『懐中時計』 小沼 丹

大寺さんの家に、心得顔に一匹の黒と白の猫が出入りする。胸が悪く出歩かぬ妻、二人の娘、まずは平穏な生活。
大寺と同じ学校のドイツ語教師、先輩の飲み友達、米村さん。病身の妻を抱え愚痴一つ言わぬ“偉い”将棋仲間。米村の妻が死に、大寺も妻を失う。
日常に死が入り込む微妙な時間を描く「黒と白の猫」、更に精妙飄逸な語りで読売文学賞を受賞した「懐中時計」収録。

全11篇のうち、『エヂプトの涙壺』、『断崖』、『砂丘』の3篇は、小沼さんいわく「話を作ることに興味があった」頃に書かれたもので、ほんのりとミステリー仕立て。
のこり8篇が、その後しだいに「作らないことに興味を持つように」なり、身近ななんでもない生活を題材に書かれたという私小説です。

私小説のうちの4篇が私の大好きな大寺さんシリーズ。(このシリーズが網羅された短篇集『黒と白の猫』が、家の本棚にならんでいることのなんという幸福!)
いつ読んでも、しみじみと温かなせつなさで心をみたしてくれる大寺さんの日常に、またしてもとっぷり浸ってしまいました。
そのほかの私小説もすばらしく、中でも胸にせまったのは『懐中時計』。
友人とのやりとりに宿るもの柔らかな可笑しみと、いつのまにか忍びよっている死の気配・・・ぽかぽかとした小春日和につめたいすきま風がまざるような心細い感覚。やさしくくるまれていたはずの人生の哀しさや苦さが、あとにそっと残されるのです。
Author: ことり
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『埴輪の馬』 小沼 丹

日本文学には数少ない、ヒューモアに富んだ私小説集。
滑稽というより、生活の事実を淡々と書きながら、思わず笑ってしまうといった味わいで、文学の師である井伏鱒二や友人たちとの交友を描く。表題作「埴輪の馬」では、埴輪様式の土器の馬を購入のため、師井伏鱒二や友人と出かける。地方都市の駅には先方のお迎えの車が、それも消防自動車が来ていて、それに乗車することの困惑。他十篇収録。

なにげない風景のやさしいかけらや、師や友人たちとの和やかな空気。
小沼さんの私小説を読んでいると心がみるみる柔らかくなっていくのが分かります。
たとえば、「その日、小鳥のために池の氷を割ってやるのを忘れたのに気が附いた。」という一文。なんてさりげなくて愛おしい文章でしょう。
文鳥の「すっちょちょい」という啼き声や、「――くしん。」という焚火をしている爺さんのくしゃみ・・・、そんなちょっとした擬音語さえ、心優しいお話をまろやかにつつんでいるのが心地よいのです。

小沼丹さんがこうした私小説を書かれたのは、母親、妻、父親と立てつづけに肉親を亡くされたあとだそうです。そのせいか、どのお話も追憶に彩られ、ほのぼのとしたユーモアといまはなき時間を想う淋しさが混在しています。
――淋しいのに、柔らかい。
彼の私小説にあるにじむような深い味わいは、身近な人やものたちとの、けれどもう手のとどかない遠い記憶から立ちのぼってくるようです。
Author: ことり
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『黒いハンカチ』 小沼 丹

住宅地の高台に建つA女学院――クリイム色の壁に赤い屋根の建物があって、その下に小さな部屋が出来ていた。屋根裏と云った方がいいそこがニシ・アズマ女史のお気に入りの場所だった。ちっぽけな窓から遠くの海を眺め、時には絵を描いたりもしたが、じつは誰にも妨げられずに午睡ができるからだった。だが、好事魔多し。そんな彼女の愉しみを破るような事件が相次ぐ。そしてニシ先生が太い赤縁のロイド眼鏡を掛けると、名探偵に変身するのだ。
飄飄とした筆致が光る短編の名手による連作推理。昭和三十二年四月から一年間、<新婦人>に「ある女教師の探偵記録」という角書付きで連載され、後に一本に纏められた短編集の初文庫化。

創元推理文庫からでている、というので気になっていた小沼丹さんの短篇集。
小沼さんといえば『村のエトランジェ』(芥川賞候補)などの純文学からスタートされ、後年はおもにご自身の体験をもとにした味わい深い私小説を書かれた作家さんです。この私小説群が大好きな私だから、彼の書かれた推理小説って一体どんなかしら??と興味津々だったのです。

