『私の家では何も起こらない』 恩田 陸

この家、あたししかいないのに、人がいっぱいいるような気がする・・・
小さな丘の上に建つ二階建ての古い家。この家は、時がゆっくり流れている。幽霊屋敷と噂されるその家にすむ女流作家は居心地のよいこの家を愛している。
血の海となった台所、床下の収納庫のマリネにされた子どもたち・・・いったいこの家にはどんな記憶が潜んでいるのだろう。幽霊屋敷に魅了された人々の美しくて優雅なゴーストストーリー。

アンティークの壁紙をまとわせたような、贅沢な装本。
一軒の「幽霊屋敷」をめぐる、美しく、ぞわぞわと不穏な連作短篇集。
目を覆いたくなるグロテスクな描写こそありませんが、「これはこういうことなんじゃないかしら・・・」そんな予感めいた怖さが心にからみついてきます。ひた、ひた、と不気味な気配だけが忍びより、でも核心からあと一歩のところではぐらかされる・・・お話をひもとけばひもとくほど不安感が煽られていくのです。
丘の上に建つ二階建ての古い家には、どこか異国の、もっといえば英国ゴシック調の独特の雰囲気がただよっています。
おぞましい歴史をいくつもかかえ、ひっそりと佇む家。
いまなお彷徨いつづける死者たちの気配と、哀しくて孤独なささめき。
アップルパイとか壜詰めのピクルスやジャム、ウサギの穴やロッキング・チェアなど本来なら可愛らしくて平和なはずのものものが、この物語のなかではひんやりとした湿りけを帯び、ひどく不吉に映るのも印象的でした。
呪われたお屋敷に長い長い時間をかけて積み重なった記憶が、そこに惹きつけられる人びとを惑わせ、曖昧でぼんやりとした空間を所在なげに揺れています。
Author: ことり
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『蛇行する川のほとり』 恩田 陸

あの夏の日、少女たちは川のほとりにある「船着場のある家」で合宿を始めた。夏の終わりの演劇祭に向けて、舞台背景の絵を仕上げるために。それは、楽しく充実した高校生活の最高の思い出になるはずだった。ひとりの美しい少年の言葉が、この世界のすべてを灰色に変えるまでは・・・。そして、運命の歯車は回り始めた。あの遠い夏の日と同じように――。運命の岸辺に佇む少女たちの物語。

川べりの野原、ハルジョオン、素足に白いワンピースを着た少女たち――
美しくちょっと不穏な酒井駒子さんの装画が、手にした瞬間から‘世界’へといざなってくれるきれいな本。
第一部は毬子、第二部は芳野、第三部は真魚子(まおこ)、そして終章は香澄の独白。こんなふうに語り手がつぎつぎ変わっていく構成で、ひとつの謎の核心にふれたかと思ったら目線が変わり、また新たな謎が読む者を翻弄していきます。
うだるような暑さ、こみあげる草いきれ、はたはたとなびくスカートのすそ・・・すぐそばにある、まぶしい夏の気配。
過去に秘められた謎よりも、いつのまにかお話の雰囲気を愉しんでいた私でした。香澄と芳野の甘やかで少し淫靡な秘密めいた関係。少女たちの、季節のうつろいにも似たいっときの輝き。憧憬と戸惑いと嫉妬と・・・。恩田さんという人は少女時代の終わり、そのはかない一瞬の空気を表現するのがなんて上手なんでしょう。
イメージするのは小さな鍵のついた日記帳。ほんの一撃でこわしてしまえる脆弱な鍵に、自分の秘密を託していたあの頃がなつかしくよみがえってくる・・・きっとこれは、‘元少女’のために書かれた物語。

いっぱいの笑顔と喚声で短い時間を駆け抜けてゆき、自分が何者かも知らぬうちに摘み取られて腐っていく少女たち。・・・花は必ず散る。少女でい続けることはできないし、もしい続けるように見えたとしても、それはどこかに不自然な力が加わっているのだ。
Author: ことり
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『木洩れ日に泳ぐ魚』 恩田 陸

評価:
恩田 陸
中央公論新社
¥ 1,512
(2007-07)

たぶんこれは、一枚の写真についての物語なのだろう。
むろん、ある男の死を巡る謎についての物語でもあるし、山の話でもあるはずだ。そして、一組の男女の別離の話という側面も持っている。

