『噂』 荻原 浩

評価:
荻原 浩
新潮社
¥ 660
(2006-02)

「レインマンが出没して、女のコの足首を切っちゃうんだ。でもね、ミリエルをつけてると狙われないんだって」香水の新ブランドを売り出すため、渋谷でモニターの女子高生がスカウトされた。口コミを利用し、噂を広めるのが狙いだった。販売戦略どおり、噂は都市伝説化し、香水は大ヒットするが、やがて噂は現実となり、足首のない少女の遺体が発見された。衝撃の結末を迎えるサイコ・サスペンス。

仕組まれたひとつの都市伝説と、少女の足首を切り落とすという殺人鬼。
小暮刑事と名島警部補が「チーム」となって事件の核心にせまっていくドキドキのストーリー展開に、いっきに読み進めました。
口コミに惑わされる人間心理の分析からはじまるこのお話は、年頃の娘をもつ父親の心配、刑事としての昇進願望など、人びとの繊細な心のうちをつぎつぎに覗かせます。肝心の「レインマン」の心理描写がちょっぴりもの足りない気もしてしまったのですが、でも、読み手のことをお話のなかに引き込んで、そして誘導する・・・みごとだなあと思いました。だって、まさかこんなラストを迎えるなんて思ってなかった!

物語もあと数ページ。犯人も分かって、心がほっこりするようなあたたかな場面。
よかったよかった・・とにこやかに読み進めていただけに、
「!!!!!」
あまりの衝撃に、絶句。いまだに頭の芯がぼんやりしている私です。そしてすぐさまお話の前のほうにもどってみては、伏線の緻密さに改めてびっくりするのです。
ハラハラしたい方、騙されたい方に。
Author: ことり
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『神様からひと言』 荻原 浩

いっきに読んで、読めばスッキリ。元気とやる気をもらえるお話です。
入社早々「お客様相談室」にとばされた涼平は、個性豊かな同僚たちとクレーム処理に追われる日々。肩書きにすがって威厳をふりかざす上司、苛立ちまぎれに罵声を浴びせてくるクレーマー・・・さえない会社生活に加えプライベートでも同棲中の彼女に逃げられて・・・。そんな彼の毎日をユーモアたっぷりに描くサラリーマン小説。

勤め続けるうちにわかってくる、会社の暗部だとか会社勤めの不条理さ。
おでん鍋をつつきながら、涼平の先輩がおでんの具を自分たち会社人間に例えて話す場面が、とても印象的。「狭いとこでぐつぐつぐつぐつ煮詰まってさ、部長だ課長だ役員だなんて言ったって、しょせん鍋の中で昆布とちくわが、どっちが偉いかなんて言い合っているようなもんだ」 ここでは一ばん偉そうな牛スジも、よそへ行けば使ってもらえないし、安物のこんにゃくも味噌田楽屋に行けばエリート。そんな例え話にウンウンうなずいてしまいました。
後半、涼平が「おでん鍋」を引っかき回していくのはほんとうにおもしろくて胸のすく思い。でも私がこの本を好きなのは、ただおもしろいだけではなくて懸命に生きることの素晴らしさが伝わってくるせいかな。
「手の中に握ってるものが、たいしたもんじゃないことを知ってるのに、手のひらを開くのが怖いんだ。全部こぼれ出ちまうのが。本当にたいしたもんじゃなかったってことを知っちゃうのをさ」
神様は、一生懸命生きる私をきっとどこかで見ていてくれる・・・そんな希望がふつふつと湧いてきて、それでいてほろりと切ない物語でもあったのです。
Author: ことり
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『誘拐ラプソディー』 荻原 浩

とびっきりキュートな誘拐小説。なにをやってもうまくいかない前科者のダメダメ男が、たまたま出逢った6歳の男の子を思いつきから誘拐するお話です。
ダメ男の名は伊達秀吉。男の子の名は伝助。秀吉は伝助が金持ちの子供と知り、誘拐したことで、「ツキがまわって来た」と浮き足だちます。
でもじつは伝助は暴力団八岐組組長の一粒種!
そんなこととはつゆ知らず、一発逆転のチャンスに張り切るおばかさんの秀吉が、ヤクザはおろかチャイニーズマフィアや警察にまで追われてしまうというストーリー。

誘拐ものでありながら、痛快でキュート。
ヤクザやマフィアなど、こわい人たちもたくさん登場するけれど、みんな根っからの悪人というふうには見えません。それはきっと、それぞれに‘大切な人’の存在を胸に秘めているせい。ふだんいくらポーズを決めていたって、そんな彼らにも触れられるとへにゃへにゃになってしまう一点があるということ。
行動をともにする秀吉と伝助のあいだにも、いつのまにか友情のようなものが芽生えていきます。伝助がかなりかわいらしくて、秀吉と伝助のかみ合ってるんだかかみ合ってないんだか、の会話はほほえましくて思わず顔がほころんでしまいました。

スリルとほのぼの感のバランスがちょうどよくて、読み終わってみょうに爽快な気分にさせられます。
「約束は、守るためにあるんだ」
しみじみと、素敵な言葉。
Author: ことり
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『明日の記憶』 荻原 浩

評価:
荻原 浩
光文社
¥ 1,575
(2004-10-20)

知っているはずの言葉がとっさに出てこない。物忘れ、頭痛、不眠、目眩――告げられた病名は若年性アルツハイマー。どんなにメモでポケットを膨らませても確実に失われていく記憶。そして悲しくもほのかな光が見える感動の結末。上質のユーモア感覚を持つ著者が、シリアスなテーマに挑んだ最高傑作。

主人公は、広告代理店で部長を務める働きざかりのサラリーマン・佐伯。50歳。
物忘れがひどくなり、訪れた病院で彼は「若年性アルツハイマー」と告知されてしまいます。大切な記憶が剥がれ落ちてゆくのを止められない歯がゆさ、忍びよる自己崩壊の恐怖を一人称で語っていくなかで、佐伯が病を自分の現実として受け入れてゆくさまが描かれていきます。
記憶だけでなく、理性、やがては人格までも奪われてしまうかもしれない・・・そのおそろしさは、とうてい計り知れないもの。周囲の理解も十分に得られないまま退社を余儀なくされた佐伯は、ただ祈りつづけます。
「来年の正月も、こうして自分が自分であるままむかえられますように」
けれど佐伯の祈りもむなしく、アルツハイマーは容赦なく進行していくのです。

記憶は、今まで生きることで積み上げてきた大切な財産で、いわばその人生の証。人格の源とさえいえるかもしれません。
では、もしも記憶をうしなってしまったら、その人はその人でなくなってしまうの?
このお話は、いやおうなしにそんな問いを投げかけてきます。
だけど、そんなこと、きっとないですよね。
綺麗事かもしれないし、現実はもっと残酷なんだって頭ではわかるけど、でも記憶というのはそれほど単純なものでもないはず。そんなふうに信じたい。たとえ記憶をなくしても、いっしょに生きてきた人たちのなかに、そのひとの人生は残っていく。
記憶はけっして、その人だけのものじゃない、って。

身近な、大切な人の記憶がもしも消えてしまいそうになったら、
「あなたが忘れてしまっても、私がおぼえてるよ」
こう言ってあげられる私でいたいと思いました。それはもしかしたら、私の記憶が消えかけたとき、誰かにかけてもらいたい言葉なのかもしれません。
Author: ことり
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