主人公は午睡が好きな英語教師、ニシ・アズマ女史。
年若く小柄で愛嬌があり、でもとても勘のするどい女性です。
物語にはのどかな田園ふうの雰囲気が広がり、気品があってレトロで洒落ていて、舞台は日本なのにすこし昔の英国ミステリーみたい、そう思いました。当時の上流階級を感じさせる調度品や言葉づかい、ちょっと小粋な名前(あだ名)たち――ニシ・アズマ、妹のミナミコ、インド鶯など――もひと役かっているのかも。
窃盗や殺人など扱われる事件そのものは穏やかではありませんが、謎解きはきちんとしても動機まで深く突きつめたりはしないミステリーです。ニシ・アズマ先生は(それは小沼さんは、ということだけど)そんなことはしなくても犯人はきっと反省するだろうと信じているのですね。そのことが独特のおおらかさをかもし出し、お話をやさしい印象でふわりとくるんでくれています。

小沼さんは、ミステリーを書かれてもやはり小沼さんでした。
彼の短篇らしくラスト数行に味わいがあり、それぞれの余韻も素敵。のびやかでひょうひょうとした文章は読んでいてここちよく、嬉しくなってしまいます。
Author: ことり
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『更紗の絵』 小沼 丹

敗戦後の復興の時代――。学園を再建しようと努力する義父のもとで、中学主事を引き受けた青年教師・吉野君。進駐軍と旧軍需工場との交渉役を押しつけられ、できの悪い生徒のいたずらや教師同士のもめごと、喰いつめた友人の泣きごとにも向きあいながら、吉野君は淡々として身を処していく。時代の混乱と復興の日々を、独特なユーモア漂うほのぼのとした温かい筆致で描いた青春学園ドラマ。

敗戦のなごりが色濃くのこる不自由で混乱した時代のお話なのに、こんなにも心穏やかに読めるのは、それが小沼さんによるものだから。
微笑ましく思ったり、むっとしたり、心配したり・・・ありふれた小さな心の動きが積み重なって紡がれていく、たわいもない日常。楽天的な吉野君の生活はほのぼのとまあるくて、些末なできごとはたくさんあるけれど、平らかで幸福な日々です。そして時おり、吉野君が細君や友人と交わすくすくす可笑しなやりとりの中に、ほんの少し前のうしなわれた時代――空襲で焼けてしまった家や亡くなってしまった人たちとの思い出など――が顔をのぞかせ、気持ちがしんとなるのです。

吉野君は普段はそんなことは考えない。しかし、誰か死んだと云うような場合、ひょっこりそんなことを考えることがある。すると、忘れていた「人生」なんて云う言葉が浮んで来る。そして、それらの人びとが吉野君のこれ迄の生活のなかで、さまざまの絵模様を形造っているのに気が附くのである。

朴訥とした語り口にやさしさがにじみ、そのやさしさに泣きたくなる。
いやおうなく流れていく人生の「絵模様」が、遠い哀しみをほんのり染める。
・・・ああ、私はこの人の書かれたものがほんとうに好きです。
Author: ことり
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『小さな手袋/珈琲挽き』 小沼 丹

庭の大木と小鳥たち、木洩れ陽あふれる散歩道、多くの友。おだやかでユーモアにじむ筆致のなかに浮かび上がる、遠い風景と澄明な時。

ああ・・・なんて素敵な随筆集。
読み終えてしまうのがもったいなくて、ちびりちびり大切にひもときました。
こちらは著者の友人でもあった庄野潤三さんが、随筆集『珈琲挽き』からの46編に、『小さな手袋』から15編をえらび編集された一冊。冬の日のひだまりのような読書の愉しみ・・・、旧かな遣いで味わいがますます増します。

『小さな手袋』はなんど読んでも心にしみるし、『狆の二日酔ひ』、『帽子の話』、『コツプ敷』、『お玉杓子』、『巣箱』など・・・『珈琲挽き』からの随筆も粒ぞろい。お酒をのみすぎたあとの顛末や、四季折々のお庭のようす、小さなきっかけでよみがえるとるにたらない記憶たち・・・小沼さんのやさしく柔らかな視点が私はほんとうに好き。
たとえば、『遠い人』という一篇。これは「庭で焚火をしてゐると、旅先で出会つたいろんな人が、思ひ掛けずひよつこり煙のなかに浮んで消える。」こんな書き出しではじまります。スコットランドのパルモラル城で出会った、番人の白毛の爺さんに思いをはせ・・・、
この爺さんも懐しいが、爺さんを想ひ出すと、庭園の一隅で珈琲を喫んだとき、卓子の上にちよんと乗つた一羽のきびたきも想ひ出す。
さりげなく結ばれる最後の一文が思わず胸にせまるのです。
そんなふうにふと心が立ち止まる瞬間がなんどもあって嬉しくなる本でした。彼の文章のよさはむしろ行間から立ちのぼる‘雰囲気’にあると思うの。

ひょうひょうと可笑しくて、時に哀しく、たまらなくなつかしくて――
本をめぐる旅の途上で小沼丹さんに出逢えたこと、心から幸福に思います。
Author: ことり
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『小さな手袋』 小沼 丹