こんな書き出しではじまる、めくるめく回想と推理の物語。
ふたりで暮らしたアパートの一室で、ある男の死についてお互いを疑っているカップル(?)が、探りあいながら「最後の夜」をすごします。
たったひと晩――けれどとてつもなく長く感じられる、濃密で不穏な時間。
よび覚まされた記憶から、つぎつぎにうかび上がる真実。めまぐるしく変わる話題と緊迫した空気。運命のいたずら・・・。
お話のゆくえが気になって、ぐんぐん引き込まれました。男のズルさとか、女の醒めやすさとか、そんな微妙な恋愛感情の描写にもみょうに説得力があったり。
でも、これはこれで面白かったけど、いつもの恩田さんらしさ――浮遊感、あるいは翻弄されてしまうような不可解さ――がもうすこし感じられてもよかったかな。
Author: ことり
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『黄昏の百合の骨』 恩田 陸

「自分が死んでも、水野理瀬が半年以上ここに住まない限り、家は処分してはならない」――イギリスに留学していた高校生の理瀬は、亡き祖母の遺言により帰国、幼いころに暮らしていた洋館に住むことに。
ユリの香がたえず、「魔女の家」とよばれるその館には叔母の梨南子・梨耶子姉妹がすでに住んでいて、理瀬は見張られているようで油断できない。
そして付近でつぎつぎに起こる奇怪な事件。館には「R」あての脅迫状が舞いこみ、理瀬の友人・朋子の飼い猫が毒殺され、朋子に憧れる賢一が失踪する。
朋子と賢一の共通の友人・雅雪や、朋子の弟・慎二が理瀬の身を心配するなか、祖母の一周忌のために従兄の稔と亘が洋館にもどってきて・・・。

もともとは『三月は深き紅の淵を』から派生した『麦の海に沈む果実』、その世界はどんどんふくらみをみせ、理瀬の幼少時代のお話『睡蓮』(『図書室の海』所収)、理瀬が去った学園をヨハン目線で描いた『水晶の夜、翡翠の朝』(『朝日のようにさわやかに』所収)・・・そしてこの本は『麦の海―』のラストで学園を退いた理瀬のその後、高校時代を描きます。
陰謀うずまくいわくつきの古い洋館を舞台に、じっとりとうかび上がる「過去」たち。登場人物すべてが怪しくみえるモノローグ。それぞれの思惑と疑心暗鬼が交錯し、緊張感がいっきに高まる本格ミステリーです。伏線が張りめぐらされていることは読んでいる最中にも分かるのに、それがどう回収されていくのか・・・予測のつかない展開に最終章ではほんとうに驚かされてしまいました。
しかもこのシリーズ、まだまだ続きがありそう。ラストでふくみをもたせてあったので、その後の雅雪や慎二たちにもまたいつか、出会えそうです。たのしみ!

悪は全ての源なのだ――善など、しょせん悪の上澄みの一部に過ぎない。悪を引き立てる、ハンカチの縁の刺繍でしかないのだ。
Author: ことり
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『水晶の夜、翡翠の朝』〔短篇〕 恩田 陸

麦の海に沈む果実』の「三月の国」のその後。
理瀬が去って数ヶ月後の学園を、ヨハン目線で描きます。
アンソロジー『殺人鬼の放課後』のなかの一編。

ストローのつつみ紙でつくられた小さな人形、高らかにひびく奇妙な笑い声、童謡の歌詞を模した悪意のイタズラの真相は?
‘優雅な檻’で退屈していた生徒たちを襲った悪質な傷害事件。ヨハンは憂理や聖、理瀬と入れ違いにやってきた三月の転入生・ジェイとともに事件の謎に挑みます。
その真相はもちろん気になるところだけれど、それ以上に湿原にぽつんと佇むこの学園をもう一度のぞけたことが嬉しかった私。とくべつなならわし、校長先生のお茶会、温室で交わされる「ファミリー」の秘密の会話・・・またいつか、この学園の未来が知りたいな。
 
「笑いカワセミに話すなよ」
Author: ことり
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『図書室の海』 恩田 陸

評価:
恩田 陸
新潮社
¥ 500
(2005-06)

