『街角の煙草屋までの旅』 吉行 淳之介

坂の上の角の煙草屋まで行くのも旅だと考え、自分の住んでいる都会の中を動くことに、旅の意味を見出す表題作。小説作品のモチーフになった色彩体験を原風景に遡って検証する「石膏色と赤」ほか、心に残る幼年時代の思い出、交遊、文学観、なにげない日常の暮らしや社会への思いなど、犀利な感性と豊かな想像力を通して綴る「人生の達人」の珠玉のエッセイ選。吉行文学の創造の秘密が詰まった四十七篇。
Author: ことり
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『鞄の中身』 吉行 淳之介

自分の死体を鞄に詰めて持ち歩く男の話。びっしりついた茄子の実を、悉く穴に埋めてしまう女の話。得体の知れぬものを体の中に住みつかせた哀しく無気味な登場人物たち。
その日常にひそむ不安・倦怠・死・・・「百メートルの樹木」「三人の警官」ほか初刊七篇を含め純度を高めて再編成する『鞄の中身』短編十九。

時間の流れがふいにゆがんで、不穏にからみつく独特の世界。
淳之介さんの小説は、わるい夢をみているようなほの昏い空気感が好き。
冒頭に置かれた『手品師』、『家屋について』、『風呂焚く男』の3編がことさら私の気に入りました。美しく翳りを帯びた物語は、妖しくとろりと私を惑わせてくれます。

この文芸文庫版には、『出口・廃墟の眺め』、『鞄の中身』の短篇集2冊ぶんが収録されているそうで、本来の『鞄の中身』はこちらの本では後半7編――ごくごく短い掌編ばかり――がそれに当たるようです。とても短いのにこの完成度、ほれぼれしてしまいます。
Author: ことり
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『菓子祭』 吉行 淳之介

銀座のフランス料理店で対座する三輪と景子。事情があり、彼は彼女の幼少女期を知らないが、35歳齢の違う実の父娘である。景子が中学生になって、月に一度会って夕食を共にしている。そうした父娘の眼前に、黒服のボーイ長が用意したのは三つのワゴンに並べられた満艦飾のケーキであった。・・・モノクロームの世界に侵入してくる原色の恐怖をつたえる表題作。短編の名手・吉行淳之介による純文学・奇妙な味の小説21篇を収める作品集の文庫版。

現実と夢のはざまを自在に行き交い、淳之介さんが描きだす「奇妙な味」のショート・ショート。
はっと気づいたとき、もうすでにまぎれ込んでいる奇妙な空間――
いろんなタイプの短編がとりどりにつめ込まれたこの本で、私がとくに好きだったのは、『あいびき』と『待つ女』のお話です。『あいびき』はなんともいえないブラックなユーモアが、『待つ女』はお話にたち込めるエロティックさとせつない女心がたまらなくて、心にのこりました。ほかにも、『寝たままの男』、『菓子祭』、『死んだ兵隊さん』、『サンタクロース』、『扉のむこう』などが好き。
どれもとても短いお話だけれど、男女の人間もようが濃やかに描写され、‘身体(の一部)’や‘食べもの’には色や匂いがきちんとあって視覚や嗅覚が刺激されます。簡潔でありながらも美しくて艶っぽい、そんな彼の文章が堪能できます。
Author: ことり
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『夢の車輪―パウル・クレーと十二の幻想』 吉行 淳之介

半年ほど前に古本屋さんで購入したこの本は、1983年の初版本。
表紙の白いぶぶんはさすがにうっすらと黄ばんで、それがまたこの本にことのほか似合っている感じがします。
作者の淳之介さんはパウル・クレーにとくべつな感情をお持ちだったみたい。これはクレーの描いた12枚の絵に、彼があとからお話をつけたもの(といっても絵との関連性はほんの香りづけ程度)です。幾何の図形のようなのに繊細で幻想的なクレーの絵・・・大学時代に上野の美術館で初めて出逢った大好きな絵「猫と小鳥」を本の中にみつけたときには小さく叫んでしまいました。

「一つの夢から醒めたとき、まだその外側に夢があった」
『途中の家』、『光の帯』、『白と黒』、『台所の騒ぎ』、『灰神楽』、『赤い崖』、『鏡の裏』、『笑う魚』、『秩父へ』、『影との距離』、『謎』、『夢の車輪』・・・夢と覚醒を行ったり来たりの12のお話。不思議な世界。
読み手までもまどろみのなかに誘いこんで、ぼんやりとした私の脳裡によび起こすさまざまな‘匂い’の記憶。削りたての鉛筆の物悲しい匂い、ふっくら焼かれたホットケーキのこうばしい匂い、木に咲く花の甘い匂い――いまここには存在しないそれらの匂いに鼻腔をくすぐられた気がしたのは懐かしさも手伝ってのこと、なのかしら。
どのお話も‘恋愛’ばかりに焦点があてられてはいないのに、ドキっとするほど男と女の本質を捉えていて、そのこともとても印象的でした。
幻想と現実。美しい文章をまとって、そのまぎわに結晶した珠玉の掌編小説集。

身に着けているものはなにもないのに・・・。すくなくとも、なにも見えていない。それなのに、女は脱ぎ去ったものを、浜に投げる素振りをした。その一瞬、透明な膜の表面が、光の加減で虹の色に光ったようにおもえたが、結局なにも見えてはこない。しかし、女が透明な皮のようなものを一枚、脱ぎ捨てたような気がする。(『赤い崖』)
Author: ことり
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