『隠す葉』 蜂飼 耳

評価:
蜂飼 耳
思潮社
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(2007-10)

生の表裏に宿る絶えまない対決の相に、接近と離反の視線をあてる。
韻律と形式の新たな試みをまじえて、『食うものは食われる夜』以後の詩境を切りひらく、最新詩集。
Author: ことり
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『クリーニングのももやまです』 蜂飼 耳

ももやまさんはクリーニング屋さんです。
ももやまさんは、シャツやセーターなどを洗ってアイロンをかけ、ぱりっと綺麗に仕上げることが好き。どんなときにも心をこめてていねいに仕事をします。そんな彼のもとに、今日もお客さんがやってきました・・・。

『おじぞうさん』、『ゆきのにおい』、『いえで』、『トラの毛皮』、『緑色のシャツ』、『人魚』。6つのおはなしでお店をたずねるのは、ちょっと風変わりなお客さんたち。
雪だるまと赤いそりにのったり、小さなまるいものとココアをのんだり、トラたちと焼き肉をたべたり・・・みんなから頼りにされるももやまさんは、仕事を通してふしぎな時間をすごします。それはふわふわとやさしい愉快な時間。
でもやがて、ももやまさんは「このままでいいのだろうか」と迷いはじめ、ある思いきった行動にでるのです。

みんなでココアをのんでいると、まどの外を、いろいろなひとがとおりました。はやあしでいそぐひと、ゆっくりゆっくり歩くひと、うつむいたまますすむひと、犬をつれたひと。
それぞれのはやさがあるのだと、ももやまさんは、思いました。

ももやまさんは、ももやまさんのはやさで、人生を歩いてみたくなったんだね。
職人気質のたのもしいご主人がいる小さなお店にいろんなお客さんがやってくるおはなしは、乾栄里子さんの『バルバルさん』や、たちもとみちこさんの『はりもぐらおじさん』もおすすめです。
Author: ことり
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『うきわねこ』 蜂飼 耳、(絵)牧野 千穂

評価:
蜂飼 耳
ブロンズ新社
¥ 1,470
(2011-07)

えびおのお誕生日に、おじいちゃんからとどいたうきわ。それは、ただのうきわではありませんでした。待ちに待った満月の夜に、えびおがうきわをふくらませると、月にひきよせられるようにのぼっていきます。
この夜えびおが体験した、わすれられない出来事とは・・・?

しぼんだうきわをもった子猫の表紙。
ふわふわのちっぽけなからだ、うるんだ瞳がたまらなく可愛いです。
そんな表紙をひらいてみると、「わあ〜・・」 そのままなかに歩いていけそうな素敵な奥行き。ふうわり広がるやさしい世界。
子猫のえびおは、恰幅のいいおじいちゃん猫と幻想的な一夜をすごします。ぷかりぷかりお空をおよいで・・・、のびやかで大胆な、夢いっぱいの蒼い冒険。
読みながらこの夜にとけ込んでしまいそうな、どこまでも気持ちのいい絵本でした。


「うきわねこ」原画展に出かけました。
サイン本です↓ <2011年10月追記>
Author: ことり
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『秘密のおこない』 蜂飼 耳

評価:
蜂飼 耳
毎日新聞社
¥ 1,680
(2008-10-24)

この世の日々や本のこと。「鯛焼き」や「ほたるいか」から「チェーホフ」「泉鏡花」まで、<その瞬間>をつかまえる――。
感覚と認識を一粒ずつ繋いでできあがる文章は、詩や小説、エッセイなどさまざまな分野で活躍している著者ならではの独自な世界です。

木の実や鳥たちの小さな営み、人びとのささやかな言動、すばらしい一冊の本――
過ぎゆく日常に心を澄ませ、そっとすくい上げた一瞬を大切に大切に「言葉」にしたエッセイ。すごくよかったです。
蜂飼さんの文章がとても心地よく心にしみて・・・清らかな水でひたひたに満たされていく感じ。私がさらりと受け流し意識にのこらなかったことごとも、とても美しく稀少なとくべつなものとしてもう一度目の前に差し出されるような、そんな気がしたのです。

宵闇におおわれながら擦れちがうたびに、大きな犬の影に、なにかを与えられる。こちらからはなにも与えないのに。息ばかりが白く浮く。すっと消える。また白く浮く。生きていることを伝える。いつのまにか、犬の影に励まされている。犬はそれを知らないし、連れている人も知らない。幾度か出会ううちに、その時間が、身の内で結晶しはじめる。闇の鉱物のかたちに凝って、輝きはじめる。(『闇の結晶』)

