『軽いめまい』 金井 美恵子

評価:
金井 美恵子
講談社
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(1997-04-10)

都会のマンションで暮すあなたと隣人たちの日常生活。
小さな事件とささやかなこころ忙しい出来事が軽いめまいのようにまたひとつ。繊細絶妙のユーモアとしなやかな独自の文体辛辣豊潤な言葉の魅力。読む愉しさを伝える長篇小説。

なんて心細い、あえかなタイトル。
およそ変化の乏しい日常生活で感じてしまう――「軽いめまい」。
主人公の主婦・夏実には、台所の蛇口から流れる水が渦巻くのを見つめているうちに襲ってくる、すい込まれるような軽いめまい以上に大きな事件は起こりません。
夫婦なかよく、二人の子どもはすこやかに育ち、友人に恵まれ、単調な家事もいそいそと楽しく・・・それでもふと、 夫のなんでもない言葉の端に苛立ち、女子高以来のグループの集まりでは自分だけが専業主婦であることに劣等感をおぼえ、ほかのみんながカジュアルなファッションで自分はよそゆきの服装だったことが後悔の種となる・・・そんな日常のこまごまとした細部が描かれてゆきます。
お話を読んでいると、生活――ひいては人生というのはそういう小さな一喜一憂から成り立っている、そのことを思い起こさせてくれるはず。

そしてやはり語らずにいられないのが、金井さんの息の長い文章。ともすれば一文が2ページにおよんでしまう言葉のつらなり、そのうねりと美しさはもはや芸術です。
這うように蛇行する文体は、蛇口からきらきらとほとばしる水の紐にからめとられた心細い視線から、一主婦の人生をうつし出すのにほんとうによく似合う。
長い人生をただなんとなく生きてきた女の人を、時々襲ううっすらとした軽いめまい。なまなましさと、心がくらりとゆらぐ瞬間がいくつも切りとられているお話は、‘ありふれた主婦’である私の心にしんみりとひびいたのです。
Author: ことり
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『ページをめくる指』 金井 美恵子

評価:
金井 美恵子
河出書房新社
¥ 2,160
(2000-09)

絵本にたいする、あるいはそのつくり手への深い洞察が味わえる、とても贅沢な絵本エッセイ。
文学者だからこその視点・・・ひとつのおはなしのなかにあぶり出された作者の毒も孤独も矛盾も、けっして見逃したりせずに、単に可愛らしいだけではない絵本の魅力が金井さんらしいものうさとするどさで書きつけられていきます。
まるで、夢いっぱいのおもちゃ箱の中にほんものの金魚をみつけてしまったような、どこかそわそわと生々しい気持ちに襲われてしまった私・・・。
本そのものの作り方と、お話の内容自体からも、幼児向きと規定される類いのものであることも、容易に見てとれるのだが、しかし、『ぼくにげちゃうよ』の奇妙で無気味な魅力は、母親を(心理的な意味で)殺さなければ、母親以外の女性と性交することが出来ない、ということに気がつく年齢の読者にも、ある感銘を与えずにはおかないはずである。

とくに『ピーターラビット』のシリーズについては長く、5章にもわたっています。
本屋さんの児童書コーナーでおとなしそうな顔をしているこのシリーズが、「観念的なロマンティックな空想として生れたのではなく、小さな動物たちの行動や仕草や習慣の細かな観察を通して、まさしく、リアルなものとして描き書かれた」じつはトンデモナイ絵本であることが、独自の観点をまじえ綴られています。

絵本の頁をめくるエレガントな手指がうっとりと目にうかんでくる一冊。
一般的な固定観念にちっともしばられていない、奔放で、ごく対等なものとして絵本を見つめるまなざしが感じられるのがうれしい。
いわゆる「おさな心」というものを今でも保持している、などと言っているのではなく、それを読んだり見たりすることによって、まざまざとした鮮明さでよみがえって来る様々な時間や記憶を、ページをめくる指が経験するためには、生きてきた時間が必要だということだろう。絵本というものは、おそらく、何度も読みかえすためにあるのだ。


■ この本に出てきた読んでみたい絵本たち <読了メモは後日追記>
『タンゲくん』、『ミリー』→読了、『くさいくさいチーズぼうや&たくさんのおとぼけ話』、『ミツ』→読了、『100まんびきのねこ』→読了、『へんなどうつぶ』、『せいめいのれきし』
Author: ことり
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『愛の生活 森のメリュジーヌ』 金井 美恵子