ホラー、学園もの、SF、ミステリー。お話ごとにその印象がことなり、独特の個性を放つ恩田陸さん。そんな彼女の短編が10編もおさめられている・・・とてもぜいたくな一冊です。
もちろんこの本も、ちょっとゾクっとするような奇譚から思い出や記憶が中心となったノスタルジーあふれるものまで、お話たちのジャンルはさまざま。
ただ、デビュー作『六番目の小夜子』の番外編(『図書室の海』)、『麦の海に沈む果実』の番外編(『睡蓮』)、『夜のピクニック』の予告編(『ピクニックの準備』)、今後刊行される『グリーンスリーブス』の予告編(『イサオ・オサリヴァンを捜して』)など、もとになるお話があってのサイドストーリー的なものも多いので、この本だけ愉しむ、というのにはちょっぴり適さないかもしれません。

私が一ばん好きなお話は『春よ、こい』。桜の季節にもぴったりでステキでした。
生まれ変わり?・・・それとも・・?時間がぐるぐる回転して、整理するのが大変だったのだけど、時空がねじれていくような不思議な雰囲気がたまらなく好き。
あと印象的だったのは『睡蓮』。こちらは理瀬が「学園」に入るずっとずっと前、幼少時代のお話です。理瀬のふたりの従兄が気になりました。ナイフのように美しい稔と、やんちゃな匂いのする亘。あの校長先生も出てきてドキドキ。
シリーズはどこまで広がっていくのでしょうね。
Author: ことり
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『黒と茶の幻想』(上・下) 恩田 陸

目の前に、こんなにも雄大な森がひろがっているというのに、あたしは見えない森のことを考えていたのだ。どこか狭い場所で眠っている巨大な森のことを。
学生時代の同級生だった利枝子、彰彦、蒔生、節子。卒業から十数年を経て、4人はY島へ旅をする。太古の森林の中で、心中に去来するのは閉ざされた『過去』の闇。旅の終わりまでに謎の織りなす綾は解けるのか・・?華麗にして「美しい謎」、恩田陸の全てがつまった最高長編。

三月は深き紅の淵を』内側第一部のお話がそのまま一冊の本になったもの。
いまはそれぞれの生活をいとなむ4人が再会し、非日常な旅の途中で過去の謎にせまります。学生時代の友人って、いま会ってもすぐに‘あのころ’に戻れてしまう・・・それは‘青春’という特別でキラキラしたかぎられた時を、おなじ空間で過ごし共有したから。
旅行中になにか事件が起こるわけではなく、あくまでもそれぞれの心に封印されていた「過去の事件」や「美しい謎」たちを回想をまじえ分析・推理していくお話です。それが屋久島の濃い緑や深い霧、樹齢何千年もの縄文杉・・・神秘的な大自然の景色たちとまざりあって独特の雰囲気をかもし出しています。

「過去の事件」の中心にいるのは梶原憂理(ゆうり)。そう、あの憂理なのですね。
女優をめざす彼女が大学時代におこなった一人芝居『春の鐘』は、『麦の海に沈む果実』の舞台だったあの学園でのお話がもとになっていて、シリーズ間の相互関係もたのしめます。
Author: ことり
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『麦の海に沈む果実』 恩田 陸

三月以外にやってくる転入生は、学園を破滅に導くだろう――

三月は深き紅の淵を』の外側第四章『回転木馬』で、なんの前触れもなくとぎれとぎれ挟みこまれていたエピソード「三月の国」の物語の完全版です。
その脈略がわからずに、とまどいながら読んでいたお話のカケラたち。でもなるほどこんな大きな背景があったんだ・・・その設定だけで胸が高鳴るのをおぼえます。

湿原にかこまれた「青の丘」に建つ全寮制の学園に、二月の終わりの日に転入してきた水野理瀬。下界からほとんど切り離された、さまざまなしきたりや奇妙な伝説がのこる不思議な学園。ここは、三月の国――。
閉ざされた場所から失踪したという功と麗子。彼らの失踪の謎と、いわくつきの本『三月は深き紅の淵を』、あらたに起こる殺人事件・・・それらが理瀬自身に隠された秘密にからみあっていく影絵のような大伽藍。
その日の気分で男になったり女になったりする校長、ルームメイトの憂理(ゆうり)、三月の転入生・ヨハン、「ファミリー」の黎二(れいじ)たち・・・彼らと過ごす理瀬の学園生活は、秘密のお茶会、社交ダンスやハロウィンの宝さがし、薔薇園のガーデン・パーティと見た目は華やかながらも窮屈で、だれもが疑心暗鬼になり緊張感をにじませている、そんな空間です。
ゆるやかに螺旋をえがいた記憶をたどる不思議でいっぱいの物語を読み終えたとき、いくつものお話を読んだような、たっぷりした満足感がのこりました。このお話にでてくる本『三月は深き紅の淵を』が、シリーズ第一弾の内側とも外側ともちがう内容になっているというのも謎めいていて、すてき。