日々のささやかな移ろいの中で、眼にした草花、樹木、そして井伏鱒二、木山捷平、庄野潤三、西条八十、チエホフら親しんだ先輩、知己たちについてのこの上ない鮮やかな素描。
端正、精妙な、香り高い文章で綴られた自然と人をめぐる、比類なく優しい独得のユーモアに満ちた秀抜なエッセイ。

じわじわ、ほっこり。心が柔らかにほころぶ随筆集。
親しい人とおいしいお酒をいただいているような、くつろいだ気持ちで読みました。
可愛らしい手袋の話の顛末に、テレビについての愉快な一部始終(これ、どこかで読んだ憶えがあると思ったら、短篇集『黒と白の猫』にそっくりおなじ顛末が書かれています。)――
「うちの蝦蟇」のお話、逃げだした山雀のお話、長距離電話のお話・・・お気に入りを挙げていくとキリがないけれど、どれもしっとりと静謐なのにユーモアにあふれていて愛おしい。
美しい文章のなかにゆるりとあたたかな視線を感じ、心地よい余韻がのこります。
Author: ことり
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『村のエトランジェ』 小沼 丹

小さな村に疎開してきた美しい姉妹。ひとりの男をめぐり彼女らの間に起こった恋の波紋と水難事件を、端正な都会的感覚の文章で綴った表題作ほか、空襲下、かつての恋人の姿をキャンバスに写すことで、命をすりへらしていく画家との交流をたどる「白い機影」など、初期作品八篇を収録。
静かな明るさの中に悲哀がただよい、日常の陰影をさりげないユーモアで包む、詩情豊かな独自の世界。「小沼文学」への導きの一冊。

『紅い花』、『汽船』、『バルセロナの書盗』、『白い機影』、『登仙譚』、『白孔雀のいるホテル』、『ニコデモ』、『村のエトランジェ』――小沼さんの初期の代表作8編。
死や戦争など、お世辞にも明るいとはいえないモチーフがいくつも描かれているなかで、かろやかで風通しのいい印象を与える文章が魅力的です。
私のお気に入りは、『紅い花』、『白い機影』、『登仙譚』、『村のエトランジェ』。

飛行機は燃えながら落ちて行った。
それは、ひどく美しかった。そして儚かった。また、悲しかった。或る詩人は人生を花火に譬える。しかし、その一機は、最早メタファの世界ではない、花火それ自体であった。僕はそのパイロットを考えた。彼の愛した、また彼を愛した人達を。碧空は、虚無の拡りに過ぎなかった。
(『白い機影』)
Author: ことり
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『黒と白の猫』 小沼 丹

評価:
小沼 丹
未知谷
¥ 4,200
(2005-09)

いとおしくて、いとおしくて、抱きしめたくなる一冊に出逢いました。
本から立ちのぼるすてきな気配。いい気配を放っている本は、紙の匂いからもうとくべつな気がします。しっかりとした函からそっととり出してみると、パラフィン紙でつつまれたまっ白な布張りの本が・・・。
上質で、心をやさしく解き放つ物語たち。
美しく、毅然と。そこにあるだけで幸福感でとろけてしまいそうです。

『黒と白の猫』(昭和39年)から『ゴムの木』(昭和56年)まで。17年にわたって書き継がれ、さまざまな短篇集にランダムに収められた‘大寺さんもの’、その連作12編をすべて集成したという一冊。
旧かな遣いで、大寺さんのさりげない日常生活が描かれてゆきます。とりたててすじが凝っているわけではなく、ほのほのと、あわあわと。忘れっぽい性格の大寺さんは道ばたや庭先に咲く花などを見ては死んでしまった古い知人をふと思い出し、回想するのです。
硝子窓が映す美しい青い月光や、知らぬ間に黄葉している雑木林など、なんでもないような風景を切りとる小沼丹さんの澄んだ瞳、気どりのない語り口が好き。
深い愉悦と哀しみにふちどられた、人びとの記憶のなかに置き去りにされたままの昭和の風景。こっくりと豊かでユーモアにあふれ、いつのまにか心にしんしんと降り積もるせつない気持ち・・・。

仕事をする気にはならないから、大寺さんは持参のウヰスキイを取出して水で割つて飲むことにした。ウヰスキイを飲みながら激しい雨の音を聴いてゐると、そのなかからいろんな声が聞えて来るから不思議であつた。それに混つて、或る旋律を繰返し演奏してゐるのも聞えた。突然、雨の音が歇むと嘘のやうに静かになつて、それと同時に声も旋律も消えてしまふ。(『銀色の鈴』)

美しく、毅然と、ただそこにある。いつも、いつまでもそこにある。
頁をめくる指先までも、ふくふくと喜んでいるみたいでした。
こんなすてきな一冊に出逢わせてくれた‘本の神様’、どうもありがとう。
Author: ことり
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