『奇術師の家』 魚住 陽子

評価:
魚住 陽子
朝日新聞社
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(1990-03)

心と体に不安定な要素を残しながら、奇術師・鬼頭との思い出に満ちた家に、30年ぶりに戻った母。靄のかかった奇妙な生活の中で、次第にその輪郭が鮮明になってくる母の過去に絡めとられてゆく鮎子。
第1回朝日新人文学賞受賞の表題作のほか、芥川賞候補となった「静かな家」など3編を収録。

雨の冷気、濃密なくちなしの匂い。
どんよりと蒸した季節に読むのにはぴったりの本でした。

『奇術師の家』、『静かな家』、『遠い庭』、『秋の棺』。どのお話も、まるで静物画のなかに入り込んでしまったかのようなひっそりとした佇まい。
何かにとらわれ心乱されている・・・そんな狂気じみた登場人物たちに呼応して、そこに存在するいくつもの調度品――紅茶茶碗やティーポット、青磁の壺、足踏みミシン、額に入れられた絵画までもが、なまめかしく息づいているようです。
家、部屋、画廊。女がひとりで守っている大切な場所。
どこにでもありそうな空間が、こんなふうに淋しく、時には妖しげに、雰囲気たっぷりの異空間に仕立て上げられていく。閉塞感と孤独に溺れてしまいそうになりながらも柔らかな泡がからだ全体にしみわたり、不思議と穏やかな心地がのこりました。
Author: ことり
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『雪の絵』 魚住 陽子

評価:
魚住 陽子
新潮社
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(1992-02)

『別々の皿』、『雪の絵』、『秋の指輪』、『雨の中で最初に濡れる』を収めた短編集。どのお話も、しずかに油断ならない空気にみちています。
夫婦なのに、家族なのに、恋人なのにどうして?・・・と思いかけて、はたと気づかされたこと。ああ、そうか、これは夫婦だからこそ、家族だからこそ、恋人だからこその緊張感なのだ。
崩れ落ちそうなほどに緊迫した人間関係。ばく然とした怯え、かすかな怒り、小さな苛立ち・・・いつかは別べつに流れていかなければならないはかなさが、しっとりと胸にせまり、雪のように溶けてゆきます。
魚住さんの書かれるお話の世界観、すごく好きです。

「千年くらい眠って、目が醒めたらこんな秋薔薇のまつわる公園だったらいいのに」(『秋の指輪』)
Author: ことり
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『公園』 魚住 陽子

評価:
魚住 陽子
新潮社
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(1992-08)
樹々の緑にいろどられ、雨の日には緑の島になる公園。都会のオアシスのようなこの場所に、あの人はきっといるはずだ、という確信がある・・・。少年野球のコーチ、夫に裏切られた女、高層マンションの1室にひとり暮す老婆、骨折したテニス青年、推理小説家の孤独なハイミス。さまざまな眼が織りなす“あの人”と私の物語。

魚住陽子さんが書かれた本といえば、今から10年ほど前に『動く箱』を読んだきり。この『公園』は、先日ふらりと入った古本屋さんでまよわず購入した本。

「あの人は今日も来ている。」
一行目からすっぽりと、この物語のもつ‘空気’にのまれていた私でした。
その後なんどもくり返されるその魅惑的な一文。あわあわと儚げなのに、なぜか強く印象にのこる人・・・輪郭のはっきりしない「あの人」の不思議な不思議な存在感は、まるでこの世とあの世を結んでいる、そんな不穏さをもにじませています。
霧雨のように、ただ音もなく私の上に降りそそぐ文章。
見る人と見られる人、追う人と追われる人、想う人と想われる人・・・緑ゆたかな大きな公園で、孤独をかかえたいくつもの視線が絡みあい、しずかに進む物語。
あの人の視線の先にあるものは何だろう。あの人は何を待っているのだろう。分からない、分からない・・・その曖昧さすらも快感で、思考がぐらりと揺らぎます。もしかしたら、誰もが誰かの「あの人」だったりするのかもしれません。

感情の仮託というのは奇跡みたいなものだな、とふいに思った。あの人の真の姿、あの人の叫びが聞こえる人間がどれだけいるだろう。あの人はあんなに一生懸命サインを送っているのに。私はここにいる、と言い続けているのに。死にもの狂いで見つめ続けても、あの人を見つめかえしてくれるものはほんのわずかなものに過ぎない。このだだっぴろい公園の百分の一、千分の一。土や草や樹、そして自分勝手に求めながら、消えていくあるかなしかの視線。
Author: ことり
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