海より帰りて船人は、
再び陸(おか)で時の花びらに沈む。 
海より帰りて船人は、
再び宙(そら)で時の花びらを散らす。
Author: ことり
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『三月は深き紅の淵を』 恩田 陸

わずか200部しかつくられず、誰が書いたのかすらわからない幻の本、『三月は深き紅の淵を』。
たった一人に、たった一晩だけ貸すことがゆるされた、一冊の本をめぐる物語。

本のなかに本があり、それぞれが4つずつ物語をもっている・・・謎が謎よぶミステリー仕立ての不思議な入れ子式ストーリー。
幻の本をめぐる外側の4つのお話――『待っている人々』、『出雲夜想曲』、『虹と雲と鳥と』、『回転木馬』――が、読んでいくうちにじつは内側(幻の本)の4つのお話――『黒と茶の幻想』、『冬の湖』、『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』、『鳩笛』――にゆるやかに呼応していることに気づきます。それがあからさまではない、微妙でさりげないところにたまらなく心惹かれるのです。
内側のお話たちをつなぐ隠喩めいたキーワードは「柘榴(ざくろ)」、外側のそれぞれのお話たちにも、フワリとあらわれてはいつのまにかすうっとかき消えてしまう幻の人物(小泉八雲?)が。
そしてどのお話も、‘物語’が中心にあります。
‘物語を読む’ということをとんでもなくステキにみせてくれるお話の数々に、私自身にも思い当たる気持ち――ほら。ひらいた頁を前に物語をひもといていくときのあの気持ち――がなんどもかさなり、物語ってほんとうは人が考えだしたものではなくて、ずっと昔からそこにあったものなのかもしれないなぁ・・・いつのまにかそんなロマンティックな想像をたのしんでいました。
「でも、本当の物語って、そういうものかも。存在そのものに、たくさんの物語が加速して加わって、知らぬ間に成長していく。それが物語のあるべき姿なのかも」

この本のなかでひしめきあっているいくつもの物語たち。
これらのお話が、今後どんなふうにふくらみ成長していくのかしら・・・!
「シリーズ」はまだはじまったばかり。つぎのお話に早くもワクワクしています。
Author: ことり
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『Q&A』 恩田 陸

Q&A
評価:
恩田 陸
幻冬舎
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(2004-06-11)

2002年2月11日(祝)午後2時過ぎ、都内郊外の大型商業施設において重大死傷事故発生。死者69名、負傷者116名。未だ事故原因を特定できず――。
次々に招喚される大量の被害者、目撃者。しかし食い違う証言。店内のビデオに写っていたものは?立ちこめた謎の臭いは?ぬいぐるみを引きながら歩いてた少女の姿は?はたして、これは事件なのか、それとも単なる事故か?謎が謎を呼ぶ恩田陸ワールドの真骨頂!

「それでは、これからあなたに幾つかの質問をします。ここで話したことが外に出ることはありません。」
こんな文章からはじまる物語は、最初から最後まで一貫して問答形式ですすみ、おぼろげながらも事件の全容をうかび上がらせていこうというもの。
偶発的な(?)できごとが同時多発したことでショッピングセンター内の人びとがパニックにおちいり、しかも各フロアからみんながいっきに逃げだしたために被害が拡大したらしい・・・と、複数の証言から推測できるのはそこまでで、そこから先は、事故原因として政府陰謀説を唱える人や、事故後「心霊スポット」としてツアーをくむ人、果ては無傷で生き残った少女を神と崇めるうさん臭い宗教団体まであらわれて、なにやら得体の知れない大きくて不穏な力が社会を侵食していく様子が描かれます。
だけど結局、最後まで事故原因はわからず仕舞い。原因うんぬんじゃなく、これはもしかしたらこういう事件が‘起こりうる’社会のこわさや脆さに注目して読むべきお話だったのかも。

冒頭こそインタビュアーはおなじ人(たぶん)なのですが、途中から様子が変わって、登場人物が次々にリンクしていきます。
視点がさだまらず、思考がまどろんでしまう新感覚のサスペンス・ミステリー。
私たちが暮らしている‘社会’には、こんなにも不条理な落とし穴がいくつも口を開け、息をひそめている――そんな漠然とした恐怖が、ぞわっと背すじを駆けぬけていきました。
Author: ことり
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