『停電の夜に』 ジュンパ・ラヒリ、(訳)小川 高義

毎夜1時間の停電の夜に、ロウソクの灯りのもとで隠し事を打ち明けあう若夫婦――「停電の夜に」。観光で訪れたインドで、なぜか夫への内緒事をタクシー運転手に打ち明ける妻――「病気の通訳」。夫婦、家族など親しい関係の中に存在する亀裂を、みずみずしい感性と端麗な文章で表す9編。
ピュリツァー賞など著名な文学賞を総なめにした、インド系新人作家の鮮烈なデビュー短編集。

しずかでほの昏く、香り高い短編集。
少しひんやりとしていて、青みがかったすみれ色の夕空のような。

『停電の夜に』、『ピルザダさんが食事に来たころ』、『病気の通訳』、『本物の門番』、『セクシー』、『セン夫人の家』、『神の恵みの家』、『ビビ・ハルダーの治療』、『三度目で最後の大陸』。
すべてのお話に共通するのは、インドです。インドが舞台のものもありますが、どちらかといえば、異国で暮らすインド系移民の郷愁だとか孤独、そういうよるべない魂たちのただようお話が印象的でした。
はるかに遠い人を思うということを初めて知る瞬間(『ピルザダさんが食事に来たころ』)、素肌の下へしみこむような官能的なささやき(『セクシー』)など、なにげなくて繊細な描写のひとつひとつに何度ぐっとさせられたことでしょう。
そうして最後の『三度目で最後の大陸』・・・このお話を読んだとき、なんともいえない感情がこみ上げて、ざわりと鳥肌が立ちました。アメリカに渡った主人公が、異文化や結婚にたいする戸惑いを少しずつやわらげ馴染んでゆく過程に。そのさいしょの6週間をともに過ごした老婆が教えてくれたことのかけがえのなさに。

フェンネルを薬味にしたカリフラワー、褐色のソースにつけるサモサ、ニンニクとショウガを使ったチキンカレーなど、スパイスの香り豊かな料理たちもインド独特の風土や色彩を濃やかに伝えてくれます。
ほの昏い空間をゆらめくいくつもの余韻が、残り香のようにいつまでも消えません。

(原題『Interpreter of Maladies』)
Author: ことり
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『見知らぬ場所』 ジュンパ・ラヒリ、(訳)小川 高義

評価:
ジュンパ ラヒリ
新潮社
¥ 2,415
(2008-08)

妻を亡くしたあと、旅先から葉書をよこすようになった父。仄見える恋人の姿。ひとつの家族だった父と娘がそれぞれの人生を歩む切なさを描く表題作。子ども時代から行き来のあった男女の、遠のいては近づいてゆく三十年を三つの連作に巧みに切り取った「ヘーマとカウシク」。
ニューヨーカー等に書きつがれた待望の最新短篇集。

さりげなく、ほんのりと、心によりそう物語たち。やがてじわじわと沁みてくる、しずかな愛を感じます。
アメリカに住むベンガル系移民の暮しが丁寧につむぎ出された、おもに家族たちの短編集は、曖昧なすれ違い、どうしても分かり合えない幻滅や失望・・・そんな人びとの孤独な思いがひたひたに満ちていて、だからこんなにも痛くせつなく、私は泣きたくなってしまうのかな・・・。

心がしん、と静まり返って、まるでみずうみの底にでもいるかのよう。
そしてどの物語も、さわさわと、こまかな水の泡のような余韻が残ります。

(原題『Unaccustomed Earth』)
Author: ことり
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