『マイマイとナイナイ』 皆川 博子、(絵)宇野 亜喜良

おとうとを みつけた。
ちいさい ちいさい
おとうとを みつけた。

美しく、おぞましく。みごとに絡みあうことばと絵。
美しく、おぞましく、甘やかな毒が私を侵す。
孤独な少女マイマイは、こわれた眼球のかわりにくるみの殻をはめました。くるみのなかにはちいさいちいさい弟のナイナイをこっそりかくして。
少女が眠りにおちると、弟はそっと殻をあけ・・・

夢のなかのくるみ。くるみのなかの夢。
マイマイのなかのくるみ。くるみのなかのナイナイ。
くるみにとじ込められたマイマイの心。くるみに腰かけるナイナイ。
おはなしの内と外がするりくるりと入れ替わるたび、私の心がざわめくのです。
とじ込められたのはほんとうにマイマイなの? それとも、もしかしたら――

ゆめは きえない。
あさに なっても、
あかるく なっても、
よるの ゆめが でていかない。

あふれ出した夢の渦に引きずり込まれ、あてどなく彷徨う囚われの少女。
耳をすますと、遠くかすかに誰かの声がする・・・それは私の気のせいでしょうか。
Author: ことり
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『少女外道』 皆川 博子

評価:
皆川 博子
文藝春秋
¥ 605
(2013-12-04)

戦前の日本。裕福な家庭に育った久緒は、出入りの植木職人・葉次が苦悶する姿を見て「他人に悟られてはならない感覚」を覚える・・・。
苦しみや傷に惹かれてしまう「外道」の自分を自覚する女性画家の人生を描いた表題作のほか、火葬場で初めて出会った男女2人が突然、人の倫理を飛び越す「巻鶴トサカの一週間」など、彼岸と此岸、過去と未来を自在に往還する傑作短篇7篇を収録。

蓮の花の紋様があしらわれた、淡く優美な装丁。
柔らかな霧のヴェールにつつまれたほの昏い空間たち。息をつめ、ヴェールをそうっとかき分けるようにしてひとつひとつ大切に堪能しました。

連続した時間からふいにはずれてべつの時間に入り込む刹那・・・ふつりと意識が途切れるような心細さを感じます。
ひとつひとつ、そう長くはないお話のはずなのに、一歩立ち入ると思いがけず深くて、前後する時空間に眩暈すらして、そうして私はなんどもなんども帰り道を見失う。
・・・すばらしい小説というのは、帰り道を分からなくしてしまうのかしら。
なまあたたかな少女の息づかい、ひた隠しにした歪んだ感覚、規則正しく並べられた鉱石の破片、マシュマロみたいな蚕の感触――
白くかぼそい繭の糸をつむぐような、きめ細やかな描写が陰影を与え、行間から艶やかな色香を立ち上らせます。抑圧された時代の青春のきらめきが、息苦しそうにほのかな光を放っています。

「荒れているから、きれい」阿星は言い、そうして、「清浄と淫らって、一つのことだと思うわ」と、脈絡のない言葉を続けた。「わたし、好きな人がいるの」(『少女外道』)

これまで読んできた皆川さんの本のなかで、私はこの短篇集が一ばん好き。
『少女外道』、『巻鶏トサカの一週間』、『隠り沼の』、『有翼日輪』、『標本箱』、『アンティゴネ』、『祝祭』――にどともどれない場所に誘われる予感、ひややかに儚く密度の濃い世界。手元に置いて、なんどでも読み返したい一冊です。
Author: ことり
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『ゆめこ縮緬』 皆川 博子

蛇屋に里子に出された少女の幼い頃の記憶は、すべて幻だったのか、物語と夢の記憶のはざまにたゆたう表題作「ゆめこ縮緬」。挿絵画家と軍人の若い妻の戯れを濃密なイメージで描き出す「青火童女」。惚れた男を慕って女の黒髪がまとわりつく、生者と死者の怪しの恋を綴る「文月の使者」他、大正から昭和初期を舞台に、官能と禁忌の中に咲く、美しくて怖い物語八編。

