『コラージュ』 アナイス・ニン、(訳)木村 淳子

近年フェミニズムの立場から再評価される作家の20篇からなる小宇宙の結晶。世界的に評価の高い『日記』に比肩する自伝的作品。

20の小さな物語のかけらたち。通して読んでみると、ひとりの孤独な女性の物語がうかび上がる、まさに「コラージュ」とよぶにふさわしい長編小説です。
主人公は、ウィーン生まれの女流画家・レナーテ。ヨーロッパからアメリカへ・・・彼女の風変わりな旅を描いたお話は、断片的な夢のようでもあり、孤独にとりつかれてしまう狂おしい恋の物語でもあります。
ウィーンの彫像のひとつによく似た青年・ブルースに恋をしたレナーテは、彼と自分とのあいだにけっして埋めることのできない溝があることを知ります。旅先で出逢った人びとと接するうち、人間は本来孤独なものであることを教えられてゆくのです。

たくさんの小さなエピソードがあるなかで、私は丘のふもとの洗濯屋さんのお話が一ばん好き。
背が高く、浅黒く、黒い眼をした洗濯屋。優雅な身のこなしと表情豊かな声をもつ彼は、乾いたシーツをレースのテーブル・クロスを扱うようにとり扱い、シャンペンのグラスを渡すようにおつりを渡す。彼の身の上話を聞きながら、レナーテが自身の古い思い出をよび起こす場面・・、それは美しい絵画のように心にのこりました。
洗濯伯を訪れるたび、古い箪笥の匂いが彼女を包んだ。母がオルゴールの中にしまってあった薔薇の花びらの匂い、磨かれたサンダルウッドの裁縫台の匂い、ウィーン風パイのヴァニラの匂い、ぴりりとした香料の匂い。父の煙草の匂い。それらが洗剤の匂いを圧倒してしまった。

(原題『COLLAGES』)
Author: ことり
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『ガラスの鐘の下で―アナイス・ニン作品集』 アナイス・ニン、(編訳)中田 耕治

十七歳の時、そのドレスがずたずたにちぎれるまで踊り続けた。できることなら、そのドレスを着て、道の反対側に出たかった。でも、だめ。わたしはこちら側にいて、ドレスはあちら側にあるのだから。もう、二度と着られない。わたしは空中に舞いあがろうとして、床に落ちた。片足のかかとがなくなっていたから。恋人と丘をのぼりながら、夢中になってキスを交わした雨の夜になくなったかかと。(『がらくたの時』)

ずいぶんと長いこと本棚であたためていた本です。
だって、持っているだけで満ちたりてしまうんだもの・・・。
優美な装丁、贅沢な空白、気品ただよう紫色の文字・・・眩暈のするほど美しい本。

この本は第一部と第二部に分かれていて、第一部にはアナイスさんの短編小説13編(7人の訳者による)が、第二部には彼女に魅入られた日本の文筆家たち12人が「アナイスについて」語る解説エッセイが収められています。
私がとくに印象的だった短編は、凄絶な死産の一部始終が描かれた『生まれる』や、『アナイス・ニンの少女時代』(矢川澄子)でかいま見た少女時代の日記とほんのりかさなる『迷宮』、冒頭の『ハウスボート』とひそやかにリンクする『すべてを見通すもの』、童話のように幻想的な『がらくたの時』・・・。
そうして絹のようになめらかな言葉に心をそわせ第二部へと読みすすむと、読み終えたばかりの詩的な短編小説たちがより一層ふるえ出して、なんともいえない愛おしさがこみ上げてきました。こんなふうに素敵で不思議な読書体験ははじめて・・・。
アナイスさんの書かれた小説に登場する「わたし」はいつも彼女の影であり、虚構と事実の縫い目が見えない生々しい幻想世界が広がっています。第二部では、『生まれる』は彼女のほぼ実体験だったことも明かされていて愕然としてしまいました。その奥には父親に捨てられた過去や、父への憧憬・のちの失望など、複雑な感情が大きくうず巻いていたことにも。

男性たちを惑わせ、自由な恋に生き、情熱に身をゆだねた美しい女性。そしてその死後、時を経てなお人びとの心を惹きつけてやまない魅惑の女性。
小鳥たち』、『アナイス・ニンの少女時代』、そして『ガラスの鐘の下で』。この3冊を読むことで、私はアナイスさんの人生――すべてとはとうてい言えないにしても――を読んだような気がしています。ほのかに香りながら、ひりつくように胸にしみてくる彼女自身の「物語」。
その痛くせつない孤独を思うと、アナイス・ニンという人は、いっけん自由奔放に生きたように見えるけれど、じつは誰よりも大きな拘束に縛られて生きていたのかもしれない・・・そんなことを思うのです。
Author: ことり
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『小鳥たち』 アナイス・ニン、(訳)矢川 澄子

『小鳥たち』というタイトルとフランス映画みたいな表紙に惹かれて手にした本は、ある老人のために匿名で書かれたという、13話もの「エロティカ(官能小説)」。
死もまぢかいことを悟ったとき、作者本人がこれらのエロティカも自分の正式の作品として認めよう、そう決意したのだそうです。

文中にごろごろと横たわる、あからさまで正直な性的表現たち・・。
性描写の激しい本はひどく嫌悪してしまう私なのに、でも不思議と、かくべついやらしくは映らなかったのです。それよりもからだじゅうにほとばしる欲情の哀しさや得られなかったときのもどかしさ、そういうものたちが心にしのびよってきて、たまらなくいとおしい、そんな気持ちさえ抱いてしまったほど。
官能ばかりを前に押しだすのではなく、その向こう側には物語がちゃんとある・・・激しくうねる衝動が、感情のゆらめきのひとつひとつが、しずかに読み手に伝わってくるせいなのかもしれません。

とりわけ印象深かったのは、『砂丘の女』。
眠れぬ夜を彷徨う男は、砂丘でひとりの女に出逢う。砂地の上でゆっくりとことを終え、やがて女は男から目をそらし、パリで群集にもまれながら絞首刑を目撃したときのことを語りだす。それは人波におされ、熱と恐怖にうかされつつ人が死ぬところを見守っていた彼女が、真後ろの男に体をおしつけられ、絞首台から目をそらせないままに達してしまったそんな経験・・・。
死と生命。恐怖とよろこび。目の前の残酷な光景と、気の遠くなりそうな秘めやかな恍惚。相容れないものの対比が鮮やかで、ついさっき男と砂地でまじわっていた場面よりもよほどドキドキしながら読んでしまった私でした。

絶望的な貧しさのなかで書かれたエロティカ。想像力を最高に刺戟するのはほかならぬ‘飢え’だった、というまえがきでの作者の言葉。飢えれば飢えるほど欲望は高まり、目の前の光景が残酷であればあるほど恍惚はきらめきを増す・・・。
人間の脆さとか苦悶、それは私たちに突きつける容赦ないけど甘美なもの。

(原題『Little Birds』)
Author: ことり
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