書くということは、書かないということも含めて、
書くということである以上、もう逃れようもなく、
書くことは私の運命なのかもしれない。(『兎』)

誰もがもっている秘めやかな欲望、逃れられない本能が、研ぎ澄まされた感性で描かれていく短編集です。
金井さんのつむぎ出す言葉には魔物が棲んでいる・・そんな気がするのは私だけ? 
文章のはしばしからほとばしり、本を覆いつくす美しく濃密な色彩と空気。どの物語も一行目でいやおうなく遠い場所へとつれ去られ、すいこまれるようにむさぼり読んでしまいました。

煙草や手紙、ペンなどの生活の小物がなんともいえない存在感で息づき、そしてなにより食べ物の執拗な描写・・・透明な日常風景のディテイルが匂いたつ『愛の生活』は、これが19歳で書かれたなんてほとんど奇蹟のようだし、庭で飼っている兎を殺して食べる娘がやがて食べられる側の兎へと同化していく『兎』は、ただもう「凄い」のひと言。グロテスクな読み物は大のにがて、そんな私が吐き気がしそうなほどの狂気にずぶずぶ惹かれていくなんて、自分でもちょっと怖かったくらい・・・。

『愛の生活』、『夢の時間』、『森のメリュジーヌ』、『永遠の恋人』、『兎』、『母子像』、『黄金の街』、『空気男のはなし』、『アカシア騎士団』、『プラトン的恋愛』。
ひと月ほど前に古本屋さんで購入した本ですが、おびただしい数の本のなかから、この一冊をえらびとった自分の嗅覚が誇らしくなってしまうのです。
Author: ことり
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『道化師の恋』 金井 美恵子

ありふれた大学生・善彦は元女優との情事を題材に小説を書いて作家デビュー。その後、今度は人妻の桜子と恋をする。そんな新人作家の‘なりゆき’にいろんな人がからみ、どんどんと拡がっていく物語。

ひとつの文章がとにかく長いので(延々と、このまま何頁続くのかしらと思うくらいに)こういう文体に慣れていない私は初めのうち戸惑ってしまいました。
けれど、知らず知らずその無邪気ともいうべき言葉たちの行進に引きこまれ、まるで追い風に後おしされるようにスイスイ読み進めていたのです。

物語は、とても日常的。
とくに食事のメニュウやおしゃべりなどのこまかい表現がおかしくて笑ってしまいます。映画や小説のお話が多いのも特徴。
凡庸な人びとが、みんながみんな打算やら思惑やらを抱えていて、なんだかな〜、なんて思いながらも、ふと気がつけば夢中で頁をめくっていた私でした。
文章の独特のうねりに翻弄され、どっぷりと耽る――なんて幸福な読書タイム。

ちなみに、『文章教室』『タマや』『小春日和』『道化師の恋』で「目白4部作」とひと括りにされているそうですが、どちらから読んでも支障はないみたいです。
Author: ことり
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『ノミ、サーカスへゆく』 金井 美恵子、(絵)金井 久美子

評価:
金井 美恵子
角川春樹事務所
¥ 2,100
(2001-07)

パイナップルはお嫁に、ブタはハムに、ノミはサーカス、トラーはいねむり・・・。おかしな話と楽しい絵で描く、猫の毛の中に棲みついたノミたちの物語。跳んだり、はねたり、踊ったり。行こうよ、ノミのサーカスに!

うふふ、とても好みな一冊に出逢ってしまいました。
表紙のタイトル・・・『ノミ、』の読点はじつはノミの絵になっています。こんな遊び心が本のなかにもたくさんあって、頁をめくるのが楽しくなります。
お話も楽しくて、金井美恵子さんの不思議な発想が生みだすおかしな物語たちにニマニマ。『ふかふかのもりの(猫の)うち』と『ノミ、サーカスへゆく』はノミたちの、『ホッグの初恋』と『豚』は子豚のお話です。どれもステキに奇妙なおとなの童話。

金井さんのお話は初めて読みましたが、ほかにもたくさん著作がおありのようなのでこれからいろいろと読んでいきたいです。
夢いっぱいのカラフルな挿絵を描かれている久美子さんは、作者のお姉さんなのだそう。姉妹でこんな素敵な本をつくれるだなんて、ほんとうらやましい。
Author: ことり
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