小さな不安や驚きたちにふいに時が止まる・・・ひっそりと刺激的なエッセイ。
蜂飼さんの感性がうらやましい。私もこんなふうに、物事を感じとれたらいいのに。


■ この本に出てきた読んでみたい本たち <読了メモは後日追記>
『オーランドー』 ヴァージニア・ウルフ
『チェーホフ・ユモレスカ』 アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ
『墓の話』 高橋 たか子
『コルタサル短篇集 悪魔の涎・追い求める男 他八篇』→読了 フリオ・コルタサル
『台所の詩人たち』、『掘るひと』 岩阪 恵子
Author: ことり
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『エスカルゴの夜明け』 蜂飼 耳、(絵)宇野 亜喜良

蜂飼さんの文章に宇野さんが絵をつけられた物語『エスカルゴの夜明け』と、はじめに宇野さんの絵があって、蜂飼さんが詩をつけられた詩画集『肉屋の娘』。
反対の道筋をたどって生まれたふたつの世界(どちらも食べることにまつわる内容になったのは偶然だとか。)が合わさり、独特の美しい世界をつくり上げています。

『エスカルゴの夜明け』
たくさんのエスカルゴをそだてている少女の家。おじさんは言います。「ぜんぶ、商品として売るんだからね、途中で食べちゃうわけにはいかないよ」
けれど少女は知っています。夜ごはんのあとのおそい時間、お酒をのみながら、おじさんがエスカルゴをこっそり料理して食べているのを――

宇野さんの描く憂いをおびた少女の姿にぽうっと心がそまるのを感じながら、「ローズマリーがつよく香って、わたしの鼻の奥に足あとをつけ・・・」とか、「男の子は、やわらかい石のようにうねる道にすいこまれ・・・」とか、「ふくろうのさびた声を聞きながら・・・」とか、ちいさなお話のなかにいくつも転がっている詩的な表現たちをひとつひとつひろい上げながら読みました。
ラストの頁、殻から上半身をぬるりと出して目をとじる少女の絵は、その奥に広がる深い深い闇にのまれてしまいそう。勝ち気な少女が放つ艶っぽい余韻にくらくら・・・。

『肉屋の娘』での言葉と絵のコラボレーションも最強でした。
よりそうように、時に背を向けあうように、からみあう美しい世界と世界。
私のお気に入りは、『春の心臓』、『栞』、『銀河』。
やりなおしはきかないが
やりなおすようなことなどなにもない
この世には (『銀河』より)
Author: ことり
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『空を引き寄せる石』 蜂飼 耳

人間が積み重ねてきた過去の心の軌跡や考え方の多様性を知ることによって広がるのは、じつは、知識ではない。抱ける思いの領域がひろがるのだ。

日々の隙間に光るできごとや、出会うべくして出会った本のこと。それらにたいして抱いた気持ちがていねいに、正直に紡がれていきます。
とくべつなことはなにひとつなくても、著者の感じ方、とらえ方、文章のえらび方で、エッセイってここまで変わる。それを実感させてくれるこんなエッセイが好き。

ことばの手を握って、引いて、普段の場所から連れ出し、新しいものの見方を示すもの、それが詩だ。
詩、にとどまらず、このような意識がなされた文章からは「ことば」にたいする真摯な姿勢がおのずとにじみ出てくるもの。彼女の文章を読んでいると、表面だけではない芯のぶぶんからまたたくものの存在を感じずにはいられない私なのです。
Author: ことり
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『転身』 蜂飼 耳

評価:
蜂飼 耳
集英社
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(2008-04-02)

マリモにみちびかれて訪れた北の島。シマフクロウに抱かれ、アザラシと交わる日々。人は誰にでもなれる。物語の、こちら側で。
描かれたことのない物語の景色をつむぎだす、いまもっとも注目を集める詩人の長篇小説。

誰にも追いかけられない煙りみたい・・・どこまでもあやふやで、つめたい霧だか靄だかを食べているような不思議な読みごこちがしました。
倉庫でバイトをしていた主人公の琉々(るる)が、北の島でマリモ卸しの仕事を手伝うことになり、そこからどんどん流されていく物語。どこに行き着くのかわからないまま琉々の意識の流れにのみこまれ、流れ、流れて。
性交や妊娠の場面でさえも、肉感をともなわないサラリとした描写。人間の出産と、マリモが水槽でひそやかに分裂をくり返すのとがほとんど違わないトーンで書かれ、そのことも物語の不思議さをかもし出しているのかも。