『文月の使者』、『影つづれ』、『桔梗闇』、『花溶け』、『玉虫抄』、『胡蝶塚』、『青火童女』、『ゆめこ縮緬』――眺めるだけで、ずぐずぐと溶け落ちてゆきそうなタイトルたちがならんでいます。
よどんだ空気に煙る中洲、うす昏く不潔な病院、まとわりつく濡れた長い髪、熟れた桃の毳(けば)、薬品漬けの蛇、むせ返るような白粉の匂い・・・お話に登場するあらゆるものがひやりとした湿気をふくみ、まるで悪い夢を見ているみたい。
不気味に紗がかかった物語のぬかるみに足をとられて、心がなんどもうずくまってしまいました。

「桃の根方に埋めるの。指は腐って溶けて、根から木の幹に吸われるラ?」
樹液に、溶けた肉や血がまじる。玉虫は樹液を吸って生きる。
あなたの指を吸って、玉虫は育つ。
そういう意味のことを、舌足らずに、ミツは語った。(『玉虫抄』)

冒頭の『文月の使者』はもう文句なしに揺さぶられた一編なのですが、『玉虫抄』、『青火童女』、『ゆめこ縮緬』など、幼い少女――みな一様に影があり、どこか蠱惑的な美しさをまとっている――が登場するお話もとても印象的でした。
まだ性の入り口すら知らない少女・・・でもその頃からもうすでに心の奥底に眠っていた性の根源ともいえるものがあるとすれば、皆川さんの短編はそれらを少しずつ表に出して、そして読んでいる私たちを戸惑わせるのでしょうか。
幻想と怪奇、はかなさとエロティシズムが合わさったところから生まれる‘美’に、くらくらと酔いしれた短編集です。
Author: ことり
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『結ぶ』 皆川 博子

評価:
皆川 博子
文藝春秋
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(1998-11)

子供の目にしか見えぬ女の人や聖画に糸を吐く蜘蛛、犯罪を見抜く南国の占い師――斬新な着想と美しい比喩が織り成す幻想短篇集。

なんとも美しく、なんとも残酷な幻想空間・・・。
容赦のない凄みにガクガクと揺さぶられ、読みながら私はなんども頽れそうになってしまいました。
「そこは縫わないでと頼んだのに、縫われてしまった。」
こんな魅惑的な書き出しではじまる『結ぶ』は、なにを?どこを?と具象をつかもうとすればするほど迷子になってしまう、けれども人を惹きつけずにはおかない一編。
あいまいさが不安をかきたて、混沌とゆがんだ闇のなかでうかび上がる狂気。たんたんとした主人公の語り口がさらに恐怖心をあおります。

表題作ほか、『湖底』、『水色の煙』、『水の琴』、『城館』、『水族写真館』、『レイミア』、『花の眉間尺』、『空の果て』、『川』、『蜘蛛時計』、『火蟻』、『UBuMe』、『心臓売り』。異界とこの世を結ぶ14の物語は、絢爛たる毒をふりまいて、私たち読み手を迷宮のなかへ。
たとえるなら、熟れた果実のじゅくじゅくとした果肉。腐臭に変わる、その一歩手前の強烈な蜜の香り――甘美な刺激にみちたお話たちは、美しければ美しいほど毒気のつよい妖しい世界。
そのあまりの毒気にやられ、最後まで読めないお話もあったほどです。
Author: ことり
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『絵小説』 皆川 博子、(絵)宇野 亞喜良

評価:
皆川 博子,宇野 亞喜良
集英社
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(2006-07)

6つの詩篇が、絵師の筆を走らせ、異界の幻影が、作家の目を惑わす。この虚構に迷い込むのは、あなた。
短編の名手と挿絵の巨匠による、奇跡のコラボレーション。

濡れぬれとした血のにおい。蜜のような文章にからだごとのまれてしまう。
生贄、骸、朽ち果てた蝋人形――・・・これらの放つまがまがしい‘死’のイメージは、茶箪笥や足踏みミシンなどそこに存在する生活の小道具たちからも、湿った霊気を立ち上らせるようです。

死と官能が色濃く結びついた耽美的な詩、イラスト、そして物語。
罪深くなまめかしい暗黒幻想、そのひとつひとつに、魂の息づかいを感じます。

魂は、泳ぎが大好きだ。
泳ごうとして、
人はうつ伏せになって身をのばす。
魂は関節から外れ、逃れ出る。
魂は泳ぎながら、逃れ出る。 (アンリ・ミショー『怠惰』より)
Author: ことり
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