱暴に一瞬でそれをこなさせた。一段の冷たさが鮮烈だった。その冷たさには、繰り返す都度、募る鮮烈さとが相俟って、突きあげられる感じがあった。女体の場合の快感とは、こういうものであったのか。彼は女体になり替った気がした。頭を擡げて、自分をそうさせている<もの>の顔を見た。

読み終えたあと、このお話を書かれたのが河野多惠子さん――女性作家だということをあらためて思うと、またべつの戦慄が走ります。
Author: ことり
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『赤い脣 黒い髪』 河野 多惠子

評価:
河野 多恵子
新潮社
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(1997-02)

心と躰の奥底に潜む官能、甘美な戦慄――。
愛らしい孫娘の脣に思わず魅入られてしまう初老の女の心の揺れを捉え、デビュー作『幼児狩り』以来のテーマの見事な結実と絶賛された『赤い脣』、耳の奥よりもっと遠いところから「大統領が死んだ・・・」という囁きを聴いた女の行動がスリリングな『大統領の死』、高齢ながら豊かな黒髪を誇る父娘の秘密を問わず語りする『黒い髪』、「今日は何だか、皆ともお別れのような気がするんでね」――自分の死を予告する老人とその家族の日常を描く『來迎の日』など七篇。

『赤い脣』、『片冷え』、『大統領の死』、『朱験』、『途上』、『黒い髪』、『來迎の日』。
お話を読みながら、自分の身体のところどころが急にひやりとなったり、かと思えばぽうっと熱をもったり・・・みょうに生々しい感覚にとらわれた、大人の女のエロティシズム香る短篇集。
それぞれどこかしらがずれていて、なにかが決定的に歪んでいる・・・登場するのはそんな女性たちばかりなのに、気づけば奇妙に共感していることに愕いた私です。
読んでいるうちに自分の中にあるクネクネした柔らかい、そしてどうしようもない女のぶぶんが目覚めてきそう。

一ばんのお気に入りは、『朱験』。
以前『朱験』を収めたアンソロジーを読んだことがあり、その突出した素晴らしさに感動して買い求めたのがこの本なのですが、このなんともいえない妖しさ、艶かしさ・・なんど読んでもぞくりと心をとろかせます。
なにかにたとえるなら、じっくり煎じた秘密めいた薬湯の苦み。
いつのまにか私は、うんと遠い場所までつれて行かれてしまうのです。
Author: ことり
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『臍の緒は妙薬』 河野 多惠子

評価:
河野 多惠子
新潮社
¥ 1,995
(2007-04)

毒か薬か、震える手で母は・・・自分の臍の緒が短くなっていることを知った女が推理を始める表題作。日中戦争が始まったころの尋常小学校の日常をリアルに描く「月光の曲」。占星術師に亡くなった夫を観てもらう女(「星辰」)、生まれ得たかも知れぬ子どもの像を密かに創る女(「魔」)。甘美な戦慄にいざなう純文学の醍醐味!

『臍の緒は妙薬』――なんとも魅惑的なタイトルに惹かれて。
収められた4つのお話に描かれるのは、生者と亡者の、あるいは過ぎ去りし日々との秘めやかな交感。静穏につつまれながらも日常からつい、と踏みだしてしまいそうなあやうさただよう短編集です。
艶っぽくなめらかなビロードのような文章。個々のラスト数行にほのみえる、女性の奥底にひそむひんやりとした‘魔’の姿。
一話読み終えるたび、知らぬふりをよそおいながらそっと本をとじ、つめていた息を解き放って・・・まるで何事もなかったみたいに私は日常に戻る。心に少しずつ、音もなく、澱のように溜まってゆくのは女の狡さ? それとも、物語の怖さ?
Author: ことり
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