琉々は、自分がどこにもいないように感じた。いないと感じる自分はいるのだから、いないわけではなかった。いるけれど、いない。いないけれど、いるのだった。

蜂飼さんのつむぎ出す、淡く静謐な言葉の不思議。
煙りみたいなイメージの物語なのに、たしかにあるもの。たしかに感じたこと。流されるままにただよっているようで、どこかしたたかな生き方。
「どこにもいないけれど、いる」 そんな表現がぴったりな一冊だと思いました。
蝉が抜け出たあとも――たとえその蝉が死んでも――、完ぺきなかたちで、確固たる存在感でのこる蝉の抜け殻のように。
Author: ことり
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『のろのろひつじとせかせかひつじ』 蜂飼 耳

のんびり屋さんののろのろひつじ、あわてんぼうのせかせかひつじ。
風のわたる緑の丘の、隣どうしに住むなかよしひつじの6つのお話。
どんなときも――たとえイライラの日だって――頁をめくればきっとやさしい気持ちになれちゃう可愛らしい童話です。ほのぼのとのどかで、読んでいると口角がキュウ、ともち上がるのがわかりました。
私のお気に入りは、『軽くなる日』、『箱のなかみ』、『青いマフラー』。

自分とはちがう友だち。相手をみていると、みえてくる自分。みえてくる楽しさ。
うん。蜂飼さんは、童話もステキ。
Author: ことり
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『孔雀の羽の目がみてる』 蜂飼 耳

中原中也賞受賞の現代詩界のホープが、身の回りの情景や心震わす書物を、鋭く澄んだ目で見据え、繊細で鋭敏な五感と言葉でつづった待望のベストエッセイ集。

丁寧に、丁寧に、毎日を生きている人。感じている人。
蜂飼耳さんの瞳をとおしたら、日常はこんなにも色濃く鮮やかに映る・・・ありふれた風景がとくべつなひとこまになるさまをつぎつぎに目撃した気がして、心がなんども立ち止まりました。
このエッセイ集は大きく3つに分かれていて、気脇常のできごと、生きものなどについて、兇脇表颯┘奪札ぁ↓靴藁垢里海函⇔浩茲能舒ったことなどが収められています。斬新でするどい視点で切りとられた風景たちに、時折のぞかせる女性らしい素直な感性。そのバランスが心地よくて、なんだかとても嬉しい気持ち。
「隠れていること、見えないこと、淘汰される声、声、声。そういったものは現実の裏側にはりついて、常にどこにでもある。詩の言葉はそれらを掬いあげる網かもしれない。」 蜂飼さんが詩について書かれている一文です。蜂飼さんの詩集――彼女の網にかかった現実の裏側のかけらたち――を読んでみたくなりました。

過ぎ去った時間を簡単に忘れることができるひとと、いつまでもそれに縛られつづけるひと。どちらが幸せかというようなことではなく、どちらも、それぞれに生存の方法なのだろう。そうだ、それぞれに、と考えると、現在という瞬間につながることの重みが一層はっきりと見えてくる。「また」とか「ふたたび」という言葉は、ときおり悪気もなく現実を薄める。ほんとうは、どんなこともたった一度なのだ。


■ この本に出てきた読んでみたい本たち <読了メモは後日追記>
『きつねの窓』→読了 安房 直子
『太宰治 滑稽小説集』→読了 太宰 治
『アルネの遺品』→読了 ジークフリート・レンツ
『年を歴た鰐の話』 レオポール・ショヴォ
『陰翳礼讃 東京をおもう』→読了 谷崎 潤一郎
Author: ことり
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『紅水晶』 蜂飼 耳

評価:
蜂飼 耳
講談社
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(2007-11-30)

苔のにおいがする、そう思いました。
脳裡にうかび上がるのは、うす昏く秘めやかな濃緑の森。鳥たちの啼き声と、ごうと渡る風の音と。ひんやり湿った空気のなかで、苔むし、じっとりと汗ばんだ岩石と。

硬質な、それでいてリズミカルな文章。いつまでも耳にのこるリフレイン。
ちりばめられた読点の、そのひとつひとつにまでこまやかな神経がそそぎ込まれているのが分かります。
ぐるぐると物語の森を彷徨う私の足元には、朽ちかけた葉や枝、小さな生き物たちの死骸が転がる。頭上からは、木の葉のさやぐ音がする。艶めいた樹液の香りと、柔らかくしたたる血液や精液のなま臭さ・・・そのあやうさと湿りけに、ただもうくらくらとしてしまいました。
『崖のにおい』、『こぼれ落ちる猿の声』、『くらげの庭』、『紅水晶』、『六角形』。どの物語も、それぞれに霧深く、それぞれに苔むした濃緑の森です。
 
わたしは自分の心を、知っていたことはない。それは、いつでも遠くにある。望遠鏡を覗いて知る、天体に似ている。触わることはできない。あるいは、顕微鏡が見せるミジンコの心臓に似ている。触わることはできない。(『こぼれ落ちる猿の声』)
Author: ことり
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